「ごめん、遅くなっちゃった……!」
息を切らして駆け込んだ瞬間、広場で僕を待っていた彼女、“凛”は、僕の声を聞いてぱっと顔を上げ、にこっと笑った。
けれど、次の瞬間。その笑顔は硬直して、目を見開いたまま動かなくなる。
「……えっ、誰?」
その一言が胸を貫いた。
やっぱり。鏡で見たときの“僕じゃない誰かの顔”が、彼女の目にもそう映っているのだ。
胸がぎゅっと締め付けられる。
「ち、違うんだ……!これ、さっき百貨店で……メンズメイク体験って言われて……」
必死に言い訳を並べる。
けれど凛の視線は冷ややかで、眉をひそめている。
「それが“メンズ”ねぇ?どう見ても女の子なんだけど」
「ほんとなんだよ、信じて……!」
「わかってる。……啓斗だってことはね。でも、ふーん……」
からかうように小首をかしげ、唇の端を上げる。
その態度に胸がざわついた。
◆
結局、説明を半分だけ信じてもらえたような、そんな曖昧な空気のまま僕らは歩き出した。
足を進めるたび、視線が突き刺さる。
人混みのざわめきの中で、ちらちらと僕に注がれる目線。
――やっぱり、女の子に見えているんだろうか。
「ねぇ、そんなにうつむかなくてもいいじゃん」
凛が隣で笑う。
僕が肩をすぼめているのを面白がっているようだった。
「普段通りにしてれば、私と並んで歩く“女友達”にしか見えないよ?」
「そ、それが余計に恥ずかしいんだよ……!」
「ふふっ、ほんと可愛い」
彼女は僕の顔をじろじろと眺める。その視線が、ひどく居心地悪い。
「改めて見るとさ……啓斗って、やっぱり女の子でも通じちゃうんだね。背高いけど、顔小さいし。今日の服もジェンダーレスっぽいから、余計に」
「やめてよ……僕は男だし……」
「知ってるよ。でも、今は見た目は完全に女の子だよ」
凛は楽しそうに笑う。
その笑顔が、からかわれているのにどうしても可愛く見えて、反論できなくなる。
◆
高級感のあるレストランに足を踏み入れた瞬間、予感は的中した。
黒服の店員が柔らかい笑顔で出迎え、僕を含めて「お二人様ですね」と案内する。
完全に女性として扱われている事がわかる。
「あの、僕は……」
言いかけたけれど、凛がすぐに腕を組んできて、小声で囁いた。
「いいから。気づかれたくないんでしょ?」
彼女の声に、言葉が喉で詰まる。
否定するよりも、訂正せずに済むことが救いのように思えてしまった。
席に着くと、ウェイターがメニューを置きながらはっきりと「お嬢様」と言った。
その一言に鼓動が跳ね上がる。
手の震えが止まらない。視線を泳がせる僕の横で、凛は口元を押さえて笑っている。
「……なんで訂正してくれないの」
「だって面白いんだもん」
涼しい顔で答える凛。
「それに、私の誕生日だよ?今日くらい、私のわがまま聞いてくれるよね?」
逃げ道を塞がれるような声音。
心臓が不安と羞恥で大きく脈打った。
◆
料理が運ばれてくる前に、僕はバッグから百貨店の紙袋を差し出した。
今日のために必死で準備した、ブランドコスメ一式。
「誕生日おめでとう、凛ちゃん。欲しいって言ってたやつ……やっと買えた」
彼女の目が輝き、袋を覗き込む。
次々に取り出されるアイテムを前に、彼女は子供みたいに嬉しそうに笑った。
その顔を見て、やっと胸が安堵で満たされる。
僕はちゃんと彼女のためにできたんだ、と。
けれど、次の言葉がその安堵を打ち砕いた。
「これ……啓斗が使っても似合いそう」
「っ……な、なに言って……」
「だってこの色味、今のメイクにすごく合うよ?リップもアイシャドウも」
凛はわざとらしく僕の顔とコスメを交互に見比べ、にやにやと笑った。
熱くなる頬を両手で覆いたいのに、動けなかった。
◆
食事が進む間も、店員は終始僕を“女性”として扱った。
「お嬢様のお皿をお下げしても……」
「彼女さんの分はデザートとご一緒に」
そのたびに羞恥心で胃がきりきり痛む。
声を上げて否定すれば済むのに、凛の楽しそうな表情を壊したくなくて、口が動かなかった。
「ねぇ啓斗、もう完全に女の子扱いだね」
小声で囁かれる。
羞恥と同時に、不思議な感覚が背筋を這い上がっていく。
彼女の言葉に支配されているみたいだ。
◆
デザートが運ばれてきたタイミングで、凛はナイフとフォークを置き、まっすぐ僕を見つめた。
さっきまでの茶化す笑みではない。真剣で、逃げ場を与えない目。
「ねぇ啓斗。今日は私の誕生日だよね?」
「……うん」
「だったら、私のお願い聞いてくれるよね?」
喉が鳴る。
嫌な予感が全身を駆け抜けた。
「な、何を……?」
「せっかく女の子みたいなメイクなんだから――ウィッグと服、買って女装してみてよ」
にこっと笑った彼女の声は甘く、だけど有無を言わせない強さを帯びていた。
その瞬間、心臓がどくんと大きく跳ねる。
誕生日を口実にした命令。
逃げることなんて、もうできなかった。
「……っ無理だよ、そんなの……!」
「どうして?もう半分以上、女の子に見えてるのに」
凛の視線が射抜くように絡みつく。
周囲の視線、化粧された顔、彼女の小悪魔的な笑み――全部が絡まり、僕の喉を塞いだ。
「……ね、啓斗。私に逆らえないでしょ?」
囁くような声が耳朶を撫でる。
羞恥と、抗えない支配感。
僕は、言葉を失ったまま、ただ彼女を見返すしかできなかった。
【2章へつづく…】
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桜梅桃華@女装・TSF小説
2025-09-15 08:58:11 +0000 UTCyuu02
2025-09-14 11:18:58 +0000 UTC