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土装番 from fanbox
土装番

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機械になった妻と妻への浮気 1話先行公開版

 現代から大きく離れたとある未来の時代。  全身が金属と樹脂で構成されていながら人間と見分けがつかない程の美しい容姿と挙動を見せるアンドロイドが街なかで稼働し、それに連鎖して人間を機械化する置換技術が大幅に発達していた。  これにより、人間は生まれ持った生物としての肉体を捨て、機械の身体に生まれ変わることができるようになった。  機械の身体を得たことで、世の中には新たな趣向や趣味が生まれ、人間社会は一段階新たなステージへと進むこととなる。  そしてそんな世界では、機械相手でしか満たせない欲望や好意も生まれるようになった。  これは、女性側が男性側の希望によって生まれ変わり、そこから不可視の捻れた日常が始まったとあるカップルの話である。 * * * 「ねえ恭司、今日は何食べたい?」 「うーん、あんまりどこ行きたいってのは無いなあ。むしろ沙綾は何食べたい?」 「あたしは恭司が食べたいものが食べたいなあ」 「なら俺は沙綾が食べたいものが食べたいかな」 「もう、そういうの意地悪でしょ! でも恭司がそういうなら……じゃあ、カレーが食べたい!」 「カレーかあ、確か近くにカレー屋あったような気がするな。そこにしようか」 「うん! そうするそうする!」  とある島国の首都、夕日が沈んだ暗闇を街灯や建造物の明かりが照らす、非常に発達した文明の街並みの中を歩くとあるカップルがいた。  男性の名前は穂積恭司。とある企業に勤めており、物腰落ち着いた優しげな雰囲気を漂わせている。  そして女性の名前は栗林沙綾。一時期はスイーツショップのスタッフとして勤めていたが、現在は仕事を辞めて恭司を同棲をしている。  さらさらとした、少しだけ青みがかったような美しい黒のロングヘアーに、恭司と一緒にいる時の甘い微笑みがギャップとして輝くような、モデル顔負けの大人びた美貌。  恭司の気を引きたい一心で選んだ、お洒落な色合いのセーターの下から浮き上がる豊満な乳房は、雑誌やネット上で話題になるグラビアアイドル顔負けの大きさで、歩く度に服越しに小さく柔らかく波打っている。  それでいてボディラインは芸術品の如く細くしなやかで、色白な肌と合わせて女神のようなスタイル。  すらっとしていながらもしっかりと鍛えられている太ももは、細いながらも肉感的という言葉がとても良く似合う。  そんな完全無欠な美女という言葉がまさしく当てはまる沙綾は、恭司に心の底から惚れ込んでいた。   「ねえねえ、そのカレー屋ってどういう系? あたしインド系結構好きなんだー」 「何系だったかな……結構創作系みたいな雰囲気だったけど、たぶんインド系寄りかなぁ」 「ならあたしの好みに刺さってるかも! ありがと恭司、そんな店選んでくれて!」 「うろ覚えだからはっきりしないんだよなぁ。まあ、違った時は覚悟しといて」 「別にそれでもいいよ。あたしどのカレーも好きだし、何より恭司と一緒に食べるならなんでも美味しいし!」  恭司と一緒に呼吸するだけでも幸せと言えてしまいそうな程の惚れっぷり。  二人の雰囲気からして、一方的に沙綾が押しているようにも見えるが、恭司もちゃんと彼女のことを愛していた。  二人は沙綾が勤めていたスイーツ店で出会って以降、少しずつ話す頻度も増え、次第に沙綾側が惚れ込み始めた。  そして、一緒に出かけるようにもなり、そんな日々が続くうちに沙綾側から告白。  恭司もそれを受け入れて、晴れて恋人関係となった。  そうして、現在に至るのである。 「あんっ! あんっ! 恭司……ぃ……今日……はげし……ああっ!!」 「はぁ……はぁ……沙綾……うっ…………」  二人は既に肉体的な交友も抵抗なく行っており、ちゃんと避妊具を用意した上で健全なセックスを自宅で繰り広げていた。  大好きな人と、身体で、心で繋がり会える。  淫らに乳房を揺らし、腰を振っては肉体を貪られ、沙綾は全身を火照らせながら幸せの絶頂にいた。  もう一生出会えないような大好きな人と、こんなにも深く愛し合えるのは幸福以外の何物でもない。  快感と精神的充足が合わさり、彼女の心はまるで天に昇っているかのような感覚を覚える程だった。  そしてある日の夜。  空を暗闇が覆い、星々と月が闇夜の晴天から人々を照らしている。  そんなきらきらとした空の下、都市内のとある海岸沿いにて、デート明けの恭司と沙綾が向かい合っていた。 「話したいことって何?」   「う……うん…………あのね……ずっと考えてはいたことなんだけど……その、いつ言おうかってずっと迷ってて……」   沙綾は顔を赤らめ、次の言葉をとても言いにくそうにもじもじと目をそらしている。  そんな飛び抜けるような可愛らしさを持続させ続けている彼女を、恭司は笑顔で待ち続けた。 「大丈夫だよ。俺はずっと待ってるから。心の準備が出来たらいつでも言って」  微笑ましくわたわたする沙綾を愛らしいと思いながら、優しい言葉をかける恭司。  彼の言葉に胸と全身を熱くするが、逆にそれが推進剤となったのか、沙綾はぐっと心を固めて一歩前に出て、勇気を振り絞った。 「ありがとう恭司………………あのね、ずっと、この時が来たらいいなって思ってたの。すごく……言いづらいけど………ずっと! あたしと一緒にいてほしいの! 大好きだよ! あたしと結婚して!」  ついに口走った、人生最高潮の一言。  ずっと言いたくて言いたくて仕方がなかった、愛し合う度に気持ちが積もっていく言葉が、ここでようやく形となった。  断られてしまうかもしれない。愛し続けていてもその返答が怖くて仕方がないが、それでも気持ちを出したかったのだ。  恭司は一度深呼吸をした後、改めて嬉しそうに笑顔を向けた。 「ありがとう沙綾。俺もその言葉がずっと聞きたかったんだ」  この前口上が耳に入った瞬間、沙綾はぱっと満開の桜のように明るくなった。  自分の気持ちが成就した。ずっと恭司と一緒にいられるんだ。そう思っていた。  しかし、この後帰ってきた言葉は、彼女が全く予想だにしていないものだった。 「だけど、結婚するのには一つ条件がある。それを聞いてくれるかな?」 「…………えっ、なに?」 「ずっと隠してたんだけど……実は俺は、アンドロイドや機械化した女性が大好きなんだ。人間と同じような容姿や振る舞いてまありながら、人とは違う姿を見せてくれるのが堪らないんだ」  突然始まった、彼氏の性癖の開示。  思わず先程までの舞い上がり続けていた声が押し留まるが、とっくに恭司の事を常に好意的に見ている沙綾はそれを黙って聞き続けた。 「だからね、沙綾には全身機械化してほしいんだ。俺がもっと沙綾を好きで居続けるためにも、生身を一切残さず機械化してほしい。それが条件だよ。もちろん費用は俺が出すから……それでもいい?」  生まれ持った身体を捨ててほしいという、本来ならばとても大きな条件。  しかし、沙綾は全く怯むことなく、改めての笑顔を見せた。 「もちろん! 恭司と結婚するなら、全身機械化だって受けるわ。だって、あなたがとっても好きなんだもの。添い遂げるためなら、生身だって捨てられる」  沙綾の愛はとても深かった。恭司のことが大好きで仕方なく、一緒にいるならもうこの人しかいないと心の底から思っていた。  彼と共にいるなら、生身の身体なんていつでも捨てられる。  機械化という選択肢そのものを考えたのは今この時が初めてだが、沙綾はそう思った。  そんな待ち侘びた答えを聞いた恭司は、そっと彼女を優しく、温かく抱きしめた。 「その言葉が一番聞きたかった……機械化したら結婚しよう、沙綾」 「────うんっ!!」  沙綾もそっと、いっぱいの力で胸がつぶれる程に抱きしめた。  こうしてまた一つ、夜空の下で新たな夫婦が誕生したのであった。 * * *    結婚を申し込んだ後、沙綾は迷わず全身を機械化。  生身を完全に失い、樹脂と金属の塊の機械人形となった後、愛する恭司と共に婚姻を成立させ結婚式を上げた。  こうして、蜜月な恋人関係から夫婦へと移り変わった二人の新婚生活が幕を開けた。  現在二人は毎日、同じベッドでくっつきながら眠っている。  それ自体は結婚前とさして変わっていないが、大きく変わったのはその状態である。  以前までは人間らしく目を瞑り、寝息をたてて睡眠を行っていた沙綾は、目を開けたまま動作を止め、呼吸もなく無表情になりスリープモードに入るようになった。  夫にくっついたまま離れず、自身は人型の抱き枕のような状態を保ち続ける。   「指定された時刻となりました。スリープモードを解除します…………おはようあなた。もう06:00よ」 「うう…………あぁ、おはよう沙綾」   名前呼びからあなた呼びに変わった恭司を起こす為に常にタイマーを06:00にセットし、決められた時刻に正確に起床する。  眠気に左右されることもなく、機械的にシステムに従って動作するおかげで、ルーティンの如くきちんとした時間の割り振りが可能となっていった。 「どうぞ、あなた。今日もしっかりね」  自宅での調理メニューも、これまで彼女はきちんとした料理スキルを元に見事な食事を作ってみせた。  機械化して以降はさらに栄養素を細かく分析し、恭司に必要なそれを演算しつつ彼の好きなメニューを最高の味で調理してみせていた。  タイムスケジュールは常に完璧で、恭司の体調や気分に合わせて細かな調節を加えながらも、まるで管理AIのような完璧さを披露した。  それもこれも全て、愛する恭司の為の献身である。 「おかえりあなた! 今日もお疲れ様!」 「ああ、ただいま沙綾」  二人の新婚生活は、朝の段階で説明が不必要な程に順風満帆であり、その間の愛情は留まることを知らなかった。  帰宅した直後もお互いを抱きしめ合い、沙綾はスーツ越しに愛する恭司の温かみと人肌と身体付きを全身で感じる。  恭司は、人工的な人肌の温かみと柔らかさ、乳房の肉感的な感触を浴びる。  数秒の間抱き合い、少し身体を離して顔を向き合うと、そのまま吸い込まれるように軽いキスをした。  生身と樹脂、それぞれと感触が交錯する。 「んん……あなたぁ……この後どうするぅ……?」 「む……ぅ……まっへ………ん…………ふう、ますはお風呂で頼む。少し疲れた」 「わかったわ! じゃあ、その間に食事を用意するね。今日はメッセージで知らせた通りクリームシチューよ」  人間だった時のそれよりも柔らかい唇は、無味無臭のキスの味に色気と気分を足す。  スピーカーによって口を塞いでも喋られるようになった沙綾は、たとえキスをしている間でも明瞭な声で喋って愛する夫に質問をぶつけた。  当然口が閉じられては喋れない恭司は、いったんキスを止めてから優しく質問に答えた。  機械の身体による人体以上の便利さと、感情の発露の自由さに、沙綾はこれまで以上の愛情の振り撒きっぷりを見せている。  そしてそれは普段の日常生活だけではなく、夜の営みにも及ぶ。 「あっ! あっ! あなたあっ! すっごくきもちいいのっ! ああっ! 生でこんなにっ、するのがきもちいいなんて……ああんっ! 快楽信号も、増加して、感度が上がってぇっ!!」  ベッドの上で仰向けになる全裸の恭司に対して、沙綾やその上に跨って固くなった夫の一物を全て女性器ユニット内に受け入れた。  全裸の彼女の身体には、人間には決して存在しない、首元や関節部、鳩尾や股間などに走っている取り外し可能であることを示す継ぎ目が存在する。  目から下に一切の無駄な体毛は存在せず、つるつるとした美しい人工皮膚で覆われた女体。  中出しされても妊娠することも無くなった沙綾は、機械化して以降のセックスは全て避妊具無しで行うようになった。  ゴム越しではない生の肉棒を、樹脂製となった膣肉に感じ、密集したセンサーで愛する人の分身を受け入れる。  そして、蕩けた淫乱な表情で腰を振りながら、それとは別に女性器ユニット単体で肉棒をマッサージしていく。  全ての刺激が快楽信号として電子人格に伝わっていくことは、彼女にとってはこれまでの人生に無い最高の体験となっていた。  女性器ユニットの奥に備わっている子宮ユニットは、実質的には夫の射精を受け止める精液タンクであり、妊娠機能は一切存在しない。  しかし人工授精は可能となっており、冷凍保管された卵子を利用すれば、子宮ユニットを赤子発育機として使用できる。  自分の身体は外部の機械によっていくらでも拡張可能となっている。そんな自由度に、沙綾は人生の絶頂とも言えるような興奮を味わっていたのだった。  ボディが破損した際の破損保険にもちゃんと加入しているし、データが壊れてしまった時の為に常にバックアップの取得は欠かさない。  幸せな日常を保つ準備は常に怠らない。  しかしそんな日々は、彼女が自覚できない裏側で、少しずつ歪み始めていくのであった。 * * *    ある日の夜。この日の恭司は明日が休日ということもあって、やや気持ちが軽くなった様子で帰宅した。  そんな彼を出迎えた沙綾は、いつもならば食事の準備を済ませているが、今日は事前に受けた連絡に従ってそれを作らずに待機していた。 「おかえりあなた。今日はしたいことがあるって言ってたけど、どうしたの?」 「ああ、ちょっとね。少し俺の部屋に来てくれるかな、沙綾?」  こころなしか、恭司の声は少しだけ明るいような気もする。  体感的にもそう感じられるが、沙綾は電子頭脳から自動的に彼の声を解析し、これまでよりもちょっと声が高めだと認識していた。  デジタルに彼の気分を読み取りつつも、指示に従って一緒に恭司についていき、彼の自室へと足を踏み入れた。   「ねえ、何か良いことでもあったの? 嬉しそうね」 「あ、やっぱりそういうのわかるんだ。けど、良いことがあった……というよりは、これから起こるって感じかな」 「えっ……?」  予想していなかった答えに、沙綾の思考が一瞬だけフリーズした。  これから起こるとはどういうことか。  この部屋にいるのは自分と恭司のみ。まだ毎日のタスクが全て終えたわけではないが、二人きりで愛し合う二人がすることは一体何か。  セックスやそれに準じる性行為は日常的に行っているが、もしかしたらそれよりもさらに燃え上がることなのだろうか。  沙綾の感情値が変動し、頬を赤らめテンションが上がり始める。 「やだもう、これから何しようっていうのよ! そんなこと言われたら、あたしも楽しみになっちゃうじゃない!」 「まあね、沙綾も関わることではあるから」  身振り手振りが大きくなり、秒単位で期待が高まっていく沙綾。  その一方で、恭司はポケットから、普段遣いとは違う携帯端末を何も言わず取り出した。  そして、その画面を操作し始めた。 「それならそうと早く言ってよあなた! あたしに言ってくれればいくらでも準備でき…………」  その時、笑顔を改めて向けようと恭司の方を向いた沙綾の動作が、一瞬にして停止した。  笑みを浮かべたまま人形の如く固まり、口は喋っている途中の形でぽかんと開いたままになっている。  体勢も動作の途中だったこともあって不自然で、新たに動き出す気配もない。  まさしく、文字通り時が止まってしまったかのようだった。 「やっぱり、機械は権限が絶対だというのがよくわかるなあ」    恭司は、停止した沙綾の頬に優しく触れ、そっと撫でた。  柔らかな人工皮膚の感触が伝わるが、それに反応する気配は一切ない。  それから続けて、髪を軽く掻き分け、瞳に指を触れ、口内を少し指で掻き回し、唇に触れ、乳房を服越しに揉むが、それでも一切、笑みを浮かべた表情から変わることはなかった。  恭司が携帯端末から操作していたのは、登録したアンドロイドをコントロールする為のアプリ。  これは機械化した元人間にも適用可能であり、同時に怪しい野良アプリではない正規のアプリでもある。  これによって、沙綾の人格や記憶、動作、内部数値など、様々なデータを自由に改変することが可能となっている。  無許可で行っているわけではなく、事前に何かあった時の為のアイテムとして、沙綾に申し入れをしてから登録されたものであり、存在自体は彼女も把握していた。  しかしそれが、沙綾という存在の全てを明け渡す物だとは、彼女も知らなかったのである。  このアプリによって、恭司は彼女の人格エミュレートと動作を停止。  初めての操作なのもあって、手始めにと行った操作ではあったが、想定以上に素晴らしい結果が目の前で示されたのであった。 「この日をずっと待ってたんだ。今日から俺の妻は二人になる。一人で二人みたいなものだけどね。こういうのも、機械の身体にしかできないんだ」  意味深な事を言いながら、恭司はスーツのポケットから小さな外部ストレージを取り出した。  動かない沙綾の後ろに回り込み、首筋のカバーを外すと、そこには外部機器との接続端子と、充電端子が姿を表した。  接続端子のうちの一つに外部ストレージを差し込むと、沙綾の固まった女体が一瞬ぴくっ、と震えた。  すると、今度は沙綾の表情が失われ、個性の無いアンドロイドのような直立不動の姿勢となった。  そして、恭司の方を向き直し、感情のない冷たい表情で口を開いた。 「不明なデバイスが接続されました。新しい外部機器として登録しますか?」 「登録してくれ。それから中にあるファイル全てインストールして」 「かしこまりました。新しい外部機器を登録しました。続けて、ストレージ内のファイルを全てダウンロード、インストールを実行します」  まるで夫婦の間柄ではなく、所有者と従者のようなやり取りを交わす二人。  人格エミュレートが行われていない今の沙綾は沙綾ではなく、彼女の形をしている機械人形に過ぎない。  与えられた命令を淡々と受諾し、その通りにファイルをインストールしていくと、じっと恭司の顔を改めて見つめ直した。 「インストールが完了しました。新しい人格データを確認しました。こちらを適用しますか? この人格データはアンドロイド用擬似人格の為、人格エミュレートによる動作は行われません」 「それでいい、起動してくれ。それと、沙綾の人格エミュレートの時はこの擬似人格の存在やそっちで記録されたデータ類を認識できないように」 「かしこまりました。設定を適用後、擬似人格を起動します。しばらくお待ち下さい…………」  口頭で与えた指示によって、仮に本来の沙綾の人格が起動したとしても、別の人格が自身の電子頭脳内に入れられたことを認知出来なくなってしまった。  これにより、沙綾は知らない人格が何をしていても自覚することはできず、たとえどんなことをしていても実質的には記憶が存在しないのと同義となった。  再び沈黙が続き、電子頭脳内の挙動のみで時間が経過していくこと三分。  沙綾の形をした機械人形は改めて姿勢を正した後、無表情のままゆっくりとお辞儀をした。  二人の間柄からすれば、本来ありえないことである。  そして、滑らかな流れで口が動いた。 「はじめまして、マスター。私はパーシナル社製女性タイプ擬似人格、商品名MHT12と申します。私をアンドロイドの擬似人格に選択していただき誠にありがとうございます。私は人工知能と同様、学習型の擬似人格であり、予め設定された性格や記憶は存在していません。全てマスター次第で様々な人格に育てることが可能となっております。なお、このメッセージは人格の挙動には関係のない説明文となっております。それでは、本日からよろしくお願い致します」  彼女として、夫婦として、親密な付き合いを重ねた時が全て無に帰したような無機質な説明口調。  まるでオーダーメイドのアンドロイドのように、丁寧な言葉遣いと抑揚ではじめましてと結婚式まで挙げた相手に戸惑うことなく口にしながら、自分の人格についての説明を放言した。  最後に改めて一礼をすると、再びその場で動かなくなった。  恭司が軽く周囲を歩くと、視線だけで追っていった。 「ああ、よろしく。えっと……そうだな……君はまだ名前も設定されていないんだよね」 「はい。私にはまだ名前が設定されていません。マスターから設定をお願い致します」  現在のまっさらな擬似人格には、その身体の本来の持ち主である栗林沙綾という存在は関係ない。  この擬似人格にとって今の身体は、マスターに与えられた容れ物に過ぎない。  そして、予め恭司が施した設定と同様に、擬似人格も沙綾のデータには干渉できない。  同じ身体でありながら、それぞれが別々の存在となっている奇妙な状態。それが、恭司が作り出した今の状況だった。 「じゃあ……京子で。これから君の名前は京子だ」 「名字の設定は行いませんか?」 「ああ。そっちはいらないよ」 「かしこまりました。それでは、私の名前は京子として登録します。マスターの名前は擬似人格購入時と同様、穂積 恭司 様でよろしいですね?」 「いいよ、そのままで」 「かしこまりました、恭司様」 「様付けは無しで頼むよ」 「かしこまりました、恭司。それでは、改めて末永くよろしくお願い致します」  妻の身体をした相手に改めて新しい名前をつける、という背徳的行為。  内心で興奮していた恭司は、表情こそいつも通りを保っていたが、胸の高鳴りが抑えられず、わずかに呼吸が早くなっていた。  恭司には、沙綾が結婚を申し込んだ際に明かした趣向とは別に、もう一つ隠していたモノがあった。  それは、中身が機械である女性が人とは違う姿を見せ、さらに人間とは違う機械としてのいびつさやおかしくなっていく姿が大好きだというものである。  恭司はそれを敢えて隠し、妻がプログラム通りに動作する機械人形となってしばらく経過したところで、それを発奮させることにしていた。  元々彼は、沙綾と出会う以前にも様々な女性との関係を持っては別れていた。  その誰もが、恭司に対しての好意をしっかりと持っており、むしろ相手側から惚れ込んでいる。  それらは、恭司が自ら自分を好きになるように仕向け、自分の頼みなら聞いてくれるようにと好感度を上げていたことに由来している。  何人か結婚寸前までたどり着くこともあったが、その女性達はアンドロイドや機械化に対して忌避感を抱いていたのが後に明らかとなった。  それでは機械化など到底してもらえるわけもないと、恭司はすっぱりとその女性達を諦め、新しい出会いを求めて行動した。  その末に出会ったのが、今の妻となった沙綾である。  恭司は沙綾のことを自由に使える機械扱いしているのは事実。しかし、妻のことを心の底から愛しているのもまた事実。  要するに、恭司は紳士的な立ち振る舞いをしていながらも、根幹の性癖が大きく歪んでいる男なのである。 「よろしくね、京子。でも、今日はまだお試し程度だから……少し、色々確かめさせてもらってもいいかな?」 「はい、構いません」  恭司はそっと京子の身体を抱きしめ、彼女の服越しの柔らかさを感じ取った。  沙綾と同じ感触、体型、顔。何度もそれを味わってきたはずなのに、人格が変わり細かな動作が無くなっただけでもとても新鮮に感じる。  一度正面に向き合い、今にも唇が触れそうな位置で見合わせると、京子の何度も見てきた綺麗な瞳が、レンズを収縮させていた。 「京子、キスはしたことある?」 「いいえ、ありません」 「……だよね」  人間だった頃からも何度も交わし続けてきたキスも、京子にとっては未体験の事象。  沙綾の記憶データを引き出すことが出来ない以上、京子にとってそれは電子頭脳内の単語帳に記された情報の一つでしかなかった。  そんな彼女に、恭司は何も言わずに黙ってキスを交わした。 「…………唇と舌から、微弱な快楽信号が発信されています。私も、同様に舌を動作させたほうが良いのでしょうか?」 「…………その方がいいかもね。けど、動かないのもまた魅力だから、気が向いた時でもいいよ」 「……かしこまりました」  京子にとってのファーストキス。キスがどのような概念として行われているのかはデータベース上でしかわからず、発生する快楽信号によってどのようなリアクションを取ればいいのかもわからない。  発展途上の人格が、説明できない感覚に襲われながらも、それに対して悪い気はしていなかった。  動作にさしたる影響は無く、擬似人格は好転的反応を示していることから、これは良い行いなのだろうと判断した京子は、与えられた回答に基づいてぎこちないキスを続けた。   「…………これ以外の快楽信号の取得方法は無いのですか?」 「…………ん…………その気になってきたね、京子。色々あるけど……だいたいは時間がちょっとかかるからね。二つほど簡易的なのをしてあげるよ」  口が塞がれた状態でも平然と喋る京子と、一旦口を離してからちゃんと喋る恭司。  生物と機械の違いがはっきりと表れている。  そして、京子はだんだんと快楽信号を求めるようになり始め、キス以外の行為についても問い出した。  恭司は早速、京子の乳房を福越しに鷲掴みにし、乳首を弄りながら柔らかな胸を揉みしだき始めた。 「…………!! 快楽信号が、キスの時よりも多く発信されています。乳首や乳房内のセンサーが、外部からの刺激に対して機能しています。快楽信号の処理の影響により、各部にイレギュラーな挙動が発生しています」  感情が非常に乏しい発展途上の擬似人格らしい、解説的な淡々とした無感情の声。  指先がぴくっ、と震え、全身が不規則かつ小刻みに痙攣した。  だが、固い姿勢を崩す様子は無く、京子は柔らかな乳房が激しく形を変えていく様をとにかく受け入れ続けた。   「両乳首の変化が発生しました。どうやらこの機体は、通常機体よりも快楽信号が感じやすく設計されていると推測します。恭司は私に、日常的な性行為を期待しているのですか?」 「……まあね。俺は京子のことが好きだからさ。身体でも一緒に繋がるようになりたいんだ。それに、快楽信号を処理するのって悪くない気分だろう?」 「…………はい。どのように表現すればいいのかはまだわかりませんが、気持ちいいという感覚がこのようなものなのだと解釈します」  言葉や言動はとてもしっかりしているのに、その実何もかもに無知であるという奇妙さが、京子という存在の魅力を引き立てた。  それでいて、彼女の身体は沙綾という元人間の身体なのだから、よりその存在への歪みは大きくなっていく。  乳首が服の下で固くなり、性感反応がはっきりと表れたところで、恭司は最後に右手を京子の股間の内側に滑らせ、いつの間にか濡れ始めていた女性器ユニットに手を付けた。 「愛液が出始めているのは自覚してる?」 「はい。快楽信号の処理に連動し、自動的に微量の体液が放出されています」 「これは人間の女性の機能を再現したものなんだ。女性器ユニットに色々スムーズに挿入する為に必要な機能と考えてもらっていいよ」 「……記録しました。女性器は主に男性器の挿入が行われる器官だというデータがありますが、他にも挿入するのですか?」 「まあ、そういうセックスの時の快感を擬似的に得る為に色々それっぽいものを挿れるって感じかな……それでなくとも、こうやって……」  自慰という概念もなく、まるで無知な子供に教えるように丁寧に説明していく恭司。  そして、これまで何度も沙綾とのセックスで触れてきたクリトリスに指を当てると、人差し指でそれを弄くりながら、中指で膣肉を軽く引っ掻き刺激を与えた。  沙綾の女性器は、機械化して以降全ての箇所が性感帯となっており、全身のパーツの中でも特にセンサーが密集している。  稼働したばかりの京子にはその刺激は非常に強く、接触を感知した瞬間に、無表情のままガクガクと全身が震えだした。 「!? …………キスや胸部への接触以上の快楽信号が発信されています。非常に依存性の高い行動だと推測します。人工愛液が放出されています。セックスとも違う行為ですが、これにはどのような意味がありますか?」 「ああ、これはまあ……オナニーとか自慰とかそういう名前なんだけど、ようはセックスとか無しに一人で気持ちよくなったり、誰かに弄ってもらってそれで気持ちよくなる為の行為って感じだな。機械の身体だともうすごいらしい」  学習させる為に解説をしつつも、指で弄る度にぐちゅぐちゅと音がより淫靡になっていく。  直立姿勢のまま震え続け、表情はお世辞にも感じている様子は一切ない。  しかし、電子頭脳は溢れ出る快楽信号に満たされ、性感に揉みほぐされていった。 「人工涙液が放出されています。これは快楽信号の処理による影響と推測されますが、これはどのような現象なのでしょうか」  京子の眼からは、あまりの気持ちよさに涙を再現した液が溢れ始めた。  これが人間や完成された擬似人格、人格エミュレート時ならばどれだけ蕩けた表情を見せていたのだろうか。  そんなことを思いながら、恭司はあえて女性器ユニットから手を離した。  再び手が空気に触れると、粘ついた無味無臭の液体が右手にまみれている。 「気持ちよすぎるとそういうことも起こるんだ。まあ、今日はこのくらいでいいかな……」 「…………恭司、私はもっと快楽信号について学習したいです。私にもっと快楽信号を与えてくださ………………」  起動して初めての刺激、学習内容として与えられた肉体的快感に、まるで発情しているかのように快楽の要求を口にしようとした京子。  しかし、彼女の言動は、沙綾と同様にアプリによって途中で強制的に打ち切られ、再び時間が止まったように動かなくなった。  そして、京子とも沙綾とも違う、感情のないシステムメッセージが発信された。 「……擬似人格の動作を停止しました。外部端末からの操作に従い、人格エミュレートを実行します…………前回、人格エミュレートが動作途中で終了しました。途中から再開しますか?」 「そうしてくれ。それと、次からその質問は無しでそのまま進んで」 「かしこまりました。人格エミュレートを実行します………………たのにいぃっ!?」  突然ぶった切られた沙綾の言動が、その時点のまま保持されている。  彼女はそれに対して自覚することはできず、いきなり時間が飛んでいるということを把握でもしなければ認知はできない。  それを示すが如く、人格エミュレートが再開されると、これまで京子だった機械人形は沙綾にようやく戻り、途中の言葉から再び動作を始めた。  そして、京子だった時に蓄積していた快楽信号がそのまま適用され、突然理解の追いつかない快楽信号が彼女を襲った。  突然の気持ちいい感覚に、沙綾は頭上にハテナを浮かべながら声を出す。 「え? あ、あえ? あんっ! ど、どうしたのかしらいきな……り……なんだか、突然快感が……あっ…………」  それまでの製造されたばかりのような乏しい動作から一転、沙綾は頬を赤らめ、特に弄られた胸と股間を抑えながらふやけた笑みを浮かべた。  蠱惑的な雰囲気を漂わせながら、ふらふらと誘うような動作で恭司の身体に寄りかかった。 「あなた……ぁ……あっ……いいことって、こういう……こと……? あっ……あたし、いきなり……気持ちよくなって……」  「まあ、それもあるっちゃあるかな…………ベッドに行くかい? 沙綾」  沙綾の挙動を見るに、どうやら与えた設定は見事に適用されているようだと革新した。  あれだけ同じ身体に触れたというのに、人格が違うというだけでその記憶すら存在していない。彼女にはいきなり気持ちよくなったように感じている。  この日、沙綾は人工的な二重人格になったも同然となった。  そしてそれは、たとえ元人間であろうとも、機械であれば簡単に多重人格を作れるということでもあった。  と同時に、沙綾の機械的動作についての挙動や状態について、恭司が大きな確信を持った瞬間でもあった。  彼の理想通り、これからは沙綾のことを自由に、文字通り『全て』を動かせると。 「うん……あなた、今日もいっぱい、快楽信号……頂戴ね?」 「任せて。俺も今日はすごく気が乗ってるんだ」 「ふふ、愛してるわあなた……」 「俺も、愛してるよ沙綾」  他の女性との関係を持つ。これ即ち浮気に他ならない。  これもいわば浮気と言っても差し支えないはずだが、その相手は妻と完全同一の身体を持っている。  元人間の機械の妻と、その妻の身体を使って動かされる生まれたばかりの擬似人格の浮気相手。  そんな二人との、思い描いていた夢とも蜜月の日々が、この日始まりを告げたのであった。


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