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【第39話】残虐の大君―捕らわれた獲物 39.カンバラヤの街

39.カンバラヤの街 伯爵邸の別室で眠るエリル。その眠りは深かった。無理もない。偽伯爵に囚われ、全身を縄で拘束されていたのだから。それに、エリルは獣に襲われるユリエの為に、「奇跡の力」を使って助けた。それも、ユリエの肉体を癒し、獣たちを狂暴化させていた首輪を粉々に破壊したのだった。また、あの瀕死の重症を負っていたジョニーの命をも救ったのだ。 これほどの「奇跡の力」を使ったのはエリル自身もはじめてだった。力を使い切ったあと、エリルはその場に倒れ込み、深い眠りについていた。その夢の中で、エリルは再び囚われていた。 どやらそれはメイドと男らしき人物の会話がかわされていた。 「どうしても食べないのです。」 「困ったものだね。少し餌を変えてみてはどうだろうね。」 「そうですね。では、早速調合してみます。」 2人が会話しているその部屋は、何かの執務室らしい。落ち着いたワインレッドの絨毯に、会話主が仕事に使うであろう大きな机がおいてある。その机はシンプルながら、荘厳な作りで一目見て、権力者の机であることがわかる。 その部屋の窓際に一つの檻がおいてあった。その檻の大きさは、大型犬が一匹入るほどだ。その中に人間の少女が閉じ込められている。それが、エリルだった。檻の中のエリルは、黒革の首輪を付けられ、上下はツー・ピースの黒革の下着を装着されていた。もちろん、手枷と足枷も付けられている。黒革の下着は、エリルの白い肌を一層際立たせていた。 エリルは檻の中で四つん這いの姿勢でじっとしていた。メイドが檻の入口に掛けられている南京錠の鍵を外す。檻の扉を開き犬用の丸い餌入れを運び込んだ。 「さあ、お食べなさい。」 犬用の餌入れのなかには、白いドロドロの液体が入ったいた。メイドはそう言って、餌の入ったボールを檻の中の床に置く。 「まだ、腹が減っていないのだろうね。どれ・・・」 男性はそう言うと、檻の前に姿を現し、中を覗き込む。その顔はあの残虐の皇帝だった。 「少し散歩させるとするるか。」 残虐の皇帝はエリルの首に嵌められた首輪のDリングに鎖をつなぎ、鎖を引っ張る。グイという力強く鎖が引かれ、四つん這いになるエリルを檻の外へと引っ張った。 ―― うっ、首が痛い。苦しい・・・。 「その前に、排泄を済ませないといけないねぇ。」 鎖の手綱に引かれながら、檻から出るエリルに残虐の皇帝は恐ろしいことを告げる。 ―― な、なに? 私、飼われているの? エリルは混乱した。自分が置かれている立場が理解できない。檻の中で黒革のツーピースを身に着け、閉じ込められている。 ―― これは夢? 鎖の手綱を引く皇帝はエリルを窓際の四角い防水パンのようなものが置かれている場所まで引いていく。その防止パンは1メートル四方で黄金でできていた。その中に敷き詰めれらているのは砂だった。これは紛れもない。犬や猫が排泄するための防水パンだ。 四つん這いで皇帝に引かれるエリルはその防止パンを見てそう想像した。皇帝は防水パンの目の前までエリルを引くと、四つ這いになったエリルを見下げて、 「さてと、ここに排泄しようか。」 まるでエリルを愛玩動物のように扱う残虐の皇帝。 ―― そんな、こんな所で用を足すなんて・・・。それに皆が見ているわ。 「姿勢はしゃがんで大きく股を開くようにね」 ―― そ、そんな恥ずかしい格好ができるわけないじゃない! 恥ずかしい姿勢を取り放尿するように求める皇帝。もちろん、身に着けている下着も脱ぐのは当然だろう。そんな非人間的なことができるわけがない。 「どうやら、まだ人間としての意識が残っているようだね。」 皇帝はそう言うと、手に握りしめた鞭を四つん這いになるエリルの背中に向けて打つ。 「やめて!」 そう叫ぶと、エリルはベッドの中で目を醒ました。 ―― 夢? いつもの夢をまた見てしまった。自分が首輪を付けられて犬のように扱われる姿。その自分の惨めな姿に欲情する自分がいる。股間に手を当てると、薄っすらと染みになっている。エリルは自分が牝犬に堕とされる惨めな自分の姿で濡らしていたのだ。 ―― なんてはしたない・・・。 エリルは自らの心の奥底に眠る淫慾を恥じた。 コンコン その時に扉を叩く音がする。 「エリル、目覚めたの?」 ユリエがエリルを心配してやってきたようだ。 「なにか、叫ぶような声がしたからさ。うなされての?」 全身にフィットする黒革のボディースーツに身にを包むユリエ。それはこの屋敷に来る前までのユリエの姿だった。エリルはその姿を見て内心ホッとした。そう、そこには以前と変わらないユリエがいた。 「いえ、大丈夫よ。」 そう答えると、ユリエにテルへ達の仲間達のことを聞いた。テルへとベルテは、疲労困ぱいで眠りについているという。この屋敷に来てから全く休む暇もなかったのだから、仕方ない。 「あの2人にはエリルが起きたら出発だ」 と伝えたんだがな。ユリエは苦笑しながら、エリルの手をとる。 「エリル、助かったのはエリルのお陰だ。ありがとう。」 そう言ってエリルの手を握りしめた。エリルは実感した。あの忌まわしい伯爵の手から、自分たちが助かったことを。偽伯爵は黒装束の男達によって捕えられたという。 「あの黒装束達は何者なのでしょう? 敵ではないにしても、行く手に現れる正体不明の軍団は不気味だ、それにエリルの後を負っているようにも見える。エリルが疑問を抱くのも当然だった。ユリエはそんな不安そうな顔をするエリルの手をしっかりと握ると、 「心配するなエリル。私達が絶対に故郷に帰してやるから・・・」 そう言ってエリルに約束する。エリルはユリエのその透き通った瞳を見つめ、黙って頷く。 「それじゃ、私は出発の準備があるから・・・」 ユリエはエリルの目覚めた姿を見て安心したのか、部屋を出ていった。エリルもゆっくりはしていられない。ベッドから起きると、直ぐに着替え始めた。全身は誰が着替えさせたのかわからないが、ツーピースのブラとパンティーを身に着けていた。きっと、ユリエが着替えさせてくれたのだろう。 エリルはベッド脇にあるチェストの上にある籠に手を伸ばす。そこには、エリルが身に着けていた衣類が入っていた。白革のスパッツ、それに白革のタンクトップだ。 それらを手に取ると、白革のスパッツから身に着ける。 「これって、履くのに苦労するのよね・・・」 そう思いつつスパッツに足を入れていく。薄革でできたスパッツはエリルの足をまるで包み 込むようにホールドする。が、足首を通して上に引っ張るごとにきつくなっていく。まるで締め付けられるようにきつく締め付けるスパッツ。それを思いっきり引っ張って、太腿まであげる。 「ふう・・・」 ―― ここから、また、苦労するのよ・・・ 太腿まで上げたスパッツをさらにウエスト側に引っ張る。スリムなエリルであってもかなりの力が必要だ。ヒップまで上げ、最後の一押しまできた。ヒップをまるでスッパツに詰め込むようにして腰まで引き上げた。 ―― これって、ユリエさんのスパッツだから、ユリエさんはもっとギュウギュウの思いしているのかしら・・・ エリルが苦労して身に着けたスパッツは、その美しさは流石という他ない。ウエスト、ヒップから太腿、脹脛までの脚の見事なまで美しさは誰でも目を見張るだろう。エリルは白革のタンクトップを着ると、同じく白革の膝までのブーツを履き、部屋を後にした。 貴賓室に入ると、テルへやベルテが慌ただしく出発の準備をしていた。実は今さっき起きたばかりなのだが・・・。ベルテがこちらを見て視線が合う。すると、ニコニコしながらエリルに語りかける。 「もう、十分お休みになりましたかな?」 いつもの紳士的なベルテだ。 「ええ、すっかり寝込んでしまったみたいで・・・。ベルテさん達は休まれたのですか?」 エリルはベルテ達が十分な休みがとれなかったのではと心配になった。 「我々も十分に休みましたですぞ。なあ、テルへ」 その横であくびをするテルへに聞く。 「ああ、俺はもう十分休んだぜ。」 そこにものすごい勢いで駆けてくる少女がいた。 「エリル~!」 その声はシャンロンだった。いつになく、元気が満ち溢れている。エリルを目指している姿は全力疾走とも言える。 「エリル~!エリル~!」 そう叫んでエリルに抱きついてきた。 「エリル!もう十分休んだのか?」 エリルに抱きつきながら、体調を気にしているシャンロン。 「ええ、もう十分休んだわ。シャンロンさんは?」 そう聞くエリルに、シャンロンは少し得意げな顔をする。 「ああ、私は心配ないさ。ちゃんと休んだからな。実はさ、尿道に挿入されていた管がとれたんだ。取れたというよりも、砂粒のように粉々になっちまったのさ。」 シャンロンの話では、エリルの「奇跡の力」が発揮されると、股間の尿道に埋め込まれた金属製のカテーテルは跡形もなく消失したという。エリルはその話を聞いて、「奇跡の力」には意外な力が秘められていることを知る。 「これもエリルのお陰さ!」 無邪気さがまだ残るこのブロンドの美少女は本当に美しい。エリルはそう思った。 「お取込み中にすまないのう。」 部屋の入口から初老じみた声がする。エリルをはじめみんなが目を向けると、そこには正装をした伯爵が立っていた。地下で幽閉されていた時とは見違えるほど立派に見える。初老の伯爵の背後にはフィール達の姿が見えた。伯爵はエリルを目にすると、ゆっくりと足を進め、エリルの前に立つ。 「この度は、大変な目に合わせてしまって申し訳なかった。許してくれとは言わないが・・。・。」 エリルの手を握りしめる。そこには人間の手の温かみがあった。 「いいえ。伯爵様こそ、長い間に渡って幽閉されていて、さぞやお辛かったでしょう。」 エリルは伯爵が受けてきた辛苦に対して、心を寄り添う言葉をかける。 「ところで、もう少しゆっくりなされていったら、いかがかな?」 ユリエ達は出発の準備を慌ただしく整えている。幽閉されていた伯爵にとって、久しぶりの客人だ。夕飯を一緒にと願っていたのだろう。黒革のボディースーツを着たユリエがそこに口を挟む。 「伯爵、私達はカンバラヤの街まで急ぐのでな。」 いつもながら、キリリとしたクールな表情で伯爵に説明する。伯爵もフィー達から、エリル達がカンバラヤの街に向かうことを聞いていたのだろう。無理に止める気はなかった。 「本来ならば、あなた方は命の恩人だ。何のお礼もしないのは申し訳ないかぎりじゃの。それともう一つ頼み事があるのだが・・・」 伯爵は申し訳なさそうな表情をする。ユリエも、エリルもその表情から、大体察しがつく。それは2匹の野獣のことだ。この野獣達は偽伯爵の手によって、獰猛にされいたのだが、本来は心の優しい生き物だった。 「あの2匹の野獣のことじゃが・・・。なんとか、故郷に帰してやれぬものかと思ってな。」 この2匹の野獣の故郷は遥か彼方の北の地にあると言われている。人の手が入らぬ前人未踏の地域だ。到底エリル達が帰す訳にはいかない。かといって、このままこの伯爵邸にとどめる訳にもいかなかった。エリルも同感だった。あの2匹の野獣は偽伯爵によって、魔道具の首輪を嵌められ、狂暴化したものだ。その魔道具が破壊されてしまった今となっては本来の姿に戻っているのだ。しかし、北の地は遠すぎた。 「それなら、私達がエリルを送った後で、送り届けてやろう。」 ユリエが呟く。 ―― どうせ。帰る国はもうない。あの野獣達を故郷に帰してやるか。 伯爵は深々とお辞儀をして丁重な礼を述べると、そのかかる費用は全て負担することを申し出た。 ギザの伯爵邸ではこうして偽伯爵が成敗され、無事平穏な日々が訪れようとしていた。しかし、その影で一人の男が足早にひっそりと伯爵邸を後にしていた。その名は、総執事のトピカだった。 「あれほどまでに、女にうつつを抜かすなといったのに。まったくくだらないことに、時間を使いおって・・・。」 薄暗い森の中をまるで縦横無尽にとでもいうように、素早く進むトピカ。 「今回もまた失敗か。しかし、次は国を盗んで見せるさ。」 そう呟いて、森を駆け抜けていった。 伯爵邸の前にはエリル達が乗ってきた馬車が止まる。テルへやベルテが慌ただしく、荷物を運ぶ姿が見える。そこにエリルとユリエが2匹の野獣とともにやってきた。エリルはホワイトウルフの背にまるで馬にでも乗るように跨り、ユリエはメガ・イエティの肩に腰をかけていた。 「しかし、コイツ等は目立つな。」 荷物を積んでいたテルへは見上げるように呟く。メガ・イエティは馬車の前までくると、手を自らの肩にまで差し出し、ユリエを手の中に降ろす。そして、ユリエを地上に降ろした。ホワイトウルフも背中に乗るエリルを腹ばいになって、降ろした。 「まあ、今日からは仲間だ、よろしくやってくれ。」 ユリエは地上に降りると、メガ・イエテを見上げるテルへやベルテに仲良くやるように伝えた。 「やれやれ、とんだことになっちまったぜ。」 テルへは困惑した表情を浮かべながらも馬車の出発準備を整える。 「これはこれは、お二人ともよろしく頼みますぞ。」 ベルテはいつもの紳士的な振る舞いで、メガ・イエティとホワイトウルフを撫でていく。 邸宅の前では通用口の前で伯爵達が見送りに出てきた。この伯爵邸はロの字型になっているため、ロの字内部の建物以外では、通用口を使うのだ。それも、2匹の野獣が大きく、中庭に入っていけないためだった。 シャンロンをはじめ、ユリエが次々と馬車に乗っていく。 「それでは、伯爵様、お世話になりました。」 エリルはペコンとお辞儀をすると馬車に乗り込む。 「ご無事でな。道中の平安を祈っていますぞ。」 伯爵やフィール達が手を振り見送るなか、エリル達は2日間に渡る伯爵邸の宿泊から解放され、ビブロスに向かう公船が発着するカンバラヤの街に向かう。馬車の後にはホワイトウルフとメガ・イエティがついていく奇妙な光景があった。 「しかし、後を着いてくる野獣の2匹は逃げないのか?」 テルへは野獣が黙ってついてくるのが不思議に思っていた。それを聞いていたベルテがテルへに注意を促す。 「テルへ、『あの2匹』という表現はよくありませんな。『お二人』ですぞ。」 ベルテは口を尖らせている。ベルテにとってはもう仲間の一員なのだろう。野獣呼ばわりするのも憚れるのだ。 「へーへ。ところで『あのお二人さん』はよく俺たちについてくる気になったもんだな。」 それを聞いたユリエは、 「当然だろう。我々しか以心伝心ができないからな。」 当然のごとく驚くことを言うユリエに、驚くテルへ。 「えっ? 以心伝心?」 「ああ、そうだ。私とエリルはあの2人とコミュニケーションが可能だ。」 「奇跡の力」がそうさせたのかもしれない。エリルとユリエはこの獣達とコミュニケーションが可能なのだ。馬車は深い森の中を走り、やがて湖畔に続く1本道に出る。右側に穏やかな湖畔を眺めながら、エリル達を乗せた馬車は進んでいく。ちょうどそれは、日差しが真上に差し掛かる、昼時だった。 「まったく、ひどい有様だぜ。」 テルへが言うように。暴風雨の爪後は至る所の木々がなぎ倒されて、道は大きな水たまりができているほどだった。嵐の威力をまざまざと見せつけていた。 「全くですな。」 と、ベルテが相槌を打つ。馬車の中では、シャンロンも、ユリエも、エリルも眠ってしまったらしい。 馬車が進む湖畔の道の遥か彼方に街が見えてきた。 「あれが、カンバラヤの街か?」 手綱を持ち聞くテルへに 「らしいですな・・・」 ベルテが答える。ユリエが幌馬車の中から、御者席に顔を覗かせる。 「街に入る前にどこかで休憩するか。」 ユリエの言葉にテルへとベルテが頷く。馬車は街まであと一歩の所で停車した。湖畔の道に停車できる場所があったのだ。この場所は右は湖畔、左は草原になっていた。いつの間にか、左側の森は消えて草原が広がっていたのだ。 「エリル、聞いてくれ。ここからすぐ先はカンバラヤの街だ。ビブロスに向かう公船もそこから出発する。ただし、メガ・イエティとホワイトウルフはここでお別れだ。街に入るには目立ち過ぎるんだ。あとは、私達が北の地に連れて帰る。」 ユリエはエリルの顔を見つめながら話す。エリルは寂しそうな顔をするが、 「わかったわ。ユリエさんにこの子たちのことをお願いするわね。」 エリルは2匹の獣達に話し掛ける。 「イイ子ね。2人とも、ユリエさん達の言うことちゃんと聞くのよ。」 そう言って、2匹を抱きしめると、別れを告げた。ユリエはベルテとシャンロンに留守を守るように告げると、馬車に乗り込む。エリルはシャンロンとベルテにも別れを告げる。 「ベルテさん、シャンロンさん、いろいろとありがとうございました。」 手を差し出すエリルに 「こちらこそ、いろいろお世話になりましたですな。」 緊張のあまりか少し言葉が変なベルテに代わって、 「エリル、元気でな! また、会えるよな!」 シャンロンはエリルの手をギュと握る。エリルは無言で頷く。エリルが馬車に乗り込むと、カンバラヤの街を目指して走っていった。 しばらく、馬車が走ると景色が変わっていく。家がポツン、ポツンと点在するように建っている。それもしばらくすると道の両側に家々が並び、馬車は街中に入っていく。 「もうすぐ、港が見えてくる。公船乗り場はそこにあるんだ。」 ユリエはいつもと変わらないクールな表情でエリルに説明した。幌馬車の後の幌を開け、街並みを眺めるエリル。そこには活気に満ちた人々の暮らしがあった。 ―― 随分と、大きな街だわ。 エリルは人々が往来する姿を見てそう思った。馬車3台が通れる程の道の左右は煉瓦作りの2階建ての建物が並び、様々な商品を扱う店が並んでいる。店々にはお客の姿が見られる。どこの店も繁盛しているようだ。 「ここは、元々軍港なんだ。まあ、今は軍港といっても、もっと奥に移転したけどな。」 ユリエの話によると、元々カンバラヤは戦艦を係留るための軍港だったらしい。それが、軍艦を製造する造船所ができ、さらに人が集まりはじめたという。最も、造船所はこの国の最高機密に属していて、この街の警備も厳重だ。なにしろ、この時代に戦列艦を製造できる国は数えるくらいしかない。戦列艦はハイテク技術なのだ。 しばらく、馬車を走らせると、埠頭広場に到着した。広場は四角いスクエアになっており、右側が埠頭、左側が陸地で建物が並ぶ。その左側に一際大きな煉瓦造りの建物があった。 「あれが、公船事務所だ。」 ユリエが指さす方向にある大きな建物。ようやく、ビブロスに向けて出発ができる。埠頭には大きな帆船が停泊し、見覚えのあるビブロス旗が揺れていた。公船事務所の入口には2人の守衛が立ち、ものものしく警備をしている。 「旅券がないと、中には入れないんだ。エリルはそのまま旅券を見せて中に入って手続きをすればいい。私達は、ここで待つ。」 ユリエはそう言って手続きをするように勧めた。エリルは馬車の中でボディコンスタイルの黒の神官服に着替えた。着替えるとは言っても、白革のスパッツと白革のタンクトップの上から神官服を着用するのみだから、楽だ。そして馬車から降りると、建物に向かって歩いてゆく。 入口で衛兵が旅券の提示を求める。エリルはカールスクルーナ旅行組合が発行した旅券うを提示した。それを見た衛兵達は少し驚く仕草を見せるが、直ぐに「どうぞ」と言って、エリルを建物の中に通す。恐らく、旅行組合の発行した旅券は貴族や王族が使うものなのかもしれない。 「上手くいったみたいだな。」 ユリエは建物の中に入るエリルを見て呟く。エリルが建物の中に入ると、そこは豪華なホールのようになっていた。床はワインレッドのフカフカの絨毯が敷かれ、天井は高く2階まで吹き抜けになっていた。ホールの奥の方に、カウンターがある。カウンターにはビブロスの旗が飾られている。そこが公船の受付なのだろう。エリルはカウンターまで歩いてゆく。黒のボディコンシャスなミニのドレスに身を包むエリルは、周囲」から注目の的だ。甘栗色のロングのストレートヘアにスラリと伸びた脚など、本人は意識していなくても、まるでセレブだ。いや、実際には王女なのだが。 カウンターでエリルはビブロス行きの公船の乗船手続きについて聞く。 「すみません。」 遠目から少女が近づいてくるのを見ていたカウンターの女性は、あまりの美しさにエリルが目の前に来ているのを気付いていなかった。 「はっ、はい。」 取り乱す女性。慌てて本来の仕事に戻る。 「あの、ビブロス行きの公船に乗りたいのですが・・・。」 エリルがそう尋ねると、女性は 「はい、ビブロス行きですね。只今、昨夜の暴風雨で桟橋と船に故障が出ておりまして、出航が少し遅れる予定です。」 どうやら、昨夜の暴風雨で船が損傷を受けたらしい。エリルはどのくらい待てばいいのかを聞き返す。 「そうですか。どのくらいで出航できるのでしょうか?」 女性スタッフの話では、桟橋に係留中の損傷で外面に大きな傷がなければ、「そんなに時間はかからない。」とのことだ。 「それでは、先に乗船の手続きをしてしまいましょうか? 通行証のご提示をお願いします。」 ―― えっ。なにそれ? 通行証? 聴き慣れない言葉を聞き戸惑うエリル。無理もない。ここは文化も風習も違う異国なのだから。 「通行証ですか?」 戸惑いながらも、必死に通行証について考えるエリル。しかし、旅券は持っていても、通行証は持っていないのだ。 「はい。『通行証』はオプシディアに入国される時に発行されるものです。また、ビブロスの国の通行証もあります。両国を行き来するには通行証が必要になります。」 女性スタッフの説明を聞いたエリルは顔面が蒼白になる。 ―― そんな、通行証なんて持っていないわ・・・ エリルはここで諦めるわけには行かない。 「わたしは、通行証は持っていないのです。ただ、ビブロスにいる知り合いの所までいくだけです。」 その話を聞いた女性スタッフは急に顔色を変える。 「少々お待ちください。」 カウンターで待つエリルを置き去りにして女性スタッフは席を外した。エリルは何がなんだかわからなくなってきた。ビブロスに向かう船は目の前にある。あの船に乗れば、ビブロスに行ける。そして、ビブロスの王子であるピレセルに帰国を頼めば、自分の故郷のアクアマリンに帰れるのだ。しかし、通行証というものをエリルは持っていなかった。当然だろう。エリルは皇帝のフィアンセとして迎え入れられたのだ。そんな庶民が持つものなどは一切持っていない。 「お客様、」 中年のスーツ姿の男性がカウンター越し立ちエリルに話し掛ける。中肉中背だが、いかにも紳士的な振る舞いをする男だ。 「お客様、お客様のお名前をお伺いできますか?」 男は丁寧な口調でエリルに尋ねてきた。エリルは落ち着いた口調で自分の名前を告げた。 「エリルです。」 「エリル様、通行証とはこの国ではとても重要なものでして・・・。そのエリル様がなぜそのような重要な証明証を持ちでないのか、少しご説明をいただければと思いまして・・・」 男性は口調は丁寧だが、有無を言わせない威圧感があった。 「わたしは、ただ、ビブロスにいる知人に会いいくだけです。旅券ならあります。お願いですから、船に乗せてください。」 エリルは必死で船に乗せてもらえるように頼むが、 「生憎、通行証がない方はお乗せできないのです。」 男性が説明を終えるや否や、エリルの背後で別の男性の声がする。 「ビブロスの知人と言いましたな。その話を詳しく聞かせてはくれまいか?」 エリルが声の方を振り向くと、そこには軍服を着た衛兵がエリル取り囲むように立っていた。 「さあ、同行してもらおうか?」 衛兵達は、エリルの腕を掴むと背中に回し、手首を手錠で繋ぐ。 「なんの真似ですか!」 声をあげるエリルに隊長らしき人物がニヤニヤしながら言う。 「お前、脱獄貴族奴隷だな。よくいるんだよ。奴隷にされる直前に脱出を図る輩がな。脱獄貴族奴隷の罪は重いんだ。」 他の衛兵がブーツを履くエリルの足首にも足枷を嵌める。 「さあ、ゆっくりとお前を調べてやるぜ。身体の隅々までな。」 エリルはホールの奥に連れて行かれた。 一方、建物の外でエリルを待つユリエ達は、エリルが一行に出てこないことに痺れを知らしていた。 「なあ、遅すぎはしねーか?」 テルへはエリルの身を心配する。 「ああ、全くだ。」 ちょうどその時、建物から出てきた2人の男の話が耳にはいる。 「ああ、あれは脱獄貴族奴隷さ。通行証を持ってなかったらしい。」 一人の通行人が呟く。 「なんでも、ビブロスの知人のところにいく気だったらしいぜ。奴隷にされるところを逃げてきたんだろうがな。ここで捕まったってわけよ。」 通行人は何気ない会話をしているらしかった。 「オイ。」 ユリエがその通行人に話し掛ける。 「その脱獄貴族奴隷は、甘栗色の髪だったか?」 通行人は振り返ると、 「ああ、甘栗色で黒のミニのワンピースを着たスゲエいかす女だったぜ。それとは別だが、あんたイイ女だな。一杯どうだい。」 「テルへ、いくぞ。」 走って衛兵が守る入口に突入しようとするユリエだったが、守衛の警備は堅牢だった。それにここで問題を起こすのはマズイ。 ―― くそっ。ここまで来ていながら・・・。 エリルは周囲を守衛に囲まれながらホールから奥に続く廊下を歩いていたこの建物はホールの奥にまた建物が連なっていたのだ。エリルは煉瓦できた建物内を歩き、やがて廊下は突き当りの部屋につく。 「入れ。」 手首、足首に鉄の枷を嵌められたエリルはその部屋に入っていく。そこには、やせて貧相な男がデスクで書類を呼んでいる。 「所長、脱獄貴族奴隷と思われる者を連れて参りました。」 衛兵が敬礼して報告する。 「なに? 脱獄貴族奴隷だと。」 そう言うと、デスクから立ち上がり、エリルの前に近寄ってきた。 「ふん、なるほど。たいした、ツラ構えだ。この国で脱獄貴族奴隷の罪がどれほどのものかその身に味合わせてやろう。」 軍服を着た貧相な男は陰険にもエリルをいたぶるつもりらしい。 「ち、ちがいます。わたしは、アクアマリン王国から着た。」 必死で説明するエリルに、 「猿轡をはめてやれ!」 ―― しかし、コイツはとんでない女だ。貴族の女ならば、奴隷にしたくなるのも無理はない。しかし、一体どこの貴族の持ち物なんだ。ふん。こんな女にはもう二度とお目には書かれないだろう。存分に楽しませてもらうとするか。 隊長はエリルを手中に収めたことで、好色の血が騒ぎ始めていた。

【第39話】残虐の大君―捕らわれた獲物 39.カンバラヤの街

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