「それでは、時間になりましたので本日はここまで」
大学の講義が終わり、ガヤガヤと一斉に室内は騒がしくなる。
九十分もの長い講義から解放されたおかげで。
「つっかれたぁぁ」
それは隣に座っている私の友達も同じで、んぅぅ~ッ! と胸を張って大きく伸びをしていた。
「はぁ……今日の講義全部終わったよ。 卯月はどう?」
「私も今日は午前の授業だけしか取ってないから終わり」
「そうなんだ! じゃあさ、帰りにどこか寄って行かない?」
「ごめん、私ペットを飼い始めたから早く帰らないといけないの」
机に置いていた教科書や筆箱を鞄の中に仕舞いながら話す。
「えっ⁉ ああ、とうとうペットを飼ったんだ。 最近どんな種類の動物を飼うかってずっと迷ってたもんね。 でっ、結局は何にしたの?」
「狸にしたよ」
「――へっ⁉ たぬきって、え? ちょ、何それ」
「ふふ、ポン吉って名前なんだぁ。 子豚みたいな見た目をしてるけど、すっごく可愛いよ。 ブゥブゥって鳴いたりするし」
「またすごい珍しいの飼ったね……卯月。 というか、あれ? 狸ってそんな鳴き声だった? もっと違った鳴き声だったような」
「ん? 違うの? もしかするとおデブちゃんだからそんな鳴き声になってるのかも――と、ごめん! 私そろそろ行くね、ポン吉が家で寂しがってると思うから」
「あ、うん、分かった。 今度私にも見せてね!」
友達に向けて手を振り、急いで講義室から出ていく。
家で待ってるペットになった彼を思い馳せて。
「お利口にしてるかな、ポン吉」
耳の生えた彼の顔が浮かんできてニヤけてしまう。
決してかっこよくはない。 どちらかというとブサイク。
だけど何処か愛嬌があって可愛い。
なので早く会いたくて、ズンズンと廊下を進むのだけど……そんな帰ろうとする私を後ろから呼び止める声がした。
「卯月! ちょっと待ってくれって」
聞き慣れた声。 正直このまま無視をしようかと思った。
でもそういう訳にもいかず、渋々足を止める。
「何? 大輝」
私を呼び止めたのは『柿澤 大輝』。
同じ大学に進学した、高校の頃からつい最近まで付き合っていた人。
「なあ、いい加減機嫌を直してくれよ。 あの娘は俺がしている家庭教師先の生徒で何でもないんだって」
「……そう」
彼とはこれまで別れたり寄りを戻したりしてきた。
別れる原因はいつも同じ。 彼の女性関係について。
「そうってなんだよ、あの日、お礼をしたいって言われたから一緒に買い物に付き合っていただけで、ほんとそれだけだったから」
嘘だ。
私は知っている。 街中で偶然見てしまった。 彼がその生徒とホテルに入っていくのを。
「だから卯月の勘違いなんだって。 俺の好きな人は卯月だけなんだよ……マジで」
好きな人は私だけ。 これは一種の魔法の言葉。
その言葉を聞いて、いつも私は許してしまっていた。
一般的に大輝は見た目が良く、私自身が彼を手放したくなくて。
だから今回も魔法の言葉を言えば、きっと私が許すと思っているのだろう。
そんな訳ないのに。
「大輝、その娘の事が勘違いだったとかそんなのもういいの」
「良かった! 卯月なら話せば分かってくれると思ってた」
私が許したのだと勘違いしたのか、大輝は顔を緩めている。
「違うわ、大輝の事がどうでも良いと言ったの。 私達はもう別れているのだし」
「は? どうでも良いって……え?」
「今回の子だけじゃない、これまでの子だってずっと私は我慢していたけど、それも終わり。 だからもう話しかけてこないで」
「ちょ! えっ⁉ う……卯月?」
始めて言った本気で突き放す言葉に大輝は茫然としている。 信じられないような表情をして。
本心を言えばこんな彼でもまだ好きな気持はある。
彼の良い所や優しい所を、長く付き合ってきたからこそ知っているので。
「…………」
ああ、自分が嫌になる。 まだ私は大輝に未練があるみたいだ。
心の内で別れたくない、嫌だよと叫んでいる私がいる。
(でも駄目。 ここで許してしまうと今までと同じ事の繰り返しになってしまうわ。 それに、大輝がポン吉にしてきた事もあるし……)
そう、彼はポン吉に酷い事をしていた。
私も無関係ではないけど、人生を……人を辞めたいと思わせるほど追い詰める事を。
だから、私は大輝に告げる。
「さようなら大輝」
という決別の言葉を。
「え? さよならって……何を」
何か喋っている大輝を放って、私は足早に廊下を歩きだした。
私にはもう、彼に何も話す事は無くなったから。
………………
…………
……
◇
広いリビングのソファーの上。
僕はそこでうつ伏せになって、大学に行ったご主人様の帰りを待っていた。
(まだなのかな、ご主人様)
部屋の台に飾ってある時計を見ると、ちょうど針は十三時を刺した所。
帰りはお昼ぐらいになると言ってたから、きっとそろそろ帰ってくるはずだ。
(それにしても暇だ……)
一人で出来る事がない僕は、ただ飼い主を待つのみ。
昨日の夜は十分な睡眠をとっていたせいで、寝て暇を潰す事も出来ず、ただぼんやりと。
そう、昨日はあれからすぐに寝た。
疲れたでしょうと、ご主人様が気遣ってくれて。
だからご主人様とはまだしていない。
身体を慰めるご奉仕を。
チャリチャリ……
そんな事を考えていたら、玄関の方から金属が擦れる音がした。
(ん? 何だろ……あっ! この音って鍵の音だ! 帰ってきたんだな)
僕は急いで玄関へ向かう。
二足歩行はせず、赤ん坊のようにハイハイをして。
ペッティーが自分で移動する時は、いつもこうしなければいけないので。
人間と同じように二足歩行をするなんて、僕らには許されていないから。
(ふぅ……ふぅ……つ、着いた)
僕が玄関に辿り着いたと同時に、丁度ドアが開いていく所だった。
それを見てホッと胸を撫でおろす。
ペットとして、自分のご主人様を出迎えるのに間に合ったからだ。
ガチャンッ!
「ん……えっ? ポン吉、私を出迎えてくれたの?」
「ブブゥッ!」
玄関のドアから現れたのは、白を基調とした服装で、太ももまでのグレーのスカートを穿いた花園さん。 昨晩の夜に見たドレスとはまた違った、年相応の恰好をしたご主人様だ。
そんなご主人様は僕が玄関にいた事に驚いている。
だから元気良く鳴いて返事をした。
そうだよと、腰に植えつけられた尻尾もブンブン振って。
「うふふ♪ ただいま」
玄関まで出迎えたのが嬉しかったみたいで、ご主人様はしゃがんで僕の頭を撫でてくれる。
たったこれだけの行動をしただけなのに、本当に喜んでくれるのでこっちまで嬉しくなる。
そしてひとしきり僕の頭を撫でたご主人様は、その場から立ち上がって玄関からリビングへと向かうのだった。
途中、洗面所に寄って手洗いうがいを忘れずにしてから。
「ごめんね、帰るのが遅くなっちゃって。 私が大学行ってるあいだ暇だったでしょう、何をしてたの?」
「ブゥ」
リビングに入って早々、申し訳なさそうな顔で話しかけてくれるご主人様。
僕は喋る事ができないため、ジェスチャーでソファーの上でずっと過ごしていた事を伝えた。
「ん? ソファー? あ、そっか……ずっとそこにいたんだね。 じゃあそこでテレビを……て消えてるね。 暇だろうからテレビを付けたまま朝出ていったのに。 ポン吉が消したんだよね? 面白くなかった?」
テレビは確かに暇つぶしになる。 特に今の世を知るニュース番組とかは。
だけどもそれは最初の内だけ。 後から流れるニュース番組は同じ出来事をなぞるだけになるから消したんだ。
ご主人様は気にしなくても良いと言うかもしれないけど、余計な電気代とかをあまり使ってほしくないため。
それでなくても僕のために冷暖房器具をつけっぱなしにしてくれているのだから。
「ブウゥ~」
「わわっ!」
僕は気にしなくても良いよとご主人様の足下に行って顔をこすりつける。
あの猫が良くする似た行為を。
「ふふ♪ 急にどうしたの? 私に甘えてるの?」
最初は驚いていたが、僕が足に顔をスリスリ擦りつけているのを受け入れてくれてるご主人様。
「あ、もぉう! くすぐったいよ♪」
そればかりか僕が甘えてると思ってご主人様は若干嬉しそうな声を出している。
(しかし、何度も色々な人のを見てきたけど、この光景はやっぱりすごいな……)
人間の足下だからこそ見れる、スカートの中を見上げる景色。
それは、女性の大事な部分を薄布のパンツで隠した、煽情的な空の景色を作っていた。
(本当にすごい景色だよ……)
これは女性が穿いているパンツの種類で、見上げる空の様相が変わる。
透けたのを穿いている人は、その中にあるゴワゴワとした陰毛までもが見えている空を作っている。
紐みたく面積が少ないのを穿いている人は、股間やお尻にキュっと布を食い込ませた、肌色一面の空の景色を作っている。
また、役割を果たせているのか分からないが、紐の代わりにビーズみたいなので股間部を覆った空の景色を作っていた人もいた。
僕からすればどれもが信じられない空の景色。
ここまで下着に種類があって、穿かれた下着はどういった形に変形せしめるのか知らなかったから。
そして今回の主人、元同級生である花園 卯月様も煽情的な空を作っていた。
薄い白のパンツに股間を食い込ませているせいで、割れ目の形がハッキリと分かってしまう空を……。
(真上から見下ろしているから僕が見てるって気付いてるはずだけど、これまでのご主人様と同様に花園さんも隠さないんだな)
その理由は分かっている。
僕は花園さんに飼われる動物なのだから隠す必要がないんだと。
だから、ご主人様がこうして恥ずかし気もなく堂々と見せているという事は、僕をペットとして見ているという証。
どのご主人様もそうだった。 同じ人として見ていないよと、無言の行動で僕に伝えているんだ。
「あれ? これって……。 ――んっしょっと」
そんな真上から眺めていたご主人様は、僕を不意に抱き上げてソファーの上に座る。
そして膝の上に僕を乗せ、お腹を上に向ける形になるよう仰向けに転がしたのだった。
「ほ、本当に大きいよねポン吉のって」
だから分かった。 ご主人様が言っている大きいとは、僕の股間を見ての事だと。
どうやらご主人様のパンツを見て、自分も気付かず膨張してしまっていたようだ。
下から見上げる女性のパンツの世界は、見慣れていたはずなのに。
まあ多分だけど、元同級生のだからこうなってしまったんだと思う。
知っている人の……一生関わる事もないと思っていた女子のを見て、変に興奮してしまって。
「ブッブウゥッ⁉」
「わわ、ピクンピクンしてる」
ご主人様は僕の股間が気になるのか、無遠慮に触ってくる。
だが握るわけじゃなく、指先でツツッと撫でるように。
それがほんの少しだけの刺激なのにまた何ともいえなくて、股間は激しく波打ってしまう。
熱を持ち、暴発してしまいそうになるほど。
「ブゥッ! ウゥゥ……」
そんな僕の股間を撫でていた指先は、後少し! 後もうちょっとで――という所で、何故か離れていってしまった。
「もう、出そうとしてたでしょう! 今は出したらだめっ!」
怒られた。 ご主人様から触ってきたというのに、酷い……。
「言ったでしょう? 夜までお預けだって」
「ブ、ブウゥ……」
ご主人様が言うお預けとは、前日の寝る前に交わした約束の事。
今晩僕を使って愉しむためにした……。
だから僕は出す事が許されていない。
ご主人様が、貴重な僕のを味わうために。
また、食事も昨日から与えられていない。
お腹を空かせた僕に、たくさん身体を舐らせるために。
つまりはそう、今日の夜から本格的に始まるんだ。
愛玩動物としてだけじゃない、本来のペッティーの役割を果たす仕事が。
同級生であった女子に、バター犬みたく使われるというご奉仕が。
「ポン吉、頑張って我慢してね? 夜になったら我慢した分――解放させてあげるから」
「ブ、ブウッ!」
解放させてもらえる。
それはどれだけ気持ち良いのだろうか。 どれだけお腹が満たされるのだろうか。
ご褒美の言葉に目を瞑ってグッと我慢をする。
股間の膨張を抑えるため、ひたすらに。
「ふふ、ポン吉ったら一生懸命我慢してる。 じゃあ気分を変えてちょっと遊んでようか。 夜までまだまだ時間もあるし」
そう言って大学に持って行っていた鞄をあさり出すご主人様。
そして、鞄の中から取り出したのは――
「ジャーン♪ 実は帰りにペットショップで買ってきたんだ」
水色のゴムボールだった。
「ブブゥ⁉」
僕は絶望の声を上げる。
何故ならこのゴムボールを使って、ご主人様は僕とどういった遊びをするつもりなのか察してしまったからだ。
ボールを転がして、犬みたく取ってこさせようとしているって事を。
「じゃあ、行くよ? ポン吉」
その証拠にほら、ポンッポンッポンとリビングにボールが跳ね転がっていく。
ご主人様がボールを投げたから。
「どうしたの? 取ってきて」
同級生だった女子からの、完全なペット扱い。
でもそれは良い。 寧ろペットとして扱ってほしいと僕から花園さんに望んでいた事。
しかし、これだけは嫌だった……。
ゴムボールや、その他にも何かを投げて僕に取ってこさせる遊びは。
だって、
「ブヒィ……ブフゥ……ッ」
しんどいんだこれが。 四つん這いになって走り続けさせられるというのは。
しかも僕は太っているのだから尚の事だ。
「もう、ポテポテ歩いて……ほらポン吉、こっちに戻っておいで」
転がったボールを口に咥えて戻る。
床に正座をし、両手を広げて待っているご主人様の元へ。
「偉い偉い、お利口さんだねポン吉」
ボールを咥えて戻ってきた僕に、ご主人様は嬉しそうな表情をして頭を撫でてくれる。
良く出来ましたと褒めてくれるみたく。
「はい、もう一度投げるよ? それ~♪」
「ブ、ブブゥッ⁉」
ひとしきり僕の頭を撫でたご主人様は、拾ってきたボールをまた投げてしまう。
「ブヒィ……ブヒヒィ……」
もう既に体はクタクタで息切れもして辛いけど、それでも僕はボールを拾いに行く。
口に咥えて拾っては受け渡す行為を、何度も何度も。
これも人間に癒しを与える、立派なペッティーの仕事であるため。
それに……こんな僕と遊んでいるご主人様の表情は、とても楽しそうだったから。
こうして遊んだり、お互い一緒に色々な事をしつつ、刻々と時間が過ぎていったのだった。
人間の快楽のために使われる時間へと……。