私は幼少の頃から、人の悪意が色として感じられていた。
それは私に対して安全な白色から色濃くなっていき、最後には黒色まで。
そんな色を感じ取れる私の五歳を祝う誕生パーティーの日。
一人でパーティー会場から抜け出した私は、外にある知らない公園のブランコに座って泣いていた。
それはあまりにも周りの大人達が怖くて。
この時の私には色の意味は分からなかったけど、どこを見ても黒く……黒く、真っ黒だったから。
そしてまた、泣いている原因はもう一つ。
自業自得だけども、どこだか知らない静かすぎる夜の公園に来たから、心細くなってしまって。
……だけども、
「ねえ、こんな所で何をしているの? 大丈夫?」
泣く私に声をかける男の子がいた。
優君だ。
「ぅぅ……グス……ん?」
伏せていた顔を上げると、心配そうにこちらを見つめている優君と目が合い、私は思わず驚き固まってしまう。
何故なら優君の纏う色は始めて見る無色透明な色をしていたから。
「わぁ……お姫さま……?」
優君の方も私とは理由は違うけど、私をお姫様なんて呼んで大きな目をして固まっていた。
「へ? お姫様って……わ、私?」
「うん、そうだよ。 違うの?」
今なら分かるけど、この時の私は綺麗なパーティードレスを着ていたから、お姫様だとそう思ったのだろう。
「ち、違うよ! 私はお姫様じゃないよ」
「そうなの? 絵本で呼んだお姫様みたいに可愛かったから」
「か、可愛い⁉」
お姫様、可愛い、天使。 この言葉は、これまで散々と言われてきたおべっかの言葉。
黒い色の同世代の子や、黒色の大人達から聞き飽きたとも言っていい、私にとって何の意味もない。
だけども優君からの言葉は違った。
この言葉を言った優君を纏う無色透明だったはずの色は、鮮やかに彩り出したから。
「わぁ……」
始めての色の変化に、私は見惚れてしまう。
花が咲くみたいに優君の周りに広がる色に。
だからか、私の中にある感情が動かされてしまい、凄く嬉しい気持ちになった。
本心で言ってくれているんだと、私の心にこれ以上なく色としてぶつけられたから。
「夜に公園で一人でいるなんて危ないから駄目なんだよ? 早くお父さんとお母さんがいるお家に帰った方がいいよ」
「……ぁ」
そう言って優君は、ごく自然に私の両手を優しく掴んでブランコから立たせてくれる。
温かな手だった。 不安だった気持ちを消し飛ばしてくれる、心強い手だった。
だからすぐに手を放してしまったのが許せなくて、つい彼にあたる口調で言い返してしまったんだ。
「だ、だったらどうしてあなたも一人で公園にいるの? 私と一緒なのに指図しないで」
「……ううん、違うよ。 僕には心配してくれる家族がいないから……一人だから、だから君とは違うと思うよ」
寂しそうな顔をしてしまった優君。
こんな表情に私がさせてしまったんだと、この時の罪悪感を未だに私は覚えている。
「ご、ごめんなさい……。 でも、私にも心配してくれる家族がいないのは一緒だよ……? みんな黒くて怖いから」
「黒い? よく分からないけど君も一人なんだね」
「うん、一人……」
彼とは境遇がまったく違うけど、幼いながら同じだと感じていた。 親近感というものが生まれた。
だからか、ほんとうに自然な流れでお喋りをしていたの。
綺麗な色をした彼の事が知りたくて。 自分の事を知ってほしくて。
「あなたは『絹井 優斗』君っていうの? じゃあ優君って呼ぶね?」
「うん、分かったよ茉由」
「え?」
「ん? どうしたの? あ、もしかして名前で呼ばれるのが嫌だった?」
「う、ううん、嫌じゃない……茉由でいいよ」
私の名前を遠慮なく呼ぶ彼に驚く。
これまで親以外には “さん” や “様” をつけられて呼ばれていたので。
だから驚いたのだけど、別に彼に改めて敬称をつけて呼んでもらおうとは思わなかった。
彼に呼び捨てて茉由と呼ばれるとすごく嬉しかったから。
「そうなんだ……名字が変わっちゃうかもしれないんだね」
「うん、絹井(きぬい)ってのは孤児院の先生の名字なんだ。 だから僕のは本当じゃないし、借りている名字なんだよ。 下の名前だって多分……」
「……ん? どうして悲しそうな顔をしているの? もう優君には優斗って名前があるでしょう? 私には優君は優君だよ」
「茉由には僕は僕……。 う、うん……そうだね、そうだよね! 僕は僕だよ」
過去の私には分からなかったけども、今なら分かる。
優君が一人だと言っていた、本当の意味が。
両親がいないから? 孤児院で誰とも仲良く出来ないから? と、単純に私は考えていたけど、きっと幼かった優君は自分自身が何者なのかが分からなくて、孤独を感じていたんだと思う。
「あなたは優君なのにおかしいの」
「あはは、うん、おかしいよね」
「うふふ」
私の返答に、笑っている優君。
元気が出てくれた事に安心して私も笑う。
この時の私の答えは今でも変わってはいない。 私にとっては優君は優君なのだから。
だから幼い私の本心での言葉は、間違ってはいないんだ。
そんな優君に、私の方も人に纏う色が見えるという抱えていた悩みを打ち明ける。
これのせいで人が怖いという事を。 黒く見える人ほど、悪い人だったというお話を。
このお話を親や大人、同年代の子たちに話したことがあるけど、私の側仕えである身近なあの人以外、誰もが笑って信じてくれなかった。
それはそうだ。 誰が信じるのだろうか? 人に纏う色が見えるだなんて……。
でも、こんな話しを会ったばかりの優君は信じてくれたの。
「ならそういう人ほど近づかないようにして、白色の人と友達にならないとね。 すごいよ茉由! 僕には良い人なのか悪い人なのか良くわからないから」
「これって……すごいの? 私には怖いだけだよ……」
「怖いだろうけど、でもね茉由、知らずに悪い人に近づいている方が怖いと思わない?」
「う、うん……それはそうかも」
考えてもいなかった。 でも、確かに優君のいう通りだと思った。
黒い人には近づかないようにしたらいいだけなんだと。
だから私はそのようにしてきた。
私の立場上、完全に近づかないようにすることは無理だったけども、なるべくそのように心がけるようにして。
ああ、楽しい時間だった。
始めて歳が一緒の男の子と心からお喋りできて。
ずっとこのままでいたい……そう思ってたんだけど、でも願いは虚しく楽しい時間はすぐに終わってしまったの。
「いたっ! こっちです! お嬢様は公園にいらっしゃいます」
私の迎えがきてしまったから……。
「ハァハァ……茉由お嬢様、こんな所に」
サングラスに黒服を着た男性二人の間で、辛そうに肩で息をしている、メイド服姿の『華冬 エマ』さん。
この人は『ニナ』の育てのお母様。 そう当時の幼い頃は、彼女が私の側仕えをしていた人だった。
「何だ! お前達はっ!」
そんな迎えにきた華冬さんと、二人の黒服の男達に声を荒げる優君。
突然の優君の声に驚いてしまったけど、すぐに私を守ろうとしてくれているのだって気付いた。
だって大人たちの前に、私を背中で隠すように立っていたから。
ふふ、真剣だった優君には悪いけど、実はこの時、本当にお姫様になった気がしてすごく嬉しかったのを覚えている。
……でも、体格差のある大人に敵う訳がなく、
「何だ君は、お嬢様に近づくんじゃない!」
「このっ! 放せッ! 茉由逃げて!」
襟首を掴まれ、無理やり私から離されてしまった。
「やめてっ! 優君に乱暴しないで!」
「優君? その子供を放してあげなさい」
「はっ!」
「ぐえッ!」
私は地面に落とされた優君の元まで急いで駆け寄る。
「だ、大丈夫? 優君」
「うん、大丈夫……。 そ、それよりも早く逃げて!」
「優君、この人達は平気だから安心して? 私の家の人だから」
「へっ⁉ ……家の人?」
私には見慣れた黒服の人達。 でも優君にはそうは見えなかったみたい。
まあ、サングラスをかけた如何にもな恰好をしていたから仕方がないけど。
「うん、私に優しくしてくれるおじさん達だから大丈夫だよ。 色も少し濁ってるけど白色だから」
「お、おじ……」
「そうか……うん、分かった」
その場で立ち上がって服に付いた土汚れを払いながら答える優君。
その後ろでは何故か黒服の二人がショックを受けているみたいだった。
「それよりも茉由お嬢様心配しましたよ……。 今後こういった事はくれぐれもないようにお願いいたします。 でないとエマの心臓が持ちません……どうか……どうか」
「はい……ごめんなさい」
私の前にしゃがみ込み、抱きしめてくれる。
優しく包み込んでくれるその行為に安心して、私もエマさんの腕の中でギュッと抱きつき返す。
エマさんの匂いが好きだ。 温かい感触がとても落ち着く。
私にとってこの人は、母親のように思っていた。
お母様よりも、本当の親のように。
多分、エマさんの方も本当の娘のように思ってくれていたのだと思う。
時には叱ったり、優しくしてくれたり、全て私を思ってしてくれているんだと伝わってたから。
だから私はエマさんの娘、ニナを妹のように思っているの。
とても大切な “傍にいて当たり前の家族” だと。
「ところで茉由お嬢様、そちらの男の子はどなたでしょうか?」
しばらく抱きついた時間が流れ、ふいに私をそっと胸の中から離したエマさんは、彼を訝しげに見ていた。
信用のならない世界を見ているエマさんからすれば、例え子供でも怪しく思ったのだろう。
「あ、紹介するねエマ。 この子は近くの孤児院に住んでいる絹井 優斗君、優君っていうの」
「……孤児院の絹井? いえ、それよりも優君……ですか。 茉由お嬢様、仲良くなられたようですが駄目ですよ……市井の者と無暗にお話になられては」
「わかってる。 でもね? 一人でここにいる時、ずっとお話をしてくれてたの。 それに、優君はすっごく綺麗な色をしているからいいの」
「綺麗な色?」
「うん! エマさんは真っ白だけども、優君のは透明で鮮やかなの! 見た事もないよこんなの。 だから特別!」
透明で鮮やか。 言葉はおかしいけど、だけどもこの言葉がハッキリとする。
見たら、直観的にそう思ってしまうので。
「エマにはお嬢様のおっしゃられる色が良く分かりませんが……まあ、この少年がお嬢様のお傍にいてくれていたのは感謝すべき事なのかもしれませんね。 優斗君、ありがとうございます」
「いいよ別に。 僕が勝手に気になって茉由の傍にいただけだから」
「さようですか。 ですが外は暗くお時間もお時間です。 あなたの方も早くお帰りなさい。 きっと院の先生も心配なされているでしょう。 ほらあなた、どうかこの子を院まで送ってさしあげてください」
「はっ!」
「いや、いいよ! 住んでいる所はすぐそこだから。 それにこんな黒い服の人達が来たらビックリさせてしまうし」
「でも、近くても送ってもらった方が……心配だよ優君」
「大丈夫だって! 暗くても良く一人で外に出たりしてるしさ。 でもまあ、この人のいう通り僕は帰るよ! じゃあね、茉由」
「う、うん! バイバイ! また会おうね!」
手を上げて公園から去っていく優君。
私は彼の後ろ姿が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。
「さて茉由お嬢様、公園の入口にお車を停めておりますので急いで帰りましょう。 今ならまだ旦那様や奥様に抜け出した事は気付かれておりませんので」
そう言って、私の手を掴む。
だけども私は動こうとはせず、エマさんにポツリと呟いたのだ。
「ねえ、エマ。 茉由ね、あれが欲しい」と。
私の言葉に困惑していたエマさん。
当然だ。 いきなり突拍子もない事を言ったのだから。
「え、えっと……欲しいとは、あの子を……ですか?」
「うん! そう。 ねえ良いでしょう? 優君といると胸がドキドキしておかしくなるけど、すっごく幸せな気持ちになるの! ね? 大切にするから」
「茉由お嬢様……それって……」
優君に抱いている気持ちがこの時には理解できなかったけども、エマさんには伝わっていたみたい。
なのでエマさんは今に思う――私にとって最良の提案をしてくれたんだ。
「茉由お嬢様、申し訳ございませんがいくら欲しいとおっしゃられましても、人を人形みたく手に入れる事は出来ません」
「……え、そうなの……?」
「はい、さようですよ。 茉由お嬢様も誰かに欲しいと言われて、無理やり自分の物にされたら嫌ではないですか?」
「それは……いや。 じゃ、じゃあどうすればいいの? 私は優君と一緒にいたいだけなのに」
「そうですね、ならばあの子との関係を築いていけば宜しいかと。 それが出来れば嫌な思いをさせずに、向こうから一緒にいたいと思わせる事ができますので」
「優君の方から……本当? そんな事が出来るの?」
「はい、お嬢様の頑張り次第ですが、可能ですよ」
「じゃあする! 優君が私のものになるなら頑張る!」
「でしたらあの子の身分を整えなければなりませんね。 屋敷に戻りましたらただちに引き取る人間を探させていただきます」
私が一緒にいたいという我儘で、探すことになった彼の親。
時をおかずにしてすぐに優しい人が見つかり、優君が大人になるまでの “契約” の元、かりそめの家族が作られた。
まだお互いに面識の無かった、当家の会社で働く一般男性と、使用人を親にして。
………………
…………
……
「新しい家族を手に入れた優君。 それから私達は幼馴染として付き合う事になったの。 共に成長し、将来は一緒になる事を願って」
「そ、そっかぁ……二人にはそんな事情があったんだ」
「そ、そんな小さな頃から茉由ちゃんは神谷君の事が好きだったんだね」
「うんっ!」
始めて話した優君との馴れ初め。
この話はニナや明日香といった、私の近しい人しか教えていない私の大切な思い出だけども、でも皆に知られて後悔はしていない。
だって、皆に優君が素敵な人だって知って欲しかったから。
私が如何に彼を愛しているのか知って欲しかったから。
だから良いの。
それにもう、優君は何があっても離さないし私の物だから。
……絶対に。
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ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
今回は優斗や茉由の事についての内容でしたが、実は縮小奴隷日記を書き始めた頃から頭の中で描いていたお話でした。
いつ執筆しようかと迷っていたら、こんなに後々に……。
それと皆様はもう気付かれていると思いますが、ペッティー花園の姉妹が公開停止になっていたのはまさかのタイトルが原因でした('ω')
ですのでFANBOXの方では縮小○○日記と表記させていただきますね。
では、皆様! お先にメリークリスマスと、どうか良いお年をお過ごしください。
私の方はお尻にできた “おでき?” と格闘しながら過ごすことになりそうです。
うぅ……椅子にも座れない。 痛すぎますこれぇ……。°(°´ᯅ`°)°。