夢日記です。過去の。 確か精神的なものからかなんなのか、絵が書けなくなって単位も取れない状態になり大学辞める前、一度京都を去る前に伏見稲荷神社に行ったことがあります。単身で。 山の中腹までは登った気がします。祠とかいっぱいあるところ。 それ以上はしんどくて、まぁここまで登ったし…ってんで記念に千本鳥居前にある神社と違い、色もついてなく人も余りよらないであろうなのか、良い感じに朽ちてる社でおみくじとお願い事して帰りました。 ネットで見た情報なのだ眉唾だと思っておりますが、 お狐様が祀られてる神社にお願いすると、もし気に入られた場合、他のの神社に行くと嫉妬されるとか副作用的なものがあってそれ知ったのは本当しばらく後だったので、バリバリお願いことしました。 その時でたのが確か大吉でウォ〜ええやん!って思ったくらいでした(なんせ絵は書けないしこれから先の人生どうしようと鬱だったので) その時もう大学辞めるとわかってたし絵も書けなかったので、「絵を描く以外の生き方や人生の頑張り方なんて絶対こなせないし、それだったら死んだほうがマシだった」というのはずっと変わらなかったので「どうにか絵で楽しく過ごせるような機会に恵まれますように」とお願いしました。 その晩だったかとても鮮明に覚えてるのですが変な夢を見ました 夢の中の自分は、神社かな、何かお参りするつもりで、石段を登ってました。石段はガラスを溶かしたような石が敷き詰められて、日の光に当たるとそのたびにキラキラ反射してました。おはじきとかそんなのが石畳に溶けてる感じですね。 日の光は昼間の晴天くらい、眩しいような春のような黄色寄りの日の眩しさでした。 石段の先には赤色の小さな祠(手入れはされてなかった、苔むしてたものもあったなで)がたくさん群をなしてる広場?みたいなところに到着しました。 これは意味があるのかわからないのですが社の周りには瓶ビール?みたいな昔のコカコーラのビンのような形をした空き瓶が棚に入って積まれてました。どれも廃墟で見るような色合いで置かれてから結構時間が経ってるようなビンの色合いだったのを覚えてます。 広場の上には縄が張ってて縄沿には布切れか、旗かな、はためいてました。 白と赤とか、黄色はなかったかな。tシャツサイズくらいの四角の布が吊るされてたのを覚えてます。 祠の奥、よく見ると面を被った子供がいて(お面は忘れました、狐のお面とかそういうのではなかったと思います。ただ顔が見えませんでした。なのでなにかしらお面を被ってるとその夢日記の時思ってたのでお面を被ってることにします。 何故かわからないけどここ自体不思議な場所だしその子にここは何処か聞こうとして その子を追おうとしたら目が覚めました。 その子の服装は余り覚えてませんが現代のファッションではなかったです。なんだろう、和服でもないし神官が着るような形でもなかったです。弥生とかそこら辺のめちゃくちゃ昔の時代の服装のような形してました。強いて言えば千尋のハクがきてる服のような形。曖昧ですが。 スピリチュアルな話は余りすると怖いその手のカルトかなと思われても仕方ないのですが、こればかりは何故かずっと心の中で引っかかって、もしこれがお稲荷様が自分のことをお気に入りにされた夢の伝えだったら…とか考えたりする時があります。 実際お願いしてから家族との仲は急変して東京に逃げざる得ない時がありましたし、皮一枚で周りの人達が助けてくれたり奇跡のようなご縁でチャンスを人からいただけることが多くあり、「お礼参りとか行った方がいいのだろうか」と少し考えております。 「縁結びの神様に頼むと本来ある縁に結びつくためにもし現在違う縁の子と付き合ってた場合別れるくらい強制力がある」と聞いたことがあるのであの時のたくさん家族との嫌なことや自分の不幸は必要なものだったのかもしれないとか…たまに考えます。じゃないと多分周りの助けなしでもあの家庭環境だったら逃げないといけない状態にならないと、東京にホームレス覚悟で行くって決心できなかったと思いますし… 誤解を招きたくないので、勿論その手を差し出してくれた方々が一番感謝すべき人達なので、神様のおかげ的なの余り良くない考えだなとは思う…けどどうにも上手く縁や偶々目にして偶々助けてくれた人達のタイミングの良さとか…いや今日はやめとこう。自分を助けてくれる人達に出会えたことこそにお礼参りすべきですね(それはそう 以上夢日記でした。
草津之泉
2021-01-20 02:36:31 +0000 UTC