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香月 from fanbox
香月

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尊厳Freeマーケット~人類資源化計画~(前日譚&幕間)

前日譚:尊厳Freeバトル開幕!


 科学技術が発達し、妖魔の類が迷信となったとある世界。

 しかし高度な文明を有し繁栄する人間社会の裏には知られざる闇……魔界が、確かに存在している。

 そして今、人々の平和な日常に、魔族による脅威が降りかかりつつあった。




 発端は魔界が抱える深刻な資源不足。食料、労働力、そして全ての魔動機の原動力となる魔力の枯渇が目前に迫る中、新たな資源として人間に目をつけた魔界企業があった。

 その名も「奈落商会」。

 人類を捕獲して徹底的に尊厳を破壊し、洗脳して労働力に、調教して家畜に、そして加工を施して家具や食料、魔力供給用のエネルギーコアに。一連の総合人間産業により魔界を豊かにするという「人類資源化計画」を掲げるこの企業は、不可侵条約を無視して密かに人間界への侵攻を開始したのであった。


 しかし人間界にも古くから魔界と魔族の存在を知り、人類を脅かす魔族を狩り続けてきた者達がいた。通称「封魔師」。魔族を封印して無力化するハンター達である。

封魔師達を束ねる「封魔機構」は、魔族が人間の捕獲に乗り出し始めたことを感知すると、世界に散らばる封魔師たちに指令を送り討伐に乗り出す。


 かくして魔族と封魔師達による、魔界と人間界の存亡をかけた戦いが、静かに幕を開けたのであった……。




ーーーー




 「奈落商会」。「人類資源化プロジェクト」を旗印に掲げ、人間の捕獲から調教、加工、流通に至るまで、人間産業の全行程を一手に担う新進気鋭の大企業だ。



 「研究開発部」「資材(人間)調達部」「食品製造加工部」など多くの部署からなり、人間を生きたまま石像や黄金像等へ加工しインテリアやエネルギーコアとして活用する「オブジェ製造販売事業」、人間を無報酬の労力や兵力として活用する「フリー人材派遣事業」といった様々な事業を展開している。


 人間界への介入を本格化させるにあたり、商会は人間界に複数の拠点を置き、大量の魔族を人間に擬態させ、秘密裏に人間の捕獲を開始した。


 だが、いち早くその動きを察知した人間側は、魔族狩りのプロフェッショナル達にその討伐を命じる。

 「封魔師」と呼ばれる彼らはそれぞれ得意な技能や能力を習得しており、さらに「封魔機構」によって特別な力を与えられていた。





ーーーー



「ひいいっ!だ、誰かぁっ!助けてくれぇーっ!!」


 夜の竹林に悲鳴が轟く。鬱蒼と生い茂る竹の間をもつれる足で駆け抜ける男。繁華街から少し離れているため、必死の叫びも闇に響いて消えていくだけだ。その背後を鋭い風が吹きすさび、四方の竹がパキパキと小気味の良い音を立てて折れていく。葉と土埃を巻き上げ迫るソレが男に到達する、まさにその瞬間。


「天風破魔、疾風怒濤!」


 凛とした声が空気を震わせ、上空から黄色い人影が降り立った。

 刹那、怪異が悲鳴を上げて弾き飛び、竹をなぎ倒して地面へめり込み、タケノコに貫かれて絶命した。人の形をしているが、口には牙が生え、頭に角が生えている。その亡骸の前に、黄色い道服を纏った少年が歩み寄る。


「六根清浄、急急如律令」


 札を掲げ印を結んで呪を唱えると、怪異の体が光り、塵となって闇に溶けていった。

 少年は「ふぅ」と一息つき、竹林にへたれこんだ男の方を振り返る。


「お怪我はありませんか」


 穏やかな、澄んだ声音だった。恐慌状態で震えていた男は、微笑を浮かべる少年に手を差し伸べられてようやく正気を取り戻し、手をとって起き上がった。


「た、助かった。さっきの化け物は一体……」


「ご心配なく。貴方が気にする必要はありません。一夜限りの悪夢と思って忘れてしまうことですね。それでは」


 男が呼び止める間もなく、少年の姿は漆黒の闇へと消えていた。



「やれやれ。平穏な生活を護るのが僕たちの使命だなんていっても、こうも魔族が多いときりがないよ」


 竹から竹へと飛び移る少年の胸元から短い電子音が鳴る。少年は小路へ飛び降り、懐から通信機を取り出した。耳元に当てると、感情のない機械音声が流れた。


「東方の島国に魔族の拠点を発見。現地の封魔師の活躍によって勢威は衰えている模様。道士・陸凌風(ルー・リンフォン)。明日夕刻、現地の忍者・音羽夜兎丸と合流し、当該拠点を一気に殲滅されたし」


「……はぁ。人使いが荒いなぁ」


 それでも立ち止まるわけにはいかない。「封魔機構」の指令は絶対だ。人間界にいる魔族を殲滅するまで、その関係は終わらない。


 凌風は肩をすくめ、小路を小走りに駆けていった。



ーーーー



 同時刻。学生服を着た少年がイヤホンを耳に当て、同様の指令を受けていた。


(ふん。増援など無用。拠点の一つ二つ、俺一人で充分だ)


 わずかに眉を顰めてイヤホンを鞄にしまう。その時、遠くから悲鳴が聞こえた。雑踏に紛れて並の聴覚なら聞こえるはずもないが、彼の耳の良さは群を抜いている。


 少年は顔色一つ変えずに繁華街から裏路地へ入る。それきり、学生服の少年が通りに戻ることはなかった。代わりに黒い影が闇に紛れて雑居ビルの壁を駆け上り、屋上へ飛び出す。そのまま人間離れした速度でビルからビルへと飛び移り、飲み屋街へ向かう。

 ゴミ袋が放置され鼠が徘徊する小汚い路地裏で、派手な格好の女性が男三人に囲まれていた。一見すると酔っ払いが風俗嬢に絡んでいるようにしか見えないが、男たちは邪気を纏っている。女性はひどく酔っていて状況を把握していないが、まさに魔族による人間狩りが行われようとしていたのだ。


「楽な仕事だよな、人間狩り。これで今月のノルマ達成~」


「でも雑魚をどれだけ狩っても点数低いって聞いたぜ。特殊な力を持ってる一部の人間を狙った方が効率いいって」


「俺らの仲間を狩りまくってる封魔師って連中だろ?そんな奴実在すんのかよ。上の連中が報酬渋ってそんなデマ流してるだけだろ。とりあえず片っ端から人間を狩りまくってり……っ???」


 突然途切れた声を不審に思い仲間が顔を向けると、首が飛んでいた。ぎょっとして身構える間に、さらに一体の魔族が倒れ伏していた。


「何が起きて……ぐぼっ!?」


 最後の魔族の首が掻き切られ、一瞬にして邪気が消える。残されたのは酔っ払いの女と、忍び装束の少年……音羽夜兎丸。

 平時は無口な学生だが、忍者の血を引き暗殺術に長ける凄腕の封魔師だ。

 女が何か言いかけると、夜兎丸は容赦なく手刀を浴びせて気絶させた。

 その時彼の胸元から小さな何かが勢いよく飛び出し、肩に飛び乗る。


「なんだい、もう終わっちまったのか?ケケケロッ!お得意の女装は使わねぇのかい。ありゃあおもしれぇからよ、また見せてくれよ」


 流暢にしゃべるそれはやや大きめのカエルだった。当然、ただのカエルではなく夜兎丸の相棒、……というより、お目付け役の忍び蛙だ。夜兎丸はマイペースで空気を読めないために、封魔機構から半ば無理やり助っ人として押し付けられている。


「こんな雑魚相手なら瞬殺した方が早い。それから……俺はどんな変装も得意だ」


「てやんでぇ!格好つけやがってよ。あんまり調子に乗ってると足元すくわれちまうぜ。いいかい、オレぁてめぇを監視してるだけで、てめぇを守る義務なんてねぇんだ。てめぇが捕まっちまったら、オレぁさっさとずらかるかんな」


「勝手にしろ。カエルの助けなど必要ない」



 表情ひとつ変えずに言いながら印を結んで術を唱え、青い炎で魔族の亡骸を消去する。


「ゴミの始末も量が多いと手間がかかる。清掃業者も大変だろう」



 うず高く積まれたゴミ袋の山を見上げて誰とも知らない清掃業者に同情すると、倒れた女を残して一瞬で姿を消した。

 

 

 



 しばらくして、ゴミの影から人影が現れた。焼肉屋の衣装を纏い、ゴミ袋をぶら下げたしがないアルバイト店員。


「マジかよ……。揃いも揃って瞬殺されやがって。情けねー。しっかし……あれが封魔師ね。噂通り、人間にしては厄介そうだな。とりあえず上司に報告して……」


 夜兎丸ほどの忍者が一般人を見落とすはずもない。この店員、下っ端とはいえれっきとした「奈落商会」の一員。支給された「認識阻害ピアス」を使って人間のフリーターに身をやつし、人間界に潜入している「資材調達部」の新入社員だ。名をカトーというカトブレパスで、チャームポイントの眼帯の下に石化の魔眼を隠している。

 他の魔族と違ってイマイチやる気がなく、それが慎重さに繋がっている。人間狩りの招集がかかってもすぐに応じず、息を殺して気配を消し、物陰から様子を伺っていたのだ。


「あー、でも……どーすっかな。下手に報告すると追跡しろとか言われそうだし……。とりあえずバイト戻るか。あの店長、魔族よりおっかねぇからな……」


 結局退勤まで焼肉屋で働き、ソシャゲのデイリーミッションを消化した後で彼が本部へ連絡を入れたのはそれから4時間は経った頃だった。


ーーーー


 魔界本部、研究室。人間の若い男が拘束台に貼り付けにされている。その体のあちこちに電極が繋がれ、性器には搾精器が繋がれて発電機のようなものに繋がれている。そして白目を剥いて「あ゛ぁー、え゛ぇー」と腑抜けた呻き声をあげる人間を侮蔑に満ちた目で見降ろし、舌打ちする白衣の魔族が一体。


「チッ。もう壊れたか。やはり並みのニンゲンのゴミのようなエネルギーでは魔力に変換することはできんな」


「奈落商会」の研究開発部長を務める魔界科学者、Dr.マルキス。傲慢で不遜、その天才的な頭脳と手段を選ばない冷酷さで若くして研究主任にのしあがった傑物である。彼は目下、人間の精力やアクメエネルギーを魔力に変換する研究に取り組んでいた。


「上質なエネルギーが必要だ。特別な力を持った人間……封魔師どもの力が」


 そんな中もたらされたのは、人間界東方の島国で封魔師を発見したという朗報だった。そしてどうやらその封魔師はもう一人の仲間を連れて、マルキスが用意していた囮の拠点を襲撃する予定らしい。

 マルキスは最近開発したばかりの強力な神経ガスと選りすぐりの戦闘員を配備するよう手配した。


「ククク……。いい実験台が手に入りそうだ。これで研究を一歩進められるだろう。だが、まだだ。封魔師とはいえ所詮ニンゲン二匹。当面の実証実験には最適だが、先々を考えるとさらに強大な力を持った者からもデータを抽出したいものだ……」


 ちょうどその時、雑なノックの音とともに見知った顔が入ってきた。


「ボンジュール、ドクター。聞いたかい?東の方で凄腕の封魔師が見つかったそうじゃないか」


 弾んだ声で馴れ馴れしく声をかけてくるのは、シェフのような出で立ちをした羊角の悪魔……食品製造加工部長、シャルル・ド・エヴァンス。童顔に薄桃色の髪も相まって可憐な美少年のようにも見えるが、冷酷で野心家、人間を食材としか見ていない凶悪な悪魔だ。マルキスとは同期で、彼同様若くして部長に上り詰めた実力者である。そしてマルキスのことを必要以上にライバル視していた。

 明るい声音の裏に棘があることを承知の上で、マルキスは淡々と応じる。

 

「何の用だ。実験の邪魔だ。帰れ。言っておくが、アレは僕の獲物だ。すでに捕獲の算段はついている。横取りは許さん」


「ちぇー。そんなことだろうと思ったけどさ。ねぇ、モナミ。実験が終わったらでいいから、ちょっとだけ貸してくれないかなぁ?ボクも封魔師を使った新しい料理を試してみたいんだ」


 小首を傾げておねだりしてくる同僚を無視して、マルキスは黙々と実験の準備を進める。


「そんなことをして僕に何の得があるんだ。仮にも魔界一の料理人なのだろう。食材くらい自分で用意することだ」


「封魔師は数が少ないから探すのも大変なんだ。キミもわかってるでしょ?部署が違うと言っても同じ会社の仲間なんだし、協力し合って当然なんじゃない?」


 シャルルは不平を並べながらバリボリとチョコスナックを嚙み砕く。そして思いついたように、

「そうだ。協力してくれたらこれをあげるよ」


 懐からゼリー飲料のパックを取り出してマルキスへ突き出した。


「キミの大好きな人格ゼリー。ボクが食べてるチョコ菓子は今朝捕まえたニンゲンを固めて砕いたものなんだけど、これはそいつから抜き取った魂で作ったんだ。新鮮だよ」

 

 マルキスは文字通り三度の飯より実験が好きな生粋の科学者なので、普段は食事をとることもほとんどない。だがそれだけに、手軽に養分を補給できる魂ゼリーは重宝していた。シャルルと連れ合う気など毛頭ないが、このゼリーを精製する腕だけは買っている。


「……そうか。それなら、そこに転がっている抜け殻を使ってもうひとつ作れ。代わりに、研究が終わった後なら封魔師どもを貸してやる」


「えっ、いいの?」


 シャルルは拍子抜けしたように目を丸くしている。こんなに簡単に折れるとは思わなかったのだろう。

 実際、たかが食品で買収されるようなマルキスではない。だが彼の頭の中には研究をさらに進めるためのプランが浮かんでいた。そのために、シャルルの提案をあえて飲んだのだ。


「メルシー!やっぱり持つべきものは友達だね」


 シャルルは心にもないことを言いながら、満面の笑みで手を差し出す。マルキスはその手を軽く払い、


「貸すのはいいが、くれぐれも失くすなよ。食品に加工しても、最後には元の状態に戻して返却するんだ。できなければ……」


「ビアン・シュール!封魔師で作ろうと思ってるのはチョコと飴なんだけど、ボクにかかれば多少溶けた菓子を復元して元の素体に戻すことなんて朝飯前さ。必ず返すと約束するよ!」


「そうか。なら念書も貰っておこうか」


「本当、キミって細かいよねー。ま、いいよ」


 マルキス同様、シャルルも何としてでも封魔師を手に入れたかったのだろう。あっさり念書をしたため、笑顔で部屋を出て行った。


「……ククク、まさかこれほど思い通りに事が進むとはな」


 封魔師捕獲を前にして、マルキスは既にその先の展望を思い描いていた。





 そして……。

 明朝、魔族の思惑通り、凌風と夜兎丸は基地へ潜入し、神経ガスによる不意打ちを食らってあっけなく捕縛されてしまう。


 魔界へ移送された彼らを待っていたのは、マルキスによる悪魔の実験に、シャルルによる調理。身も心も弄ばれた彼らはあられもない痴態を演じ、許しを乞い、隷属を誓い、尊厳を破壊し尽くされ、破滅の快楽に身を捧げた。


 正気の彼らがその時の自分を見たら憤死しかねないほどの無様で惨めな醜態を晒した末、ついに凌風たちの精神は限界を迎えるのだった。




ーーー




断章:失われた記憶



 それからどの位の時間が経ったのか。気が付いたとき、凌風は培養液で満たされたカプセルの中にいた。


(う……っ。ここは……)


 うっすら目を開けると視界は黄緑色に歪んでいた。不快な浮遊感に身をよじり、頭に繋がれたコードに気が付く。シューシュー、ピコピコと、あちこちで機械の音が鳴っている。


(そうか……。僕たちは……負けちゃったのか……)


 話には聞いていたが、経験するのは初めてだった。これが……。


(リライズシステム……)




「陸凌風、バイタルサイン確認。ロックを解除します」

 

 培養液が排出され、カプセルが開いた。


「うっ……!」


 一歩前へ進み出た凌風はすぐに頭を抑えて膝を折る。頭痛と眩暈が酷い。


「おはよう、気分はどうだ?」


 顔を上げると、白衣の男が立っていた。凌風は「ひっ」と小さく悲鳴を上げて尻もちをつく。


「ん?どうかしたか?」


 理知的で狡猾そうな中年の男。他の職員から「博士」と呼ばれていた。


「す、すみません。体が反射的に……」


 なぜ「怖い」と感じたのか、凌風にはわからなかった。わからないのはそれだけではない。記憶が混濁し、意識が朦朧としている。


「確認しよう。凌風くん、君はどこまで覚えている?」


「うっ……。夜兎丸くんと合流して、敵の拠点に潜入して。……不意を突かれて捕まったところまでです。その後は、何も」


「何も、か。それでいい。無理に思い出さないことだ。知らない方が幸せだろうしな」


 凌風は博士と目を合わせられなかった。厳密には、彼の白衣から目を反らしたかったのかもしれない。

 視線を外した先にはカプセルが二つ並び、中に夜兎丸と、先輩封魔師……カウボーイのライアットがいた。


 ライアットとは何度か共闘したことがある。明るく面倒見がよく、それでいて相当に腕も立つ。ジョークを飛ばして笑いながら二丁拳銃を乱射して敵を殲滅する様は圧巻だった。素直に感服したと伝えると、


「 まーな。これくらい余裕余裕。そう言うお前もなかなかやるじゃねぇか。ナイスアシストだったぜ」


 言って、照れ臭そうにハットを外して指でくるくる回していたのが印象的だ。

 そんな彼を、凌風は兄同然に慕っている。



「ライ兄さんまで……やられてしまったんですか」


「君たちが行方不明になったと聞いて、制止も聞かずに飛び出して行ったんだが、すぐに連絡が取れなくなってな。結局こうして君たちと一緒に……戻ってきた、というわけだ」


「…………」




 リライズシステム。封魔機構が開発、実用化にこぎつけた画期的な技術だ。

 封魔師はもともと人並み外れた技能や能力を身に着けている者が多いが、封魔機構に加入する際、それらを強化するナノマシンを埋め込まれている。それは単に身体機能の強化だけではなく、位置情報の特定や無線通信にも利用されている。


 リライズシステムもこのナノマシンを利用した技術で、封魔師の肉体や精神が限界を迎えた際、その身体がどこにあろうと瞬時にこの研究所へ転移して再生される。

 ただし、その代価は寿命の一部だと言われている。

 詳細はトップシークレットということで明かされていないが、あくまでも最終手段の保険であり、自分が使うことはないだろうと、凌風は思っていた。


 しかし今ここにいるということは、システムが発動してしまったということに他ならない。


 不甲斐なさと悔しさに歯噛みをして、カプセルに入った仲間たちを見上げる。

 二人とも虚ろな目をして培養液に浮かんでいるが、時折うなされるように体を震わせ、苦悶の表情を浮かべる。

 機械を通して聞こえてくる彼らの心の声は「助けられなくて……そんな姿にさせてすまねぇ……」「もうやめてくれ……」などと、普段の彼らからは考えられないような弱気で卑屈なうわ言だった。



「いったい彼らは……僕らは何をされたと言うんですか」


「言っただろう。知る必要はない。そういう契約だったはずだ」



 代償は寿命だけではない。肉体的、あるいは精神的な死の直前に敵から受けたであろう拷問や調教の記憶を失ってしまうのだ。

 リライズシステムが発動すると、封魔師の最期の記憶が本人から抜かれて、封魔機構に提供される。その記憶を利用して敵の性質や技術力といった内情、また封魔師の敗因や弱点を分析し、今後の計画策定や兵器開発に役立てるのだという。

 だから凌風には自分がどうやって再起不能に陥ったのか、どのような辱めを受けたのかがわからない。


「不覚を取ったのはお詫びします。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。でも、僕たちだって命がけなんです。今後の戦いに備えるためにも、自分の最期について知っておいた方がいいんじゃありませんか?」


「規定により教えることはできん。君らが持ち帰った記憶は既に機構の機密の一部となっている。何度も言わせるな」


「でもっ……!そう、彼を知り己を知れば百戦してなお危うからずと古の兵法にも……」


「そう気負わずともよい。君たちの敗北は無駄ではない。むしろ貴重なデータとなって人類の武器になるのだ。死を恐れずに立ち向かってくれればそれでよい。それが封魔師というものだ。……契約を忘れたわけではないだろう?」


 博士は懐から飴玉を取り出して口へ放り込んだ。それを見た凌風は「ひっ」と青い顔をして飛びすさる。全身から冷や汗と、妙な熱が込み上げてくる。博士はそんな凌風を見てにやりと笑うと、話を続けた。


「……それとも、怖気づいて何もかもを捨てて逃げ出すのか?」


「くっ、誰が……っ!」


 封魔師はナノマシンを利用した実験や情報共有に同意し、封魔機構の指令に従って魔族を討滅することを誓う代わりに、機構の絶大な力を使ってなんでもひとつ願いを叶えて貰うことができる。なにせ世界中の封魔師を束ねる組織だ。その上層部は世界中のありとあらゆる秘法を知りつくし、万物を支配することができると言われている。

 凌風も「願い」を叶えてもらっていた。


 だからこそ、組織の命令には逆らえない。義理立てや報恩などという生易しい話ではない。大抵の願いを叶えることができるほどの組織だ。契約を反故にするようなことがあれば、どれほど恐ろしい制裁が待っているかわからない。当然、せっかく叶った望みも無に帰すことになる。ある意味、封魔師にとって最も恐ろしい相手は、魔族ではなく封魔機構なの かもしれない。

 だとしたら、腹を括って任務に専念するしかない。


「……失礼しました。今回の屈辱を注ぐためにも、全力で魔族と戦います」


 左の拳を右の手の平に押し当て一礼する。そしてようやく博士と正面から目を合わせた凌風は、堂々と言い切った。その顔に迷いはない。


(正直、封魔機構の上層部は信用できない。でも、仲間たちや人類のためにも、どのみち魔族との戦いをやめるわけにいかないしな。反省を次に活かせないのは残念だけど、魔族が思っていたよりも手ごわい相手だとわかっただけで収穫だ。気を引き締めてかかろう)


 凌風は夜兎丸とライアットにも一礼すると、毅然として部屋を出ていく。


 ……彼は知らないのだ。

 再生される直前まで、自分たちがどれほど情けない顔を晒して、どれだけおぞましい痴態を演じ、どのような断末魔を上げてどんなに醜い最期を遂げたのか……。


 想像を絶する恐ろしい最期。その記憶がないからこそ、何度でも前へと進める。

 ……それこそが、組織が末期の記憶を回収している本当の理由だ。


 博士は凌風の勇ましい後ろ姿を見送ってクスリと笑った。取り出した記憶に映っていた情けない姿とのギャップがおかしいのだ。


「ふん、青二才め。下半身丸出しであんなにみっともない命乞いをしておいて、何を偉そうに。せいぜい魔族と潰し合って、存分に痴態を晒してくれよ」


 封魔師の最期の記憶を研究に役立てるというのは嘘ではない。が、それだけではない。その情けない姿を好事家に高値で売り捌き、組織の収益に充ててもいた。勇敢な青年の惨めな姿を余興にしているのは、なにも魔族だけではない。



 こうして凌風たちの戦いは再び始まる。


 ーーそして。


 彼らの恥辱と汚辱に塗れた無様な敗北劇もまた、幾度となく繰り返されていくのだ。







ーーーー


 一方その頃、魔界の奈落商会本部では、シャルルとカトーがDr.マルキスの研究室に呼び出されて床に正座させられていた。


「どういうことか説明してもらおうか。あの人間どもはどこへ消えたんだ?」


 椅子に座って足を組み、冷たい眼で見下ろすマルキス。少年のような外見をしているが、さすがは組織の幹部を務める魔界貴族、身にまとう邪気や威圧感は並大抵ではない。

 気迫に呑まれたカトーは何も言わずに平伏したが、シャルルの方は悪びれる様子もない。


「さぁねー。こっちが聞きたいよ。飴に変えて低級魔族に舐めさせたりはしたけど、完全に溶ける前にちゃんとやめさせたし。それから等身大の飴に加工し直して、性器をフランベしてたら突然消えちゃったんだ」


「ふん。要は取り逃がしたということだろう。管理担当者はカトー、貴様だったな?」


「あー……。俺はその……この方にクッキーに変えられて放置されてたんで……。すんません」


 カトーの方も口では謝っているが、内心「なんで俺が怒られてんだよ」と悪態をついているのが見え見えだ。シャルルはあぐらをかいてマルキスを見上げる。


「それよりさぁ、僕は君と同じ部長だよ?カトーくんみたいな平社員と床に並べるなんて、無礼じゃないの?」


「事の重大さがわかっていないようだな。基地ひとつを餌にして釣り上げた貴重なモルモットを三匹も逃がしてしまったのは貴様だろう。貴様がここまで無能だと知っていれば、初めから貸してやったりしなかったんだがな」


 マルキスが殺気を滲ませて睨みつけると、シャルルは「ちっ」と舌打ちをして眉をしかめた。


「それで?この僕にオシオキでもしようとでも?」


「その通りだ」


 マルキスの口元が吊り上がる。と同時に、床と壁の白い外壁が崩れて部屋全体が赤い肉壁に覆われた。驚く間もなく、シャルルとカトーはその壁に取り込まれていく。


「なっ……!?なにこれっ……!?ぐっ……あがぁっ……!?マルキスッ!!僕を誰だと思ってるんだ!?同期といっても、家柄も爵位も僕の方が上なんだよ!こんなことしてただで済むとでも……」


「黙れ。ここに念書がある」


「!そ、それは……!」


 シャルルは目を通してすらいなかったが、あの念書には「封魔師の肉体を紛失した場合、どのような罰でも甘んじて受ける」旨が明記されている。


「ま、まさかキミ……!ボクをハメたのか……!」


「自分の無能さを恥じることもできぬ愚物が。社に与えた損害、その身を持って償ってもらうぞ」


 奈落商会のブレーンであり研究主任であるマルキスが封魔機構の「リライズシステム」を知らないはずもない。封魔師たちが消えた理由を知っていて、あえてシャルルに全ての責任を追わせようとしている。それどころか、こうなることを見越した上でシャルルに封魔師を貸し与えていたのだ。


(部長クラスの魔族を実験台に使える機会などそうそうないからな。ちょうど強力なエネルギーを使って魔力電池の改良実験をしてみたかったところだ。この小生意気で傲慢な自惚れ魔族を玩具にして、せいぜいその高貴で気高い精気を搾り取ってやる)


 そして当たり前のように巻き込まれたカトーも、肉壁に揉まれてもがいている。


「な、なんで俺までっ……!俺は被害者っすよ!」


「黙れ。クッキーなんぞにされて監視の役目も果たせなかった無能が。当然、貴様にも罰が必要だ」


「そ、そんなっ!ち、ちくしょお……。なんだって俺ばっかりこんな目に……」


 魔界屈指のマッドサイエンティストの次なるモルモットに選ばれた哀れな魔族達。ひととおりもみくちゃにされた彼らは……、首と足、それから尻の辺りだけを突き出した哀れな姿で壁に埋まっていた。肉壁に溶かされて衣服はなくなり、生尻と男性器が丸出しになっている。


「メールド(糞)!このボクにこんな恥辱を……許さないぞっ!マルキス!」


「フハハハハ!いい格好じゃないか、シャルル。似合っているぞ。そんな格好で睨んでも滑稽なだけだ。泣いて謝るまで許しはないと思え」


 恰好の実験体を前にほくそ笑むマルキス。狂気の博士に慈悲はない。


(泣いて謝ったところで許さないがな。少なくとも実験が終わるまでは……。ククク……)



 こうして始まる凄絶な、制裁という名の人体……もとい、魔体実験。


 この混迷の世にあって、恥辱と汚辱に塗れるのは人間だけではないのだ……。




続く


ーーー

いつもご支援のほどありがとうございます!

以下、作品の補足と雑記になります。


まずはここまでご覧いただきありがとうございます。

ここまで読んでくださる方のほとんどは支援してくださっている方かもしれませんが、シリーズものとしてどうしても必要になるキャラや世界観の紹介ということで今回はpixivにも掲載の全体公開記事とさせていただきました。

こういう性癖のキャラ固定シリーズもので気になってくるのが、「敗北して再起不能になったキャラが次回何事もなくリスポーン(復活)してるのは何で?」問題だと思います。

細かいことはいいんだよ!のカブトボーグ方式で特に説明なく復活するパターンか、何らかの力で復活するかのどちらかだと思います。

前者でも良いかもしれませんが、一応ストーリー性や設定を重視しているシリーズものということで、何かしらの理由をつけて復活している設定にしました。

復活する場合も、復活前の記憶は引き継がれるのか?復活前と後のキャラは同一の存在なのか?とか色々考えられると思うのですが、毎回新鮮な気持ちで敗北して欲しいので記憶は消去されることにしました。リゼロの死に戻り方式で記憶が残ってても普通は精神に異常をきたしてくるので、組織としても都合が悪いですからね。

文中にも記憶がフラッシュバックしているような描写があるので、厳密には都合の悪い記憶だけ封印・改竄されているんだと思います。

ただ、魂に刻まれた快楽の記憶は累積され続けていくので、記憶はないのに調教済みでどんどん堕ち耐性が下がっていくような不利な状況に追い込まれています。

当然復活の代償もあり、復活する度に寿命を消費されてしまうことになっているのですが、復活一回につきどの程度の寿命が消費されるのか、詳しいことは明確にされていません。

復活できるとはいえ、彼らもいつ寿命が尽きて本当に死ぬか分からない緊張感の中で戦うことになります。

彼らには各々叶えたい願いがあり、願いを叶える代償として封魔師になって戦い続けることを承諾して組織と取引してしまったので辞めることもできません。

ある意味魔界のブラック企業よりも尊厳Freeで闇の深い封魔機構の実態が明らかになりました。

まぁ我々も寿命(睡眠時間)とか健康とか時間とかその他諸々を犠牲にしながら創作してますからね、何かを成し得るには何かしらの犠牲が伴うってことでこれからも頑張ろうね!


一方、封魔師が「リライズシステム」により脱出したことで、シャルルとカトーは責任を負うことになってしまいました。

次回は魔族2人のオシオキ回となります。


仕事が繁忙期で忙しくなってしまい、予定よりも遅れていて恐縮ですが、今月中にはなんとかしたいと思っていますので、お付き合いいただける方はまた次回お目にかかれたら幸いです!


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