高校生の頃に同級生だった人が住むマンションの一室。
僕はリビングに置かれているソファーの足下の床の上で、犬猫のように座っていた。
いや、ようにというのはおかしいか。 一ヵ月という期限付きではあるが、昨日の夜から僕はそんな同級生だった人――『花園 卯月』さんにペットとしてまた飼われているのだから。
本当に……本当に動物として、人間同士として扱われる事は一切なく。
そんな卯月さん、いやご主人様は、今はキッチンの掃除をしている真っ最中。
棚の食器を整理したり、床やテーブルを拭いたりしたりして。
「ふぅ~これぐらいでいいかな。 どう? 綺麗になったでしょう~ポン吉」
キッチンからドスドス歩いて、僕が伏せている目の前に屈むご主人様。
僕に褒めてほしいらしく、ご主人様はワクワクといった様子でこちらを見つめて催促しているみたいだ。
だから僕はがんばったねと労いを彼女に伝えた。 言葉ではなく鳴き声で。
「ブゥ!」
「ふふ♪」
ズシリと頭に感じる重みの後、グラグラと左右に揺さぶられる。
ご主人様はお礼にと、僕の頭を撫でているからだ。
(それにしても、この位置からだとモロに見えているんだけど……)
ご主人様はスカートの恰好でしゃがんだ体勢のため、丸見えの状態。
白色の――縦筋を作り見せたアダルトなパンツが。
されど、ご主人様はまったく気にしていないようだ。 ぜったい僕が見ているのだと気付いているはずなのに、何も言ってこないし隠しやしない。
でもこれは、こうした行動で示しているからだ。
僕は人間の愛玩動物――ペットにすぎないのだと。
だからご主人様は僕の前でさらけ出す。
決して異性には見せない、人間にとって痴態であるはずの、はしたない行為などを僕の前で。
「ねえポン吉、もうすぐお姉ちゃんが家に帰ってくるけど……昨日、私が言った事を覚えているよね?」
「ブゥ!」
覚えていると鳴いて返事をする。
昨日飼われて家について早々に、散々と言われたからだ。
お姉ちゃんに誘惑されないようにと。 自分がポン吉のご主人様なのだから、その事を忘れたら駄目だよと。
「元気よく鳴いたから、ポン吉は覚えてくれているんだよね?」
僕の両脇を持って軽々と顔の前まで持ち上げる。
そんなご主人様は、疑わしそうに僕をジッと見つめていた。
何故かような目をして見つめるのか? その理由は、お姉さんが間違いなく僕を溺愛するのが目に見えているから……らしい。
自分で言うのもなんだけど、妙な事に彼女のお姉さんは世間ではブサイクの部類に入る僕みたいなタイプが好みらしくて。
だからか、ご主人様は危機感を覚えているみたいだ。
お姉さんに溺愛されれば、絶対に自分よりも好きになるからと。 ……そんな事はないのに。
「はぁ……お姉ちゃんにポン吉を会わせたくない。 でも、一緒に住んでるんだからそういう訳にもいかないし……」
ご主人様とお姉さんはこのマンションで二人暮らしをしていると聞いた。
前回僕が飼われた時は、ちょうど旅行に行っていたらしくて会えなかったけども。
昨日も昨日で、友達と一泊二日の温泉旅行に行っていたみたいだ。
そういう事情もあり、僕は卯月さんに飼われてからお姉さんには会った事がないのだ。
「ポン吉は私のペットなんだから、私が一番。 いい?」
「ブ、ブゥ」
ご主人様は僕に強く釘を刺してくる。
こうして飼われて気付いたのだけども、結構嫉妬深い人なのかもしれない。
まあ、それは恋愛的な嫉妬とは違うだろうけども。
「もう、本当に分かってるのかなぁポン吉は。 ――えいっ! うりうりっ♪」
「ブ、ブブゥ……ブゥ」
両脇を掴んで持ち上げていた僕を床に置いて、ほっぺをムニムニと摘んで遊びだすご主人様。
「ほんとポン吉の頬っぺた柔らかい❤」
「ブゥゥ……」
僕に対する意趣返しなのか、ご主人様は頬っぺたを好き放題触り続け、中々解放してくれないのであった。
来客を告げる、家のチャイムが鳴るまで……。
ピンポーン
「あっ! お姉ちゃんが帰ってきたのかも」
パッとほっぺを摘んでいた指を放して、慌ただしく玄関の方へ走っていく。
そして、玄関の方からご主人様ともう一人の女性の声が聞こえてきた。
「ただいまぁ」
「おかえりお姉ちゃん。 温泉はどうだったの?」
「もうほんっと最高だった。 エロステが提携している旅館でもあるから、温泉施設は洗浄小人が完備されてあったし。 何よりも景色が良くて素敵だったなぁ」
「へぇ、そうなんだ」
「人畜のお料理も美味しかったから、今度はうーちゃんも一緒に行こうね。 山の中だから行くのに疲れちゃうのが難点だけど」
玄関からドスドスと床を踏みしめて近づいてくる二人分の足音や声。
それら音の元凶たる者達は、僅か数秒ほどでとうとう僕のいるリビングにまでやってきたのだった。
僕のご主人様である卯月さんと、このマンションのもう一人の主であるお姉さんが。
「ふぅ~それにしても結構歩いたから脚がパンパンに張ってる……」
「よく歩けたね、お姉ちゃんが山道なんて。 普段、ちょっとの階段を登り降りするだけでもヒーヒー言ってるのに。 ねえお姉ちゃん、もしかして八雲さんとみのりさんに迷惑かけたりしてたんじゃ」
「か、かけてないわよ? 疲れたらちょっと背中を押してもらっていただけなんだから。 うーちゃんは心配しすぎ」
「もう! 迷惑かけてるじゃん。 二人も山道を歩き疲れてるはずなのに……」
さっきからご主人様の事をうーちゃんと呼んでいるお姉さん。 二人の会話を聞くに、姉妹の仲は良いみたいだ。
そんなお姉さんは、随分とラフな恰好をしていた。
肩を出した白いシャツ一枚に、脚を出した黒いスカート姿の恰好を。
見るからに、とても山道を歩く恰好じゃないと思うのだけど……。
「まあその分二人にはお礼を言ったから大丈夫。 そんな事よりも、うーちゃんの大好物のペッティーのお肉を買ってきたよ。 温泉施設にもお土産コーナーに売ってあったから」
「ほんと⁉ 嬉しい♪ じゃあさっそくお昼にこれを焼いて食べようか」
お姉さんがテーブルの上に置いた紙袋の中からお肉の塊を取り出し、キッチンへと向かうご主人様。
(……え? ペッティーのお肉って……)
一方で僕はお肉を手にして喜ぶ彼女に驚いていた。
何故ならこのお肉は、元々は僕と同類である人であるからだ。
そう、同じであるはずなのに、ご主人様はすごく喜んで、今――まさに食べようとしている。
ペッティーとして生まれ変わった人間の……お肉を。
だというのに、ご主人様は僕の事をまったく気にしていないようだ。 見向きもしていない。
(ご主人様にとっては、こうなったらもう……ただのお肉なのかもしれないな……)
僕は知っている。 ペッティーは人間にとって牛や豚と同じ食べ物でもあると。
ペッティーとなった頃に職員さんに食べられる物として教えられ、そんな職員さんやお客様が食べている食事風景を見せられた事が何度もあったからだ。
人間にとって役に立たないペッティーは、こうなるのだと……。
だから気にしていないのかもしれない。 もしくは、僕とこのお肉を切り離して考えているのかもしれない。 自分のペットとお肉と。 同じペッティーなのに……。
「ん? あれ?」
そんな事を考えていると、お姉さんは目を大きくしてこちらを見ていた。
「うーちゃん! 何この可愛い子!」
僕の存在に気付いたお姉さんは、ドタドタと足音を響かせて物凄いスピードでこちらへ向かってくる。
あまりの速さに逃げる暇もなかった僕は、難なくお姉さんに掴まり抱きかかえられてしまうのだった。
「ブゥゥ‼」
強い力で抱かれて動けない。 というか大きなおっぱいに埋もれて息が出来ない。
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん! そんなに強く抱っこしたら駄目! 苦しがってるでしょう!」
「あっ!」
ご主人様の声で、パッとおっぱいから解放される。
「ブフゥ……ブフゥゥ……」
新鮮な空気を大きく吸い込む。 危うくおっぱいで窒息しかけた為に。
かような僕を、お姉さんは赤ちゃんみたく抱っこした状態で見ている。
お互いの顔の距離は近く、心配そうな表情をして。
「ごめんね? 苦しかったね、大丈夫?」
呼吸が出来た事にすぐに楽になった僕は、大丈夫だよとブゥと鳴いて返事をする。
「わわっ! うーちゃん、この子ブゥって鳴いたよ。 耳や尻尾の見た目で狸と思ってたけど、子豚くんなの?」
「えっと、ちゃんとした狸型のペッティーだと思う……たぶん」
「そうなんだ。 それにしても珍しいね、うーちゃんがこういうタイプのを飼うって。 私はてっきりイケメンさんのペッティーを飼うって思ってたのに。 あっ、もしかして私の為にこの子を選んでくれたの?」
「ち、違うよ! 前にも話してたでしょう? 同級生だった人がペッティーになってるって。 それがこの子、ポン吉」
「あー私が旅行中に飼ってたって話してた。 ふ~んそっか、ポン吉って名前なんだ。 うーちゃんと同級生だったって事は、人間だった時に私とも会ってるかもしれないね」
お姉さんは覚えていないみたいだけど、実は会ってたりする。
会ったといっても遠目から見たりすれ違ったりとかだけで、上級生である三学年だったお姉さんには、決して話しかけたりなんて出来なかったのだけども……。
お姉さんは学校では人気のあるマドンナ的な存在でもあったため。
だから覚えていないのはしょうがない。 ましてや僕は、一学年の頃にイジメられて学校を中退したのだから当然だ。
「ねえポン吉、私はうーちゃんのお姉ちゃんで、弥生って名前なの。 これからよろしくね?」
「ブウゥ!」
「ふふ、良いお返事。 私の事をご主人様って認めてくれたみたい♪」
「お姉ちゃん、ポン吉を可愛がってくれるのは良いけど、一番のご主人様は私だからそこはお願いね。 ポン吉も私が名前を呼んだら絶対に来ること! いい?」
キッチンでジュウジュウとフライパンの上に置いたお肉を焼きながら、お姉さんと僕に念を押してくるご主人様。
これは本気で守らないと怒られそうだ……。
「そこまで強い言い方しなくてもいいのにね? ポン吉」
「ブ……ブゥゥ」
「強い言い方って、私はただ守って欲しいだけなの! ポン吉は私のペットなんだから」
「うーちゃんって本当にこの子の事が好きなんだね。 さっきも話してたけど、趣味が変わったの? ちょっと前までぶちゃいく趣味の私がおかしいって言ってたのに」
「趣味が変わったっていうか、うーん……言われてみればぶちゃ可愛い系が好きになってるかも」
「ふふ~ん♪ うーちゃんもやっとぶちゃいくの良さが分かってきたか」
「悔しいけど、まあポン吉を飼ってから前みたいに嫌悪感を抱かなくなってるよ。 それよりもこの愛嬌のある顔を見てたら日に日に可愛いさが増してきてる……」
卯月さんが僕をゴミを見る目で見ていたあの頃が懐かしく思える。
だからか、今の彼女からそう言ってもらえて素直に嬉しかった。
それほど僕をペットとして受け入れてくれているという証だから。
「焼き加減はもうこれぐらいでいいかな。 じゃあお姉ちゃん、料理が出来たからお昼にしようか」
「はーい、帰りもいっぱい歩いたからお腹ぺこぺこ」
僕を抱っこしながらキッチンへと向かうお姉さん。
そこにあるテーブルには今しがた焼いたばかりのステーキ肉と、白ご飯やお野菜などが傍に置かれていた。
「わー美味しそう❤」
鉄のプレートに載せられたお肉からパチパチと油が飛び跳ね、お姉さんが言う通り確かに美味しそうに見えた。
……だけども、テーブルの上に無造作に置かれている開かれた一枚のカードを見て、すぐに現実に引き戻されてしまう。
なぜなら、改めてこのお肉は僕の仲間だった人の成れの果てなんだと思い知らされたからだ。
(そっか……この人も……)
人間だった時の写真と、生きていた頃の経歴などが記されたカード。
どうやらこの人も僕と同じように人生に絶望し、そしてあのお店で人である事を捨てて、新しい生き方を選んだ人みたいだ。
でも、この人は合わなかったようだ……。 女の人からペットとして扱われる、ペッティーとしての生き方を。
きっとこの人は人間としての尊厳を捨てきれなかったんだろう。
だからこんな姿にされているんだ。 ペットとして尽くすという、ペッティーの役割を果たせなくて……。
「んっしょ」
僕を抱っこしたまま椅子を引いて、座ってしまうお姉さん。
テーブルに並べられた料理を食すために。
あの可哀想な人のお肉を……。
そんなお姉さんとご主人様の二人は、さっそくステーキ肉とされたあの人に向けて手を合わせるのだった。
優雅に淑やかな動きで、「「いただきます」」と。
「わわ、ナイフがすんなり入って簡単に切れちゃう」
「うん、やっぱり普通のお肉とは違ってペッティーのお肉は柔らかいね」
二人は左手に持ったフォークで無遠慮にお肉を突き刺し、右手に持ったナイフで軽く前後に動かしている。
刃をお肉にめり込ませて、ギコギコと……。
そうして切り分けられたお肉の断面からは、赤身がかった所からジワッと肉汁が溢れだし、お姉さんやご主人様といった人間にアピールをしている。
見ただけで食指を動かせるという、アピールを。
そのようなアピールを受けて、お姉さんは生唾をゴクリと呑み込む。
……ゴクリと。