「部長、 今度の対戦相手、 誰にするんですか?」 サンドバッグ打ちに夢中になっていた私は、 後ろから後輩に声をかけられてハッと我に返った。 「あ、ごめん。 対戦相手を指名してないの私だけか。 まぁ誰でもいいや。えへへ」 「もぉ〜部長は練習熱心過ぎて、 部内イベントにはぜんぜん無頓着ですねぇ」 それは来月に控えているイベントのことだった。 かなり前の女子ボクシング部長が始めたイベントらしく、部内で対戦したい相手と本番形式で試合をするのだ。 他校との試合と違って、部内の結束力と部員同士の競争心を高めようという目的だそうだ。 参加者は希望の対戦相手を指名し、 相手とマッチングすればもちろんそのカードで試合が成立する。 練習と強くなることにしか興味がない私はこういうイベントの運営は後輩の副部長にすっかり任せているのだった。 「ま、部長は強すぎますし、部長とやりたい子なんていないでしょうけどね・・・あれ?」 「どしたの?」 「・・・いましたよ、ほら。 宮本さん。 1年の。」 彼女はイベントのために集約した用紙の中の1枚を取り、目の前でひらひらさせながら私に見せた。 宮本紗月。 そう書いてあり、確かに私を指名していた。 だけど顔が思い浮かばない。 そんな子いたっけ? 思い出そうとして虚空を見つめている私を見て、後輩が「もう」 と言って説明する。 「幽霊部員の子ですよ。 最初の頃は来ていましたけど、最近は全然顔を出さなくなっちゃった子。噂ではまだどこかでボクシングやってるみたいですけど。 普段顔を出さないのに部長とやりたいなんて、なかなか自信家ですねぇ。」 「ふぅ〜ん・・・。 まぁ、その子でいいや。 誰相手でも負ける気ないし。」 「はい、じゃあ試合決定・・・っと。」 その後も後輩はどんどんイベントの対戦カードを手際よく組んでいった。 . 私にも部長として部員みんなの練習を牽引してきた自信はあるし、部のエースとしての自覚もある。ただ、ボクシングに絶対はないことも理解していた。 気持ちを引き締め、私はイベントまでの練習に取り組んだ。
「では毎年恒例、本校女子ボクシング部内イベントを始めます。 みなさん正々堂々、日頃の成果を出し合いましょう」 イベント当日、副部長の挨拶が終わると体育館の照明が中央の仮設リングを眩しく照らした。 部員全員が集まっているにも関わらず、周囲が薄暗いせいもあってどの子が対戦相手の営本さんなのか、試合が始まるその時までわからなかった。
第一試合からリングの周囲を部員が取り囲み、 何試合か後には熱気が館内全体にまとわりつくようにその場を支配していく。 試合が進むたびに私のボルテージも上がっていき、 ついにその時が来た。
「青コーナー、我らが部長、 そしてエース!姫野ぉ〜めぐみ〜〜!!」 副部長の紹介に、会場は今までで一番大きな歓声に包まれた。 紹介の内容に嘘はないが、少し気恥ずかしくなる。 私は緊張を振り払うために、努めて笑顔を作って周囲に手を振った。 「赤コーナー、果たしてその実力はエースに通用するのか!?宮本ぉ〜紗月〜!!」 少し控えめな拍手が起こる。 「誰だっけ?」 という声もちらほら聞こえた。
ゆっくりとした動作でマウスピースを咥える彼女。
強そうとか弱そうというよりは、捉えどころのない、そんな印象。
結ったお下げからは、 おとなしそうな、 もの静かそうな印象さえ受けた。
中央へ詰め寄り、挨拶をする。
「宮本さん、よろしくね。 手加減はしないから。 良い試合をしましょう。」
「・・・あぁ、部長・・・私の手で、 KOしてみせますから・・・」
頬を紅潮させ、艶やかな吐息を漏らしながら潤んだ瞳で私を見つめる彼女は、どこか様子がおかしい。
気にせず平常心を保つよう自分に言い聞かせているうちに、試合開始のゴングが鳴った。
体の調子は絶好調。 私は序盤から自分から積極的に攻め立てた。
彼女のジャブをかいくぐり、懐に潜り込む。 私のスピードに彼女がついてこられないことを確信し、彼女に強打を浴びせる。 もとより彼女の出方を伺うつもりもなかったし、 できるだけ早く倒してしまいたいと思っていた。
手応えのあるパンチを次々にヒットさせ、彼女の顔はみるみる腫れあがっていく。
誰が見ても明らかな一方的展開に、会場は大いに盛り上がった。
「部長!やっちゃえー!」
「幽霊部員なんでしょ?部長に敵うわけないって」
そんな言葉が私にも聞こえてきた。
しかし、彼女は彼女で簡単に倒れようとはしなかった。 こちらの動きに必死にくらいつき、KOを狙った私の大振りのパンチをあと一歩のところで回避してくる。
ー違和感。
決して「強く」はない。 明らかに私が押しているし、クリーンヒットはもらっていない。
だけど、「弱い」 という表現も違う。 こっちのパンチは何度も当てているものの、決定打は全て惜しい場面で回避されてしまう。
まるで私の動きを熟知しているような、何かをここ一番で狙っているような不思議な感覚。
形勢は私が圧倒的に押しているのに、それでもKOは達成されないまま4Rが過ぎた。
攻め続けた疲労も影響してか、私のフラストレーションも溜まっていた。圧倒的な実力差があるのに、違和感の正体がわからず、KOできない。 このままでは観戦している部員にも示しがつかない。
リスクはあるが、次のラウンドはKOのみを意識しようと決心し、 マウスピースを噛みしめた。
そして5R開始直後、 私は彼女に一直線に突進し、体重を乗せた大振りを放った。
放った右拳からの手ごたえを期待していた私の眼前に、青い塊が突如出現した。
しまっーー
そう思った時にはもう遅かった。彼女のパンチは絶好のタイミングのカウンターとなって、私の顔面を打ち抜いていた。
「ぶあっっ・・・」
視界の端で自分のマウスピースがあらぬ方向へ飛んでいくのを捉え、全身の力が一気に抜ける。 そして世界が暗転する。
背中に強い衝撃を感じたあと、 わたしの視界には天井の照明が歪んだ形でいくつも映し出されていた。
嘘だ。 こんなはずない。 どうして。
朦朧とした意識を必死に繋ぎ止めながら、混乱した頭で自問自答する。
これは、もらってはいけないパンチだ。。。
世界の揺れが一刻も早くおさまってくれることを祈りながら、私は一瞬の油断を後悔していた。
耳鳴りが続く中、そんな状況でも会場が静まり返っていることが何となくわかった。
部長である私の無様な姿に、その一瞬の逆転に、全員が衝撃を受けているのだろう。
ここで諦めちゃダメだ。 私は部長なんだ。立たなきゃいけないんだ。
「う...ぐ」
手足の感覚はまだ痺れたままだったが、全身の力を振り絞って何とか立とうと必死に自分を奮い立たせた。
しかし、上半身を少し起こすのが精いっぱいで、立ちあがることがあまりにも遠い。
そんな中、彼女の艶やかな囁き声が耳元に届いた。
「・・・あぁ、 姫野部長。 イってもまだ戦おうとするんですね。 その表情たまんないです。
一度でいいから部長を私の手でイかせたくて、 ずっと部長の動きだけを研究して、部長のためだけのパンチをずっと一人で練習してたんです。」
この子は何を言ってるんだ。 朦朧とする頭が、さらに混乱した。
「部長。 初めて会った時から、 あなたのことが好きでした。
私、好きな人を壊したくてたまらなくなるんです。 加虐性って言うんですかね。
これからは、部長は私だけのものですからね。」
聞き終えた時、私の悪あがきも遂に限界を迎えた。
ゆっくりと意識の暗い底に落ちていく中で、試合終了のゴングが微かに聞こえた。
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ご支援ありがとうございます。
ヤバい女を描こうとした結果です。
いろはす
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