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アヤワスカ from fanbox
アヤワスカ

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退魔巫女カナタ ~秋の物語~

 カナタには世が分からぬ。夜を駈け妖魔と戦い続けて来た彼女は、故に人の世の事に全く疎いのであった。


 だが、その少年の瞳を見た時、カナタは目の前にいるのがやんごとなき人物であるという事を本能的に感じ悟った。彼が背負う宿命の大きさを予感した。


 風が微かな涼を孕み始めた、秋の始まりのよく晴れた日の事だった。


「人々を惑わす天狗が出ると聞いたが、貴様がソレか!」


 少年はカナタに向けて、そう言い放った。


 鞍馬山に出没する天狗の妖魔・・・それは昨夜、カナタの手によって斃されたばかりであった。戦いにつかれたその身を打ち棄てられた庵で休ませている、その時の事であった。


 事情を話せば理解してくれそうな、利発そうな童だった。


 だがどうしてだろうか、カナタの胸に悪戯心が少しばかり沸き上がってしまった。


「もし私がその天狗だとしたら、如何にするのです?」


「知れたことよ。ワシは貴様を成敗するのじゃ。」


「なぜ?」


「天狗は人を惑わし困らせるからじゃ。」


「成敗して、それから私を如何にするのですか?」


 カナタはそう言ってから、少し後悔した。少年が言葉を詰まらせ、困ったような表情を浮かべたからだ。流石に虐めすぎたかも・・・そう思った時、少年は真っすぐカナタの瞳を見据えて言い放った。


「成敗して、それから貴様をワシの嫁にする!」


 思わぬ言葉に、カナタは声をあげて笑った。何年かぶりに、声をあげて笑った。


 気の遠くなるような夜、気の遠くなるような刻、壮絶な責めに曝され苦悶の喘ぎ声を上げ続けたカナタが、声をあげて笑った。


「何が可笑しい!!」


 気を悪くしたのか、少年が不機嫌な声を上げた。


「失礼しました。ならばその手で私を成敗し、嫁に娶って下さいな。」


 ニヤリと嗤って、カナタは構えをとった。


「しからば参る!!」


 手にした木剣を構えて、少年はカナタに打ち込んで来た・・・


・・・・・・・・・


・・・・・・


・・・


 その次の昼下がり、カナタはぼんやりとイワシ雲を眺めながら一人反省していた。昨日は子供相手に明らかにやり過ぎた。少しは手心というモノを加えるべきだった。


 昨日と同じ庵に腰かけて、もしまたあの童が来たら謝ろうと、そう思っていた。だけどもう来ないだろうとも思っていた。それほどコテンパンにやっつけてしまったのだ。


「おい天狗!」


 甲高い声に振り向けば、昨日の少年が木剣を構えてそこにいた。


「今日のワシは昨日と違うぞ!今度こそ成敗してやる!」


 その言葉にカナタはニヤリと嗤って、


「童風情が生意気ですね。今日もまた泣かせてあげましょう。」


 そう彼に言い放ってしまった。謝ろうと思っていたことなど、すっかり忘れてしまったようだ。


 その日もカナタは少年をコテンパンにした。その翌日も彼はそこに現れ、カナタにコテンパンに打ちのめされた。


 その次の日も


 またその次の日も・・・


 そして、年月は流れて、


「たぁ!」


 カナタの木の枝が、目にも見えない素早さで少年に襲い掛かる。


 少年は木々の枝と枝をフワリフワリと飛び交いながら、その斬撃を避けていく。そして隙を見つけたのか、


 ブォン!


 少年の木剣がカナタの胴を袈裟切りに斬りつける。それを肌一枚の所で躱したカナタは、手にした木の枝を振り上げる。


 振り上げた木の枝に凛々しく成長した少年が、フワリと飛び乗った。


 木の枝に乘りながら、まるで重さを感じさせない。それはまるで幻術のようですらあった。


「もらった!!!」


 木の枝を踏み台にして高く跳んだ少年が、カナタの頭部へ向かって振り下ろされる。


 ズダン!


 木剣が地面を強かに打ち、もうもうと砂煙が立ち込める。


「これで、勝負ありです。」


 背後に回ったカナタが、木の枝を少年の首にそっとあてがう。


「ぐぬぬぬ・・・」


 少年はしばしの間、悔しそうな声を上げ、そして


「ついに勝てなんだか!!」


 そう言ってゴロリと仰向けに転がった。


「それでは、また明日ですね。」


 カナタの言葉に、


「いや、明日はもう来ぬ。」


 少年は転がったまま、カナタを見上げながらそう言った。


「五条大橋に鬼が出るそうでな。」


 少年の言葉に、カナタはしばらく思考が付いていかなかった。世を知らぬカナタだが、妖魔についての情報は漏らすはずがない。その彼女の知らない妖魔・・・それも“鬼”という言葉を少年の口からきいたのだ。


「ワシも幼子ではない。その鬼が、『鬼のように強い』奴の事だという事くらい分かっておる。」


 その言葉に、カナタの緊張が少しほぐれた。


「橋を渡る者に勝負を挑み、相手を負かしては武具を奪い取るそうじゃ。」


「鬼が出るから、如何にするのですか?」


「成敗する。」


「成敗してから、如何にするのですか?」


「配下にする。」


「それから?」


「鬼を配下にしたワシは、天下を獲る。」


「それから?」


「天下を獲ったワシは・・・天下を獲って強くなったワシは・・・貴様を成敗しにまたここに来る。」


「それから?」


「それから・・・」


「私を成敗して・・・それから如何にするのですか?」


 少年は、顔を赤くして暫く口ごもったあとに、意を決したように宣言した。


「貴様を成敗して・・・そして・・・ワシの嫁にする!!」


 その言葉に、カナタは笑った。声を出して笑った。笑いながら腹を抱え、尻もちをついて笑った。


 本当にそうなったのならば、どんなにいい事だろうか・・・そう思うと、泣き笑いのようになってしまった。


 少年はきっと、怒ったような、ヘソを曲げたような顔をしているのだろう。


 その顔を見たかったのだけれど、自分の顔は見られたくなかったのでカナタは空を見上げた。雲一つない空に、見事な紅葉が生えていた。


 乾いた風が心地よい、秋の盛りの晴れた日の事であった。


・・・・・・・・・


・・・・・・


・・・


 その身に鬼を封印したカナタは、老いる事がない。うら若き少女のまま毎晩妖魔と戦い続け、数えきれないほどの終わらない夜に囚われその身を穢され続けた。


 人の世を妖魔達から守る為に、彼女は戦い続けた。


 そうしていくつもの季節が流れた。


 カナタは京の都、五条大橋に立っていた。濃い死の匂いが都全体を覆っていた。


「お待ちしていました。アナタが最近ここで暴れている妖魔ですね。」


 現れた妖魔に声をかけながら、カナタはマナで刀を作り上げた。


 現れた妖魔は、人の形の瘴気がボロボロの武具を纏っているような姿だった。怒りや恨み、悲しみに後悔・・・様々な負の念が炎のように立ち上ってた。


「言葉は通じないようですね。では、今楽にして差し上げます。」


 そう言って斬りかかったカナタの刃を、妖魔は軽やかに身を躱し、そして死角から刀を振り上げた。


「くっ!」


 その刀をマナの刃で受けるカナタ。ガキンと乾いた音が夜の都に響き渡る。死角からの一撃、それを防いだのはカナタが死線を潜り抜けて来た強者である・・・ばかりでは無かった。


 その太刀筋に見覚えがあったからだ。カラダに刻まれた記憶が、彼女を動かしたのだ。


「たぁ!」


 カナタは妖魔に二撃、三撃と斬りかかる。


 妖魔は橋の欄干をフワリフワリと飛び交いながら、その斬撃を避けていく。


 その姿にカナタは、かつてのあの少年の姿を想い浮かべてしまう。


 嫌な予感がする・・・


 カナタは目の前の戦いに専念するためと自分に言い聞かせ、必死に何も考えないように刃を振るう。


 だが妖魔の太刀筋が、その一筋一筋が、カナタに残酷な現実を突きつけようとしてくる。その一筋一筋が、よく知った太刀筋なのだ。あの少年がカナタに向かって放ったそれと瓜二つなのだ。


 そんな事はない。そんな事があるはずがない。


 カナタは必死に沸き上がって来る嫌な考えを振り払う。


 目の前の妖魔が、あの少年の慣れの果てだなんて、そんなことあってはならないのだ。


 その瞳から、やんごとなき身分であることがカナタにでも分かったほどの人物である。今頃鬼を配下に大暴れをし、天下を獲っているハズなのだ。


 そのハズなのだ。


「くっ!これで終わりです!!!」


 カナタが振り上げようとしたその刀に、妖魔がふわりと飛び乗った。


 まるで重さなど感じなかった。


 その時、カナタの中で何かが音を立てて壊れた。


 いくら目を背けようとしてもダメだった。いくら頭で否定しようとしてもだめだった。


 その動き、身のこなしが、あの日の少年のソレそのものだったから。


 目の前の妖魔を、あの少年だと認めざるを得なかったのだから。


 声が出そうだった。


 声を出して泣き出しそうだった。


 だがそれを必死に堪えた。それくらいの事しか、カナタにはもうできなかった。


 カナタには世が分らぬ。人の世で起こっている動乱も戦も、何一つとして知ることはない。だが目の前の妖魔が・・・妖魔に堕ちてしまったかつての少年が人の世の中で、欺かれ裏切られ、想像を絶するほどの仕打ちを受けたことは分かった。その妖魔から発せられる負の感情が、あまりにも深くあまりにも膨大だったから。


 あの凛とした、やんごとなき魂を持ってして、ここまで貶められてしまうとは・・・人の世を守る為にその身を投げだして戦い続けたカナタが、その時初めて人の世を憎んだ。こんなものの為に戦い続けて来たのか・・・そう思ってしまった。


 カナタの刀を踏み台にして、妖魔は高く跳んだ。


「あ・・・あぁぁぁ・・・」


 カナタの口から悲しい声が漏れ出た。


 そこから繰り出される太刀筋をカナタは良く知っていた。人を食ったような動きで翻弄しつつも、最終的には真っすぐに振り下ろされるその軌道・・・未来を真っすぐ見据えていたあの視線が象徴するような、力強い、不器用なまでの真っすぐな太刀筋・・・


カナタには世が分からぬ。だから、真っすぐな太刀筋ではどうにもならぬと知る由も無かった。彼女が人の世を知っていたのならば、人の悪意を躱す為のしなやかさを教えていただろう。だが彼女は知らなかった、人の世に巣くう闇を。人が隠し持つ、時には妖魔すら凌駕するほどの悪意があることを。カナタは何も知らなかった。


 少年の真っすぐな瞳を愛し、その先にある未来を無邪気に信じてしまった。


 瘴気を纏った刀が、今カナタに向かって振り下ろされようとしていた。


 避けるべきだった。


 防ぐべきだった。


 だが、カナタは、そうすることが出来なかった。そうすべきではないと思ってしまった。


 ザン!


 彼女の薄い胸が斜めに斬りつけられた!


「うあぁぁああああああああああ・・・」


 内に封じた鬼の力によりほぼ無限のマナを得たカナタの肉体は、斬撃の傷などすぐにふさがり完全に治癒される。だが、刃に込められたどす黒い瘴気はカナタの胸を中から焼き続けてしまう。


「あぅ・・・あぁぁあ・・・あぁあああ・・・」


 瘴気に込められた激しい怒りが、カナタの胸を引搔き責める。深い恨みが、毒となり胸を穢していく。壮絶な憎しみが、ギリギリと心臓を締め上げる。


 カナタを襲うのは肉体的な苦しみだけではない。あの少年が、こんなに悲しい妖魔に堕ちてしまったその事実に、彼女の心は打ちのめされていた。呑み込まれてしまっていた。

 

 マナの刀が手から零れ落ち、そして霧散してしまった。


 そんなカナタの右胸に妖魔の刀が突き刺さった。


「あぐっ・・・うぁぁああああああ・・・」


 胸の奥深くから瘴気に犯されてしまう。もうカナタの胸は、荒れ狂う瘴気に呑み込まれてしまって、無茶苦茶に彼女を責め立てる為の器官になってしまっていた。そんなカナタをさらに甚振ろうというのか、妖魔はなだらかな膨らみに突き刺さったままの刀を、グリグリと動かし始めた。


「くぁぁ・・・あぁああああああ・・・う・・・あ・・・」


 目前にいるのはあの日の少年ではない。残忍な妖魔だ。胸を抉る痛みがその事を有言に物語っている。


 この恐ろしい妖魔を倒さねばならない。さもなければ、この妖魔は夥しい数の人々を瘴気で焼き殺してしまうだろう。


 分かっている。


 分かってはいるのだ。


 だけどどうしても、カナタはもう戦う事が出来なかった。マナを練る事が出来なかった。心が呑まれた退魔巫女にはもう、何も出来る事などは無かった。


「キェエエエエエエエエエエエエ!!!」


 妖魔は恐ろしい叫び声をあげ、手を頭上に掲げた。そこに瘴気が集まり、一振りの刀を形作っていく。


 そしてその刀でカナタの太ももを、


 ズブリ!


 刺し貫いた!


「うぁぁぁああああああああああああ・・・」


 これでもう、カナタはしなやかに跳び回ることが出来ない。機動力を失ってしまった彼女には、もう逃げることも許されない。


 そう、カナタの動きを封じるにはもうこれで十分なのだ。それなのに更に追い打ちをかけるように、もう片方の腿にも刀が・・・


 ザク!!!


「くぁぁあああああああああ・・・」


 そして今度は両足の甲、二つ同時に二振りの刀が刺し貫く!


「っ・・・ぁぁあああああああ!!!」


 こうなってしまえばカナタはもう、標本に磔にされた蝶も同じだった。


「んくっ・・・んぅぅ・・・う・・・ぁぁああ・・・」


 反撃をしなければいけない。そうでないと、この場で延々と甚振られてしまう。目の前にいるのは、もうあの日々を共に過ごした少年ではなく、一体の恐ろしい妖魔なのだ。


 反撃を・・・しなければいけないのに・・・


 ドス!


 カナタの右肩に刀が刺さった。力の流れが瘴気に遮断されて、もうマナを練ることも出来ない。


「うぐ・・・うぁ・・・あぁぁぁ・・・」


 マナを練る所ではない。もう右腕を自由に動かすこともままならない。


「う・・・ぁ・・・ぁぁ・・・あぁぁぁ・・・」


 胸を両足を右腕を、どっぷりと濃い瘴気に焼かれ続ける。瘴気にこもった怨念・・・人の世で生み出された負の感情に犯され続ける。かつて少年であったモノの悲しみや絶望、痛みや苦しみが絶えず流れ込んでくる。


 拷問というのも生易しい仕打ちに身を晒されるカナタの下腹部に、妖魔の刀があてがわれた。それはちょうど子宮の上である。


 そこを刺し貫かれたら・・・恐怖に背筋が冷たくなる。


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」


 生きが荒くなってしまう。


 ドクンドクンドクン・・・


 心臓の鼓動が早くなる。


 そんなカナタの様子を愉しむように、妖魔はトントンと刀の切っ先で下腹部を軽く叩く。

 

「くっ・・・焦らして・・・っぁぁぁぁ・・・」

 

 ヌプ・・・


 ゆっくりと刀が下腹部に突き刺さっていく。


「んぁ・・・ぁ・・・ぁぁぁぁ・・・」


 ジワジワと、下腹部に瘴気が染み渡っていく。


「ひぅ・・・うぁ・・・あぁ・・・あぁぁ・・・」


 ビクン!カナタのカラダが大きく跳ねた。刀の切っ先が子宮に届いたのだ。


「かはぁっ・・・う“・・・う“ぁ“・・・あぁぁ・・・!・・・!!・・・っ!!」


 ガクガクと脚が震え、喉を反らして口をパクパクさせながら悶え苦しむカナタ。


 ズブズブズブズブ!!!


 一転、一気に根元まで刀を刺し貫かれる。


「うあぁあああああああああああああああ!!!!!」


 神聖な子宮が瘴気で満たされていく。カナタの女性の象徴が、激しく燃え盛る瘴気の炎に呑まれてしまう。


「はぅ・・・あぁ・・・あがっ・・・うぁぁああ・・・」


 更なる刀がカナタの胸の中央、心臓の上にあてがわれる。


「うぐ・・・あ・・・あぁぁああああ・・・」


 そして、心臓にズブズブと瘴気の刀が沈んでいって・・・


「うぁ・・・あぁあああああああああああ・・・」


・・・・・・・・・


・・・・・・


・・・


 ズブ!


 百本目の刀が胸に刺さり、


「っぁ!!!・・・ぁ・・・っぁ・・・!!!」


 カナタはもう声を上げることも出来ずに、カラダを突っ張らせてビクンビクンと震えていた。


 体中に刀が突き刺さっていた。百の瘴気の刀が、特に胸を重点的にカナタを貫いていた。


「ぅ・・・ぁぁぁ・・・・あぁぁぁぁぁ・・・」


 全身を瘴気に焼かれながら、カナタが感じていたのは深い悲しみだった。こんなにも凄まじい瘴気を纏う妖魔・かつての少年への憐憫だった。


 「うっ・・・う・・・し・・・ぁ・・・か・・・」


 全身を瘴気に焼かれながら、カナタはかつての少年の名を呼ぼうとした。


 妖魔が纏う瘴気が薄らいだように見えた。瘴気に隠れた、端正な顔が見えたような気がした。その顔が、悲しみに満ちていて、助けを求めているようにカナタには思えた。


 だから、もう一度名を呼ぼうとした。


「う・・・うし・・・わ・・・」


 いくつもの刀に貫かれて動かすことも叶わないハズの両腕が、抱擁をしようと広げられた。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 突然、妖魔が苦しげな声を上げた。頭を抱え、その場で膝まづいてしまった。


「う・・・し・・・わ・・・か・・・」


 カナタは名前を呼びながら、妖魔に近づこうとした。ミシミシミシ・・・橋に刀で縫い留められた足が悲鳴をあげる。だが、その激痛も、カナタにはどうでも良かった。


「て・・・てんぐ・・・ワシは・・・ワシは・・・」


 妖魔がカナタに向けて手を伸ばした・・・その時、


 ゴウと凄まじい音を立てて、辺りが炎に包まれた。メラメラと燃え上がるその炎から、


―――主だけ救われようと思うたか―――


―――許すまじ・・・許すまじや!!!―――


 恨みのこもった声が響いてくる。


 炎に見えたのは、無数の人魂であった。怨念のこもった人魂が、呪詛の言葉を妖魔に向けて放っている。


人の世の営みの中で、こんなにも壮絶な恨みを背負う事があるのか・・・カナタは愕然とした。

恨み恨まれ怨念が怨念を生み、そしてその結果が今起こっている事ならば・・・自分は何のために戦ってきたのか・・・カナタには世が分からぬ。分からぬが、こんなにも不条理なモノが人の世の姿だとは思いたくなかった。

いくら彼女でも飢えや疫病・戦乱などで人々が苦しんでいる事は知っていた。知ってはいたが・・・これはあまりにもむごすぎるではないか!!!


「あ・・・あぁぁぁぁ・・・」


 カナタの口から声が漏れた。


 その次の瞬間、カナタのカラダ中に刺さっている刀が一斉に動き始めた。


「うぐぁ・・・あぁあああああああああ!!!!」


 刀の一本一本に武者の姿をした幽鬼が殺到し、ガチャガチャと動かしてカナタを責め抜いていた。


―――あな恨めしや恨めしや・・・この恨みは、この女ではらそうぞ―――


 人魂の声があがる。


―――恨めしや・・・あな恨めしや・・・―――


 カナタの周囲を、ボロボロの着物を纏った女人たちが取り囲む。その女人の幽鬼達が一斉にとびかかってきた。


 幽鬼と幽鬼は互いに干渉しあうことなく重なりあう。武者に刀で責められているカナタに噛みつき、引っ掻き、凌辱しようと秘部に指を入れてくる。


「あがぁっ・・・うぁ・・・あぁぁ・・・」


 恨みのこもった爪や牙は、瘴気のこもった刀と同等の破壊力でカナタを貪る。柔らかい腹を、豊かな尻を、薄い胸を、容赦なく爪が裂き、食いちぎらんばかりに噛みつかれてしまう。


「あ・・・うあぁ・・・あぁぁぁぁ・・・」


 さらに、坊主の幽鬼がズラリと現れる。坊主たちは口々に読経のようなモノを唱えている。その呪いが籠った経はカナタの耳から容赦なく入り込み、彼女の魂を汚し責め立てる。


「はぐ・・・んぁぁ・・・あぁぁぁああああ・・・」


 苦しみもがくカナタの視界の片隅に、妖魔が、かつて少年だったあの妖魔が、再び濃い瘴気に包まれるのが映った。


「うぁ・・・だ・・・ダメ・・・」


 カナタは手を伸ばそうとしたが、無数の妖気に集られていてソレは叶うはずもない。


「う・・・うし・・・」


 カナタは名を呼ぼうとした。だが、その唇が幽鬼の唇に塞がれてしまう。


 疫病で死したモノ達の幽鬼がカナタの唇に殺到する。病の気は肺腑を通してすぐに全身を犯してしまう。


「んむぅ・・・ぅぅ・・・ぅぁ・・・」


 ペタリペタリ・・・赤子の幽鬼がカナタのカラダに貼り付いて昇ってくる。そして、壮絶な責め苦を受けている胸に・・・乳首にむしゃぶりついた。


「んうぅぅ・・・うぁぁ・・・」


 赤子の幽鬼に吸われる胸にすぐに異変が訪れる。胸の中が熱くなって、ナニカでいっぱいになって・・・そして、出るはずもない乳が吹き出てしまう。


「んむぅ・・・うぁあああああああ・・・!!!」


 その乳を求めるように更にぞろぞろと赤子の幽鬼が現れて、次々にカナタの胸に吸い付いた。

 幽鬼同士は互いに干渉しないために、無数の幽鬼に同時に乳を吸われる責めを味わってしまう。


「んぐぅ・・・うぁ・・・ぁぁぁぁ・・・」


 人の世で生まれてしまった怨念がカナタを襲う。人の怨念がカナタを苦しめる。カナタが守ろうとした人の世の、それが生み出したモノに、彼女は今なすすべなく責められ続けている。


「はぅ・・・ぁぁぁ・・・うあぁぁぁあああ・・・」


 カナタの視界の隅で、妖魔が瘴気に苦しめられているのが見える。


 だめ・・・やめて・・・これ以上あの子を・・・苦しめないで・・・


 カナタの思いは届かない。手を差し伸べることも、声をかけることも叶わない。


「あ・・・うぁ・・・あぁぁあああ・・・」


 武者たちが、突き刺さった刀を激しく抉るように動かす。


 女人たちが、爪で裂き牙で噛み砕く。


 坊主たちが、呪詛の経を唱え続ける。


 疫病で亡くなった者たちが、口内を犯し病をうつし続ける。


 赤子たちが、胸を吸い乳を貪る。


 人に責め嬲られ、退魔巫女カナタはされるがままに苦しみ続けている。


 彼女が知ることの無かった人の業が、カナタを焼き続ける。


 妖魔の責めは、妖魔が満足した時に終わる。それが永遠に思えても、必ず終わりがある。


 だが、人の業に、この怨念に底はあるのだろうか・・・いつか尽きるのだろうか・・・


『あぁぁぁ・・・私・・・このままずっと・・・永久に責められ続けるの・・』


 カナタがそう覚悟した時、


「五条大橋に鬼が出ると聞いたが、貴様らがソレか!!」


 凛とした声が響き渡った。


 先まで妖魔だったモノが光を放ちながら、刀を抜いたのをカナタは見た。


 ザン!


 ビリビリと空気を震わせるほどの斬撃の音、そして、


辺りを光が包んだ。


―――あな口惜しや・・・口惜しやぁ!!!―――


 怨嗟の声を上げながら、カナタに集っていた全ての幽鬼がかき消えた。人魂も、瘴気も、そこにあった全ての負の感情が一気に掻き消えた・・・


・・・・・・


「あぅぅぅ・・・」


 倒れそうになったカナタを、逞しい若武者の腕が抱き留めた。


「う・・・うしわか・・・ですか?」


 カナタは若武者にそう声をかけた。


「うしわか・・・それがワシの名前か?」


 若武者は・・・うしわかは、もう何も覚えていないようだった。


「そうですよ。そして私が、幼少の頃にアナタに剣を教えた天狗です。」


 カナタの顔に、少し悪戯な笑みが浮かんだ。


「そうか・・・ならば天狗よ・・・教えてくれ。ワシは・・・ワシはこの世で一体何をなしたのじゃ。」


「五条大橋に出る鬼を、アナタは成敗しました。」


「成敗してから、ワシは如何にしたのじゃ?」


「鬼を配下にしました。」


「それから?」


「鬼を配下にしたアナタは、天下を獲りました。」


「それから?」


「天下を獲ったアナタは・・・天下を獲って強くなった貴女は・・・私を成敗しに来ました。」


「それから?」


「それから・・・」


「貴様を成敗して・・・それから如何にしたのじゃ?」


 カナタは少し口ごもった後、優しい微笑みを浮かべた。


「成敗して・・・そして・・・私を嫁にしました。」


「ハッハッハッハッハッハ!!!」


 若武者は高らかに笑って、そして


「なるほど!それは良い生涯であったな!」


 と笑った。


「えぇ、良い生涯でした。」


 カナタがそうほほ笑むと、若武者はスー――っと光の中に消え去って行って、


 残るは、深い闇と静寂ばかりであった・・・


・・・・・・・・・


・・・・・・


・・・


 打ち棄てられていた庵があった場所は、わずかな痕跡のみを残して跡形もなくなっていた。


 人の営みの儚さとは対照的に、少年がフワリフワリと飛び交った樹々だけは、あの頃と変わらないままそこに立っていた。


 カナタはゴロリと地面に横になった。どこまでも澄んだ青い空と、すっかり葉が落ち尽くした枝が見えるばかりであった。


 カナタには世が分からぬ。ゆえに、少年がどんな運命をたどったのかはとんと分からぬ。とんと分からぬが、それが決して幸せなものではないことくらい分かっていた。数多くの恨みを買いながら、やがて自らも想像を絶するほどの恨みの中で生涯を終え、瘴気を纏い妖魔となったのだ・・・彼の無念を思うと、やりきれない感情が込みあがって来た。


 叶うのであれば、また私を成敗しにくればいい・・・カナタは思わずにいられなかった。またあの真っすぐで愚直な剣を、この手で受けたかった。


 それが叶わぬことくらい、彼女は知っていた。


 気が付いたらカナタは泣いていた。声を上げて泣いていた。その声はどこまでも深い青空に呑み込まれていった。


 冷たい風が冬の厳しさを予見させる、秋の終わりのよく晴れた日の事だった。


 


Comments

コメントありがとうございます!最初は、『牛若丸の師匠の天狗が、カナタだったら面白くね?』と軽い思いつきで書き始めたのですが、中々どうして結構な難産の末に書き上げました。 ですので楽しんで頂けたようで本当に嬉しいです!!

アヤワスカ

ストーリーからカナタちゃんの責め苦まで、夢中になって読んでしまいました!! ヒロピン小説の傑作のひとつです。素敵な作品をありがとうございます✨

リスワン


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