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夏川ひかり from fanbox
夏川ひかり

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★無料【小説第3話】世界一幸せな魔法少女 ―魔法少女は高所得者を許さない―【オリジナル】

本作はフィクションです。

登場する人物・制度・社会状況はすべて架空のものであり、現実のいかなる存在とも関係はありません。

本作は誰かを傷つけるための物語ではなく、

見過ごされがちな“理不尽”と向き合い、問い直すための物語です。


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第3話「しあわせな家庭」


──高槻和真の回想──


俺の名前は、高槻和真。

三十代半ば、都内に本社を構える某大手IT企業の営業部長をやっている。


妻の理沙とは、大学を卒業してしばらくしてから付き合い始めた。

初めてのデートは、たしか遊園地だったと思う。

まだお互いに少しぎこちなくて、手をつなぐタイミングに迷ったりしてさ。


何度か出かけて、いろんな話をするうちに、少しずつ距離が縮まっていった。

そして迎えた冬──年が明けたある日、俺たちは初詣に出かけた。


雪がちらつく寒い朝だった。

石段で足を滑らせそうになった理沙を、思わず手を伸ばして支えた。

その時の、手袋越しのぬくもりと、見上げた顔に浮かんだ照れ笑いは、今でもはっきり覚えてる。


並んで参拝したあと、彼女が小さな声で願い事を呟いた。


「世界中のみんなが、幸せになりますように──」


あまりに青臭くて、理想論みたいな祈りだった。

でも、不思議とその言葉が心に引っかかった。

彼女の優しさがにじんでる気がして……あの瞬間、少しだけ世界が美しく見えたんだ。


あれから十数年。


私は出世街道を駆け上がり、年収は二千万を超えた。

理沙は家庭に入り、娘の美羽は今年、小学三年生。

郊外の閑静な住宅街に、庭付きの一戸建てを構えて暮らしている。

駅から少し遠いが、静かで空気がいい。

理沙が気に入った間取りで、子育てにも最適だという不動産屋の言葉に背中を押された。


この暮らしは、私の努力の結晶だ。

朝六時前に家を出て、満員電車に揺られ、夜遅くに帰宅する。

接待、予算、会議、報告書、クレーム、成果主義──全部飲み込んできた。

歯を食いしばって、足掻いて、ようやく手にしたこの「しあわせ」を、私は誰に遠慮することもなく誇っていた。


朝の光が、リビングに柔らかく差し込んでいる。

ダイニングテーブルの上にはホットプレート。

理沙がエプロン姿でパンケーキを焼いている。


「ママ、こげてるよー!」


娘の美羽が、笑いながらつっこむ。


「ほんとだ。……焦がしバター風味ってことで!」


理沙が肩をすくめて笑うと、美羽もくすくすと笑った。

二人の笑い声が、我が家の空気を温めていく。

私はソファに腰掛け、熱いコーヒーをすする。

苦みと香ばしさが鼻腔をくすぐり、心が落ち着く。


テーブルの隅には新聞。

今朝もまた、魔法少女に関する記事が一面に躍っていた。


「最近、物騒ねえ……魔法少女の話、本当なのかしら」


理沙が眉をひそめる。


「どうせ都市伝説だよ。ネットが盛ってるだけさ。実際に見たって話、聞いたことないしな」


和真が苦笑いしながら言うと、美羽はホットケーキにシロップをたっぷりかけ、きらきらした目で言った。


「でも、ほんとに魔法が使えたら楽しそうだよね」


「へぇ、もし魔法が使えたら何したい?」


フォークを口に運びながら尋ねると、美羽はちょっと考えてから答えた。


「んー……おっきな家を建てる!」


「なるほど。夢がでかいな」


「だって、こんなおうちに住めたら楽しそうだもん!」


彼女の無邪気な笑顔に、思わず口元が緩む。


「努力すれば、美羽もいつかこんな家を建てられるさ」


「うーん、魔法のほうが早そう!」


「はは、それはズルっていうんだぞ」


私は吹き出して笑い、少しだけ真面目な声で続けた。


「現実にはな、ズルの代償ってやつがあるんだよ」


──だが、その瞬間だった。


空間がきしむような異音が響いた。


目の前の空気が歪み、虹色の稲妻が走る。渦を巻きながら、そこに“穴”のような歪みが生まれる。

──現実には起こり得ないはずの現象が、目の前で形を成していった。


そして、そこに“少女”が現れた。


まだ幼さの残る顔立ち。

金色のミディアムヘアが淡く輝き、赤い瞳がこちらを真っ直ぐに見据えている。

身にまとうのは、白を基調としたドレス。赤いラインがあしらわれ、小さな翼のような装飾が背に揺れている。

手には、赤い光をまとった鋭い槍。

足元は白いソックスと赤いメリージェーン。

どこか古風なその姿は、まるで絵本から飛び出したようでいて──同時に、冷たく異質な“武装”だった。


「な、なんだ……? 泥棒か? コスプレ……?」


私は椅子を蹴って立ち上がりかけた。

だが、言葉は途中で喉に詰まった。


──槍が、音もなく振るわれた。


そして次の瞬間、理沙の胸元を槍が貫いた。


「……り、理沙……?」


言葉にならない悲鳴とともに、理沙の身体が崩れ落ちる。

赤い液体が、床に広がっていった。


「年収、確認済み。二千八十万円」


少女──ノゾミは、淡々とした声で言った。


理沙の身体が床に崩れ落ちる音が、現実感を伴って耳に届いた。

倒れた彼女の目は虚空を見開き、もう何も映してはいなかった。


「──理沙!? なにを、なにをしたッ!」


私は咆哮し、ダイニングの椅子を掴んで少女に向かって振り上げた。

だが、少女──ノゾミはその場から一歩も動かず、わずかに指を動かしただけだった。


「『マジカル・サブスタンス:自白剤』」


その言葉と同時に、私の身体に鋭い何かが突き刺さった。


気づけば、空中に浮かぶ注射器のようなものが、私の首筋に針を打ち込んでいた。

痛みはなかったが、体の奥からふわりと何かが広がっていく感覚。

脳の制御装置が剥がされていくような、忌まわしい心地よさ。


「これは……なにを……ッ」


「喉元まで来てるくせに、いつも飲み込むだけの本音。全部、吐かせてやるよ」


ノゾミの声は、どこか冷めていた。


「質問するから答えな。お前は──お前たちは、他人の苦しみをどう思ってる?」


「……関係、ない……俺は、努力して、働いて……正しく、稼いでる……ッ!」


「それは聞いてない。“他人の苦しみ”について聞いてる」


言葉が止まった。答えたくない。

けれど、喉の奥から何かがこみ上げてくる。舌が勝手に動く。


「……他人がどうなろうと……知ったこっちゃ、ない。……他人を気にしてたら、出世なんて、できねぇよ……」


まるで悪夢のように、私の口が勝手に本音を吐き続けていく。


「──清掃員のミスで書類が濡れたことがある。腹が立って、発注先を替えた。あいつ、クビになったっぽい。

でも、知らん。自業自得だ。……なに? 片親で子どもがいた? ……俺の責任じゃない。

……同僚がメンタルやられて辞めた? 俺の成果が上がった。むしろ、ありがたかった」


ノゾミは黙って、私の語りを聞いていた。


目の端に、美羽の姿が映った。テーブルの下に隠れて、震えている。


「……パパ……?」


涙に濡れた瞳が、私を見ている。こんなものを、娘に聞かせていいはずがない。だが、止まらない。


「部下が家庭の事情で休みたがった? 知るかよ。家庭を犠牲にできない奴が、稼げるわけねぇだろ……。

子どもの貧困? 低学歴? 生活保護? そんなもん、敗者の言い訳だ。……社会は“結果”だけを見ればいい……!」


(やめろッ!! やめてくれッ……!!)


頭を抱え、叫んだ。涙が止まらない。口を押さえても、言葉がこぼれる。まるで、喉が破裂したかのように。


「俺は努力したんだ! お前たちみたいな怠け者とは違う!」


叫ぶような高槻の声に、ノゾミは静かに首を振った。


「──出たよ、そのセリフ」


彼女は一歩を踏み出す。血に濡れた槍の切っ先が、じわじわと高槻に向けられる。


「確かに、怠けている奴もいる。だがな、ほとんどの人間は頑張ってんだよ。ただ……報われねえだけだ」


ノゾミの声は低く静かだったが、怒気がにじむような熱を帯びていた。


「それを“努力不足”って決めつけたのは、お前たちのほうだ。

“結果”だけで人の価値を測ってきた。

自分たちが勝ち続けるために、いったい何人の“負け”を踏み台にしてきたと思ってんだ?」


──そんなこと、考えたこともなかった。


私はずっと、自分の努力が正しく報われてきたと思っていた。

遅くまで働いたし、成果も出したし、リスクも背負った。

その報酬として、今の生活があるのだと、疑いもしなかった。


でも、もしその裏で……

私が幸せになることで、誰かが仕事を失い、家を失い、家族を失っていたのだとしたら?

もしそれを「仕方ない」で片づけてきたのだとしたら?


胸の奥が、ひどくざらついた。


「──そろそろ、いいだろう」


ノゾミはゆっくりと美羽に歩み寄る。


「やめろ……頼む、娘は関係ない……美羽は、何も……!」


「でも、関係あるんだよ。お前の年収は、家族全員の“加害”なんだ」


「……だったら、私だけを殺せばいい。娘には……美羽には罪はない! その子は、ただ……ただ私の娘で……!」


「罪はない? そうだな。たしかに、その子自身は何もしてない」


ノゾミの声は静かで、どこか哀しげですらあった。


「でもな──罪がない人間ほど、先に死んでるんだよ」


和真は息を呑む。


「お前たち高所得者が、金を抱え込んで、回さなかったせいで……救えた命が死んだ。

薬が買えなかった。治療が受けられなかった。生活に潰されて、冷たくなっていった子どもたちがいる」


ノゾミの目が、まっすぐに和真を貫く。


「お前らは命を選別する側だった。金があるかどうかで、生きていいかを決めてきた」


「それを“仕方がなかった”だの“努力しただけ”だの言い訳して──いざ自分の番になったら“やめてくれ”か?」


彼女は乾いた笑みを浮かべた。


「虫が良すぎるんじゃねぇか?」


和真は何も言えず、ただ震える。


「1580万オーバー、三人分の命のツケはちゃんと払ってもらう。──それが平等ってもんだろ?」


ノゾミは、槍を構えた。

それは、美羽を見下ろす処刑人のようだった。


その瞬間、私の中で、なにかが壊れた。

胸が裂けるような苦痛に、思わず叫びが飛び出す。


「やめろぉぉぉぉおおおおお!!」


空気が凍りついた。

世界から、音が消えたように思えた。


何を叫んでも、どんな祈りも届かない。

ただ、冷たい絶望だけが、ゆっくりと満ちていく。


──次の瞬間。


美羽の小さな体に、ノゾミの槍が容赦なく突き刺さった。


肉が裂け、骨を砕く鈍い音。

赤い飛沫が、夜空に散った。

それはまるで、一輪の花が咲いたかのように――美しくさえ見えた。


小さな身体が後方に倒れ、ぐったりと地面に横たわった。目を見開いたまま、娘は動かなかった。


私は絶叫した。

理沙を失ったときとは比べものにならない。

心が、本当に物理的に引き裂かれるのを感じた。

私の人生が、家族が、希望が、あの一突きで滅んだ。


血の海に沈んでいくのは、ただの少女の遺体ではない。私の全人生だった。


ノゾミが、血塗れの槍を軽く振って血を払った。そして、こちらへと一歩ずつ、無言で歩み寄ってくる。


「……あとは、お前だな」


脚が震えて立っていられなかった。私は膝をつき、頭を垂れた。自分の鼓動すら聞こえない。


「違う……これは違うんだ……!」


「違わないよ」


彼女の声は静かだった。だからこそ残酷だった。


「それが、“お前たち”だよ。自己弁護して、無関係なふりして、自分だけ幸せで……あとは、どうでもいいんだろ?」


私は、それでも言わずにいられなかった。

声は震え、涙で視界がにじんでいた。


「……それでも」


「ん?」


「……それでも、私は……幸せだった……あの子がいて、妻がいて……

それが、すべてだったんだ……」


ノゾミが眉をひそめる。


「他人を不幸にしてでもか。搾取してでもか」


私は、ゆっくりと頷いた。

もう、取り繕うことなどできなかった。


「そうだ……他人を顧みなかった……でも、それでも……

私は、あの家族と過ごした日々が……幸せだったんだ……」


ノゾミはため息をひとつ漏らした。そして、静かに呟いた。


「──なら、死ね」


槍が振り下ろされた。


顔に真紅の光が走った。


視界が、音が、すべてが滲み、流れていく。


────。


──私は走馬灯の中にいた。


春の日のキャンパス。

桜が舞う中、振り返った理沙の笑顔。

おそるおそる差し出したコーヒー。震える手。

「あの、よかったら──」


小さなアパートのキッチン。

一緒に作った失敗だらけのオムライス。

笑い合いながら床に座って食べた晩ごはん。


雨の日のプロポーズ。

傘を忘れて、二人でびしょ濡れになった。

「……ほんとに私でいいの?」

「お前じゃなきゃ、ダメなんだよ」


病院の窓辺。

生まれたばかりの美羽が、小さな声で泣いていた。

理沙が涙ぐんで微笑む。

「この子、あなたにそっくりね」


初めて歩いた日。

初めてしゃべった言葉。

保育園の発表会。

お弁当を広げた遠足の午後。


三人で川沿いを歩いた帰り道。


何気ない日常。


けれど、それがすべてだった。


──それらが、遠ざかっていく。


夢のように、音もなく。


そして、深い沈黙の中。


血に濡れたフローリングの上。

高槻家三人は、冷たくなって、静かに横たわっていた。


──翌朝──。


テレビが、冷徹に報じた。


「都内の住宅街で発生した殺傷事件。被害者は大手企業の部長・高槻和真さん、その妻と娘の三人。

遺体には魔法的な痕跡があり、関係機関が調査を進めています」


SNSは一瞬にして炎上した。


《魔法少女、ガチで存在してるっぽくね?》

《いや、普通にヤバい事件じゃん》

《一般家庭にまで手を出すのはやりすぎ》

《でも、年収2000万の家庭だろ?それって……》

《金持ちざまぁwwww》

《次はどこの上級国民かな〜♪》


正義も倫理も、ただのネタに飲まれていく。

哄笑と皮肉と嫉妬に彩られた社会の反応が、スマホの画面に延々と流れていた。


そして──その裏で、ある“画像”が密かに捜査線上に浮かび上がる。


高槻邸の玄関内部、廊下の一角に設置されていた防犯カメラ。

ワープゲートは録画に映らなかったが、問題はその後だった。

事件の直後、ダイニングから廊下を抜け、静かに歩いて玄関へ向かう“少女の姿”。

ブロンドの髪、白いドレス、赤い目。

カメラはその横顔を、真正面からではないものの、はっきりと捉えていた。


映像は社内ネットに流出し、瞬く間にネットへ。


「これ……本物の魔法少女じゃね?」


匿名掲示板とSNSの両方で、“現実の魔法少女”という言葉が、再び炎のように燃え上がる。


闇の中、チープルが呟いた。


「不幸な一家チーね……でも、こんなことやってるチーたちのほうが、もっと不幸かもしれないチー」


隣でノゾミがふっと笑った。


「はは、笑わせんなよチープル。こんな充実した日々は──生まれてから一度もなかった」


一瞬の沈黙を置いて、ノゾミは言う。


「私は、世界一幸せな魔法少女だよ」


──闇に沈むその声は、冷たくも美しく、狂気を帯びて響いた。


【第3話・終】


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今後も公開までに多少お時間をいただくことがあるかもしれません。

もし「待ってられるか!」という方がいらっしゃいましたら、BOOTHの方もご覧ください。

リンク↓

https://natsuhikari3.booth.pm/items/7205748

★無料【小説第3話】世界一幸せな魔法少女 ―魔法少女は高所得者を許さない―【オリジナル】

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