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土装番 from fanbox
土装番

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機械化黎明期 機械の身体を試す母娘 1話先行公開版

 現代よりもやや離れた未来の時代。  世界中のテクノロジーは時代と共に発展し、人類のとても大きな発明である電子機器は、現実世界からネットワーク空間まで、さらなる進化を進め繋がるようになっていた。  そんなある日、とある島国にて、人類の転換点となる信じ難いテクノロジーが一般人の人々へ開放された。  それは、機械工学や各種人体学、義肢、アンドロイド技術、他にも様々な方面の叡智が結集した「人体完全機械化技術」である。  生体脳に保存されている全ての情報を電子データ化し、それらを元の人間の要望に合わせて製造された機械の身体に移して稼働させる。  未だ「まさしく人間のように稼働するアンドロイド」が開発できていない中、それに最も近い存在が、人間を原料にすることで実現した。  その技術は、それ相応の金を払うことで誰でも享受でき、誰もが肉の身体を捨てて、現代技術の結晶である機械の身体へと生まれ変われる権利を得られたのだった。  しかし、話題性こそセンセーショナルだったものの、これまでの身体を完全に捨て去るという不可逆性と、その前後に広まる錯綜した情報から、機械化手術を受ける者はそう多くはなかった。  さらに先の未来では、より身近で一般化したものとなるが、初期の初期は決してそうではなかったのだった。  これは、そんな機械化黎明期の頃に、機械化によって生まれ変わることに興味を持って実行に移した、とある二人暮らしの母娘の話である。 * * *  ある平日の朝7:10頃、都内のとあるマンションの一室にて、ある母娘がいつもと変わらない日常を過ごしていた。 「おはよー。お母さんもうすぐできる?」  「あともうちょっとだから待って。慌てなくても余裕あるでしょ」 「だってお腹空いたしー」  パンとソーセージの焼ける音を堪能しながらテーブルに座り、朝食が出来る時間を待っている少女の名前は田村真由。現在高校二年生の現役学生である。  まだ髪をセットできていない寝間着姿の状態だが、その元来の可愛らしさが強く溢れ出ていた。  やや黒に近い雰囲気のさらさらとしたミディアムのブラウンヘアに、明るい印象を感じさせる、アイドルかと見まごうような、ひとつひとつのパーツがとても整った顔立ち。  それでいて同年代の中でも明らかに大きな、部屋着の縞模様を目立たせるような、ハリのある膨らんだ両胸。スタイルもある程度筋肉質でありつつ細くしなやかで、学年でも比較的身長が高いほうなのもあって、まさに宝石のような容姿を持っていた。  そんな彼女の母親で、現在二人分の朝食を作っている女性の名前は田村恵子。ある企業の下で働いている会社員である。  既にセットを終えている、娘よりもブラウンの色味が少し強い、額を出したワンレンのセミロングヘアーに、よりはっきりと大人びている、鼻筋が通り全体的にシュッとしていて整った美貌。  娘と同じく部屋着姿であり、その下から盛り上がる胸のボリュームは、娘よりもさらに大きく、柔らかそうに目立っている。  現在彼女は37歳だが、そんな年齢を感じさせないスタイルの良さに、個々の身体つきの美しさをさらに映えさせる高身長としなやかな脚。現役モデルと言われても違和感のないほどの容姿を彼女は保ち続けていた。  そんな美人母娘の二人は、いつも恵子が作る朝食を乗せたテーブルで向かい合いつつ、その日ごとのメニューを互いに楽しんでいる。  今日のメニューは、トーストしてバターを塗った食パンに、その上にオリーブオイルで揚げ焼きにした目玉焼き。  横にはパリパリに焼いたウインナーに、サラダと牛乳も揃えている。  まさしく理想的な朝食のスタイル。恵子はいつもこのような朝食を、娘の弁当と一緒にいつも欠かさず作っていた。 「そういえば明日ってお母さん遅くなるんだっけ?」 「ええ。ちょっと確定で残業しなきゃいけなくなっちゃって。鍵は落としてないわよね?」 「そんな心配しなくても大丈夫だって。ちゃんとカードケースに発信機キーホルダーつけてるし。お母さんがいない間も、料理くらいなら作れるから」 「ふふ、そういってくれると頼もしいわ。作るの面倒になったら、出前頼んでもいいからね」  バターが染み込んだパンと、シンプルな目玉焼きを一緒に食べ、小麦の香りとバターの塩味と卵の蛋白さと濃厚さを舌で味わいながら、そこにソーセージの旨味と肉々しさを加えていく。  サラダのさっぱりとして瑞々しい固有の旨味で口の中をリセットしつつ、さっぱりとした味わいの牛乳で喉と舌を潤す。  二人はとても仲が良く、いつも順風満帆の家族生活を過ごしている。  二人の間には笑みが絶えず、空気も温かい。しっかりとした信頼関係も築かれており、まさに楽園のような空間が形成されていた。  朝食を終えた後は、それぞれの登校時間、出勤時間に合わせて個別に準備を進め、時間差で家を玄関から家を出ていった。 「じゃあ行ってくるねお母さん!」 「いってらっしゃい真由!」  先に家を出たのは娘の真由。オシャレで清楚な雰囲気の爽やかな色合いの制服に身を包むと、彼女のスタイルと美貌がそのデザインの価値をさらに引き上げていく。  朝の日差しを浴びて、まさに爽やかな一日の始まりといった空気を体感しながら、真由は早速携帯端末を操作しつつワイヤレスイヤホンを耳に当て、高校までの道を歩き出していった。  娘が通学の時間に入り、一人になったところで、恵子は力が抜けたようにふうっ、と大きく息を吐いて身体の力を抜いた。 「よしっ、今日もこれから頑張らないとね」  一人になった後で、いつもと変わらぬ出勤までの時間をてきぱきと過ごしていく恵子。  弁当作りは基本敵に真由のものだけで、自分の分はその時のおかずが本来より多くなった時だけ。それ以外は外食や軽食の形式で食べている。  食器洗いやテーブル拭き、荷物整理やスケジュール確認。家事から仕事まで、必要なことをどんどん的確かつ無駄な動きもなしに行っていく恵子。  室内の電気を確認してから鍵をかけて家を出て、彼女も自身の働くオフィスへと向かっていった。  登校した後の真由は、品行方正という言葉が似合うような雰囲気で、しっかり真面目に学校生活を送っていた。 「じゃあここでノート取る時間にするから、しっかりメモしておけよー」  どの授業でも、得意苦手関わらずきちんと内容をメモして頭の中に入れ、それなりに自分からの意見も出したりする。  運動能力も高めで、彼女が動く姿は、偶然視界に入った男子生徒が目に焼き付けたくなる程の、思春期には刺激の強い魅力が詰まっていた。 「昨日確か配信あったんだっけ?」 「そうだよ真由見てないの? すごい面白かったのにー」 「ごめーんちょっと通話しながら別の動画見ててさ! どの辺り面白かった? アーカイブ見るけどちょっと見ときたいな」 「これこれ、32:10のとこ。ここほんっと笑い死ぬかと思った」  それでいて、クラス内や学校内にも気を許せるような友人もおり、まさに順風満帆、理想的な学校生活を送っていた。  優等生という言葉が似合う彼女は殆どの人物からの評判もよく、その類まれなる容姿もあって、男女問わず人気を得て、楽しい日々を過ごしていたのだった。    その一方で、恵子もまた、自身の所属する会社では、自宅での母親的な姿とはうってかわって、盛んに己の仕事である事務に身を入れていた。 「はい。進捗はもう間もなく報告される予定ですので、その際に改めてこちらから報告し直します」 「この表は紙でも保存して緑のファイルに綴じておいて。物理でのバックアップも必要ですからね」 「お疲れ様。あとは私が確認しておくから、先に休憩入ってても大丈夫よ」     常に自身に割り振られた仕事を中心にきちんとこなし、同時に同僚の手伝いや上司への定期報告、成果物のまとめや報告などなど、複数のことを見事に管理し成果を出していたりと、まさに隙のない立ち回りと視野、能力を持って会社に貢献していた。 「やっぱり、恵子さんってすげえよなあ……俺あんなにバリバリ動ける気しねえもん」   「あれで37なんでしょ? しかも娘までいるって、見た目も仕事も歳感じないっていうか、スペック違うよね……あたしもあんな風にかっこよく生きてみたいなあ」  そんな彼女の働きぶりは、一回り年齢の違う若い社員や、同僚たちからも一目置かれ、時には憧れの視線を送られる程の秀逸さを見せていた。  それでいて高圧的な態度を取るようなこともなく、真剣な仕事ぶりや美しい顔立ちからくる仕事中の鋭い目つきから、何度も怒ったり詰めてくると思えば、優しくきちんと問題点や改善点を指摘して、どうすればいいかを直接的だったり遠回しだったりとそれぞれ使い分けて伝えてくれる。  まさに彼女は、このオフィスにおいて無くてはならない存在でもあった。 「…………チッ、ほんっといつもいつも生意気なのよあの女」  稀に醸成する嫉妬や逆恨みも封じ込めるほどに、恵子はオフィスの真ん中を常に突き進んでいた。  母娘共に才色兼備ぶりがめざましく、誰もが憧れるような能力と容姿を持っている二人。  しかしそんな、傍から見れば人生が非常に順風満帆であると思われる恵子にも、現在深く抱えている大きな悩みがあった。 * * *   次の日の深夜。残業から帰り、時刻は夜の21:30。  今までの中でも特に遅い帰りとなり、途中から休みなしで業務に追われ続けたのもあって、恵子はすっかり疲労困憊の状態となっていた。 「おかえりお母さん。今日は本当にお疲れ様。夕ご飯はもう食べた?」 「ただいま……うん、帰る途中で食べたわ」  疲れが重くのしかかる中で家に帰ると、玄関で真由が出迎えてくれた。  娘の前で弱った顔も見せられないという気持ちと、愛する娘が迎えてくれて嬉しいという心の底からの喜びから、恵子は笑顔を振り絞った。 「そっか。お風呂はもうわたし入ったし、たくさん入ってきて大丈夫だから。この前お母さんが買った入浴剤も入れてあるよ」     真由からの気配りと思いやりの言葉が向けられた後、彼女は優しい笑顔を見せながら自室に戻っていった。  娘の優しさが心と身体に染みわたりながら、恵子は一旦荷物を自室に置いてから、浴室へと移動した。 「ふう…………やっぱり買って正解だったわ、この湯の花。硫黄の香りが全然違うもの」  一通り全身を洗い終えた後、ネット通販で取り寄せた温泉成分を丸々使用した入浴剤で白く濁った湯船に浸かる恵子。身体中の疲労が一気に溶かされていく。  数分湯に浸かって無になった後、彼女はふと大きな溜息をついた。 「………………前よりうまいこと動けないわね」  彼女が今抱えている悩み。それは、以前よりも頑張れなくなっていることだった。  常日頃から努力を欠かさず若々しくあろうと、運動を重ねて筋肉をつけ、食事もしっかり摂り、脳を常に動かし知識を取り入れようと勉強も継続しているが、それでもどこかから追いかけてくる怠さが彼女の足を引っ張っていた。  シワも徐々に増え、身体のどこかでガタを感じる。娘がこれから大学を目指していくからこそ、より良い生活にしていこうとしているのに。  娘の為に頑張りながら、自分自身も同時に個として頑張り綺麗であり続けたい。欲張りだからこそここまで頑張れたのに。そんな悩みが、彼女の思考をどこかで鈍らせていた。 「…………ううん、そんな事考えて悪い方に引っ張られたら、それこそマイナスに引きずられちゃう。みんなに情けない姿見せられないもんね」  そんな悪影響が心の内から出てくる度に、彼女は自分を鼓舞して更に自らを磨こうと努力を重ねていた。  今日もまた一人で、それを繰り返して突っ走って行こうと、そう考えていた。 「…………でも、やっぱり不安なのは変わんないなあ」         だが今日は、どこかマイナス思考に強く引きずられていた。  重い疲れがそうさせているのか、それとも心因的な何かがあるのか。今日は特に思考が悪い方に流れている。  だけどそんな弱音は吐きたくない。そう思いながら、恵子はじっと天井を見つめながら無心の時を過ごした。  しばらく温泉成分に抱かれて揺られ、心地よい身体の重さを抱えつつ自室に戻った恵子。  寝間着に着替えた後、今日は少しそんな気分だからと、携帯端末からネット上に転がり、いつも見ているニュースとは違う娯楽的なものに触れ始めた。 「ふふ…………ふっ、くっだらな…………ふふっ」  いつもならば寝る前の運動をしつつ、必要なニュースに目を通して、Todoリスト管理など、自分に課しているスケジュールをこなしている頃。  だが今日は、それよりも湯上がりの気分に従ってぐったりしていたい気分だった。  ネット上のくだらなくもそれが良いノリのやり取りやネタ、動画を眺めながら、ゆったりとした時間を過ごしていく恵子は、ふとニュースアプリの方へ移動し、軽く流し見していった。 「こういう日もいいわよね……軽く確かめてから寝ようかな」  いつもより楽に、いつもより簡易的に。そんな気分で目を通していたその時、彼女の視界にあるニュースの見出しが飛び込んできた。 「ん? これって……ああ、確か最近出たっていう」  その見出しのタイトルは「完全機械化サービス開始から1ヶ月。利用者は若者が中心? 機械化後の暮らしは?」というものだった。  これを見た瞬間、真由は一ヶ月前に流れていたニュースを思い出した。それは、生身の身体を捨てて全身全てを機械に置き換えるという完全機械化技術のサービスが開始されたというもの。  脳までも全て機械に置き換え、脳内情報を全て電子データに変換することで、全身をまさに超高度のガジェットの如く扱える。  人間だった頃よりも運動能力、思考能力はさらに向上し、無線有線関わらず自らの脳を電子機器と接続して脳内から操作することも可能。  脳内のデータは当然他のストレージにも移行でき、視覚、聴覚、触覚などの情報も全てデータとして保存できる。  さらには機械に生まれ変わることで、自分の容姿も自由に変更可能。いくらでも若返ったり、理想の自分を得られたり、コンプレックスを解消したり、思うがままに己の形をデザインできるようになる。  その他にも様々な内容の謳い文句が広告やニュースサイトに流れており、人類の新たなステージへの一歩とも称されていた。 「…………!! 機械化……これだわ! 今の私に一番必要なもの! これかもしれない!!」  過去に頭の片隅にでも置いておくくらいで良いと流した内容と、たった今目に入った今日の記事。そして今の彼女が抱いている不安感と気分。  それら全ての点が線となり、恵子の脳内に新たな道が開けた。  この全身機械化を行えば、今思っている問題の何もかもが解決するかもしれない。しかもこれはまだ一般人の手に届くようになったばかりの新興技術。まだまだ手を出している人は少ないはず。  となれば、新たな領域の先鋒者の一員となれるのは間違いない。そう考えると、俄然興味が湧き出してきた。 「全身機械化……これはもう得られる情報は徹底的に漁っていくしかないわね」  先程まで来ていた眠気は吹っ飛んだ。怠いなんてことも言ってられない。  そうと決まれば善は急げと、恵子は携帯端末を持ってデスクトップ端末も起動し、機械化に関する情報をひたすら漁り始めた。  残業の疲れはどこへやら。次の日が休みという幸運もあって、彼女はこの後も、自分の納得いく区切りまで没頭し調べ続けるのであった。 * * *   そして次の日の朝。この日は母娘共に休みの日。いつものように朝食を作り、テーブルで向き合って食事を摂る。 「お母さんまた徹夜したの? 無理はしないでって言ってるのに……」 「あはは、やっぱりわかっちゃう?」 「目の隈出来てるもん。あんまり寝てないんでしょ? 休みなんだし、今日一日くらい寝て過ごしたら?」 「…………ええそうね」     毎日顔を合わせている分、真由は母親の不調がよくわかる。  顔つきや目つき以外にも、動きの微妙な遅さや無理をしている感じなど、目につく場所が多くなる。  母親がどれだけ頑張って、気張っているか、そうしなければならないかをよくわかっていても、真由は心配せずにはいられなかった。  そんな娘の心配に感謝しながらも、恵子は食事を終えた後で、この深夜と朝の間に導き出した結論を、とても大切な話を娘に打ち明けることにしていた。 「…………ねえ真由、これからとっても大切な話をしたいんだけど……いいかしら。ああ、朝ごはんは食べながらでもいいわ」 「ああ、今から全部食べちゃうからです」    それを聞いた真由は、いつになく母親の真剣な顔を見て、母親はそうはいっていても真剣に対面をするならきちんとした状態にしたほうがいいと思い、すぐに朝食を食べ尽くし、牛乳で流し込んで準備を整えた。      「……それで、話って何」 「…………うん。私ね、これから機械化しようと思うの」  それを聞いた瞬間、室内の空気が、真由の時間がほんの3秒ほど止まってから、目を丸くしてはっきりと驚いた。 「えっ、き、機械化!? どうしたのどういうこと!」        その言葉は、さすがにずっと一緒に暮らしている真由にも想定外のものだった。  からかっているという線も無くはないのかもしれないが、母親の声色や表情は、疲れは宿っていてもいつになく真剣そのものだった。 「あのね、色々考えたのよ。ここ最近切羽詰まってたみたいなの。私だからなんとか今まで通りかそれ以上のスケジュールは立てて消化できてるけど、いつしか私のキャパを超えちゃうんじゃないかって。それにね……」  恵子は、自分の肉体や精神の衰え、今以上のさらなる学習や行動の効率化など、半日どころではない短い時間の中で、様々な資料や情報をもとに、全身機械化したい理由を組み立てていた。 「…………というわけなの。ちょっと長話になったけど、だから私、機械化したいの。いえ、しなきゃいけないわ」   「……ああ、そういうことなんだ。……お母さんは自分の生身が無くなるのはどう思ってるの? なんというか……すごく怖くない?」  この内容は、真由にとっても全く予想していなかったことだった。  全身機械化については、SNS上の話題やネットニュースでいくつか見かけた事がある。  MISCAというテック企業が一ヶ月前に初めて機械化を一般化し、それからネット上の動画や一部のインフルエンサーなどが宣伝をしていた。  だが、宣伝に協力した人物の中でも機械化を本当に行った者はごく一部しかいない上に、やはり生まれたままの生身を捨てる行為への忌避感や異質感から、批判や中傷は当然少なくなかった。  真由はそれらを詳しくは見ていなくてもSNSのタイムラインに流れてきたのを流し見したことがある程度で、すごいけどするのはちょっと怖いなー程度に思っていた。  まさかそれをしたい人物が目の前に、しかも母親がそれを言い出すとは可能性のひとつにも入れていなかったのだ。  そんな彼女だからこそ、母親へ当然の疑問をぶつける。 「怖くないって言ったら嘘になるけど、それよりも今は、機械化したいって気持ちのほうが大きいわね。自分を自分の思うように、もっと理想を目指せるようになるのって素晴らしいことだと思うから」  恵子の目は、既にもう意志は決まっていることを静かに語っていた。 「費用は私の貯金から充分に出せるくらいだし、MISCAは信頼できるテック企業だっていうのは知ってるしね。…………それに、こういう多くの人が手を出してない段階から新しい技術に身を委ねるって、とっても大切なことだと思うし、何より、もっと頑張れるだけ頑張りたいもの。私のためにも、真由のためにも」 「…………わかった。そんなに言うからには、何事もなく戻ってきてよね。機械になって戻ってきたお母さんのこと、楽しみにしてるから」  こうなると母は止まらない。元々真由が抱いてたのもなんとなく怖いという気持ちのほうだったため、そこまで機械化したいと本人が思うなら止める理由もない。  今までのなんでもこなすかっこいい姿を見ていた真由は、お母さんならなんとでもなるだろうという信頼から、笑顔を向けてそれを受け入れた。 「待っててね! 私、ビックリするくらい生まれ変わってくるから!」  そうして後日、事前に勤め先にも申し入れを入れつつスケジュールを組み、全ての準備が整った恵子は、唯一の機械化事業を受け持つMISCAが運営する機械化専門棟に到着した。  都心からやや離れた場所にあるそれは、まるで佇まいは巨大な病院。それでいて外観は綺麗でありつつデザインからはどこか新興企業のオフィスらしさも感じさせた。 「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」  自動ドアを抜けて、待合室のような巨大なフロアに入ってから、恵子は真っ直ぐ受付を目指す。  そこで、今まで見てきた中で最も綺麗な礼をする美人受付嬢が笑顔で応対してくれた。    間近で見るとより美しく、思わず生唾を飲み込んでしまうほど。   「機械化の予約を申し込んだ田村恵子という者なんですが」 「少々お待ち下さい。確認しました。昨日の19:24分に予約を完了された田村恵子様で間違いないですね? 本日は誠にありがとうございます」  マウスやキーボード、タブレット端末を動かしているような様子もないのに、異様に早い速度で予約照会を完了させた受付嬢に、思わず心の中で驚いた恵子。  よく見ると、受付嬢が首を横に回した時、首の後ろから床の方へ二本のケーブルが伸びているのを見つけた。 「では、身分証明書の提示をお願いします」  視線をそのままに、案内に従って身分証を提示すると、手前まで引き寄せたり顔を近くに動かすこともなく、眼球だけを動かして視認する。  それからすぐに顔を上げて、改めて営業的な微笑みを向けた。 「確認しました。本日はMISCAの全身機械化サービスを受けていただき誠にありがとうございます。準備が出来次第、お呼び出しからの事前説明を行いますので、職員の案内に従って移動してください」 「はい、ありがとうございます……あの、あなたは既に機械化なさってるんですか?」 「はい! ここがオープンする前の段階で機械化させていただきました。とっても快適で動きやすいし便利ですよ!」  目の前で実物を目撃し、さらに楽しく快適そうに動いている姿を見ると、より機械化した受付嬢が輝いて見えた。  指示に従って待合室の椅子に座り、間もなく呼び出しをもらい移動すると、所謂診察室のような場所に通された。  そこにいたのは、恵子よりもいくつか下の年齢と思われる、これまた見るからに美女な白衣姿の女性。  よく見ると、彼女の手首や首元などには、とてもうっすらと継ぎ目のようなものが見えた。 「どうも、田村恵子さん。それでは、まず一通り口頭での説明を行いますね。質問はその後に受け付けます。まず、今日からこちらの施設で四日間ほど滞在をしていただきます。まあ、体感としてはもっと短いですが。その内容の内訳として……」  白衣の女性からの説明を、今までにないくらいの集中力で耳を傾け聞いていく恵子。  その中で生まれた質問も素直にぶつけ、それに対する女性からのしっかりした回答を聞いて、とても有意義な対話の時間が過ぎていった。 「と、こういう具合ですね。では、これから全身機械化の工程を始めていきます。こちらも万全の準備を整え、責任を持って生まれ変わらせていただきますので、大船に乗った気持ちで待っていてくださいね」  そして、少しずつ、確実に、生身の身体を捨てて金属と樹脂の身体に生まれ変わるための下地が整えられていく。 「全身スキャンを開始します。一旦現状の容姿や体型のデータが必要になりますからね」 「容姿の設定や追加機能の内容はこれで良いですか? ええ、後からでも自由に変えられるので、気が変わったらいつでも言ってくださいね。それが機械の身体の良いところですから」 「間もなく変換処置が開始されます。それから脳内データが抽出され、それを元に要望通りの身体を製造していきます。もうすぐですよ」    様々な手続き、契約内容の確認、機械化後の要望、肉体側の準備と、順調に手順化進められていく。  その度、新たな身体に変わろうとしている実感と不安が押し寄せてくる。  そんな自分を、MISCAの職員がケアしてくれることが何よりもありがたかった。 「ではこの後麻酔を開始します。次に目覚めた時には、恵子さんは頭から爪先まで全て機械の身体になりますよ」 「ふふ、是非とも楽しみにさせていただきますね」      手厚い態勢のもと、恵子はこのやり取りを最後に生身の人間としての時間を終えた。  こうして、彼女の新たな存在としての人生が、幕を開けたのであった。 * * *  恵子が数日の期間、家を開けた田村家の自宅。  一人でも一通りの家事ができる真由は、しばらくの一人暮らしの時をきちんと過ごしていた。 「確か今日帰ってくるんだよね。ああ……まだ一人暮らしでもないのにずっと一人は寂しいよ……」  過ごせてはいたが、ずっと楽しく話せて、仲も間柄もとても良好な母親が何日も家にいないというのは、高校生だとしてもやはりちょっと辛いものがあった。  事前に今日帰ってくるというメッセージはもらったものの、タイミングに関してはまだ聞いていない。  時刻はもう夜の19時。夕食も終えて、ぐったりとテーブルの上に突っ伏していたその時、玄関から鍵が開く音が聞こえてきた。 「やっと帰ってきた!」        それを聞いて、嬉しそうに玄関に向かう真由。  母親が帰ってきたこと自体も嬉しいが、是非とも機械の身体に変わってどう変化したのか、という方向にも興味があった。  反対気味の意見だったとはいえ、それはそれとしてニュースやSNSの向こうでしか見ないようなものが家族に現れたのだから、嫌でも興味は湧いてくる。  ドアの開く音が鳴り、真由はその場所に居合わせる。そして、全身機械化を終了させた母親が姿を現した。 「ただいま真由! 言ってた通り、全身機械化済ませてきたわ!」 「おかえ……えっ!? 嘘!? すっごい若くなってる!?」  その姿は、間違いなく田村恵子本人だと、真由はわかった。  だが、その容姿は明らかに、少なくとも10年分程若返っていたのだ。  元々努力して保っていた髪質や肌のハリは目に見えて良くなっており、不思議と服に隠れているはずの体型も、さらに全体の綺麗さや色気が増しているような気がした。 「まあね。私、今までの中だったら25歳くらいの頃が一番好みだったの。だからね、細かい調整を入れつつ、その頃の姿で身体を作ってほしいって頼んだのよ。そしたらもうこの通り!!」       その場で柔軟運動を始めたり、腕を出して肌を見せながら何度も手を開いて閉じたりと、以前よりも身体の感覚がとても開放的になったらしいことをアピールし始める恵子。  その若々しさは、年齢当時のことを知らないし覚えていない真由からしても、まるで当時に時間が戻っているかのように思えた。  何も知らない人が母娘隣り合って歩いている姿を見ると、少しだけ歳の離れている姉妹にしか見えないだろう。  健康や自由に動く体を努力で保っていた母親が、より自由に元気になった嬉しそうな姿を見せてくれたことは、真由にとってもなんだか不思議と嬉しく感じた。 「間近で見ると思ったよりすごいね……そんな変わるんだ」 「そうなのよ。自分でもまだまだ驚くことでいっぱいだわ。ほら見て?」  初めて見る母親のはしゃぎぶりを素直に受け入れていく真由。  恵子は娘の方へぐっと近づき、より近くで自分の右腕と顔を見せた。 「すっごい肌綺麗でしょ? でもよく見たら、人間だった時の肌と違うの。ぱっと見だったり遠くからだと全然わからない。すごいでしょ?」      彼女の言う通り、間近で見るとこれまでよりも綺麗になった肌が、そもそも素材自体が変わっていることがはっきりと視覚的に理解できた。  より若返り美しくなった恵子の顔も同様、久しく間近で見たことがなかった母親の目を見ると、瞳の奥ではカメラのレンズのように絞りが何度か拡縮の動作を行っていた。  その動き方は、人間の瞳孔のそれではなく、構造も含めて明らかに機械的なそれだった。  なにより、恵子の現在晒されている肌部分である手首や首元には、至近距離でないとわからないようなうっすらとした継ぎ目が走っていた。つまりそれは、自由に着脱が可能ということでもある。 「うん、本当にすごいね……近くで見ると、本当に全然違ってるというか」    「でしょ? 動力もバッテリー式だから、食事は出来るけど食べる必要はなくなったし、寝る前にでも充電してれば最大でも一日中動けるらしいからね。説明とか仕様見る度、この身体とっても快適って思えるわね!」  確かにそこにいるのは自分の母親だが、色んな部分が代わり、新しい存在となったことを、真由はわずかな時間のやり取りで強く体感した。 「さ、明日から仕事だし、色々セットアップとかもしてから寝ないとね」 「えっ、明日からだっけ!? もう一日くらい休んでもいいんじゃ」 「そういう内容での休暇だったもの。予定通り機械化して家に帰ったら、次の日から出勤再開ってね。今の所問題もないし、そろそろ働きたいなーって思ってたから丁度いいわ。心配してくれてありがとね。でも、今の私なら間違いなく大丈夫だと思うわ」  機械化前からもずっと活気に溢れていた人だったが、丸々人生における重大な変遷が起きたからか、今はもう生物ではないのに、人間だった頃よりもとても生き生きしているように見えた。   そんな母親の姿を見て、真由はひとまず何事もなくてよかった。一番良い結果に終わったようでよかったと、胸を撫で下ろした。 「さ、明日からまたいっぱい頑張るわ!」  生まれ変わった高揚感もあって、若返りどころかそれ以上の付加価値を手に入れ、さらに気合いが入り元気になった恵子。  そしてこの日から、彼女の生身の無い機械化人としての新たな人生が幕を開けたのだった。 * * *    全身を機械化し、自律稼働するアンドロイドのような身体となった恵子の日常は、人間だった頃からかなり大きく様変わりした。 「おはよう真由。もうすぐ出来るから待っててね」 「ふあぁ……おはよお母さん……」  より周囲の音を繊細に、かつ広範囲に聴き取れるようになった耳から足音を聞き取り、部屋に入ると同時におはようを向ける恵子。  顔はずっと調理台の方を向いたままで、喋る際には唇は全く動いていない。  喉奥に備わったスピーカーから、人間だった頃の声を完璧に再現した声で発言し、動作処理を現在の調理に全て傾けている。それ故に、口の動作は必要ないときには抑えていた。 「昨日はちょうど鯖が安かったからね。寄る前にセールのチラシのPDF見といてよかったわ」  絶妙な焼き加減で鯖を焼きながら、恵子の手は一旦コンロから離れ、茶碗としゃもじを一個手に取る。  すると、既に30分前に米が炊きあがった炊飯器の蓋が、誰も触っていないのに自動で開いた。        「そういえば真由、その服カゴの中に入れておいてね。もうそろそろ洗濯したほうがいいでしょ」 「はーい」  米をよそい、朝食の仕度が完了しつつある最中、誰もいない浴室前の明かりがひとりでに点き、洗濯機の動作準備が進められていく決定音が鳴っていた。  恵子の電子頭脳は、半径100メートル圏内の登録した家電製品を無線接続によって操作できるようになっている。  炊飯器の蓋を開けたのも、浴室前の明かりを点けて洗濯機の事前準備を行ったのも、全て恵子の遠隔操作によるものだった。 「いただきまーす」  それからいつものように朝食の時間が始まる。今日は和食で揃えられたメニューが、真由の前に置かれていた。  これまでと変わらないような対面の食事風景だが、恵子の前には朝食どころか飲み物すら置かれておらず、微笑みながら頬杖をついて娘の食事姿を見つめていた。 「どう? 美味しい?」 「うん、おいしいよ。なんか前より焼いてる感じ変わった?」 「さすが真由! ちょっとネット上のレシピを探してね、焦げ目つく感じで焼いてみたの」 「わたしこっちの方が好きかもなあ……お母さんも食べる?」 「私が食べたら無駄になっちゃうから、全部真由が食べて。私は充電で充分だもの」          恵子はこうして家族二人で話している間も、電子頭脳内では並行して、今日のスケジュールや電車の運行状況、ニュースなどをネットワークを介して確認していた。  電子頭脳は当然ネットにも有線無線問わず接続可能で、今まで画面を通して行ってきたネット上での操作が、全て頭の中でできるようになっている。  動画閲覧もファイル送受信も、ネットと繋がってさえいれば機械の身体ひとつで可能なのだ。  当然、PC上で行っていたオフライン環境でも可能な作業も脳内で実行できる。  内部ストレージに人格データや記憶データなどの田村恵子という人物を構成するファイルが保存されているタイプであるため、ネットワーク環境がなくてもきちんと単体で稼働できる。  先に娘が登校した後で、恵子は一人出勤前の家事清掃を行っている最中も、電子頭脳のリソースをソフトウェア側に裂き、無表情で身体を動かしつつ、仕事に必要なファイルの編集作業をながらで進めていた。 「そこの数値が間違ってるわ。今のうちに入れ直しておいて。高橋さん、町田さんが三日後に提出予定の資料の確認をさせてほしいって。そうそうそこ。危なかったわね。危うく丸々作り直しになるとこだったわ」 (はい、現在空いている社員は三名程です。はい、わかりました。手短に用件を伝えて一旦そちらに向かわせます。はい、では、その為の資料を送信してください)  機械化後の彼女の性能は、職場でも遺憾なく発揮されていた。  機械になって間もないにも関わらず、電子頭脳が少々熱くなりそうな程のマルチタスクで、人間時代以上の働きを行っていた。  現場で目についた同僚のミスを優しく指摘したり、託された伝言を記憶データから引っ張り出して該当する人物にきちんと伝えたり、現場仕事と並行して電子頭脳内の通話アプリで上役からの音声通話を受け持ったり。  肉体では到底不可能な、機械らしい働きをフルに利用し、まるで最初から彼女が機械だったかのような動きを存分に引き出していた。 「エっグいな田村さん……ていうか、機械化したってマジなんだな」 「なんかしそうとは思ってたけど、いざすると前よりもめっちゃ働いてるよな。しかも若返っていつにも増して美人になってるし」 「前から尊敬してたけど、なんかさらに雲の上にいっちゃったような感じするわ……」  それを間近で見ている同僚達は、元々とてつもない有能ぶりを見せていた人が機械化すると、ここまで凄まじいことになるのかと、仕事をしながらただただ驚嘆するしかなかった。  より綺麗に、より活動的に。新たな次元に渡ったような彼女の背中を見ながら、同僚達は内心と口頭の両方で称賛しつつ、改めて自分も頑張らないと、と仕事に打ち込んでいった。 「…………チッ、イキってんじゃないわよ生意気な機械女が……」  短い間に新しい身体を見事に使いこなし、瞬く間に生活のクオリティを大きく向上させた恵子。そのレベルはもはや、傍から見れば本当にまだわからないことがあるのかと思えてしまう程である。  そんなある日の仕事帰り。勤務時間中に脳内でこっそりと真由に「今日の夕ご飯何がいい?」とメッセージを送り「久しぶりにミートソース系の何かが食べたい」と受け取った恵子は、途中でイタリア料理店でラザニアのテイクアウトを購入しつつ自宅を目指していた。  玄関の前に到着すると、ドアノブの下にある、今まではカードキーをかざしていたタッチ式の鍵に手を置き、ロックを解除する。  解錠音が鳴り、ドアを開け、遠隔操作で玄関に繋がる廊下の明かりを点けた。 「おかえりお母さん! 今日もお疲れ様!」  それを母親が帰ってきた合図と認識するようになった真由は、笑顔で出迎えた。 「ただいま。はい、言ってたミートソース系よ。ラザニア買ってきたの」 「考えてた中で一番いいやつ! ありがとー!」  真由は満面の笑みとわかりやすい動きで喜びをいっぱいに表現した。  機械化してから今日までそれなりの日数が経ったが、日々の生活は、気持ちと一緒に確実にプラスの方向へ傾いている。  以前のような嫌でも感じていた煩わしさもない。恵子は間違いなく、日常への充実感を覚えていた。  そしてその日の夜。ボディケアも終了し、あとはスリープモードに入るだけ。と思考していた恵子だったが、自分の個室でベッドに入る直前、あることを思い出した。 「あ、体液管理忘れてたわ。人間だった頃には必要なかった作業だものね……まだ根付いてないなあ」  それは、人間らしさを強めつつ一部機能の効率性を高めるために必要な体液の管理作業だった。  機械の身体には新陳代謝がなく、食事にも娯楽以外の意味を持たないため、人工体液や胸部から放出される乳液を外から補充する必要がある。  人工体液は、唾液や膣液、涙液となり放出され、生物的な機能を再現する。  頻繁に入れ替えなくても良いものだが、一定周期での交換は必須となるのが、少し煩わしいところだとは感じていた。  他にも、胸部内の人工乳腺に補充される液体の確認もしなければならないが、何も入れていなければ飛ばしても構わない。 「えっと、体液の残量は……」     何か予期せぬトラブルが起きちゃいけないと、恵子は体液残量を確認しておく。  その時、ふと彼女の思考内にある疑問が浮かんだ。  体液の用途には性機能もある。そして、自分の身体には女性器ユニットも備わっている。  であれば、自慰も行えるのではないか。 「………………ちょっと、やってみようかな」   機械化して以降、そういえば自慰は一度もしていなかったなと、動作開始からの記録を見返して認識する恵子。  彼女は自慰そのものはそれなりにしたい方ではあるタイプだったが、行為中にどうしても声が出てしまう分、娘に聞かれるのは教育上よろしくないという判断と、なにより気まずいという気持ちが先行し、殆どできない状態となっていた。  かつていた夫とのセックスも、今はもうできない。どうしても欲求の限界が来たときに、娘が近づかないという確信を持てた場合にのみ発散していた。  だが今なら、多少なりとも自由に出来るのではないか。  時刻は夜、22:30頃。体液に関する機能を確認するにもいい機会。  恵子は部屋の鍵をしっかりとかけ、身につけていた部屋着を脱ぎ、ベッドの上で背中を浮かせた姿勢で仰向けになった。  艷やかな人工皮膚と、ほんのりと以前よりもボリュームの増したハリのある乳房、一切の無駄肉や産毛、シミが無くなった美しい身体が、部屋の明かりに照らされる。 「えっと、確か最初から刺激しなくても、液の排出はコントロールできるのよね」   己の操作可能な機構を再認識しながら、両脚を拡げて女性器ユニットを晒した姿勢を作る。  首や各部関節、鳩尾などの腹部周囲と同様に、女性器の周囲にもうっすら継ぎ目が走っているのが見受けられる。  小さく蠢く、綺麗なピンク色の女性器。少しの沈黙が経ってから、まだ弄っていないにも関わらず膣液が分泌され始めた。 「本当に出るのね……驚いた。じゃあこのまま…………ん……あっ…………」   前戯も要らず愛液が染み出してきたことに、内心驚いた恵子。  ここまで楽で便利なんだと改めて実感しつつ、彼女は指を割れ目に当て、クリトリスを弄りながら膣内を中指で刺激し始めた。  すぐに膣壁のセンサーからやってくる快楽信号が、恵子の人格データを鋭く煽ってくる。  粘度のある液が指の動作によって空気を含み、膣肉を刺激しながら卑猥な音を鳴らす。 「あっ……ん……ダメ…………声……出ちゃ……あっ……ん…………」  恵子は自慰を始めてからすぐに気づいた。明らかに人間だった頃よりもかなり気持ちよく、さらに痛みのようなマイナスの感覚が全く感じられない。  設定からそれを感じるようにしたら痛みも出るのかもしれないが、痛みを伴わない自慰があまりにも快適で気持ちよく、思わず右手の動きが早くなった。  と同時に、やはり声が出てしまう懸念が的中し、声を殺そうとする恵子。  それからすぐに、彼女はある対策を思いついた。 「あんっ……そうだわ…………音声を切り替えて……あっ………………よし、これで……あんっ…………声が、私だけに聞こえ……ああんっ!』  スピーカーからの音声をOFFにし、本人にのみそれが聞こえるようにシステム設定を行った。  どれだけ口を動かしていても、恵子の口はぱくぱくと動くだけで声は全く発されない。静かな空間で、彼女の身体から鳴る音だけが、室内で聞こえるようになった。  その直後、これなら存分に気持ちよくなれるとばかりに動きは激しさを増し、左手で左腕を揉んで乳首を弄りながら、使える指を可能な限り使って女性器ユニットを再度刺激し始めた。 『あんっ! ああっ! あ、あ、はあんっ! す、すご……い……ああんっ! きもちいい……機械にな、なっただけで、こんな……あんっ! すごいわ……あっ!』  思う存分自分にしか聞こえない嬌声を上げ、ベッドの上でくちゅくちゅと音を鳴らしながら激しく佳がる恵子。  女性器ユニットの純度の高い快感と共に、乳房をどれだけ弄っても、同じように快感だけがほとばしってくる。  まるでそうするための機械に生まれ変わったかのように、性感を求めれば求めるほど気持ちよくなってくる。  人間の頃だったら、こんなに恍惚な気分になれることがあっただろうか。そう思考した直後、彼女はあることを思い立った。 『そうだわ……あっ……これを外して……』  恵子は二本指をすっかり濡れた割れ目に挿入し、小さくぴくっ、と震える。  直後、先程まで淫らな表情を見せていた恵子の顔が突然ふっ、と無表情になった。 『女性器ユニットの接続が解除されました…………あっ……すごい……わ…………目の前まで持ってこれるのね……』  感情のこもっていない、まるで恵子でないような淡々として抑揚のはっきりとした喋りの後、何事もなかったかのように頬と瞳を緩ませる。  すると、外性器部分がかしゅっ、という音と共に前面に迫り出し、周囲の人工皮膚と一緒にずるりと引っ張り出された。  股間から伸びる複数のケーブルの先には、人工子宮のついた、肉々しさと機械的な部分が入り混じる女性器ユニット。  それをケーブルの余裕が許す限り引っ張り、目の前まで持ってくると、多量の快楽信号により卑猥に蠢く膣肉の割れ目と揺れ動くクリトリスと対面した。 『私のあそこが取り外せて……ひあっ!? あっ……ぁ……本当に繋がってるのねこれが……あぁ……これが本当に、私の女性器ユニット……はあんっ! あっ! あ、あ、ああっ!!』  恵子は、先程の一瞬に生じた無感情なシステムメッセージの挙動について、何か疑問を抱いたり気づいているような様子はなかった。  肉感的な自分の、人工物となった生殖器官にさらなる性欲を煽られ、恵子は膣内を作り出す肉筒部分と子宮ユニットを握ったり揉んだりしながら、下でクリトリスや膣内を転がしたり舐め始めた。  無味無臭の人工膣液が舌に伝わり、不快感の無い激しい自慰が続いていく。  その爆発的な快楽信号は、人間の脳では追いつかないかもしれない。夢中で自分の性器を弄くり回し、処理能力を全て快楽信号に回していく。 『あ、あ、あ、あっ! あんっ! あああっ!! き、きもちいい! ひあっ! あんっ! あ、あ、も、もうすぐき、きて、あ、あ、あ、あ、ああああああああああっっっ!!!』  そして、全方位から自分の女性器ユニットを虐め続けた恵子の電子頭脳は、快楽信号の量が絶頂反応の基準値に達したと認識。  恵子の人格データにその処理が反映され、彼女は下半身を浮かせてガクガクと上下に振れながら、誰にも聞こえない絶頂の声を上げた。  その瞬間、割れ目から人工膣液の潮が噴き出し、彼女の顔に思いっきり降りかかった。  眼球に当たっても、唇や口内にかかっても、そんなことを気にする余裕もないくらいに快楽に溺れた恵子は、不規則な痙攣を起こしながらベッドの上にガクンと沈み込んだ。  両手の力が抜け、手から溢れた女性器ユニットは、谷間の上でバイブのようにびくん、びくんと震え続けていた。 『あ、あ、あ、あぁ……あっ…………ぁ…………きもち……いい…………これが…………機械の身体での……あっ…………』    余韻に浸りながら天井を見つめ、人生初めての光が爆発したような快感に身を委ねる恵子。  まさかこんな場面で機械の体になってよかったと思うことになるとは。彼女自身も予想していなかった。 『あは……これ……もっとしたいわ……もう……毎日……しましょうか……あっ…………したいの…………あはっ…………機械の身体になってよかった…………あっ…………』     今、彼女の思考内には、機械の身体だからこそできる性行為のことでメモリがいっぱいになっている。  たった一回、初めての自慰行為だが、すっかりとクセになってしまっていた。  語らずともその心情は、胸の上で震える、複数のケーブルと配線だけで繋がった性器の卑猥な挙動が物語っていた。  発生した快楽信号の処理が終了し、まともに動けるようになるまで、もう少し時間がかかるだろう。その時まで恵子は、まるで使われた後のセクサロイドのようにぐったりとしたまま全身を小さく揺らすのだった。  こうして、まだ世界に数少ない機械化手術を受けた母と娘の未知なる生活と、密かなる性生活が幕を開けたのであった。

Comments

同じ登場人物ではありませんが、シリーズ化の予定で世界観を作りましたので、続きの予定はありますね!

土装番

このシリーズの続きの予定はありますか

魔王亂世


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