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高級フィギュア・マリンちゃん

「では……お大事になさってください」 私の六倍近くある背丈の巨人たちが、床を振動させながら玄関から引いていく。私は頭を下げてお礼を述べながら、彼らがドアを閉めるのを見送った。私の身体では二度と開けられなさそうな、大きな重いドアが閉まっていく。ダンッという硬い音と共に、ドアは私を閉じ込めてしまった。取っ手は顔を上に向けなければ見えない位置にあり、今の私ではとても回せそうにない。飛び乗って全体重をかけてやっとだろうか。いや、今の私の体重じゃ無理かな。それに取っ手を回せても、ドアを押すことは叶わない。もう二度と、決して。 (……これからどうしよう) 久々の自宅。その廊下をトボトボと歩きながら、私は落ち込んだ。見慣れた景色が異世界に見える。これが自宅? 私の……人間用の生活空間だっていうの? 道路みたいに広く長い廊下、ショッピングモールの吹き抜けみたいに高すぎる天井、開けられないドア、手の届かないスイッチたち……。寝室にたどり着いた私は、城壁のように高いベッドに頑張ってよじ登った。まるでアスレチックだ。そして一部屋全部布団にしたみたいに大きなベッドの上に転がった。遠すぎる天井をぼーっと眺めながら、私は自分の運命を呪った。なんでこんなことになっちゃったんだろう。全部、夢だったらいいのに。 でも……冷えた空気と少し埃っぽくなったベッド、巨人界と化した我が寝室が、これは紛れもない現実なのだと否応なしに叩きつけてきた。お前はこれから一生、小さな魔法少女フィギュアとして生きていかなければならないのだ、と……。 怪人災害。ここ最近急速に増えてきた恐ろしい事件のことを、そう呼ぶようになった。普通では考えられないような現象を引き起こし人々を攻撃し苦しめる、怪人と呼称される謎の存在たち。そいつらがまき散らす能力にかかった人々は、とんでもなく恐ろしい目に遭うことになる。ある人は瞬時に溶かされ、ある人は石にされ、またある人はサボテンにされてしまった。私が遭遇した怪人は、近くにいる人を無差別に物体と融合させる能力を持っていた。時刻は真っ昼間。何事もなく終わるはずだった普通の日は、突如終わりを告げた。前触れもなく交差点に出現した怪人は、警察の対策チームが駆け付けるまでの僅か数分間で、不幸にもそこを通りかかっていた人間の多くを適当な物体を融合させてしまった。マンホールの蓋と合体してしまった人もいれば、街路樹に取り込まれてしまった人も。私にも怪人の放つビームが直撃、目が覚めると見知らぬ研究所。そこで私は、近くにいた人が所持していたらしい美少女フィギュアと融合してしまったことを知らされた。ハッキリ言って、私はあの日の犠牲者たちの中では幸運だったと言えよう。だって……還元処理を受けて意識を取り戻し、動けるようにはなったし、何より人の見た目をしてるのだから。……樹脂の塊にしか見えない美少女フィギュア姿だとしても、だ。怪人の力を薄める還元処理を受けても、わずかしか元に戻ることはできない。マンホールの蓋に融合されていた人は見ただけで生理的嫌悪を催してしまう怪物になっていたし、その場から動かせず還元処理を受けられなかった人などは悲惨だ。電柱とか信号機とかにされた人。勿論、人道的な観点から長い間「撤去」されることはないだろうけど、その代わり仕方なしにそのまま電柱や信号機と使われ続けるし、やがては……壊れて処分されてしまうことになるのだろう。残酷な話だ。 洗面台に登ることができた私は、改めて今の自分の姿を鏡で観察した。美少女フィギュア……にしか見えない。淡い水色の髪は腰より長く伸び、風もないのに常にふわっと横に広がっている。ヒラヒラの魔法少女衣装は胸にも腰にも大きなリボンがくっつき、短いスカートから肌色一色の綺麗すぎる太腿が覗く。真っ白なニーハイソックスが私の両脚を真っ白に塗りつぶし、ペタンコの水色の靴の中で私の指は消失している。この靴も、服も、決して脱ぐことはできない。今やこの白と水色の魔法少女コスは、私の身体そのものとなっているのだ。顔も勿論生きた現実の人間の顔面ではない。大きな青い瞳に、一点の突起として簡略化された鼻を持った、アニメ顔の美少女にされてしまっている。ただ、どことなく融合元のフィギュアとはデザインが異なっている。顔とスタイルにはある程度私の要素が反映されているようだ。でも、こうしてジッとしていると私自身、単なるフィギュアだとしか思えないのに、知らない人が今の私を見て「青葉恵美」だと気づくことはないだろう。 「はぁ~」 その場にしゃがみ込みながら、ため息をついた。今、身長は僅か30センチ。当然、会社既に退職。まともな仕事はできないし、家と会社を行き来するのは物理的に無理。それに、こんなふざけた格好で外に出るなんて絶対嫌だった。二十半ばを過ぎた身で。きっつい。これから一生、水色の魔法少女コスプレしか着られないだなんて……むごい。 (本当に……どうしたらいいんだろう) 研究所での予後観察の結果、私は飲み食いしなくていいし、トイレにも行かなくていいことが判明している。その状態が一生続くんであれば、ぶっちゃけ働かなくても生きていけるかもしれない。けど、家賃とか電気代とかは消えていくわけで……。いずれは詰んじゃうなあ。でも、こんな体と姿じゃ仕事なんてとてもできない。誰かに面倒見てもらえればいいけど……。友達に介護を頼むのも気が引ける。身寄りはないし……。思い切って身売りでもしようかなあ。生きた美少女フィギュアって欲しがる人多いんじゃない? でも気持ち悪い人に買われたらやだなぁ。 すっかり引きこもりになり悶々とした日々を過ごすこと一週間。突然「買い手」が現れた。いや正確には……「所有者」が。 「と、言うわけで……ウチに帰って来てもらえません?」 「え……えぇ……?」 それは、私が融合してしまった美少女フィギュア……魔法少女マリンの持ち主だったらしい人物。怪人から逃れていたらしい。普通に人間だった。やや細長の面持ちで、中肉中背の男性だった。その男曰く、私が「奪った」フィギュアは限定品で、超高級品らしい。たかがフィギュアがそんな……等身大ならまだしも。と半信半疑に聞いていると、彼は証拠となる元のフィギュアの画像と注文履歴、そして対比として安いプライズフィギュアの画像を並べた。確かに、プライズ品の安っぽい作りと比べれば、私と一体化したフィギュアは元々かなりのクオリティだったのが素人目にもハッキリわかった。まるで生きているみたいだ。そしてこっちでも頑張ってパソコンを操作して調べさせてもらうと、本当に私の想像を二桁超す値段のフィギュアなのは間違いないらしい。私はその値段にすっかり怯えてしまった。そんな値段弁償でき……いやする必要ないよ。怪人災害だもん、私のせいじゃない。関係ない。 しかし、男は退かなかった。自分のフィギュアは破損したり失われたりしたわけじゃない、今そこにある、と。まるで罪を認めない盗人を追求するような口調と眼差しだった。い、いや……私だって分離して自分の中から追い出せるなら追い出したいよ!? 返せるなら返したいってばこんなもの! でも、もう融合させられちゃったんだからしょうがないじゃん。 彼は、私は自分の買ったフィギュアでもあるのだから、自分に権利があると主張。普通なら何を馬鹿なことをと一蹴できそうな論理でも、五、六倍ある巨人に見下ろされながら責め立てられると、反抗の気力はすっかり失せてしまい、私は追い詰められた。 「わ、私は……人間ですっ、あなたのフィギュアじゃありません……」 ちょっと涙声になりながら反論するも、私は自分の声に力がこもらないのがわかった。ただ巨大な男が間近に迫っているから、という理由だけじゃない。今の自分の姿……。研究所で、自宅の鏡で何度も見せられた、生きた美少女フィギュア……マリンのコスプレ状態になった、樹脂みたいな質感の自分。一たびあの姿が脳裏に浮かんでしまうと、心から自信をもって自分は人間でありフィギュアじゃないと言い張ることが難しくなってしまう。だってどう見てもフィギュアなのだ。 「わかりました、じゃあ……」 彼は妥協案を出した。一日だけウチに来てほしい、と。友達が私を見に来るので自慢してやる予定だったのが、怪人災害で「奪われた」(彼は私を非難がましい目で見た)ことで、見栄はっただけで本当は買えなかったのだろうと友人にからかわれている。それを黙らせる手伝いをしてほしい、と。 (なんで……私がそんなことを) 断りたい。そんな義理ない。でも……あの値段の買い物がダメになったらショックなのはわかる……。そして、壊れたり失くしたりしたならまだしも、見た目は綺麗なままちゃんと存在しているのなら、取り戻したくなるのも……気持ちとしては理解できなくはない。例え……人間が融合させられていたのだとしても。 それに、今の私、どうせやることないしね……。 色々な思いが頭の中を駆け巡ったが……彼がまた距離を詰め、巨大な険しい顔で私を見下ろしてきたので、本能が屈してしまった。一日だけ、一回だけ、あなたのフィギュアに「戻って」あげます、と私は思わず了承してしまった。うう……小さいと理不尽なお願いすら拒めなくなるんだ……。戻りたい。元に戻りたいよぉ……。 流石に超高級フィギュアを買うだけあって、男は意外と稼いでいるらしかった。小奇麗なマンションの一室に、彼のコレクションルームがあり、そこには多くのアニメグッズが所狭しと飾られていた。粗悪な作りの安そうなグッズや、品のないポスター類はなく、なにがしかの拘りを感じさせる部屋だった。 「じゃ、ここに」 部屋の中央、一番目立つガラスケースの中に、先客が収められていた。ガラスケースの中に入れられた私は、思わず挨拶しそうになってしまった。仲間かと思ってしまったのだ。同じ等身の魔法少女フィギュア。まるで生きているかのように精緻な作りで、私と同じようにフィギュアになってしまった人間かと半ば本気で考えちゃった。私のコスチュームと髪をピンクにしたような子で、おそらく私と対の子なのだろう。はちきれんばかりの笑顔とたなびくピンクのポニーテールは、彼女が動き出さないことを疑問に思わせるほどの生気と躍動感を表現できている。なるほど、これならあのお値段も頷ける……。対の片方が失われた状態なのなら、どうしても取り戻したいって熱くなるのも道理かも……。自分でもビックリするほど、私は手のひらを返したくなってきた。一日と言わず、このまま彼のウチで……お世話になってもいいんじゃないか、という欲が湧いてきたのだ。稼いでいるのはハッキリわかるし、恐らく酷い目に遭わせたりもしないだろう……。高かったんだから。いや私フィギュアじゃないけど。いずれは誰か私を引き取ってくれる人探さないとなぁとぼんやり思っていた私の心は揺らいだ。 彼は私にポーズを指定した。そして、そのポーズから決して動かないように、とも。それって……パントマイムしろってこと? 流石にポージングしたままジッとし続けるのは無理だよ。ていうかなんでそんな必要が? 「青葉さんも生きてるのバレたくないでしょう」 それは……言われてみれば、確かに。別に隠すようなことじゃないはずだけど……人間が融合してるとバレたら、その瞬間超高級フィギュアから「コスプレしてフィギュアごっこしてるアラサー青葉恵美」になってしまう。それは……御免被りたい。恥ずかしすぎる。それに、ガラスケースの中でフィギュアになっているという状況自体が結構惨めだし、人に見られたくない、知られたくない。それに……「生きた美少女フィギュア」の存在が広まったら、正直……身の危険があるかもとも思う。 今の私の容姿ならば、ジッと動かずにいれば人間だと思われることは絶対ないだろう。でも、ずっとフィギュアのフリをし続けるのは不可能じゃない? やっぱり。だってすぐ隣に本物のフィギュアが、同じスケールの対になる子がすぐ隣にいて微動だにしてないんだから、私がちょっと手足をプルプルさせちゃうだけでバレちゃうよ。いい引き立て役だ。 「コレを使えば大丈夫です」 「あの、それは……?」 彼はゴツめの懐中電灯みたいな機器を手に取った。それは樹脂を一時的に硬化させる光を放つことができるらしい。工作に使うんだって。……DIYもしてるんだ、この人。私はちょっぴり好感度が上がった。この人のモノになれば、なんか……私用の家具とか作ってくれちゃったりして……という妄想が一瞬脳裏をよぎる。 「は、はい、わかりました」 いよいよ断る理由も全てなくなったので、逃げ場は本当にない。ガラスケースの向こう側に彼が広げたタブレットに、融合前の私……じゃない、フィギュアの画像が表示された。同じポーズをとれ、と。 おずおずと私はポージングをしだす。しかしどうにも恥ずかしい。だってこの歳で、人がこんなゼロ距離で見てる前で、魔法少女のコスプレなんて……。それも衣装や肌が綺麗すぎるせいで、全力ノリノリでやってる風にしか見えない。……し、したくてしてるわけじゃ……ないから。 結構躍動感のあるポージングで、コスプレなんかしたことない私は再現するのに手間取った。自分では手足をしっかり伸ばしたつもりでも、実際にはすごく小ぶりだったり。やりすぎってくらいやらないとしっかりしたポージングになってくれない。 両手を軽く曲げながら左右に伸ばし、ちょっと腰を捻りながら前を見る。表情にも注文が入った。笑顔で、わらって、もっと! と。……撮影会ってこんな感じなのかな。 ようやく合格点をもらえると、彼がこれから硬化させるから動かないでと前置きしてから、ゴツい懐中電灯が私に向けて照射された。何だか全身がヒリヒリする。一分もしないうちに全身が強張り始め、私は本能的な恐怖を感じた。固まる。固まっちゃう……。動けなくなっちゃう……。いや、それでいいんだけど……。 彼は途中で照射を止めて、私の腕や脚、表情を指で直接動かし、微調整を行った。半分固まった私は抵抗もできず、なされるがままだった。まるで着せ替え人形になった気分。 再度照射が始まり、全身が硬化していった。姿勢を維持するのに必要だった力がどんどんいらなくなっていく……。いや、力をいれるという行為そのもの、感覚が失われていく。私の全身はまるで最初からそのポーズで造られた一塊の石像のように、コチンコチンに固まった。 (わっ……すごい。動けない……) 指一本、ピクリともしない。まるで体の時間を止められてしまったみたい。表情筋の一筋すらガチガチに固められていて、目線も動かせない。大きな青い瞳は可愛らしい笑顔と共にその時を凍結されている。 「ちょうどかな」 彼はそう言ってガラスケースを閉め、鍵をかけた。 (あ……) とうとう、やっちゃった。私はフィギュアになってしまった。彼の所有する、超高級フィギュア・マリンちゃんに。隣のカリンちゃんと同じ物体に。この世の誰が見ても、カリンちゃんと並んでこうしてポージングしたまま動かない私を人間だとは思うまい。私自身、目の前のガラスにうっすら映る自分の姿がフィギュアにしか見えないんだもん。 (……) 呼び鈴が鳴り、彼が部屋から出ていった。私は一ミリも体を動かせないまま、彼の新たなコレクションと化したままだった。不思議と苦痛はなかった。身体が芯から素材ごと固められたせいか、疲れというものは感じない。最初から、この格好で固まっているのが私本来の、あるべき状態だったかのような気さえしてくる。……いや、それは決して気のせいじゃないかもしれない。今、私という存在の半分はマリンちゃんなのだから。これが本来の、彼女のあるべき姿でいるべきポジションだったのだ。それに私が封印されて強制的に付き合わされているのは嫌だけど……。 「おお……マジだったのか」 「ああ、不純物が入っちゃったからな。でもやっと直ったんだ」 (なんですってえ!) 部屋に入ってくるなり失礼すぎる会話を交わす二人に、私は一気に怒髪天だった。不純物って、それ絶対私のことじゃん! 私が……「青葉恵美」が不純物!? 逆でしょう! フィギュアが私の身体に混じって来て人生をぐっちゃぐちゃにしてきたんだからねえ! しかし、私は可愛らしい笑顔を浮かべ、淡い水色の髪をふわりと広げたまま、ただジッとしていることしかできなかった。何を言われても笑顔で受け入れることしか許されない。それがフィギュアの宿命だった。 彼の友人がケースの周りをグルグルしながら私の品評をするのを、殴りたい気持ちで堪えた。彼が本気で私を単なるフィギュアだと思っていることが安心でもあり屈辱でもあった。確かにフィギュアにしか見えないだろうけどさ……。こんだけ間近で見てもわからない? 本当に? 何だか私という存在が……青葉恵美という人間が否定されているようで、悲しくなってくる。今、私に求められているのは超高級フィギュア・マリンちゃんとしての価値であり、人間であってはならないのだ。あっては困るのだ。それが心底理不尽に感じられて、悔しかった。私は……私は、ただのフィギュアじゃないもん……。生きてるもん。固められちゃってるだけで、お話だってできるんだよ! と自分でもよくわらかない叫びを彼と友人に向かって吠えたかった。生きたフィギュアの方が……マリンより青葉の方が絶対価値あるでしょ、嬉しいでしょ普通! 彼と友人がそろって夕食にでかけて数分後、徐々に体が軟化してきた。ライトの効果が切れ始めたのだ。 徐々に手足が下がって来て、笑顔も崩れていく。上げていた口角が下がり、私は真顔で目の前のガラスを棒立ちで眺めていた。終わった。私の役目は終わり。これで……帰れる。お家に。でも……。帰ってどうするわけ? 隣の「同僚」に、本当ならば私の相方だったはずのフィギュアを眺めた。彼女は私と異なり、未だに笑顔もポーズも崩さず頑張っている。まあ当然だけども。何故か私は劣等感を抱いてしまった。私は出来損ないのフィギュアだ。人間社会にもいられないし、かといって……フィギュアとしてしっかり飾られていることすらできない。いやそれを残念がるのはおかしい。私は人間なんだもの……。 時計の音だけが空しく響く部屋。私はそのガラスケースの中でただ時が過ぎるのを待っていた。隣には相方。フィギュア本来の仕事をこなし続ける、眩しい笑顔のカリンが今も立ち続けている。徐々に、私は今まで気づかなったことに気づき始めた。もしかして……もしかすると、私の妄想かもしれないけど……。 私の中に、マリンちゃんがいるかもしれない。 私はフィギュアと融合された。半分は人間・青葉恵美、じゃあもう半分は……? 高級フィギュア、マリンちゃん。フィギュアに意志なんてない。感情もあるはずない。私は自分が人間の青葉であることを疑ったことはなかった。そんなのは自明のことである……はずだった。 私の中に、自分でも信じられない感情が渦巻いている。フィギュアでいたい。「戻りたい」と。隣のカリンに謎の引け目さえ感じている。怖かった。自分が自分じゃないみたい。でも……もしかしたら、私は自分を必要以上に占領しすぎていたのかも……? 固まっている間、私は自分の自由が、自分という存在が理不尽に奪われたと感じていた。動けないなんておかしい。人間扱いされないのはおかしい、気づかないのも酷い……。 もしかして、もしかしたら? 私の中にマリンちゃんがいて、こうして自由でいることに同じ感情を抱いていたとしたら……? フィギュアでいたいのに人間にさせられている、と……。 いや……そんなことありえない。私は私だ。フィギュアになんてなりたくない……はず。 チラッと横の相棒を眺める。自分を疑ったことなど一瞬もなさそうな、自信あふれる笑顔だった。 帰ってきた彼を、私は静かに出迎えた。彼は私をみるなり、一瞬……眉間に皺を寄せた。ドキッとした。彼の脳内に、ある欲望が浮かんだであろうことが伝わったからだ。このまま彼女を監禁して固め続ければ、マリンちゃんは元通り自分の物であり続ける……と。 (それは嫌だなぁ) と、私は思った。ずっと固められたら嫌だよ流石に。でも、恐怖心は感じない。それどころか、私は……それに近いものを期待してしまってさえいる。 「じゃ……今日はありがとう」 「あ、はい」 彼は誘惑を振り切ったらしい。けど……それも……嫌。戻りたくない。誰もいない、訪ねても来ない、巨人の室内の中で何もすることなくただ朽ちていくだけの生活に。ここにいるのは……カリンの横に立っているのは、悔しいけど……しっくり来てしまった。それが私の、偽らざる本心だった。でも、一生カチコチに固まったまま飾られているっていうのも嫌だ。私は人間だから。……半分。 でも、道義的に彼の方からは言えないだろう。私から言うしかない。お互いが幸せになれる、ちょっと背徳的だけど……一番いい着地を。 「今日はもう遅いので……泊まらせてもらってもいいですか?」 私は頬を紅潮させながら、頑張って呟いた。彼は数秒間を置き、ちょっと動揺しながら「あ、ああ」と頷いた。お互いハッキリとは言わなかったものの、通じ合えた気がした。 それから。お互い明白に言葉にすることはなかったが、なし崩し的に新生活が始まった。結局私は自分の家に戻らなかった。彼は私を戻そうとせず、私もそれに対して抗議しない。私は彼のフィギュアとしてコレクションルームに住み続けた。ケースの鍵は閉められないので、彼が仕事に行っている間は自由だ。昼間は動画を見たり漫画読んだりして過ごし、夜になるとケースに戻って可愛らしいポーズで彼を迎えた。昼間は人間、夜はフィギュアとして生きる奇妙な同棲生活だった。 お互い、今の関係について言及することはない。家に帰さなくていいかと彼が言ってくることはないし、解放して欲しいと私が訴えることもない。言葉にしたら道徳的にどうだろうということになり今の状況は維持できなくなってしまうだろう。だから私たちは何も言わなかった。あの日から、私は彼の所有する高級フィギュア・マリンちゃんとしてあるべき場所に、元の鞘に収まったのだ。同時に人間の青葉恵美として、ペットみたいな生活も享受している。 よくわからないうちに始まり、なんかハッキリしないまま続く不思議な生活に、私と……私の中のマリンは奇妙な充実と満足感を覚えている。きっと彼もそうだろう。普段は綺麗で精緻な高級フィギュア、そして必要とあらば可愛らしいペットにもなってくれる、そんな同居人を手に入れたのだから。 これが、ここが、私の居場所なんだ。私とマリン、二つの心からそう思える生活に巡り合えたことに、揃って天に感謝した。んでもって……いつか言葉にしても壊れないと確信できた暁には、正式な関係にもなりたいな……。という新たな欲を抱きつつ、私はガラスケースの中で彼のコレクションを彩り続けた。

Comments

感想ありがとうございます。日によって両方ともあるのではないでしょうか。

opq

Agggg, the human will contaminated by that of a doll, wonderful story, I love it!! Silly question, if in the morning she reads manga and at night she greets him with a pose, does she use the pose light on herself or does she just pantomime?

Red Scizor

感想ありがとうございます。ハッピーエンドもいいですよね。

opq

身体だけではなく心までフィギュアと融合しましたね。融合の生活でも青葉さんもマリンちゃんも幸せになれて良かったです。

rollingcomputer

コメントありがとうございます。近く漫画作品を出す予定です。

opq

感想ありがとうございます。こういうのもいいですよね。気に入っていただけて良かったです。

opq

This story is awesome! 物体と融合 is very interesting! (By the way, very want to see your new comic in future )

21ke13

絶対誘拐されるだろうと思っていたが、意外にもハッピーエンドだった。期間中にフィギュアとしての一面に目覚めたところが気に入っています。

弥生萌えよう


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