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【テイワットオークション】リネット 前日譚 & 拉致

テイワットのどこかで開催されている、各国の富裕層の男達が集まる人間などが売買される、闇のオークション。また次のオークションのため、新しい商品が調達されるのだった。 スポットライトに照らされる舞台上に、一人の青年と一人の少女が立っていた。客席からは熱狂的な拍手が巻き起こっていた。フォンテーヌの夜を彩るマジックショーは、今宵も見事な成功を収めた。 中央に立つのは、鮮やかな衣装を身に纏った青年リネ。彼は両腕を大きく広げ、観客に向かって朗らかに微笑む。 「これでおしまい! ご観賞ありがとうございました!」 帽子を片手に持ち、深々と一礼するリネ。その姿に観客たちはますます熱狂し、歓声と拍手の音が響き渡る。 その隣で、リネットは静かに立っていた。彼女は両手を前に揃え、無言のまま、深く一礼する。目立たない仕草だったが、それでも観客は彼女に拍手を送る。 リネットは、静かにその場に佇みながら、ほんの一瞬だけ視線を流した。客席の片隅から自分に向けられる異質な視線を感じたからだ。 (...また、いる。) 視線の熱量が、他の観客とは違う。 それは、熱狂ではなく、"品定め"するような冷たい目。 何者かが、彼女を"観察"している。 (……だが、素人だ。) それは、何日も前から感じていたもの。舞台に来る"ちょっと厄介なファン"。強い執着を持ち、限界を知らないタイプ。 プロの手口なら、もっと巧妙に気配を隠すはずだ。こんなに分かりやすく視線を送る時点で、相手のレベルは知れている。 (なら、些細な問題。) リネットは、彼らに目を向けた後、リネや観客にばれないようにため息をつく。 この手の勘違いしたファンには、適当に警戒を強めていればいい。リネやフレミネ、お父様に相談するほどのことではない。 ……そう、思っていた。 数十分後、舞台裏の控室。スタッフが用意してくれた食事と水がいつものように並べられている。リネットは、何気なく舞台に上がる前にも一口だけ飲んだボトルを手に取った。そして飲もうと口を近づけた瞬間、リネットの耳がぴくっと動く。 (...違う。) ボトルから微か匂う何かの香り、とても微かな違いだが、彼女の鋭敏な感覚は、その不自然さを捉えていた。 (誰かが...開封した?何の為?) そして、食事に視線を落とす。表面に何かがかかっているような気がする。 (何かの...薬?) しかし、リネットはそれよりも気になることがあった。リネは、まるで何も気にすることなく、普通に食事を取っている。 (...リネの方には何もない...狙われているのは、私? 何のために?) 何者かが、自分にだけ異変を仕掛けている。だが、これはあまりにも分かりやすい罠だった。 (こんな手口...プロじゃない。) 毒物や催眠薬を仕込むなら、もっと慎重にやるはず。自分がやるとしてももっと上手にできると心の中で感じた。しかし、今回の細工は、あまりにも拙い。 「食べないのかい?」 リネが、食事の手を止めて食事を見つめるだけのリネットに尋ねる。リネットは、何事もなかったかのように淡々と答える。 「ん。省エネモード。」 「少しは食べておきなよ」 リネは微笑みながら、スプーンを口に運んだ。リネットは、一見無関心な様子を装いながらも、内心で静かに推理を巡らせた。そして一つの結論にたどり着く。 (公演の途中に...不自然なタイミングで長い間一人いなくなっていた...今の所あやしいのは...劇場にいた、あの男たち) 舞台の客席にいた、リネットに視線を向けていた”やっかいなファン”の男たち。 (バレバレな罠。相手は素人...些細な問題...これ以上、深く考える必要はない。) リネットは、この罠を回避したと思っていた。しかし、それこそが最大の誤算だった。 夜。リネットは自分の部屋で、ティーカップを手に取った。 自分で淹れた紅茶。リネットは講演後、食事も水も避けた。だが、さすがに自分で用意したものまで疑う必要はない。 そう思いながら、口をつけようとするが、しかし脳裏に舞台袖での記憶がよみがえり、念のためチェックをする。 (...異常なし。) 慎重に香りを嗅ぎ、味わい、温度を確かめた。特に違和感は感じられない。 紅茶の安全を確認をしたリネットは、机の上に置かれているスプーンを無意識に手に取り、紅茶をかき混ぜる。それこそが、仕掛けられた罠だった。 スプーンに仕込まれた特殊な加工。それは、熱い液体に浸かることで薬が溶け出す特注品だった。 舞台袖で仕掛けられた明らかな罠。だが、そのあからさまな罠が相手の狙いだった。分かりやすい罠を見せ、”やっかいなファン”を演じる事で相手のレベルを低く見せる。一度看破したことで、リネットの警戒心は一度高まり、そして緩む。敵はそれを見越していた。自分の方が一枚上手だと思っていたリネットは男たちの手の上で踊らされていたのだ。 紅茶を仕掛けが施された薬でかき混ぜた後、リネットはティーカップを傾け、唇を静かに触れさせる。紅茶の温かさが、舌の上に広がっていく。 紅茶を飲み干したリネットは静かにベッドへと体を預けた。瞼を閉じて眠りへと落ちていく。 遅効性の薬は、ゆっくりと、確実に彼女の身体に浸透していく。 そして──数時間後の深夜。リネットは、唐突に目を覚ました。 (...ッ!) 呼吸が浅い。 体が重い。 瞬間的に体勢を変えようとするが、全身が妙な感覚に包まれていて、まるで自分の体ではないような違和感があった。 (なにかが、おかしい...) 視界はまだぼやけている。寝汗が異様なほど流れているのが分かった。 服の内側がじっとりと湿っている。シーツがまとわりつき、肌がわずかに動くだけで、痛いほどに擦れる感触が伝わる。 (これは...) 喉が渇く。いや、それだけではない。肌が、異常なほど敏感になっている。 呼吸をするたび、シーツが胸元や腕に触れるだけで、微かに震えが走る。自分の体とベットの間に挟まる尻尾の感覚を敏感に感じてしまう。普段なら意識もしない布の擦れが、まるで直接肌を撫でられるかのように強調されていた。 「んっ...」(...これは...まずい。) 焦りとともに、体を動かそうとするが、動かない。 指先が痺れ、思うように力が入らない。喉を鳴らそうとしても、声が出ない。まるで、全身が麻痺しているかのように、自分の意思で動かすことができなかった。 敵の仕掛けた罠の効果が、今まさに発現していた。 リネットは、必死に意識を集中させ、呼吸を整えようとする。だが、いつも通りの冷静さが保てない。体中が微細な刺激に過敏に反応してしまう。 (...紅茶...!) 遅れて、ようやく思考が繋がる。自分で淹れたはずの紅茶。そこに罠があった。 (いや、紅茶ではない...グラスの底...?いや...スプーン...?) 色々な思考を積み重ねるが、体は一切動かない。敏感になった体で布の感覚を感じるだけ、体に熱をためる毛布をどかすことすらできない。最も警戒していたはずの自分が、見事に嵌められた。 (...最悪) リネットは、動かない指をゆっくりと握ろうとした。しかし、それすらも思うようにいかない。 指先がわずかに震えるだけで、微かな痺れと共に、異様なほどの感覚が広がる。まるで、自分の皮膚が空気を感じ取るほど鋭敏になってしまったかのように。 (...動け) 理性を総動員し、体を動かそうとする。しかし、全身に広がる異常な感覚が、それを阻害する。 狩る側だったはずの自分が、完全に捕らえられていた。 それを悟りながら、リネットは歯を食いしばる。そして、静寂の中で、ただ毛布に包まれたまま耐え続けるしかなかった。 敵の罠が、これほどまでに巧妙だったとは。彼女は、深く、深く後悔した。 そのまま数十分間経過する。緊張から、発汗はさらにひどくなり、シーツが肌にぴったりと張り付いている。息が浅く、身体は重い。手足の感覚が鈍り、力を込めてもわずかに指が震えるだけだった。 そんな中、ふと、異変に気付いた。 (...影?) 部屋の隅、窓際のわずかな動き。窓の外の街灯の光に照らされ、部屋の内側の壁に浮かび上がる人影。 (...誰か...いる。) 経験からくる本能が警鐘を鳴らしていた。 カチリ。 窓のロックが静かに解除される音がした。音を立てずにじわじわと開かれる窓。夜風が流れ込み、カーテンがわずかに揺れる。影が滑り込むように部屋の中へと入り込んでくるのが見えた。物音ひとつ立てない。まるで影のように、冷徹で、手慣れた動き。 敵が、入ってきた。普段から冷静なリネットの胸が警戒心でドキドキと高鳴る。敵を目の前に無防備を強制されている。身体が動かない。 (プロ...) 舞台裏で感じた"素人の罠"とは、明らかに違う。これは、洗練された動き。狩ることに慣れた者の足取り。 (...あのバレバレな罠...私が思考を...誘導された...?) いつもマジシャンを見ているはずなのに...相手のトリックに上手くだまされた。リネットは、歯を食いしばった。そうだ、最初からこれはプロの仕掛けだったのだ。その間にも、影は部屋の中へと滑り込んでくる。暗闇の中、複数の足音が微かに聞こえた。 (...二人...いや...三人。) ベットの上で首すら動かせずに固まっているリネットに影が近づいてくる。その影はリネットに顔をみえないように低姿勢で動いていた。男たちは言葉を発することなく動く。リネットの状態を確認するように、一人がベッドの脇へと歩み寄った。 ベットの上で身動きができないリネット。完全に囲まれている。もう、逃げられない。 「...」(...来る...!) 今動かなければ。今、抵抗しなければ!そう思って力を込めようとするが、腕はわずかに震えるだけで、まともに動かせない。 「...」(動いてっ...!) 男の手が、ゆっくりとリネットに伸びる。布団をめくられ、汗ばんだ肌に風が触れる。 布団をめくった男はリネットの体に触れた。 「...っ!」 全身に嫌悪感が走る。しかし、声を上げることすらできなかった。薬が効いている事を確認した男は、手が彼女の口元へと伸ばした。 一瞬で、口に黒い布が巻き付けられた。甘い匂いがする布。多分これにも薬が含まれている。呼吸を止められず、布にしみ込んだ薬を吸わされてしまうリネット。薬で痺れた体と物理的にふさいでくる布。二重のガードで声を上げられなくなる。 (...助けを...呼べない...。) 次に、視界が暗転する。目隠しがかけられた。男たちは慎重に、彼女の身体を持ち上げる。 完全に、捕らえられた。 音を立てずに侵入し、音を立てずに捕らえ、音を立てずに連れ去る──プロの仕事だった。 (...リネ...。) 兄の名が脳裏をよぎった。しかし、リネットはその名前を口にすることも許されなかった。 そのままリネットは、闇の中へと連れ去られていく。

【テイワットオークション】リネット 前日譚 & 拉致

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