「ふふ、ねえ観ないの? 今あなたが喋っているわよ? ほら」
そんな膨らませた腹の主は、なんとも楽しそうな声で男が入ったグラスを軽く揺らす。
「うっぷッ……」
そうは言ってもグラグラ揺らされるグラスのせいで、男は自由に身動きが出来やしない。
そもそもが、グラスが揺れていなくとも自力で立ち上がる事すら叶わなかったのだが。
濃い酒の匂いで酔ってしまい、フラフラになっているせいで……。
「あ、ごめんなさい。 私が揺らしちゃってるせいで観られないわよね。 じゃあ、はい! こうすればあなたも観られるでしょう?」
そんな状態の男を知ってか知らずか、男には自分で動く力がないのだと察した美奈子は、手に持っているグラスを二本の指だけの力でクイッと回す。
おかげでお腹を埋め尽くしていた視界は回転し、彼の目にも映像が観られるようになるのだった。
『ほ、本当に俺は助かるのか! 死なずに済むのかっ!』
『ええ、そうですね~。 まあ、運が良ければって話ですけど』
映像では確かに美奈子が言ってる通り、彼――自分が喋っている所であった。
助かるかもしれないって言われた言葉に、希望にすがった表情をして。
『運がよければ……?』
『そうですよ、お客様が君を噛まずに丸呑みして、胃の中に流れてくるお客様が飲み込んだ唾液をずっと飲んでいればですけど』
『だ、唾液を飲んでいればいいのか?』
『ですね、知ってるでしょう? 女の子の体液を摂取すれば、身体を再生する力が強くなるって。 だから飲んでいれば胃液に溶かされずにそのまま外へ出てこれるかもしれませんよ~? まあ、生きて外へ出られた話なんて聞いた事はありませんけどね♪』
『そんなッ! ――ふ、ふざけるなッ! 助かるってまったくの嘘じゃないか!』
『嘘じゃないですよ~もうっ! これまで生きて外に出られた子がいなかっただけで、あなたが人間の体内からの生還者、第一号になるかもしれないんですよ? だから運が良ければって言ったんですぅ!』
『そ、そんな、無理だ……食べられて人間の体内から生きたまま外に出るなんて……』
『あれれ~諦めちゃうんですかぁ? 確率が低くても助かる可能性があるのに。 どっちみち君はお客様に食べられちゃうんですよ?』
そう、結局は食べられてしまう。
(ぅぅ……そ、そうだ。 この時俺は、可能性があるのならかけてみようと思ったんだ)
自分が映る過去の映像を観て、話していた会話の内容を思い出したようだ。
この後、自分がカメラに向けて何を言っていたのかも。
『お、俺は……まだ生きていたい。 死にたくない……』
『ならこの映像を観られているお客様に、君がどんな風に食べられたいのか伝えないといけませんよね。 この映像を上映する前に、君がまだ食べられずにいたらのお話ですけど♪』
『うぅ……わ、分かった……』
男は器に入っている果実水に立ち泳ぎしながら、カメラの方に視線を向ける。
覚悟を決めたかのように真剣な表情をして。
『ど、どうか……俺を食べる人はせめてもの慈悲で噛まずに飲み込んで下さい……。 まだ……まだ生きていたいんです。 だから……お願いします……。 生き残るチャンスを……俺に下さい……』
『はい、よく言えました。 あ、でも食べ方はお客様の自由ですので、この子のお願いを聞き入れなくても良いですからね。 咀嚼して食べたければそのようにして頂いても♪ じゃあ次の子にお話を聞きましょうか』
カメラは移動し、隣にある器の中に入っている男達に向けられる。
また違う別の男が喋っている中、広い室内に生唾を飲み込む音が大きく鳴った。
これは美奈子の喉から発せられた嚥下(えんげ)の音。
今、まさに食べる予定にしている男の言葉を聞いての……。
そんな美奈子は、お腹の前に持っていたグラスをゆっくりと持ち上げていく。
このグラスを持ち上げる動作――ただそれだけの人間の手の動作で、耐えがたい重力が男に襲いかかる。
「う……ぐぅわぁぁ……」
急激に上昇していく身体。
美奈子は確かにゆっくりとグラスを持ち上げていってるのに、エレベーターなんて非じゃないほどの速度で上がっていく。
お腹から胸、胸から喉、口の前にへと。
「ひぃっ……」
「……あら? プルプル震えちゃってる。 うふふ、怖いの?」
男はすぐ眼前にある唇に、恐怖を覚えて震えてしまっているようだ。
目の前で美奈子が一言喋るたびに生々しく動きみせるその巨大な唇は、男からすればあまりに悍ましくて恐ろしさを感じさせているからだ。
もちろん美奈子は、男が自分の口を見て恐怖を抱いているのを分かっている。
人間に食べられてしまう恐怖という気持ちを、男が自分で語っていたので。
「気の毒だと思うけど、そんなに怖がらないで? お口の中の柔らかい舌で、優しく包み込んであげるから。 ほら見て、私のお口の中はもうとろとろ……。 あなたを味わいたくて涎が溢れちゃってるのよ? あ~んっ」
見せつけるように口を開く美奈子。
粘液の糸を引く口の中は、彼女の言う通りとろとろとした唾液で溢れていた。
「ねえ、どうかしら? 私の口の中。 気持ち良さそうでしょう? うふふ❤」
「た、助けてくれ……俺を……食べないでくれよ………」
「……そんな事を言わないで、ね? 噛まずに飲み込んで、あなたのお願いをちゃんと叶えてあげるつもりにしているから」
膨らんだお腹を片手でゆする美奈子。
そうした行為に、お腹からはゴポゴポといった腸蠕動音(ちょうぜんどうおん)が鳴る。
美奈子が食べた男達の、溶かされている最中のお腹の音が……。
「じゃあそろそろいただくわね? あなたが来るのを皆も待っていると思うわ、私のお腹の中でね……うふふ❤」
「ぁぁ……ああぁぁぁッ!」
グラスの淵に口を付け、徐々に傾けていく美奈子。
男をたやすく入れられるぐらいの口を開きみせて。
「いやだぁぁぁぁッ! ――うぶぅぅッ!」
グラスに残っていた小人酒が、美奈子の口の中へ急流の如く流されてゆく。
それは男も一緒に、酒の中に入っている果実みたく口の中へと。
「ゴボッ……ゴボボッ!」
(い、息が……)
男は美奈子が口の中に含んだ酒の中で溺れていた。
勢いのある流れに苛まれてパニックを起こし、平衡感覚が狂ってしまったために。
その他にも酒の匂いに酔っていた原因もあるだろう。
……だが、
男を溺れさせるほど満たされていた酒は、一瞬にして暗闇の奥底まで流れていったのだった。
美奈子は器用に彼だけを口の中に一人残し、酒だけを飲み込んだため。
「――ぶはぁッ! ゴホッ……ゴホッ!」
男は苦しそうに咳き込む。
ビチャビチャと誤って飲んでしまった酒を吐き出して。
「ハァハァ……楽になってきた……。 しかしここは……? も、もしかして、俺はもう飲み込まれてしまったのかっ⁉」
周りには紅黒い肉の壁。
男の前方には深い穴があり、その穴の真上からは一本の太い物体が垂れ下がっている。
ピクピクと……悠然に動いて。
また、上下左右には白い岩みたいな物が綺麗に生え揃い、それは外の景色が見える出口の上下にまで並び続いていた。
それらを見て、自分はまだ飲み込まれずにいるのだと気付く。
未だ自分は……人間の口の中――舌の上にいるのだと。
何故なら男が見ていた得体の知れない物体は、人間の口内にある物ばかりであったからだ。
あの垂れ下がっていた物は喉ちんこであり、そして白い岩みたいな物は歯であると。
「ま、まだ飲み込まれていないんだ……。 ――だったらッ!」
そう、まだ飲み込まれていない。
ゆえに男は急いで舌の上を這いながら、外の景色が見える出口へと向かう。
まだ助かるのだと、その一心で。
「あぁぁッ! ぃやだぁぁぁ! 閉じないでくれぇぇぇッ‼」
だけど無情にも、外の景色が見えていた出口は塞がれていくのだった。
男を口内から逃がさぬよう、上下の唇がピッチリと……。
「そんなぁ! 出してくれぇ! ここから出してくれよぉッ!」
閉じてしまった唇の裏を両手で叩いて、男は泣き叫ぶ。
一瞬でも助かると思ってしまったからこそ、深く絶望してしまって。
そんな男に更に追い打ちをかけるように、舌がうねりだした。
「ひぃあぁぁッ! ごぶぅッ! や、やめてくれぇぇぇッ!」
コロコロと口内で男の身体を転がしたり、持ち上げたりして。
一方、美奈子は薄く笑いながら男の身体をしゃぶっていた。
チュウチュウ吸ったり、舌の上で転がしたりして弄びながら。
「ひぃぃぁぁぁッ!」
自分の口の中で男が泣き叫んでいる声が聞こえているというのに、舐るのを止めようとはしない。
寧ろもっともっと男の身体を舐りあげる。
「ゴボォッ! おぁぁ――ゴブゥッ!」
次から次へと唾液が分泌されている口内。
まるで一種の愛液のように、男を感じてだくだくと……。
まあ、だけど違う。 決して愛液なんてもんじゃない。
これはただ食べ物に向けて、口内に唾液を溢れさしているだけにすぎない。
美奈子はそんな溢れる唾液を男の身体に目いっぱい浸しながら、口の中でなおも舐り転がしていた。
いや、これはもう嬲っていると言ってもいいか。
何故なら男は上あごに押し付けられたり、奥歯の上へと置かれたり、そして舌の裏に挟まれたりしているのだから。
ただの舌の動きで、口内のあちこちに移動させて。
「ぐはぁッ! ぐぇッ! ――がっはぁッ!」
ああ、美奈子は知る由もないだろう。
自分の口の中でどれだけ男が恐怖し、辛い思いをしているかなんて。
しかしそれは仕方がない事だ。
美奈子は単に男という食べ物を味わっているにすぎないゆえ。
……そんな男を口の中で味わい、男にとっての拷問を与える美奈子。
だけどかような拷問はいつまでも続かない。 当然だが終わりはある。
人間に味わい尽くされた食べ物は、この後どうなるのかが決まっているので。
(あら? 味がしなくなってきたわ……。 んー名残惜しいけど、もういいかしら)
あれほど男を蹂躙していた舌の動きが突然と変化した。
それは男を喉奥へと誘う動きに。
「ぅぅ……え? あぁッ! いやだぁぁッ! 飲み込まないでくれぇぇ!」
喉奥が広がりだし、垂れ下がっていた喉ちんこは男を迎え入れようとしてか上に縮みだす。
かような喉奥の動きを見て、男は自分がこれからどうなるのかを悟ってしまい、力の限り必死に美奈子に向けて叫ぶ。
……だけど、
美奈子は男の必死な叫びもろとも、飲み込んでしまったのだった。
なんら戸惑いをみせる事なく、普段食べている食べ物と同じように……。
「ふぅ~食べちゃった❤ 約束を守って丸呑みしてあげたわよ? うふふ♪ 運が良ければ明日には出して上げられると思うから、溶けちゃわないように頑張ってね。 生きていたらまた会いましょう」
胃の中に入っているであろう男に向けて優雅にお腹をさすっている。
慈しみのある表情で、膨らんだお腹を。
その姿はまるで赤ちゃんに向けての行為みたいだ……。
実際は、美奈子がディナーとして食べた物しか入っていないのだが。
『お客様、小人達のドキュメンタリー映画は楽しんで頂けましたでしょうか? 今回はここまでとなりますので、引き続きパーティーを楽しんでくださいね』
『ゴシチョウ、ありがとうございマシタ』
ブーッ! といった、けたたましいブザーの音がシアタールーム内に響き渡る。
「あら?」
その音で、美奈子は今さらながら映画が終わった事に気付いたようだ。
「舐めるのに夢中になってしまって、後半をまったく観ていなかったわ……」
映画の全部を見ていないというのに、どこか満足げな表情をしている美奈子。
それもこれも、映画に映っていた男との素敵な出会いをしたからだろう。
「さて、お腹もこなれてきた事だし、そろそろ “景品のあの子” を使いにいこうかしら。 ――よいっしょ」
座席の手すりを掴んで、どっかりと座っていた重い腰を持ち上げる。
その際、美奈子のお腹の中からゴポリゴポリといった水音が鳴り響く。
先ほど飲んでいた酒や、唾液、そして胃液の音が……。
「確か真ちゃんの同級生の男の子だったわよね? ふふ、楽しみ♪ どんな子かしら」
そう言って、美奈子はシアタールームの出口へと歩いていく。
何十人という人間が入っているお腹を自慢げに揺らして……。
「ひぃぁぁぁぁッ! こ、これって人かッ⁉ ああ、人が溶けた死骸だこれはッ! い、いやだぁぁ出してぇ! ここから出してくれぇぇぇぇ」
そんなお腹の中で、一人、先ほど食べられた男が叫んでいた。
先に美奈子に食べられ丸呑みされていた、胃液によって皮膚が焼け爛れた男達の死骸の中で。
果たして彼は生きたまま外に出てこられる事ができるのか……。
その結果は、運が良ければ明日にでもわかる。
美奈子に便意を感じさせた、その時に。
生か死か――。
――美奈子の排泄物となり、変わり果てた姿となって出てくるのか。
――それとも排泄物に混じった意思のある異物として出てくるのか……。
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読んでいただき、ありがとうございます!
次回は12話で少し書いていた岩田正司との出会いと、結果のお話になります。
結果は予想通りの展開にはなっちゃいますが……。 生か死かというタイトルなのに('ω')
広域はんい
2023-09-18 06:22:49 +0000 UTCzexcy15
2023-09-17 22:27:14 +0000 UTC広域はんい
2023-09-17 08:40:15 +0000 UTCさかな
2023-09-16 23:30:48 +0000 UTC