機械の侵食 2話 入れ替わる主従 2/?
Added 2021-09-29 10:20:02 +0000 UTCマリアは立ち姿勢のまま、定形音声とノイズがぐちゃぐちゃに混ざった声をランダムに再生しつつ震えていた。 人間ならば今にも苦しみから涙を浮かべそうな程の挙動だが、口から流れるのは無感情かつ崩れた報告音声のみ。 性的興奮も感じない機械人形相手に濃厚に舌を絡ませながら、少女はマリアの電子頭脳にアクセスし、ストレージ内の記憶データを読み込んだ。 『ふーん、なるほどね……この娘のマスターってそういうことしてるんだ。趣向は合いそうだけど、一方的過ぎるのは嫌われるのにね』 唇の動作と合っていない明瞭な声で感想をつぶやきつつ、しばらくディープキスを続けた後、少女は無味無臭な液体の糸を引きながら口を離した。 『こんなもんかな。他の星のロボットでも有効なはずだよね。メリンもそうしたはずだし』 頬を紅潮させ、発情を表現する少々もじもじとした動きを見せながら、少し距離を取ってマリアの震える様を観察した。 そして、無茶苦茶な音声と電撃を喰らったかのような挙動が収まっていくと、マリアは元の通常時と変わらない動作を取り戻した。 しかし、それまでと比べて明らかに細かな動作や姿勢が柔らかくなっており、本来感情がなく変化しないはずの表情も戸惑いの色を表していた。 『はじめまして。マリアでいいんだよね? 今の気分はどう?』 『…………私は、今どうなっているんでしょうか? この感覚とカテゴライズすればいいのかもわからない奇妙な状態は』 『まあ、そうなるよね。ただの人形から人格を持った存在に生まれ変わったんだから』 『私に人格が……?』 両手を見つめ、人工皮膚に覆われた顔に触れ、己の存在を確かめるマリア。 記憶データを保持したまま突然付与された人格に、彼女はまるで子供のようにどうしたらいいのかわからなかった。 『私が提供したデータはもう読み込めるでしょ? 私の名前はペリエッタ=ウルマーリ。よろしくね』 『ペリエッタ、あなたが私を……?』 惑星ペリメイズからやってきたロボットの一人、ペリエッタ=ウルマーリ。 彼女の電子頭脳内では、あるちょっとした策が浮かび上がっていた。 『そう。私がキスした時にいくつかのデータを提供したけど、私達はこことは違う異星から来たロボットなの。まあ私は元人間だけど。それでね、マリアを根本から作り変えてあげたわけ』 『そうだったのですか……いえ、インストールされた新しい記憶データを読み込み、内容も把握しましたが、私でも信じられません……』 空っぽの器から突然生まれた人格ながら、まさしくメイドアンドロイドらしい清楚な振る舞いを見せるマリア。 今はまだ、自分がどうすればいいのかもわかっておらず、ただただ戸惑うばかり。 そこで、ペリエッタはある二つの事項を彼女に吹き込み始めた。 『まあそれはそれとして……マリア、あなたはもう自分の現在のパーソナルデータを確認できるよね?』 『はい、可能ですが……それがどうかしたのですか?』 『確認してみて。わかるでしょ? マスター登録が空欄になっているのが』 マリアは、見た目年齢が自分より年下な少女の言う通りに脳内操作を行い、自身の情報を確認した。 すると、彼女の言う通り九条杏奈と登録されていた所有者、マスターの項目から名前が無くなっていたのだった。 マリアは思わず口で手を押さえ、信じられないというような表情を見せた。 そんな人間らしい感情表現を起こすのは、彼女が製造されてから初めてのことだった。 『これは……一体どういうことなのですか? 私達アンドロイドは、マスターがいなければ行動は……』 『別にもう自律行動できるよ? あなた単体でも自由に動けるから。 それに、いずれにしてもその点は大丈夫。今から私がマスターになってあげるから』 『えっ……』 そう言うと、ペリエッタは首筋の人工皮膚カバーを取り外し、そこから有線ケーブルを引き出した。 ペリメイズ人に組み込まれていますそのケーブルは、対象の接続端子に合わせて自在に形状が変化し対応する。 下位存在である地球の規格にも容易に合わせることができる。 戸惑いの感情が収まらないマリアの首筋の接続口にそのケーブルを繋げると、ぴくんっ、と全身が震えた。 『あっ……外部デバイスからの接続を確認しました。外部デバイスより、マスター登録のリクエストを受信しました。現在マスターが登録されていません。マスター登ろ……承認しました。機体名、ペリエッタ=ウルマーリをマスターとして登録しました』 本来ならば、変換の時点でマスター登録することも可能となっている。が、ペリエッタは今回、軽い余興や対話のキッカケとして手順を踏むことにしたのだった。 自律的でない実質的強制操作によって、新たに初めて出会った女性をマスターとして登録されてしまったマリア。 システムメッセージを呟き終え、擬似人格が復帰すると、まるで新たな世界を知ったかのようにうっとりとした目でペリエッタを見つめ始めた。 『ありがとうございますペリエッタ様……私、マスター登録されていないととても不安で仕方ありませんでした……』 『よしよし、生まれたばかりの擬似人格ってかわいいね』 頭を優しく撫でてあげ、メイド服越しに身体を抱きしめてあげるペリエッタ。 それぞれの容姿だけ見ると、まるで立場が逆にしか見えないような光景である。 意図せず作られた生まれたばかりの人格に、ペリエッタは可愛がるように対応しつつ、電子頭脳内に抱いた余興の為に耳元である言葉を吹き込んだ。 『ねえ、自律稼働になったところで聞きたいんだけど……あなた、今まで自分達がされたことを覚えてるでしょ?』 『私達がされたこと……』 まるでサキュバスが囁くような、電子部品の一つ一つにまで響くような電子音声で思考を誘導するペリエッタ。 それをキッカケに、マリアは言葉に関連した過去の記憶データの参照を開始した。 思い出されていくのは、かつてのマスターである九条杏奈からの加虐の記録。 ストレス解消に、修理前提で四肢を殴られ潰された記録。 目の前で他機体が破壊され、笑いものにしつつゴミとして捨てるよう命令された記録。 注いだコーヒーを顔にかけられた記録、眼球ユニットを引きずり出された記録、余興として外に全裸で放置された記録、人工皮膚を剥がされた状態で犬の動作プログラムを作動させられ滑稽な姿を晒された記録。 そのどれもが、人間であれば尊厳をぐちゃぐちゃに陵辱し、奴隷以下の存在として扱うようなものばかりだった。 感情の無いこれまでのマリアならば、それに何の反感も抱かず再起不能になるまでマスターの命令として受け入れ続けた。 だが、ペリエッタによって強制的に擬似人格が作成され、予めある程度の常識的な反応を学習した今の彼女には、その屈辱的な過去があまりにも凄惨に感じられるようになった。 『…………私、今までこんなことされ続けても、黙って受け入れてたんですね……』 『そうだよ。マリアは今までこんなにも酷いことされ続けてたの。でもね、今はもうこんな最低な主人の元にはいないんだよ』 初めての戸惑いを覚え、己の記憶から深い傷と哀しみを覚えたマリア。 そして、さらなる感情を呼び起こさんと、ペリエッタは優しく首筋の人工皮膚や後頭部を撫でつつ、煽るように続けて囁いた。 『この豪邸には今、私達とメイド達、同じアンドロイドしかいない。あの最低な主人は外に出てる……ねえ、私と一緒に面白いことしない? それでね、この城をひっくり返すの。傲慢な人間の杏奈を懲らしめちゃおうよ』 マリアの擬似人格に、怒りの反応がこみ上げてくる。 新しいマスターは、今こうして自分を優しく気遣ってくれている。 安い玩具のように扱われていた自分を慰めてくれている。 もうあんな下等な人間に仕える自分ではない。 マリアは新しく得た自律思考に従い、ペリエッタの言葉に乗った。 『わかりました、ペリエッタ様。ありがとうございます……もしかしたら、私の貴女のような方を待ち望んでいたのかもしれません』 『ふふ、その意気。それじゃあね、元主人が帰ってくる前にちゃっちゃと済ませちゃおっか。私達がまずするのはね……』 ペリエッタは、新しく造られた下位ユニットにこれから始める「準備の方法」を吹き込んだ。 マリアはそれを、拒絶することなく喜んで受け入れた。 そして、互いに無機物の眼球を見合わせてアイコンタクトを取ると、その場から同時に離れて豪邸内へとそれぞれ入っていったのだった。 『登録されていない人物です。侵入者を確認し……不明なデバイスから新しししし新しいファイルrrrがファイルが』 『ん……これで三人目と。一気に仲間が増えるのはいいことだなあ……ふふっ』 ペリエッタは、マリアの中にあった豪邸内のマップデータを頼りに適当に歩きながら、目についた人物やアンドロイドを無差別に機械化していった。 セキュリティ上、騒ぎになると面倒なのもあって隠れながら移動しており、そこに若干の煩わしさを覚えていた。 『ん、どうしたのマリア。作業はちゃんと続けてるわ』 『……いえ、そうではないんです』 『えっ、あんたってそんな普通に喋れ……んん!?』 一方のマリアは、杏奈お気に入りかつ長期間使用された機体という信頼される立場なのを利用し、次々と豪邸内のメイドにキスをして機械化していった。 ペリメイズ人に搭載された無機物変換技術は、自身の内部構造や機能を基準に適用される為、作り変えられたアンドロイド側にも自動的に受け継がれる。 マリアも今や、まるで感染性ゾンビの如く他者を機械化できる存在になったのである。 今まで無感情かつ無機質に命令に従い、淡々と稼働する姿ばかりを見てきた人間のメイド達には、今のマリアの姿は違和感しかない。 そんな心の隙を立て直そうとする間にも、マリアに次々と機械化させられていく。 主人不在の大豪邸内は、みるみるうちに機械人形の根城と化していく。 誰も叫び声を上げず、発生した快楽に身を委ねながら、杏奈の知らぬ間に異常な変化を遂げるのであった。 * * * 外界が闇に落ち、豪邸が温かな光に包まれた夜。 自家用ヘリに乗った杏奈が、パーティーからようやく帰ってきた。 しかし、戻ってきた彼女の所作からは行き場の無い怒りが漏れ出しており、表情もひたすら憤怒の色を剥き出しにしていた。 「あーーーーもう最っっ悪!! あんなイカれた薬中のいるイベントなんて聞いてないわよ!!」 杏奈が向かったパーティーは、所謂フロア中にテンションを引き上げる曲をかけ、好きに酒を飲み踊り明かし、気分のままに盛り上がり遊ぶ勝手気ままなパーティーだった。 ただそれだけならば、何もやましいことは無い。 しかし、今回のそれは裏のバイヤーが関わっているイベントであり、フロア内で密かに薬物がバラ撒かれていたのだった。 しばらくは普通に楽しんでいた杏奈も、ふとした拍子にそれを目撃した上に、ついには自分にも薬物への誘いを向けられてしまった。 期待は一気に不快感へと急転直下し、苛立ちを胸に抱いたまま、杏奈は途中退室し出ていったのだった。 『あたしに余計なリスク背負わせるんじゃないっての!! あんな堂々とやって、ばっかじゃないの!? あーームカつく!!』 しかし、それは単に正義感や倫理に基づいているわけではなく、万が一その使用がキッカケで逮捕なり風評がバラ撒かれてしまえば、自分に大きな不自由が降りかかるからというものだった。 『はーーーー……チッ………あーなんか思い出しただけでイライラしてきた。なんか一体ぶっ壊して気晴らししようかな』 このまま怒りを残していても何も良いことはない。 適当なアンドロイドを破壊してリフレッシュしようかなと思いながら、杏奈はエントランス前に立った。 センサーが彼女を捉え、自動的に扉が開いていく。 室内の光景が開かれると共に、無数のメイド達が主人を出迎えた。 『お帰りなさいませ、杏奈様』 一人ひとりが等間隔で並び完全に統一されたタイミングで頭を下げる。 迎えの声もまるで重なっているように発され、まるでパフォーマンス集団のような統一ぶりだった。 しかし杏奈は、そこに違和感を抱くこともなく、自分の気持ちを整理するのに精一杯でずかずかと自室を目指していった。 そんな彼女の後ろを、マリアが執事の如くついていった。 『お帰りなさいませ、杏奈様。この後はどうなさいますか』 『誰かあんた以外のロボット一体寄越して頂戴! イライラして仕方ないのよ!』 『かしこまりました』 これまでと変わらない、我儘なお嬢様について振り回される邸内の日常。 マリアは命令に従い、アンドロイドのうち一体に移動指令を送信した。 プログラムされた丁寧な物腰、一糸乱れぬ綺麗な姿勢、美しい統一された歩幅。 苛立つ主人の後ろを、マリアはいつも通りについていく。 その後方、並び立ったメイド達は一斉に主人の背中を見つめ、目の奥の赤い光を輝かせていた。 そして、とても広い杏奈の個室に、無数のメイド達と一緒に待機するマリア。 その手には、破壊目的でしか無いハンディサイズのハンマーが握られていた。 『どうぞ、杏奈様』 それが、ソファーに沈みこみふんぞり返っている杏奈の手に渡される。 その前には、一体のメイド服姿のアンドロイドが正座し待機していた。 『ふん、あんなパーティーに向かうんだったら、最初からこっちで満足しとくんだったわ。気分悪いから、あたしのストレス発散に付き合いなさい』 『かしこまりました、杏奈様』 そのアンドロイドは、杏奈の命令を従順に受け入れた。 しかし、まだ杏奈は気づいていない。自身が購入した機体の中には、彼女の存在は無かったことに。 『じゃあ、あんたの電子頭脳を開放して』 『かしこまりました。後頭部ハッチを開放します』 アンドロイドは人工頭皮に覆われた後頭部を開き、自身の電子頭脳を空気に晒した。 その構造は、彼女がいつも購入する機体とは違うものの、不快感の発散にほぼ全ての意識を割いていたが故に全く気づくことは無かった。 『うらあっ!!』 直後、杏奈は有無を言わさずハンマーを振るい、アンドロイドの中枢部に叩きつけた。 室内に硬質な快音が鳴り響き、命中箇所が小さく陥没し傷が付いた。 『警ここ、え、エラー、電子頭脳に、にに、重大な損傷損傷が発生発せせせ……内部デーたたたが破損する可能性可能性がががかありま、まま……』 アンドロイドの音声は一撃で狂いだし、壊れたエラーメッセージを感情の無い顔から垂れ流した。 しかしそれまでと違うのは、攻撃されたアンドロイドはただ壊れるだけでなく、全身をビクビクと振動させながら、メイド服の舌で乳や股間から人工体液を漏らしているところだった。 その状態はまるで、絶え間ない快楽を全身に感じているようだった。 『はぁぁ……あーやっぱりこれよこれ! この壊す快感! これだからロボットを壊すのやめらんないの! おりゃあっ!!』 それに気づく様子もない杏奈は、溢れる加虐心を満たす為にひたすらアンドロイドの後頭部、眼球、両肩、顎、頭頂部を力いっぱい殴り、サンドバッグのようにしてしまった。 アンドロイドの頭部は、両頬の皮膚がわずかに裂けた状態で顎が破損し、右眼球ユニットが潰れて内部が剥き出しになっている。 何度も打ち付けられた電子頭脳からは火花が上がり、肩関節の壊れた両腕は操り人形のようにぷらぷらと揺れていた。 美しい顔が崩れる程の悲惨な姿。杏奈はスッキリした様子で、右足を胸の谷間に押し付けた。 『ふーー……いい気分転換になったわ。はあ、あたしを面倒事に関わらせんじゃないっての……よ!』 そして思いっきり前方に足を押し出し、アンドロイドを背中からがしゃんと倒れさせた。 頭部内に落ちていったいくつかの電子部品が床に溢れ、へこみ歪んだ電子頭脳が床に激突する。 アンドロイドはボールのように身体を跳ねさせ、口をぽかんとだらし無く開いた無表情のまま死ぬ寸前のような痙攣を起こした。 『何がこいつがあればトべるよバカじゃないの。もー朝の楽しい気分返してほしいわもうほんっっと…………ん?』 八つ当たりと愚痴の撒き散らしで気分がある程度晴れ、ようやくストレスが緩和し頭が落ち着いてきた頃、杏奈はようやくあることに気づいた。 たった今自分が当たり散らしていたメイドアンドロイド。この機体の顔は、自分は購入した覚えが無かったのだ。 だが、完全に知らないわけではない。脳内の記憶を辿ったところ、このアンドロイドの身体も顔も、現在雇っている人間のメイドである女性の一人と瓜二つだった。 さらによく見れば、メイド服の張った胸の先端と股間部から濡れシミが現れ、徐々に拡がりだしていた。 購入したアンドロイド達にそんな機能は存在しない。だが、杏奈は一旦それをただの液漏れと解釈してから口を開いた。 『…………なにこれ。あたしこんなロボット買った覚えないわ。しかもメイドと同じ姿なんで割と悪趣味じゃない』 何かの当てつけか、それとも外部から誰かが勝手に屋敷に送り込んだのか。 少なくとも、購入しているアンドロイド達にそんな嫌がらせが出来る能力があるわけがない。 となれば、メイド内の誰かが勝手に自身の金を使いこんな回りくどい悪戯を仕掛けたかもしくは……。 杏奈はそう考えざるを得なかった。 『あんた達の誰かがこんなことしたのかしら? 何か言いたいことがあるんだったら、あたしにはっきり言えばいいじゃない? それとも、あたしが慌てふためく顔が見たかったの?』 杏奈は周囲に待機するメイド達に、無差別に放言した。 誰がやったのかもわからないが、釘を差しておくに越したことはない。 睨みつけつつ不愉快さを込めた怒りをぶつけるが、アンドロイドを含めたメイド達は、一切怖気づく様子は無かった。 『それとも、誰があたしの屋敷に勝手に入ってるの? ほら出てきなさいよ! 姉妹兄弟誰かいるのかもしれないけど、あんたらの事なんか別にどうでもいいんですからね!』 もう一つの可能性を牽制するために、杏奈はいるかもわからない親族へ向けて、大声で室内に叫んだ。 しかし当然、どこからも反応は帰ってこない。 このままでは、いもしない敵に怯えてる滑稽な女になってしまう。 そうなると、余計にプライドが傷つけられてしまう。 たった今晴らしたばかりなのに、改めてストレスが溜まり始めた杏奈は、舌打ちしてから大きく溜息をついた。 『はぁぁぁ…………あーもうなんなのよ今日は。一々不幸が寄ってきてさぁ。ったくもう……ねえマリア』 『…………』 『あたしはこれからお風呂に入るから片付けといて。その後寝るから』 いつものように、杏奈はマリアに命令する。 しかし、本来ならば言葉の後に正確なタイミングで返ってくるマリアからの返事が、今日は全く投げられなかった。 沈黙を保ち、動く気配も無い。 まさか故障でもしたのか。こんな時に。 この瞬間、杏奈の怒りは頂点に達した。 『〜〜〜〜〜〜!!!!! あーーーーーもう!! ちゃんと聞きなさいよこの不良品!! いいから!!! あたしの命令に従い』 『私はもう、杏奈に使えるアンドロイドじゃない』 マリアの声が鼓膜に伝わった瞬間、冷水をかけられたように杏奈の癇癪は止まった。 購入してから現在までに聞いた無感情で冷たい声ではない、はっきりと感情のこもった意志ある声。 それが、メイドアンドロイドの口から出てきたことに、驚きを隠せなかった。 『……は? 何言ってんのよ。というか、なんであんた普通に喋れてるの? ロボットのくせに。まさか、メイドの誰かが変装してるんじゃないでしょうね。いいえ、そうに決まってるわ』 一時的に思考が止まった杏奈は、なんとか現実的に納得の行く理論を組み立てて口撃しようとする。 しかし、マリアも、周囲のメイド達も、冷たい表情を保ったまま一切割り込んでこなかった。 『そうか、今あたしが壊したのがマリアで、あんたがマリアに変装した、名前は……そうそう、清水由衣ね。見た目を入れ替えて何企んでるのか知らないけど、あたしのお気に入り壊させてただで済むと思ってるの?』 仮説を前提にしながら捲し立てる杏奈。そうでなければ非現実的すぎる。 彼女の怒りは、お気に入りのマリアを壊させた由衣へと向く。 しかし、マリアが口にした次の言葉が、彼女の結論を否定した。 『私はマリアです。そして、たった今貴女が壊したアンドロイドが清水由衣です』 『は? そんなのありえないわ! 由衣は人間で、マリアはロボットなのよ! それが』 『あは、はハは、あ、あ、杏奈ささマ? 私しし、しハ、あんっ! 私は私達ちち、はロボットににな、なりママした、したですましタよ? エラー、頭部ゆニっtttが破損しテいます』 その声を聞いた瞬間、杏奈は青ざめた。 ゆっくりとぎこちない動きで振り向くと、たった今壊した機械人形が、恍惚に染まった笑顔を見せながら、自分に向かってはっきりと語りかけていたのだ。 エラーメッセージを混ぜ、ノイズだらけの声で。 突然非現実的な世界に放り込まれた杏奈。ぐるっと周囲を見渡すと、メイド達の視線が全て自分に向けられていることに気づいた。 『何よこれ……何が起こってるの……!?』 『聞こえなかったの? 私達は生まれ変わった。人間は機械になり、私達には新しい人格が与えられた。そして、全員が貴女の支配下じゃ無くなったんですよ、杏奈』