16.カンバラヤの街―性奴隷の噂 馬車は時刻どおりに円形広場の馬車停留所を出発した。街と街を結ぶこの連絡馬車には、エリルを含めて6人の乗客が乗っていた。4人は紳士風の男性で、2人は女性。満席での出発だった。女性はエリルを含めてもう一人乗り、今、エリルの対面に腰かけている。その女性は独特な雰囲気を持ち、一目見ればミステリアスな印象を誰でも抱くのは間違いない。 豊かな胸にかかるほどの長さのある黒髪ロングソバージュ。鋭い目つきは彼女の「キツイ」性格を表しているようだった。年齢は20代半ばくらいだろう。さらに、服装も独特だ。全身をブラックの革のツナギで覆い、女性らしい肉感的な肉体にピッタリとフィットしている様子は、ボディーラインがあらわで艶めかしい。腰にはベルトによって、腰脇にサーベルを収めている。まさに、女戦士といった出で立ちだった。 ―― なんだか物々しい感じの女性ね。それにあの服、カラダのラインが丸見えだわ。恥ずかしくないのかしら。 エリルは武闘派と思われる彼女をそっと見ると、視線が合い「キッ」と睨みつけられた。 ―― な、なんか怖そうなお姉さんだわ・・・。関わるのはよしておきましょう。 馬車は帝都カールスクルーナの街を出てしばらく走ると、森林の中を走っていく。横に座る男達4人がなにやら、ヒソヒソ話をはじめた。 「また、やられたらしい。」 「何の罪でだ?」 「わからんが、どうせ誰かの密告だろうよ。」 「ああ、そうだな。」 どうやら、誰かが捕まったらしい、それも密告でだ。 「気の毒にな」 「まぁ、周りに恨まれたんだろうな」 「そう言えば、先月大勢やられたらしい」 「どこでだ?」 「あの刑務所だ」 「ああ、あそこから出られたヤツはいねぇな」 「ああ、みんな『ストン』だ。」 男達は最期の「ストン」という言葉を聞くと、俯いて黙り込んだ。どうやら知り合いんの誰かが帝国に捕まったらしい。さらに、話の流れからすると刑務所で、大勢の人間が「ストン」と呼ばれる方法で何かの処罰を受けたらしかった。 「『ストン』っていうのは、ギロチンのことさ」 向かい女戦士がエリルに向かって呟く。エリルが「ストン」の意味がわからなかったのを察して、教えてくれたようだ。エリルはギロチンと聞いて身がすくむ。いくら平和な南国の島にいたと言っても、「ギロチン」の名称とその使用目的くらいは知っていた。 ―― ギロチンだなんて、穏やかな話じゃないわ。それも大勢を処したというの? 男の話からは推測でしかないが、ギロチン刑により多くの命が失われたようだった。 「大きな戦争は終わったけど、まだいたるところで小競り合いがあってさ。いろいろと反帝国的な行動をする輩がいるわけよ。」 どうやら捕まっているのは帝国に反するような行動をとっている怪しい人物らしい。 女戦士はエリルが呆気に取られていると、言葉を続ける。 「アンタ、異国からの訪問者?」 と、獲物を捕らえたような鋭い目つきでエリルを見つめる。 ―― なんか、怖いわこの人・・・・。 エリルは内心不安になりながらも、穏便に済まそうと当たり障りのない言葉を返す。 「ええ、他の国からきて帰ることろです。」 とりあえず、アクアマリン王国から来たことは伏せる。 「ふーん、女一人で国に帰るなんていい度胸しているね。今のこの国や他の国がどんな状態かわかってないの?」 そう、オプシディア帝国はファドゥーツⅠ世が皇帝に就任してから、いやもっと前から現在まで、ずっと戦いを続け版図を拡げてきたのだ。今も、遠い国と戦争を続けている。それがオプシディア帝国だった。 ―― 確かに、そうだけど。今のわたしには、こうするしかないのよ。それに「奇跡の力」があるから、なんとかなるわ。 エリルは「奇跡の力」があることで、なんとかこれのピンチを乗り越えてゆけると、改めて自分に言い聞かし、 「ええ、ずいぶん酷い状況のようですね。でも、わたしは大丈夫です」 そういって、女戦士に微笑んだ。 「随分と、自信があるんだね。もうボディーガードは手配済みってことかぁ。チッ、残念だよ。用心棒の御用入りかと思ったんだけどね。」 女戦士はエリルの言葉を聞くと、当てが外れてがっかりしたような表情を見せる。鋭い目つきの時よりも表情が和み、なんとなく打ち解けやすい。他の乗客は全て男性なので、エリルはこの女剣士と少し話してみることにした。 女の名前は、ユリエ。ある国の近衛兵をしていたらしい。が、訳あって兵団を辞めて、今は仲間と共に用心棒や傭兵暮らしを送っている。次の街、ルサカで仲間と落ち合う約束らしい。 「わたしは、カンバラヤまでです」 エリルが答えると、当然というような顔をして 「だろうね。この馬車に乗る人間はルサカか、カンバラヤのどちらかかが目当だよ。ビブロスに行くつもりなんだろう?」 女戦士はエリルの目的がビブロスの公船に乗船するのが目的だと察したようだ。エリルは黙ってうなずく。 「よくお分かりになりますね」 エリルがそう尋ねると、 「見慣れない恰好した人間がこの馬車に乗る理由はそれしかないさ」 女剣士・ユリエの話によると、ビブロスに向かう定期公船はカンバラヤからしか出航していないといい、公船に乗船しようとするものは否が応でも、この馬車を使わないといけないとの話だった。 「まぁ、帝国がビブロスに抜ける人間を管理しているってわけなの」 「管理ですか?」 「そーいうこと」 ビブロスに向かうには陸路と海路の2つの行き方がある。陸路は山を越えていくことから野賊に襲われやすく、一般的には避けられている。一方、海路は帝都の運河から出発すればそのまま海に出てビブロスに向けて航行するのが最も早い。が、戦時中の今は入出国管理をわざわざ煩雑にして、不審者をあぶりだしているのだった。 「この馬車道も、途中の乗り換えも停留所も、すべて帝国の監視下にあるわけ。」 「そ、そんな・・・・」 「馬車はカンバラヤに直行しないんじゃなくて、できないの。カンバラヤに向かう人間はルサカで、一泊して乗り換える仕組みになっているのよ。」 不審者を追跡しやすく整備された帝国の交通網は、反帝国の活動をする反乱分子を容易に摘発し検挙できるようになっているのだ。 ―― もしかしたら、皇帝にはわたしの動きが筒抜けなのかもしれない。 一瞬、エリルの表情が曇る。ユリエはその表情の曇りを見逃さない。 「なんか、ヤバイことあるの?」 ―― 皇帝は帰国を「邪魔はしない」と言っていたし・・・。大丈夫よ。 自分が皇帝の妃候補で、「それを断ってきた」などと口が裂けても言えるはずがない。 「えっ、そんなのないわ」 と、言って誤魔化した。その後、エリルはユリエと他愛のない会話を交わしながら旅路をこなしていく。ユリエと話していたからだろうか、長い時間を費やすと思われた馬車旅も短く感じる。間もなく、ルサカに到着だ。ユリエはこの少女と話し、疑問が次々と心の中に沸いてき始めていた。妙な違和感を感じるのだ。それに、今日はすれ違う軍の幌馬車や、騎馬兵とのすれ違いが桁違いに多い。この娘と関係があるのか。 ―― しっかし、この娘(こ)、一人で馬車旅、それもカンバラヤに向かうなんて妙だ。絶対に普通じゃない。何かあるはず。 ユリエはエリルの言葉遣いやら、身のこなしやらからどう考えても庶民には思えない、また、修道院などにいたような感じもない。剣を携えているが、そこからは武術を使いこなす雰囲気は全くない。 ―― それに、この娘(こ)の肌は透き通るように透明だ。髪もよく手入れがされている。手肌には傷がひとつもない。もしかしたら、貴族で逃げ出してきたのかもしれないな。 ユリエはエリルの出身が普通でないことを悟った。しかも、同乗している4人の男達も同じように考えていた。 ―― 横の2人のねーちゃんは、2人ともかなりの別嬪(べっぴん)だ。かなりのカネになるにちぇげーねえ。 ―― 一人は剣士にみえる。かなりの腕前か? ―― あの透き通た白い肌。乳(ちち)も柔らかそうだ。 ―― ありゃ、貴族令嬢の駆け落ちのパターンかもな。 ―― もしや、性奴隷登録を嫌がって逃れてきたか? ―― オレたちが奴隷化しちまってもいいか 4人の男達はもちろん無言だった。が、その頭の中では2人を品定めするかもような卑わいな視線で2人の全身を舐めまわし、淫らな妄想を胸に膨らませていた。 ―― チッ、なんだか面倒になりそうだ。 ユリエは男達の目がギラギラして欲望を露にしている表情を見て、反吐がでそうになるのを堪えた。 ユリエと会話をしていたせいか、退屈するはずだった馬車旅も短く感じるほどだった。まもなく、馬車の乗り換えの街、ルサカに到着だ。 ルサカに到着したのは、陽が沈む少し前の夕方だった。間もなく闇夜がやってくる。この街はさほど大きくなく、街のメインストリートも、さまざまな店が20軒程度集えう。こじんまりとした雰囲気が漂っている。 馬車を降りたエリルはうどん屋の娘、リンネが用意してくれたメモを手に、今夜お世話になる宿屋を探す。 「そこだ」 ユリエがエリルの後ろから声をかける。目を向けると、黒革レザーのぴっちりしたつなぎに包まれた肉感的なボディーが目に入る。無表情でクールな感じのユリエが背後に立っていた。 黒髪のロングのソバージュが両乳房の胸元にかかり、赤い唇が濡れて輝き艶めかしい。キリっとした鋭い目つきは、なぜだかゾクゾクされられる。魅惑のレディーといった雰囲気を醸し出している。 エリルが立つ目の前の建物が宿泊所だった。宿泊所は木造3階建でいたるところ塗料がはがれ落ちている。もともとは白い建物だったらしいが、今は汚れてネズミ色に化していた。清潔感とはまるで無縁と言えるような建物だ。 -- 目の前が宿泊所だったのね。随分古そうな建物で気づかなかったわ・・・。 「あ、ありがとう」 エリルが礼を言うと、そのまま2人は古びた宿泊所に入っていく。1階は少し変わった間取りだ。右側の壁際に受付カウンターがあり、左側は食事処なのだが、4人掛け丸テーブルが所せましと置いてあり、雰囲気はバーに近い。すでに、荒くれた男達が、席に着き、酒を飲み交わし騒がしい。受付カウンターとバーの間に仕切り板はない。 うははははは ひゃっほー ビールがうめー ほら、飲め!飲め! まるで宴会でもしているようににぎやかだ。 ―― なにこれ? みんなできあがっててんじゃない! エリルは館内の雰囲気を見てあきれ返る。 「どこも宿泊所なんて、こんなもんさ」 ユリエは慣れた感じでカウンターに行き宿泊の手続きをする。エリルもユリエにならって、スタッフに声をかける。 「旅行店からクーポン購入してるんですけど、泊まれるかしら?」 男性スタッフに宿泊の可否を尋ねる。この時代、電話などという便利なツールはなく、旅行店が発行するクーポンを購入することで、優先的に宿泊ができる仕組みになっていた。エリルはカウンター上に「宿泊クーポン」を差し出す。男性スタッフはそれを受け取ると、 「こちらは、カールスクルーナ旅行組合発行の優先クーポンでござますね。もちろん、お泊りになれます。最上階のお部屋でござます。お荷物は、私共がお運びいたします。」 と言って、エリルを部屋に案内する。 それを横目で見ていたユリエは、 「へぇ~、スゴイ部屋に泊まるじゃん!」 と言って冷やかしてきた。カールスクルーナの旅行店で言われるままに手配してきたのだが、どうやらあの旅行店は「旅行組合」が運営し、貴族や上流階級の人々が使う店だったらしい。宮廷に仕えるカミラが案内したのだから、当然なのだろう。 「あんな連中と一緒じゃ、心細いだろ? 仲間もここで合流するから、一緒にメシするか?」 ユリエは気を利かして聞いてきたのか、それとも何かの企みがあるのか判然としないが、エリルを食事に誘ってきた。荒くれ達が酔っぱらっているなかで、流石に一人で食事をする勇気はない。エリルはユリエの誘いに乗ることにした。それを見計らって、今までエリルの横で荷物を持っていた男性クラークが、 「それでは、お部屋にご案内します」 と言って、カウンター横の階段を上がっていく。 「こちらのお部屋になります。」 男性クラークが部屋のドアを開けて、室内を手短に案内する。 宿泊部屋は3階で室内は白を基調とした落ち着いた雰囲気だ。思ったほど古めかしさは感じず、よく手入れがゆき届いている。外観とはかなり違った趣きなのに感心する。 ―― 外観もしっかり補修すればいいのに・・・・。 ベッドはダブルベッドでかなり広く、寝相のよくないエリルでも気兼ねなく寝られそうだ。 ―― わぁ~、豪華 久しぶりに広いベッドで一人寛げることを思うと、旅路の途中とは言え、少し安堵する気持ちになる。 「それは何か御用がございましたら、ご遠慮なくお申し付けください」 男性クラークは1階のカウンターに戻っていった。 部屋に1人になったエリルは、すぐにベッドの上に横になり、 ―― あ~、ふわふわ~ と、ベッドの心地よさを楽しむ。さすがに馬車に長時間揺られるとカラダに応える。 すると、ドアベルがなる。 リンリン ユリエが食事を誘いにきたようだ。ドアを開けると、黒革のツナギ姿のユリエが立っていた。 ―― しかし、このツナギって、本当にエッチに見えるわ。カラダのラインが丸見えよ。 エリルはユリエの姿に自分が恥ずかしくなる思いがした。 「もう、食事でいい?」 ユリエが食事の誘いの言葉をかけるが、エリルの目はツナギに釘付けになる。 女性としての性的アピールを思いっきり主張するそのレザースーツは、ユリエの身体のラインを余すところなく晒けだしている。股間は女性の秘部の形をうっすらと浮かべているようにも見える。 ―― す、すっごいグラマラス! お尻の割れ目までしっかりわかるほどだわ・・・。 女のエリルでも、その女体に生唾を飲むほどだ。 「ええ、大丈夫です。」 「さすが、3階の部屋は品格があるのね」 恐らく、この3階のフロアーだけが、上流者向けの仕様になっているのだろう。 そう言うと、ユリエはスタスタと1階の食堂に降りていった。エリルも遅れないように慌てて着いていく。 食堂のフロアーに2人が入ると、あまりの華々しさに周囲の荒くれ者が一瞬にして目を奪われ、シーンと静まりかえる。誰かが、 ヒュー と口笛を鳴らすと、 おおー と大きな歓声が沸き起こった。そして、 「ネエチャン達、飲もうや!」 「こっち、こいや!」 「遊ぼうぜ!」 「天国に行かせてやるぜ!」 と、そこら辺から次々と声がかかる。 ―― こ、こわい・・・。 エリルはこの荒くれ者たちの興奮した雄叫びに恐怖を感じた。 ―― よかったわ。ユリエさん達と一緒で。これが一人だたら・・・。 エリルが一人だったら、「奇跡の力」を使わなければならない危険な状況に陥っていたかもしれない。 「悪いね。先約があってさ」 そうユリエが言うと、 「チッ」 「なんだよー」 と、口々に呟きながら、荒くれ者達は自分達の酒を飲んで静かになっていった。流石は姉御肌のユリエ。荒くれの輩の扱いには慣れているようだ。 食堂の隅の丸テーブルには、既にユリエの仲間2人が腰を掛けて待っていた。2人とも男性だ。 「よう、そんなかわいこちゃん、どこで捕まえてきたんだ?」 小柄で少しクセのありそうな男が、エリルの姿を見てユリエを笑いながらからかう。 この男は名前をテルへといい、小柄で細身でいかにも神経質そうな感じがする。 「よしてよ。この娘(こ)が一人でカンバラヤからビブロス行きの船に乗るっていうからさ」 「ほう、それはタダゴトじゃねーな。脱走性奴隷か?」 「いや、違うみたい」 「そりゃ、もっとヤバそうだな」 「そうね。異国から来て、その国に帰るんだってさ」 その話を横で聞いていた長身で筋肉質の男が口をはさむ。この男はベルテという名で剣術家だ。 「まぁ、メシにしよう。お嬢さんもお腹が空いているんじゃないかな?」 「そうね。」 夕食のメニューは肉料理、パン、チーズ、スープ、ワインなどで、結構満足のゆくものだった。彼等は用心棒業を生業(なりわい)としていた。ユリアが帝都カールスクルーナで貴族との仕事の打ち合わせを終え、その帰りの馬車の中でエリルと出会ったのだ。 「そうなんですか。お仕事の打ち合わせで帝都まで行かれてたんですね。」 「ああ、契約にはいたらなかったがな」 ユリエはいつものサバサバと口調で呟きながら、ワインを口に運ぶ。 「俺らは、これでも昔はある国の近衛兵だったんだぜ」 小柄でニヒルなテルへが自慢そうに話す。 「やめておけ、昔のことだ」 ユリエがワインを飲みながらテルへを諭す。 「ところで、エリルさんは何故、この国きたのですか?」 テルへに代わって、ベルテが話し出す。肉料理が好きらしく、お代わりをオーダーしていたのが印象的だ。エリルは「皇帝からの求婚」を隠し、「ある有力貴族から求婚され、それを断りにきた」ことにして、故郷に帰る途中であることを話した。 「ひでえぇ、そりゃ、ひでぇよ・・・。」 テヘルは、その貴族と称されたのが「皇帝」とも知らず、「貴族」に対して怒りをあらわにする。 「この大陸じゃ、どこにでもある話だよ」 今までそんな事例を嫌というほど見てきたのだろう、ユリエが驚くでもなく、ぽつりと呟く。 「貴族の連中は自分好みの女がいると、片っ端から自分のモノにしてくのよ。ある方法を使ってね。」 「ある方法ですか? それは無理矢理にさらってくるとか? お金で買うとか?なのですか?」 ある方法とはどんな風にするのか、エリルには誘拐じみた方法やお金で買うしか思い浮かばない。ユリエは子供に教えるようにエリルに優しく説明しはじめた。 「オプシディアでは人攫いや人身売買は重罪で処刑になるの。でも、それは人間に対してのみ対象になるのよ。簡単言うと『性奴隷』であれば、売買や譲渡しても罪にはならないわ。人間じゃなく奴隷なんだから、なにしても罪に問われることはないの。」 エリルは皇帝が「妃になるか、性奴隷になるか、どっちがいい」と話したことをふと思い出した。 「でもそれは、性奴隷の話ですよね。貴族が狙った相手が、貴族や王族などの有力者であれば、彼らは特権階級者であって奴隷じゃないから、自分の思惑どおりに手に入れることはできませんよね?」 エリルは思った疑問をぶつけてみた。「性奴隷」は自由にできるのはわかる。そして、一般市民の女を奴隷化して所有したがる上流階級層の人間もいるだろう。しかし、彼等、上流階級層の人間は目が肥えている。街娘を隷属化するだけで果たして満足するのだろうか。目が肥えているからこそ、自分たちと同じ国内外の貴族令嬢や王族を自分の所有物としたがるのではないだろうか。エリルはそこが疑問になった。 「そうよ。ただし、この国では本人が望んで奴隷になることを受け入れれば、貴族でも王族でも、もちろん一般市民でも、性奴隷になることが認められるのよ。」 「え?」 「貴族でも、王族でも本人が望めば、性奴隷にできるの。」 「そ、そんな、自分から性奴隷になる女性なんているわけないわ!」 エリルはあまりの荒唐無稽な話が信じられず、ユリエに突っかかるような言動をする。それは無理もないことだった。オプシディアに向かう船の中で、エリルに散々と行われた凌辱行為、あんな汚らわしい行為を強制される毎日など、自ら望む女性がいるなど信じられなかったからだ。 話を黙って聞いていた小柄で細身なテルへが口を挟む。 「それが、次々となっちまうんだよ。数えきれないぐらいの貴族や上流社会の令嬢が『性奴隷』に堕とされてるって話だ」 ―― えっ、なんで貴族の令嬢が自分から性奴隷になることを望むのよ。それも数えきれないくらいって、どうして? エリルが疑問に思うのも無理はない。何の不自由もなく、優雅で贅沢な暮らしを送っている令嬢が、人間としての尊厳や人格、権利を剥奪され、所有物として扱われる「性奴隷」になる理由が全くないからだ。もし「性奴隷」になることを望んでいるのであれば、何か脅されたり、経済的な事情や弱みを握られているとしか考えられない。 テルへが話を続ける。 「合法的に『性奴隷』に堕とす。それが貴族達のやり方なんだ。」 「合法的?」 「ああ、自分から『性奴隷』になることを望めば、全く問題ない。奴隷登記所で申請すれば、審査後に『性奴隷』として正式に登録される。」 「晴れて、正真正銘の『性奴隷』が誕生するのよ」 「どうして? どうして自分から望んで『性奴隷』になるの?」 「それは、わからねぇ」 「え?」 「国のきまりで『性奴隷』になったら、一生監禁されてもう出てこれないんだ。だから、どうやって『性奴隷』に堕とされるのか、知っているのは貴族どもだけだ。」 「時々、『脱走性奴隷』って言って、奴隷登記所に登録される前の段階で逃げ出してくる令嬢がいたりするんだ。その話では、性奴隷にするいろんな仕掛けがしてあって、狙われたら最期らしい。」 「狙われたら、さいご?」 エリルはその言葉を聞いて思わず聞き返す。皇帝から「妃か性奴隷」かどちらがいいか、迫られていたからだ。エリルはもうすでに『性奴隷』として皇帝から狙われているのは疑いようがない。 「まあね、どうせあいつらが有利になるような小賢しい仕組みがあるんだろうけどね。この国に住む限りは、『女は獲物でしかない』ってことさ。エリルも気をつけなよ、てか、その貴族にもう狙われてるか?」 ユリエは冗談交じりに、エリルの身を心配する。ただ、その眼差しは真剣だ。エリルは目の前が真っ暗になった気がして、心が沈んでいった。そこら辺の貴族ならまだしも、エリルが逃げてきた相手はあの「残虐の皇帝」なのだ。 「えっ、いや、その・・・・」 エリルはあまりの話の内容に口ごもり、沈痛な趣になる。それを察したのか、ユリエが 「あーあ、なんだか湿っぽくなっちゃったじゃない。さあ、飲もう!」 そう言って、皆でワインを口に運ぶ。 さっきから、沈黙して3人の話を聞いていた長身の剣術家、ベルテがようやく口を開く。 「どころで、エリル様は用心棒は必要ありませんか? 我々でよければ・・・・」 ベルテが用心棒の話を持ちかけてきた。今のエリルにとって用心棒はいた方がいいだろう。だが、そのエリルを狙っている相手が「皇帝」だというのが問題なのだ。皇帝から身を守れる人間など、この国にはいない。 用心棒を依頼するば、ユリエ達をこの件に巻き込むことにつながる。それはできない相談だった。 「いえ、私は大丈夫です」 エリルはキッパリと断る。エリルには常人ではとうてい敵(かな)わない「奇跡の力」が備わっている。用心棒は不要に思えた。 「そう、必要なら遠慮なく。その時は安くしておくよ。」 ユリエは普段見せない笑顔を見せて、ワインをグッと飲み干した。4人は自然と打ち解けて、さまざまな話をしながら時は過ぎてゆき、 「私は明日早いので、そろそろ寝ますね」 エリルがワインでほんのり酔った赤ら顔で言うと、ユリエが 「もうそんな時間か。今夜は楽しかったよ、エリル。明日は気をつけてね」 と言って、エリルに手を振る。3人はまだ飲むらしい。エリルは3人を残して部屋に戻っていった。 「ねぇ、どう思う?」 ユリエは、ベルテとテルへの2人にエリルについて聞く。 「あれは、かなりヤバイな。もう狙われた獲物だよ。捕まるのは時間の問題だな。」 小柄なテルへは渋い顔を浮かべる。 「私も同感ですね。彼女の身のこなし、話し方からして、恐らく貴族並みの家柄の出身でしょう。貴族に狙われているかどうかは別として、なにかわけあって逃れてきた感じです。独りで国外に行くなど、余程の事情がない限りしないでしょう。」 ベルテもやはりエリルに違和感を持っている。 「ワタシも、そう思う。助けられそう?」 ユリエの問いかけに、ベルテが 「彼女を狙うほどですと、余程手ごわいかと・・・」 2人は深く頷く。 「でもよ、用心棒の話、断られちまったからなぁ。せっかく、金になると思ったのによぉ」 テルへが残念そうにつぶやく。2人は同意したように黙って深く頷いた。「金の成る木」を見つけたと思っていた3人にとってはぬか悦びになってしまったようだ。 部屋に戻ったエリルは、酔いも手伝ってベッドに倒れ込んだ。天井を見つめながら、さっき聞いた「性奴隷」について考える。 ―― 性奴隷って、実際になにをするのかしら? エリルは「性奴隷」という言葉がの響きが忌まわしくは感じるものの、実際に「性奴隷」がどのように扱われ、どのようなことをするのかは知らなかった。それは当然な話で、そもそもアクアマリン王国には「奴隷制度」がなかったし、奴隷もいなかったからだ。 ―― 奴隷になるって、確か、所有物になるとか言っていたわよね・・・。人間を所有物にするなんて・・・。奴隷は奴隷でも「性奴隷」なのよね。「性」なんだから、セックスのための奴隷? それだけのために所有される奴隷? エリルは「性奴隷」がセックスのためだけに所有される女と考えると、身震いがしてきた。 ―― 1日中、セックス漬けってこと? そんなの絶対に身が持たない・・・。 エリルは戦列艦ヴィクトリー内で受けた激しい凌辱について思い出した。カラダを麻縄でがんじがらめに縛られ、身動き一つとれない状態での屈辱的な口淫。食べ物を摂るための口に、男性の性器であるペニスを無理矢理にねじり込まれ、男が満足するように口腔と舌を使って愛撫する。エリルにとっては狂気じみた変態行為に他ならない。ただただ苦しいだけだった。 しかし、男達は違った。苦しみ悶えるエリルの表情や姿を見て、男達は一層性的に興奮し、盛りのついた野獣のごとくオスの生殖本能をむき出しにしてきた。女を男の欲望のはけ口の道具として扱う非人間的な残虐行為。「種の保存」を本能にする男とは、もともと女を虐げる生き物なのかもしれない。エリルはあの艦内での凄まじい凌辱を思い浮かべると、自然と涙があふれ出る。心に二度と癒えない深い傷を負ったのだから。 ―― あんなことを毎日されたら・・・。正気ではいられなくなる。 エリルはこの国に存在する非人間的な扱いで女性を虐げる「性奴隷制度」に激しい憤りと、その犠牲になっている女性達になにもできない自分にもどかしさを感じた。 いよいよ飲んだワインがカラダに回ってきていたのか眠りの誘いが訪れる。エリルはうとうとしながらも心地よい深い眠りに入っていった。