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misaki-syumi from fanbox
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10年で100kg太ったシンママギャルと俺

久しぶりに早々と仕事を終え、逃げるように電車に飛び乗る。

この時間だとまだ制服姿の少女がチラホラと乗っていて、一瞬目を奪われ、意識して外す。

どうにも、女子高生……と言うか派手な少女に目が行ってしまうのは、高校時代の記憶のせいだろう。

もう卒業してから10年は経つのに、未だに彼女の事を思い出してしまう。

高校二年の冬に、フッと居なくなってしまった彼女の事を。


クラスでも派手なタイプだった彼女がクリスマスを前に退学したのも、大学生との間に子どもが出来たとまことしやかに噂されたのも、もう随分前の事だ。

彼女の容姿に密かに惹かれていた一方で、とても近付けないと思っていた俺が、そのまま消えてしまった彼女の姿をつい視線で探すように、似たような派手な少女を目で追ってしまうようになったのも、その頃からだった。

女性の趣味なんて簡単に変わるもので、そのまま何となく、そういう物を意識することが増えたのも、最早昔話である。

だからと言って、俺の人生が何か大きく変わるわけでも無く、ただ派手な少女が好きだった男が寂しく生活してるに過ぎないのだけれど、未だに目で派手な少女を追う度に、彼女の事を思い出してしまうのは、成就するどころか失う事すらできなかった淡い恋愛を引きずってる女々しさの表れかもしれない。

時間があるので自炊をすればいい物を、結局コンビニに寄って適当な買い物をしてしまう。

さて、帰って久しぶりに……。

「すみませーん、お客様ー、お忘れ物ですけどー」

女性の声に振り返る。忘れ物……と振り返ったところでなんと、買ったものを受け取らずに支払いだけ済ませていたことに気づく。

幸い、最寄りのコンビニに客は俺しかいなかった。

夕飯時前、エアポケットのような時間なのか、はたまた偶然か。

「ああ、すみません。どうも」

「アハハ、お客さん、お疲れですかー?」

馴れ馴れしいなと思いながら女店員の事を改めて意識して、一瞬目を見張る。

丸い。まず輪郭が丸い。コンビニの制服をパンパンに張り詰めさせた胸と、首の殆ど無い顎、そしてボタンが弾け飛びそうな腹は狭いレジの中で窮屈そうだ。

こんな目を丸くするほどのデブ、何故気づかなかったのか。自分でも自覚していないだけで相当疲れていたのか。

やや染色が落ちた茶色っぽい髪の店員は、恐らく同年代くらいだろうか……あまりにも体型が丸々としていて、年齢の判別がつかない。

「あー……ええ、まあ……」

「…………んー、お客さん、どっかで会った事あります?」

「え…………」

コンビニの店員は、レジから少し乗り出し俺の顔をまじまじと見る。でっぷりと肥えた腹がレジに潰れ、胸の谷間が今にも見えてしまいそうだ。

「…………大園……大園、珠莉愛……?」

顔ほどもありそうな爆乳のところで揺れているネームプレートの名字が、記憶から彼女の名前を引っ張り上げる。

あの冬、クリスマス前に居なくなった彼女を。

「!やっぱ会った事あるよね!どこだっけ……ちょい待って、思い出すから……」

客がいないのを良い事に、考えるような素振りをする彼女。腹につっかえるように腕を組もうとして、諦めた。

記憶の中の、派手だがスラリとした美しい彼女が、目の前のぶくぶくに太った、ややケバケバしい女性と重ならない。

けれど、確かに話し方や声の調子は、俺があの日失った彼女そっくりだった。

「坂本……違う?山ちゃん……はこっちいないし、んー……誰?」

「……高二の時、同じクラスだった市原です」

「…………市原……あー、いた、かも」

まあ、彼女からの俺の認識などその程度だろう。

こんな家の近くに居て、このコンビニだって何度も利用していたのに、お互い気づかなかったのだって、彼女の方は俺を覚えていなかったし、俺は彼女が太り過ぎているせいで認識できてなかったのだ。

「あ、そだ。市川この後時間ある?アタシここもーすぐ終わるからちょっと付き合ってほしーんだけど」

「市原です……」

「あー、アハハ」

そして、彼女は高校時代の友人と言うだけの俺をあっさりと掴まえ、まるで歳月も距離も一切感じない口調でそう言った。

「まあ」

「さんきゅ、じゃー、あっこで待っててよ」

コンビニのガラス越しに喫茶店を指さす。俺は、つい頷いてしまった。

コンビニで買った弁当を片手に、何故か喫茶店でコーヒーを飲むこと数分。

コンビニの陰から、見るからに巨大なシルエットがのっしのっしと歩いてきた。

モデルのような長身も、あそこまで太ってしまえばただ迫力があるだけだな。などと思ってると、ガラス越しに手招きをされ、いそいそとコーヒーを飲み干し会計を済ませて店を出る。彼女に近付くと、微かにムッと汗のにおいがする。

「はぁ、はぁっ、ふー、さんきゅ。じゃ、ちょっと、ふー、付き合って」

「あ、ああ」

言われるがまま、でっぷりした腹を揺らしてどしどしと歩く彼女の後を追う。

普段ならばほんの数分で歩けそうな距離を、彼女のだぶっだぶっとシャツ越しに揺れる背中の脂肪を追いながら歩いていたせいで、10分近くかかった。

駅からほど近いスーパーに到着した彼女は、そのまま俺に何を言うでもなく「ふぅ、ついて、きて」と息を切らしながらさっさとスーパーに入ってしまう。

わけもわからず、コンビニ袋を下げたまま彼女の後を追う。

窮屈そうに腹肉を押し付けながらカートを押して歩く彼女の姿は、やはり高校時代のそれとは似ても似つかない。所帯じみたと言えばまだマシだが、贅肉で膨れ上がった体型ではそれもどうだろうか。

「ふー、んふ、ふー、よい、っしょ、アハハッ、特売、今日までだから、スーパー寄っときたくて」

トイレットペーパーやシャンプーなどの生活必需品をどさどさとカゴに積んでいく。……おひとり様二つまでと書いてあるのに四つカートに入れているところを見ると、俺を勘定に入れているのだろう。

買い物の質がとても一人暮らしには見えず、やはり家族がいるのだろうかと邪推してしまう。つい、視線が彼女のソーセージのようにむちむちとした薬指に向かったが、指輪は無かった。

「ふっ、ふっ、んふ」

荒い息を吐きながらも、どすどすと忙しなくカートを進める彼女の姿に、過去の姿を幻視するのは難しい。

じっとりと汗をかき、薄いシャツが透けて見える。制服姿しか見たことが無かった彼女の私服姿をこんな形で見ることになるなんて、考えもしなかった。

「……持つよ、カートから零れそうだし」

「え、ホント?さんきゅっ、じゃ、ふー、これも追加で!」

彼女に声をかけると、パッと明るい表情でそう言い、カートの中身をカゴごと渡される。ずっしりと重たい。空いたカートにまた新しいカゴを置き、今度は調味料や日持ちしそうな食材を入れていく。この体型だ、量も多い。

「折角だし、ふー、いっぱい買ってこ、安い時に買いだめしなきゃっ」

完全に荷物持ちにカウントされてしまったので、唯々諾々と従う。腕にかけたコンビニ袋の中の弁当を食べるのは果たしていつになるのか。

レジに並び、彼女が慣れた手つきで会計を済ませる。安っぽそうな財布にはポイントカードがぎっしり詰まってるのが見えた。

「あ、それはこっち。ふー、これはこっちで……てか、全然自炊とかしないカンジ?」

慣れぬ手つきで袋詰めをする俺に彼女がからかうように尋ねる。

「まあ、男一人だし……」

「ふーん。料理できた方がモテるのに」

「いいよ、そう言うのは」

「えー、もったいな。あー、軽いのは上だって」

彼女が持参していたエコバッグにパンパンに食材や日用品を詰め込み、漸く店を出る。7時半を少し回った頃だ。珍しく早く帰れると、一日が長い。

「んじゃ、次こっちー」

「これで終わりじゃないんだ」

「や、だって買ったもの家まで運んでもらわなきゃじゃん」

「ああ……」

確かに、このまま解散と言うわけには当然いかない。両手に下げたエコバッグを見て当たり前のことに納得する。

「すぐそこだから、ふー、んふ、ふー」

そして、カートと言う支えを失った彼女が、また身体を揺らしながらどすんっどすんっと歩く。彼女を追いこさないようにゆっくりと歩く。不思議な感覚がした。


「ふー、っふー、すみませーんっ、おそくなりましたー!」

彼女が重たく大きな身体を揺すって歩いた先は、学童保育施設だった。

俺の人生には全く縁遠い施設に、彼女は慣れた様子で顔を出し施設の人間にそう声をかける。

「いえいえー、亜里沙ちゃーん。ママ来たよ~!」

施設の女性が奥の部屋に向かってそう呼びかけると、まるで高校時代の彼女をそのまま縮めたような、やや派手な少女が現れる。背中にはピンクのランドセル。……ランドセル!

「えーと、その、そちらの方は……」

と、施設員が俺に気づき怪訝な顔をする。それはそうだ。見慣れぬ人物が現れているのだから警戒してしかるべきだ。まったくもって正しい。

「あー、まあ、友だちみたいな感じです~。亜里沙~~、今日もカワイイ~~~!」

「ママ、暑い」

その巨体で少女をむにゅんっと包み込む彼女。しかし、少女の方は慣れているのか特に感慨もなさそうに母親を手で押し返す。

「それじゃあ、ありがとうございましたー!んっしょ、っふー……亜里沙、挨拶」

「さよーなら」

「はい、さようなら~」

いつも通りの光景なのだろう。違和感はどこにもなく、俺は完全に蚊帳の外。

とりあえず、娘に抱き着いた際床に置いたエコバッグを拾い上げ、出入り口の方へ逃げていた俺に、少女が視線を向ける。……怪しい者ではありません、一応。

「じゃ、荷物運びヨロー。ふー、亜里沙~、今日なにしてたのー?」

「マンガ読んでた」

「宿題やった?」

「やった」

「偉いね~!」

完全に母娘の空間が生まれ、俺はそこに入り込むことすらできず後ろを歩く。……どうでもいいが、家の位置までバレるのは不用心ではないのか。今更と言えば今更だけれど。

「ねえママ、あの人誰」

「ん~?ママの……友だち」

少女の方は、母親よりよほどその辺の意識がしっかりしているのか、俺の方を指さし怪訝な顔を崩しもしない。一方、母親の方は万事この調子だ。

「ふーん」

しかし、母親が許したなら良いと言わんばかりに、少女の方の興味はあっさり俺から離れる。

結局、仲睦まじい母娘の後ろをひっそりとついていく。ずっしりと重いエコバッグを両手に。

彼女は、その巨体を揺らしながらも娘と手をつなぎ、笑みを浮かべて色々話している。娘の方も口数こそ少なめだが、しっかりと返事をしていて、これが日常なんだろうと容易に想像がついた。

「ふぅぅ、ついた~。はー、重かった~…!」

ごく普通の……と言うには少しばかり年季を感じるアパートの前で、彼女が大きく息を吐く。ふぅふぅと肩で息をするあたり、本当に疲れているようだった。

「ママ、痩せなきゃだめだよ」

「げ、はーい……」

娘のもっともな指摘に彼女が顔をしかめ、困ったように頷く。初めて見る表情だ。

「それじゃあ、俺はここで……」

そそくさと帰ろうとした俺を、彼女が止める。

「え、何言ってんの。階段上るんだし、部屋まで運んでよー」

「あ、あー……なるほど」

頑丈そうな階段を指さした彼女。……確かにこの体型では一苦労だろうし、少女にこの重たい荷物を持たせるのは酷だ。

俺の予定では、今頃家でダラダラとしていたはずなのに、トイレットペーパーやら洗剤やらを持って階段を上っている状況に、面白さすら感じる。どうしてこうなったのやら。

「ふぃー……亜里沙~、ママ両手塞がってるから、鍵開けて~」

「はーい」

ランドセルをごそごそと漁り、少女がカギを取り出してドアを開ける。サンダルや、可愛らしい小さな靴が並ぶ玄関に、手狭そうなキッチンとワンルーム。一気に生活のにおいが広がり、年甲斐もなく緊張する。

「あがってあがって。ふー、んっしょ」

踵の低いスニーカーを雑に脱ぐ彼女に、きちんと靴を揃える少女。……反面教師だろうか。

「……ママがすみません」

「あ、ああ、いやいや」

推定10歳未満の少女に恐縮しながら、革靴を脱ぎ恐る恐る部屋へ上がる。二人の靴より大きい自分の靴が、妙に浮いて見える。

「そこ、テキトーに置いちゃって~」

「え、ああ。……わかった」

言われるがままにエコバッグを廊下に置く。ザっと部屋の中を見る。……少し手狭な1Kという感じだ。俺の家と、そう変わらない。ここに二人で住んでいるのだろうか。

「亜里沙、トイレットペーパーとか運んじゃってー。ママご飯作るから」

「うん、わかった」

少女が、俺が置いた荷物の中からトイレットペーパーを抱え、バスルームの方へ何度も往復をする。

「あ、じゃあ俺はこの辺で……」

「えー!一緒にご飯食べていきなよ。折角だし、色々付き合わせちゃったしさー」

「あー…………」

いきなり?という感情はもちろんある。フランクな彼女の物言いは、まるで最初からそれを想定していたようだった。

「でもほら……」

ちらりと少女の方を見る。流石に、いきなり知らない男と食事と言うのは心理的ハードルも高いだろう。

「……別に良いけど」

しかし、興味が無さそうに俺の視線をかわした少女は、そう言い捨てて今度はシャンプーをやや危なげな足取りで運ぶ。

「あ、そう……」

「じゃ、そーゆーことで。……ついでにコレ、冷蔵庫入れといてくんない?」

彼女の足元のエコバッグには缶ビールのパック。……力仕事目当てか。

狭い廊下を足を延ばして物を踏まないように進みながら、ビールを冷蔵庫に入れる。

でっぷりと前にせり出した彼女の腹が、キッチンスペースにドシンッと乗ってる。冷蔵庫を開けるのも一苦労だろう。

「ママ、終わった」

「ありがと~~!じゃ、テレビ見てていいよ」

「はーい」

そして、慣れた様子で母親の尻を押し、少しスペースを作って廊下を抜けていく少女。リビング……というか、部屋には大きめのベッドと小さいテレビ、そして衣装タンスや学校の物が置いてある棚があった。……少女の匂いと、女性の臭いが混じったような部屋独特の香りは、俺の足を竦ませる。

「市原もさ、そっち行っててよ。キッチン、アタシ一人でいっぱいだから。アハハ」

「え、ああ……あー……」

「ん?あ、通れん?ちょい待ってー」

俺の視線の意味を理解した彼女が、シンクの方へ更に腹をだぶっと押し付け、腰をキッチンに押し付けて僅かなスペースを作る。

「んふっ、はやくーっ」

「あ、ああ」

廊下を身体を横にして抜ける。それでも、彼女の丸々とした尻や段々の背中が俺に密着しそうで、じっとりとした汗の匂いも相まって、非常に……よくない。

そして、部屋に入っても目のやり場に困る。変なものを見つけては一大事だし、そもそもどこへどう座れば良いかも分からない。

「……こっちどうぞ」

「あ、ああ。ありがとう」

少女がベッドに体を寄せて、低い丸テーブルを少しずらす。恐る恐る、空いたスペースに腰を下ろす。無意識に、正座をしていた。

「ママがごめんなさい。ああいう人だから」

「あ、ああ。いや……こっちこそ、図々しくお邪魔して申し訳ない」

「ずうずうしく……って何?」

「え、あー……厚かましい……というか、恥知らずと言うか……」

「よくわかんない。でも、ママのせいでしょ?」

「は、ははは……」

肯定も否定もしづらく、曖昧に笑って返した。

「……ママのお友達って、本当?」

「あー……高校の、クラスメイトだったから……まあ、そう、かな」

「ふーん。……ママのこと、好きだったの?」

「っ、なっ、えっと、いやっ、えー……」

最近の小学生ってこんなんなのか……?図星をつかれしどろもどろに返事をする。

「そーだったんだ。……あんなおデブなのに」

「亜里沙~、なーんか言ったー?」

キッチンでなにかを焼いていた彼女が、こちらを見ずに返事をする。地獄耳……。

「ママ、おデブなのにモテてたの?って言ったー」

「ひっどー、ママも昔は痩せてたんだよ~。そこのおにーさんに聞いてみなー!」

「って言ってる。ホント?」

「あー……まあ、本当だよ。痩せてたし、綺麗だった」

「ふーん。……ホントにホント?」

どうにも、まったく信じていないみたいだ。……まあ、無理もない。

彼女がいつからあんなでっぷり肥えたのかは知らないが、少女の口ぶりとあの太り様から言ってここ二~三年と言う事は無いだろうし。

「写真とか持ってないの?ママ、持ってないし」

「えー……あー……家にあるかも……」

「今度見せて。ママ、亜里沙には嘘つくなって言うから。ママが嘘ついてないか見たい」

「ははは……」

果たしてその今度はあるのだろうか。そんな事を考えているとキッチンの方から声がする。

「出来た~!亜里沙~、テーブル片してー!」

「片付いてるー」

俺越しに母娘が会話をして、少女が立ち上がる。

「おじさん、ちょっとどいて」

「え、ああ。わかった」

言われるがまま衣装ダンスの方に身を寄せる。少女がキッチンに向かう。……お手伝い、というか、二人で暮らしているのだから役割分担だろうか。

「……ママ、またこういうの。太るよ」

「いーの!ママ働いてお腹空いてるんだから!」

「ふーん……良いけど。亜里沙ダイエットしてるから」

「まだ早いってのー。亜里沙、おっきいお皿だして」

「はーい」

カチャカチャと食器の音がする。自分の家ではあまり聞かない音だ。……誰かと夕飯を囲むのも、人の手料理も、そういえば久しぶりかもしれない。

「おじさん、いっぱい食べる?」

「いや、普通くらいで……」

「普通……こんくらい?」

明らかに茶碗ではない何かの皿に、山盛りで米が盛られている。

「も、もっと少なくていいよ」

「はーい。……やっぱママ普通じゃないじゃん」

「いーの!ママはいっぱい食べないとお腹空いちゃうから!」

そんなやり取りの後、適量の米と、大量の肉野菜炒めが目の前に出される。

「……あ、コンビニの弁当」

「あー、そういえば買ってたっけ。残ってたら、アタシ食べるしへーきへーき」

ふと、玄関先に置いたコンビニ袋の中身を思い出した俺に、彼女があっさり言い放つ。

「ママ、太るよ」

「いーの、亜里沙もいっぱい食べな~!」

「や、ママみたいにデブになりたくない」

「もー、この子ったら~~!」

じゃれつくように少女の頬をむぎゅむぎゅと触る彼女。その顔は紛れもなく母親のそれで、歳月を確かに感じた。

「……いただきます」

「ん、市原もいっぱい食べてね。今日のお礼だし~!」

「あ、ああ、……美味い」

「ホント?やったね~!ほら亜里沙、ママのご飯美味しいって~!」

「亜里沙も、美味しくないって言ってない。多いって言った」

「もー、亜里沙ってば~。……こら、ピーマン残さないのー」

「…………知らない」

器用に目の前のピーマンを俺の米の上に乗せる少女に、母親らしい一言。

大皿料理が、目の前の彼女のせいでみるみる無くなっていく。

大きな口で、山盛りの米と一緒にかき込む様子は、学生時代にサラダやらで昼食を終えていた彼女と同一人物とは思えない。

……他人の昼食風景を盗み見るだけだった過去の自分に、少しだけ優越感だ。

ちまちまと食べる少女と、ガツガツと食べる母親。……普段は、この二人だけで生きているのだろう。少し過ごしただけでも、他の人間の気配は一切ない部屋だと感じた。

「……あとで、今日の食費渡すよ」

「えー、良いのー?じゃ、貰う~。ぁむっ、んむ……うまっ、ママ天才~!ね?亜里沙、美味しいでしょー!」

「うん、美味しい。……でも多い。亜里沙もうお腹いっぱい」

小さな茶碗を綺麗に空にした少女は、そう言うと自分の茶碗と箸を持ってシンクの方へ向かった。自分の食器は自分で洗うのだろう。

「しっかりしてる」

「でっしょ~?んっむ、良い子なんだ~~、ぁむ……もっと食べていいよ?エンリョしなくていーし」

「ああ、いや……俺も、わりと……」

学生時分ならいざ知らず、人の手料理とは言え油と調味料(焼肉のたれか何かだろうか)で結構重たい肉野菜炒めは、まあまあ腹に溜まる。酒があればまだマシだろうけれど。

「そ?じゃああとはアタシが食べちゃお~」

大皿をそのままひょいと持ち上げ、茶碗との間に交互に箸を動かす。比較対象が少女の子ども用茶碗だったから気づかなかったが……彼女のもつ茶碗が妙にデカい。

「……ママ、太るよ」

食器を洗った少女が部屋に戻ってくるなり、ガツガツと夕食を腹に収める母親に苦言を呈する。

「んっむ、ぁむ…んむ……へーきだって。ママいっぱい働いてるし!」

「おじさん、ママ太っちゃうから次はもっと食べてね」

「え、ああ、ははは……」

次があると当然のように言う少女の口ぶりに俺はまた曖昧に笑う。いくら近所に住んでいるとはいえ、次など早々ないだろう。

「んっふ…ぇえふぅ……ほら、ママもご飯終わったから、お風呂の準備しなー」

「はーい」

少女がそのままタンスの方に近付いてくる。流石にこれ以上はマズいだろう。どう考えても。……まさか風呂まで入っていけとは言われないだろうし。

「それじゃ、俺はそろそろ……」

「ん、りょーかい。あ、そだ。連絡先教えてよ。なんかあったらお願いしたいし」

「あ、ああ。良いけど……」

当時ですら、結局彼女の連絡先など入手できなかったのに、今更どんな顔で応じればいいのかよく分からなかった。

電話番号とメールアドレス、そしてメッセージアプリのIDを交換し、腰を浮かせる。

「それじゃあ、…………また」

「またね~、ほら亜里沙も、おにーさんに挨拶」

「おじさん、バイバイ。今度ママの写真見せてね」

「ちょっ、そんな話してたの~?もー、ほらお風呂お風呂!」

アパートのドアをゆっくり閉める。中からしっかりと鍵を閉めた音を確認して、そのまま帰路につく。

「…………妙な事になったな」

少なくとも、高校の時以来彼女に出会うのも、その彼女がとてつもなく太っていたのも、あんな大きい(まだ10歳にもなってないだろうが、俺の年齢からしたら十分大きいだろう)娘がいたのも……何もかも、まるで狐に化かされたような感覚だ。

…………とりあえず、明日からもあのコンビニに寄ろう。そう思いながら、少し道を彷徨い、見知った通りに出る。そして、誰も待たぬ一人暮らしの家へ戻る。

まあ、きっと連絡が来ることはないだろう。



『ごめん!今日急にシフト入っちゃったから行けそうだったら亜里沙迎えに行って!お願い!』

……翌日、夕方ごろにそんな連絡が来て、俺は珍しく2日連続で足早に退社をした。



「亜里沙~ごめんね~!」

「ママ、声おっきい。あと重い」

娘の姿を見つけるなり、むぎゅぅっと豊満すぎる身体に抱き寄せる彼女。

窮屈そうにファミレスのソファにどすんっと腰を下ろし、娘を溺愛するのもいつもの様子だ。

「亜里沙寂しくなかった?ご飯大丈夫だった?」

「へーき。おじさんいるし。ママ遅い方がこういうとこでご飯食べられて嬉しい」

「っ亜里沙~~ママ悲しいよ~~~?」

「……ごめんなさい」

彼女がどうしても遅く帰らざるを得ない時、俺の方が迎えに行ければ亜里沙ちゃんを迎えに行く。そして、ついでにファミレスで夕食を食べさせる。そういううっすらとしたルーティーンが出来上がりつつあった。

「てか、ホントゴメンね!アタシも早く抜けたいんだけど、今結構人少なくてさー。……良い?」

「もちろん、良いよ」

そして、ついでに彼女の分の夕食も奢る。少し伺うような表情で、2~3人前を注文する彼女に、亜里沙ちゃんはいつも「ママ太るよ」と言い放つ。

やはり、彼女達に……というか、彼女にパートナーの陰はなく、パートを掛け持ちしながら亜里沙ちゃんを育てているらしい。

……別に、俺にそんな義理はないのだけれど、一度踏み込んでしまったので何となく助けてしまっている。

まあ、趣味もない男一人の預金など、未来ある少女と苦労する母親につぎこむくらいでちょうどいいのかもしれない。

「ガチでお腹空いちゃった〜。あっ、亜里沙、ちゃんとお礼言った?」

「言ったもん。ママうるさい」

「まあまあ」

母娘のパワーバランスは案外程よいのかもしれないと思いながら、アリバイのように仲裁をする。もちろん、聞き入れてくれないが。

「てか、ホントありがとね。亜里沙も懐いてるし、ご飯まで奢ってもらっちゃって……ホント、助かってる。ありがと」

「いや、まあ…乗りかかった船だし」

昔の彼女と接点を持てなかった埋め合わせと言うには、あまりに深入りしている気はする。けれど、悪い気はしない。

過去の叶わなかったなにかを取り戻すような、そんな時間が流れる。

「おじさん、ママのこと好きなんだって」

「へっ!?」

「あっ、亜里沙ちゃんっ…!」

そして、そんな微妙な距離感を、耳年増な少女はあっさり爆発させる。

「ママ、むかしはやせてたもんね。可愛かったし」

「あっ、亜里沙ちゃん…そのへんで……」

「あー、そういう……ってか、昔の写真見せたの!? 亜里沙に見せたことないのに〜!」

「ご、ごめんっ。亜里沙ちゃんが約束って聞かなくて…!」

「なんでこんな太っちゃったんだろうねー」

母親のでっぷりと肥えファミレスのテーブルに乗っかりそうな腹肉をむにゅむにゅと小さな手のひらで押す少女は、自分の放った爆弾に大人たちが狼狽えている姿に満足げだ。

「はぁぁ……まあ、見せちゃったならいーけどさあ~」

「ママ、ホントにまえはモテてたんだねー」

「そうだよ~~、ママ超モテてたんだから~!」

亜里沙ちゃんの頬をまたむにむにと分厚い手の平で揉みしだく彼女。

「ママ、いふぁいー」

「もー、ヘンなお願いしちゃダメでしょー?」

「んむ~~!」

彼女は、“以前の”彼女に憧れていたと解釈したみたいで、すっかり笑い話のように扱っている。それは紛れもない事実なので、俺は何も言えない。

そうこうしていると、娘の頬をお仕置きしている母親の目の前に、ミックスフライやらパスタやらカロリーの高そうな料理が並ぶ。

「は~、もうホントお腹空いた~~!いただきまーす」

「ん-、ほっぺ痛い。ママ、太るよ」

「んむ、ぁむ、んふ、いーの!」

意趣返しのような娘の言葉を彼女は聞き流して目の前の食事を平らげていく。

「……亜里沙ちゃんも、甘いの食べる?」

「んーん、いい。亜里沙ダイエット中だから」

「ははは……」

ませた発言に、思わず苦笑してしまう。そんな俺をよそに、亜里沙ちゃんがテーブルの下に潜り、俺の方のソファから顔を出す。

「おトイレ行ってくる」

「あ、ああ。うん、気をつけてね」

隣に座った母親のせいで出られなかったのか……。

「んっむ、亜里沙、ハンカチは~?」

「もってるー」

小さな歩幅でトイレに向かいながら返事をする少女の背を見送り、目の前の彼女に視線を戻す。

「んっぐ、ぁむ……ん?んっく、どったの?」

「いや……結構、性格違うなって」

「あー、ね。ぁむ、んむ、アタシこういう感じだし、亜里沙にしっかりして欲しくて、色々言ってたら、ぁむ…んぐ、なんか自分でもしっかりしなきゃって思ってるみたいでさー」

食べたり喋ったり、忙しい。食べるスピードがやけに速いのも、もしかしたら時間に追われる生活のせいかもしれない。

「……アレ、ガチ?」

「アレって……ああ、亜里沙ちゃんが言ってたのか。……まあ、ね」

「そっか。じゃ、残念だったっしょー?今、こんなになっててさ~!アハハッ」

ぼよんっと腹を叩く彼女。贅肉を孕んだ巨大な腹が波打ち、胸や顎まで揺れた。

「亜里沙産んで、バイトとかでめっちゃ忙しくて、とりあえずお腹に溜まって安い物ばっか食べてたらガチで太ってさー。そんで、痩せられないどころかもっとお腹減るじゃん?コンビニの廃棄とかもらって食べてたら、こう。亜里沙にはちゃんとしたもの食べて欲しいし、ちょっとは気にしてんだけどねー」

「……そうなんだ。大変だったんだな」

亜里沙ちゃんの父親は?とは聞けなかった。多分、言いたくもないだろうし。

「ま、別にいーけど?亜里沙は可愛いし、今更モテたいとかないしさー、アハハッ。そっちだって、別に今のアタシにどうとか無いっしょ?……てか、亜里沙目当てとかじゃないよね?」

「いやいや、流石にそれはないって!」

あらぬ嫌疑に思い切り否定をする。可愛いとは思うが、だからどうという事は無い。

どちらかと言えば、今の……パワフルに、娘のために一生懸命な彼女を魅力的に思っている。見た目はさておき、内面も、性格も。

あの頃からどう変わったか、判断できる程彼女の事を知らなかったし、……今は、純粋に目の前の彼女に好意を抱いている……と思う。

「そ?ならいーけど。亜里沙になんかしたら、潰すから」

「……絶対しないから」

凄味を感じる声に、必至に弁明をする。そうこうしていると、亜里沙ちゃんがトイレから戻ってきた。

「んしょ、ふぁぁ……」

そして、俺の横に座るなり、大きくあくびをする。

「亜里沙、眠くなっちゃった?こっちおいで」

「やー、ママのとこあついし」

母親を素気無く振り、そのままソファに寄りかかる。

「亜里沙、寝ちゃダメだよ?ママさっさと食べちゃうから、そしたら帰ろ?ね?」

「んー。早食いって太るんだよ、テレビで見たもん。……ふぁあ」

「もー、亜里沙ってば。寝ちゃったらママ置いてくよ~?」

「いーもん。そしたらおじさんのおうち行く。……んー」

お腹がいっぱいになったせいだろうか。本格的に眠そうな顔をし、うつらうつらする少女を、母親の顔で見つめた彼女が、目の前の食事をいそいそと平らげていく。

大きな口で、飲むように揚げ物や炭水化物を腹に収めていく食事光景は、確かに太ること必至だろうなと思ってしまう。

「んぐ、ぁむ、んっむ……亜里沙寝ちゃうと、んく、おんぶするの大変なんだよね~。最近重いし、亜里沙もほら、アタシデカいから掴みにくそうだし。ぁむっ、んむ」

「……そうなったら、家まで送るよ。こんな時間だし」

「ほんほ?んっく、ホント?じゃ、ヨロ~。ぁむっ、んふぅ、んふ、ぁむ」

荒い息をあげながら早食いをする母親を尻目に、少女は小さな寝息をたて始めた。

結局、亜里沙ちゃんをおぶって、彼女の家まで向かう。背中が暑いくらいで、子どもの体温の高さを実感する。

「ふぅ、ふー…んふ、ありがと。ホントに、色々さ。超助かってるわ」

「ははっ、おっと。良いよ、これくらい」

背中の少女をおぶり直しながら答える。事実、何もない毎日よりはよほど張り合いがある。

「んふ、ふー、お礼したいんだけどさー。ふー、うち、お金とかないし、ふぅ」

うーん、と唸りながらのしっのしっとゆっくり歩く彼女。やや細い路地を肩を並べて歩くと、太り過ぎた彼女の身体に時折触れる。

「昔だったら、カラダで~とか言えたんだけどねー、あははっ、ふぅ、ふー……」

「ははは……」

一瞬、それで全然良いよと言いかけて、やめた。

何となく、視線の行き場を探すように少し上を見れば、月を隠すように黒い雲が広がっている。そういえば、雨が降ると予報にあった気がする。

「……一雨来るかもな」

「えっ、うっそ、ヤッバ。洗濯物干しっぱだわ、っふ、ふー。んふ、すぐ、降るかな~」

「どうだろう。……結構怪しいかも」

夏が近いこの時期は天気も急変しやすい。ザっと降っても不思議はない。

「あー、これ、渡すからさ、ふぅ、先家行って、亜里沙寝かしといてくんない?ついでに洗濯物も入れてくれるとホント助かるんだけど……」

「ああ、わかった」

家の鍵を受け取る。信頼されているとみていいのだろう。

彼女の歩くスピードは遅々としていて、確かに一雨来ると間に合わない。

「それじゃ、お先に」

背中の亜里沙ちゃんを起こさないように、それでも歩く速度を上げる。湿度を孕んだ蒸し蒸しとした空気は、どうやら彼女が隣にいたからではなかったみたいだ。

身体を大きく揺らさないようにしながら、足早にアパートに辿り着き、そっとカギを開けて、背中の亜里沙ちゃんを軽く揺する。

「亜里沙ちゃん、お家着いたよ」

「んー……」

眠そうな返事をした亜里沙ちゃんを支えながらゆっくり下ろし、靴を脱がせる。

その場でまた寝てしまいそうで、ひょいと抱えてベッドに寝かせる。軽々と持ち上がった少女にダイエットの必要性は無さそうだった。

そのまま、ベランダに出て物干しから洗濯物をしまう。……防犯上の理由で、下着は部屋干しで助かった。

洗濯物を入れ終わり、ベランダの窓を閉めようとしたところで鼻の頭に雨粒を感じる。

「降ってきちゃったか……」

洗濯物はギリギリセーフだった。そして、雨が降ってる事など露知らず、すやすや眠る亜里沙ちゃんもとりあえずセーフ。

しかし……彼女の方は間に合わなかったようだ。

少しして玄関が開く。

「んっふぅ、ふぅ、はぁっ、はー……せんたく、もの、間に合った?」

「なんとか。……あー、はい、タオル」

干されていた洗濯物の塊からタオルを取り、玄関で雨と汗に濡れた彼女に渡す。

無地のデザイン性のないTシャツが身体にピッタリ貼りつき、顔ほど大きな胸やそれ以上にせり出した腹の段差を強調させており、非常に目に毒だ。

「はぁ、っふぅうぅ……んふぅぅ、マジ、たすかった……ふひゅー…」

「いやいや。……亜里沙ちゃんも大丈夫、ぐっすり寝てるよ」

「ふふぅぅ、ん、さんきゅ……ふー…」

息を整えながら、彼女がタオルで濡れた髪やむき出しの腕を拭う。しかし、ただのハンドタオルはあまりに面積が狭い。

「……濡れてるし、風呂入るでしょ。俺はそろそろ帰るよ」

「んふぅ、でも、外雨だし、結構、ふぅ、ヤバいよー、ふぅ」

「あー……傘、借りていい?」

「傘、んふ、傘、ねー。……亜里沙のしかないけど」

「…………それは、借りれないな」

彼女の方は基本雨合羽らしいが、それも一着しかないので俺が着て帰る訳にもいかない。

「ふぅぅー、雨止むまで居れば?それとも、ふー、んふ、早く帰んなきゃって感じ?」

「いや……そう言うわけじゃないけど」

誰が待ってるでも無し。残業と飲み会の時を考えたら、時間だって遅い時間とは言えない。

「んふぅぅ、じゃ、ちょっと、ふー、シャワーだけ、浴びちゃうから、亜里沙見ててよ。ふぅぅ」

「え、あー……」

無防備な反応に思わず曖昧な返事をしてしまう。しかし彼女は、俺の返事を意に介した様子もなく、どすどすとリビングに行き、寝間着のシャツとハーフパンツを手にする。

「んっふ…ふぅー…ちょっと、向こう、向いてて、ふぅ、くんない?あんま、見たくないっしょ?ふー」

手狭な家の脱衣所では彼女は着替えられないようで、廊下にいる俺は、玄関の方を向いて目を閉じるしかない。

「ふぅー、アハハ、別に見られても、アタシはいーんだけど、ふー、こんな身体見てもさー、ふぅ、汗やっば~」

「…………」

「亜里沙、ふぅ、起きたら、ママお風呂入ってるって、ふぅ、言ってくれる?あの子、ふー、結構、寂しがりだし。んっふ、んっしょ……うわ、ヤっば、シャツびしょびしょ」

「わ、わかった……」

しばし、後ろの方からどすんっ、どすっと音が聞こえ、やがてドアが開く音がした。

「もーいーよー」

ドア越しに声をかけられて、ようやく後ろを振り向く。浴室の方から声がしてホッと胸をなでおろし、リビングの方へ戻った。

と言っても、テレビを点けて亜里沙ちゃんが起きてもいけないし、何かできる事があるわけでも無い。

耳を澄まさなくとも、シャワーの音が雨音をかき消すように聞こえる。鼻歌までも、だ。

「んぅ……んー」

ベッドの上の小さな少女がもぞもぞと動き、ぼんやりと目を開ける。

「おうち……?」

「ああ、うん。亜里沙ちゃん寝ちゃったから」

「ふーん。……ママは?」

あの巨体が見当たらなければ、当然不思議に思うのだろう。

「今お風呂入ってるよ。雨降ってきちゃったから、少し濡れちゃったから」

「ふーん。んー、亜里沙もお風呂入る~」

眠たげな声をあげながら服を脱ごうとする亜里沙ちゃんに、慌てて「お風呂場行きな!」と声をかける。親子揃って……。

「ママー、亜里沙もお風呂入る~」

「亜里沙起きたの~?じゃ、一緒にシャワーしちゃおっかー!」

風呂場の方からそんな声が聞こえてくる。特に驚いていない様子からしても、珍しい状況ではないのかもしれない。

……しかし、困った。

ここで俺がお暇するのは簡単だが、そうすると戸締りが出来ない。母娘そろってシャワーを浴びている最中に退散するのも、なかなかどうしてマナーが良くないだろう。

かと言って残っているのも……。風呂上がりの姿など見られたくないだろうし……。

「…………どうしようかな」

テレビを勝手につけるわけにもいかず、なんとはなしにスマホを眺める。

「ママおっぱいおっきい、また太ったでしょ」

「ひゃっ、ちょっ、亜里沙~!もう3年生なんだから、おっぱい卒業!」

「じゃあおなかでも良いけど、……こっちもおっきい」

「ひゃぅっ、あ~り~さ~!」

「ママくすぐったい~!」

………………本当に、どうしたものか。


「いーよー」

母娘が着替えている間ベランダに避難し、室内から声をかけられて戻る。

可愛らしいパジャマに着替えた亜里沙ちゃんと、どこで売ってるのか分からない巨大なTシャツに身を包んだ彼女が並んで座っていた。亜里沙ちゃんの濡れた髪を拭いているようだが、腹と胸の脂肪にもたれかかる亜里沙ちゃんは今にも寝そうだ。

「んー、やっぱ亜里沙はもうお眠かなー」

「夜更かしするより良いんじゃない」

「それはそう~。……よしっ、亜里沙~、寝るならベッド行きなー」

「んぅ……ん…」

目元を擦る様な仕草をした亜里沙ちゃんが、母親の身体をクッションにしながら寝息を立てそうになる。風呂上がりにすぐ眠ってしまうあたり、まだまだ子どもなのだなと思う。

「はぁ、ったく~。よい、しょっ」

亜里沙ちゃんを抱えたまま彼女が立ち上がり、ベッドの上に愛娘を寝かせる。

……少女の顔より彼女の胸の方が明らかに大きくて目を逸らす。

「さて!……電気消しちゃうから、こっちこっち」

そして、ベッドに愛娘を寝かせた彼女が、足音を極力立てないようにのっそりと歩きながら、廊下の方へ手招きする。

ドアのすぐ横のスイッチで電気を消すと、暗い部屋に亜里沙ちゃんの寝息が聞こえる。

「ふぅ、んふ、静かにね」

「ん……」

つい、息を飲む。風呂上がりの彼女の体温と香りが近い。雨音は未だ止みそうにない。

「ふー、よい、っしょ……んふー」

そして、彼女が静かにドアを閉め、息を吐きながらキッチンのすぐ目の前に踏み台のような物を広げた。そして、そこにゆっくり、どすんっと腰を下ろす。

「一杯つきあってよ」

冷蔵庫から発泡酒を2缶取り出し、1缶を渡してくる。拒む気にもなれず、有難く受け取った。

小気味いい音がして、プルタブが開けられ、彼女が一気に飲み干していく。

「んぐ、んっぐ、んぐ、っふぅぅぅぅ……はぁ、ひと息ついた」

「……お疲れ様」

「あはは、そっちもね。んっしょ…ふぅ…よい、っしょ……」

発泡酒をキッチンスペースに置き、コンロの下の棚を開ける。腹肉と胸が脚につっかえて屈みにくそうだった。

「んふ……っふー、ふぅ、いる?」

スナック菓子の袋が出てきて、俺は目を丸くした。太るからお菓子はダメだと亜里沙ちゃんが言っていた気がする。

「……亜里沙ちゃんには、内緒?」

「そ。包丁とか危ないから、ここは開けちゃダメって言ってんの」

「……はは」

強かな彼女は、袋の中にぶ厚く肉のついた手を直接突っ込み、やや行儀悪くポテトチップスを頬張り、発泡酒を流し込む。

「んふぅ、ん…げふぅ……亜里沙には見せらんないけど、やめらんないんだよねー」

やや眉根を寄せ、あまり見覚えのないプライベートブランドのポテトチップスを摘まむ。安く量が多いのだろうか。

久しぶりの発泡酒をちびちび飲みながら、そんな彼女の太った身体を眺める。

でっぷりと脚の間に広がる腹肉。ぶ厚く段差が形成された脇腹に、パツパツに張り詰めてTシャツが窮屈そうな二の腕。亜里沙ちゃんの顔より大きい胸はせり出して丸いクッションのようになっている腹に乗っかり、左右に広がっていた。……下着を付けているのかどうか、考えるのはやめよう。

「んぐ…んふぅぅ……げっふ…ぁむ…んむ、こーゆーの、してるから、ぁむ…んっぐ……っふぅぅ、痩せないんだよね。あはは」

ぶ厚い腹肉に、同じようにぶ厚い手を押し当て、ぶにゅんっと大きく揺らす。

昔の、スラッとしていて、モデルのような彼女と同一人物とは思えない柔らかそうな脂肪の塊。彼女が消えてしまった10年で積もりに積もった贅肉は、ちょっとやそっとでは減りそうにない。

「……雨、止まないねー。結構音するっしょ?」

パラパラと屋根を叩くような音に耳を傾ける。通り雨かと思っていたが、しばらく降りそうだ。

「昔はさ、亜里沙が怖がってぎゅーってして寝たりしたんだよ。今はもう全然平気だけど。大きくなっちゃって……。……アタシもデカくなってるし、アハハ」

「ははは……」

酒にはあまり強くないんだろうか、目元が少し赤いのが、薄い明かりの中でも分かる。呂律も少しばかり怪しい。

「ぁむ…んむ……あー、んっむ…んむ」

ザラザラと袋を傾けてポテトチップスを一気に飲み、袋を畳んで捨てた。そして、発泡酒を煽る。

「ふー……んぐ…んぐ……んっふぅぅ……あのさー、今彼女とかいんの?」

「っ、い、いきなり何…?」

「ん-、いや、ほら、結構付き合わせてるし、ふー、いたら悪いじゃん?いなそーだけど」

「……まあ、いないよ」

もっと言えば、高校の頃の君が忘れられなくて、恋人など作ろうとも思わなかった、とは言わない。言う必要もないし。

「そっか。よかった。……じゃどうする?アタシそろそろ寝るけど…泊ってく?」

「え……」

2個目の爆弾が降って来て、俺は再度固まる。

「ほら、彼女いるなら、流石に泊ってくのはムリじゃん?でも別に、いないならいいかなーって。……亜里沙に変な事しないだろうし」

「そりゃ、するわけないけど……」

「でしょ?んふ…んっく……ふー、無くなっちゃった」

空になった缶を軽く振り、水を少し入れて洗う。どっしりと踏み台に座ったまま、やや低い位置から二の腕をぶるぶると揺らして腕を伸ばしながら。

「…亜里沙ちゃんには、何もしないけどさ……自分は?」

「アタシ?アハハ、ないない。……まー、胸はデカいし、一応女だけどさ。……この腹じゃ、立たないっしょ?んっふ、っふー、っしょ…」

大きく体を揺すり、キッチンに掴まりながら立ち上がった彼女が、下から抱えるように腹肉を両手で持ち上げ、だぶんっと波打たせる。大きい胸と、それ以上にせり出してぶ厚い腹の脂肪が一気に揺れた。

高校時代の彼女に、何重にも脂肪と贅肉を被せたようなその体型に、思わず生唾を飲む。見ているだけだった頃より、触れられる今の方が、ずっと魅力的に見えるのは、気のせいではないだろう。

「それともやっぱ、身体でお礼しよっか?胸はあるし…って、ヤだよね~、アハハッ」

彼女が茶化すようにそう笑った。巨大な胸をわざと見せつけるようなポーズも、それ以上に前に出た腹肉や亜里沙ちゃんの胴回りくらいありそうな二の腕のせいでイマイチ決まらない。

なんと返事をしようかと思案顔になってしまったのだろう。彼女がやや微妙な表情を浮かべる。

「…ちょっと、笑ってよー。ハズいじゃん」

「あー……」

「……マジ?」

「…………まあ……」

少なくとも、支払い能力は十分にあると思う。……思い出補正だろうか。

「まあ世話になってるし、胸くらいイイけど…」

そして、俺が制止する間もなく巨大なTシャツをべろんっと捲り上げる。スウェットの上にでっぷりと乗り出し、下腹部に垂れた段腹が零れ、その上にぼよんっと二つのやや平べったい球体が現れる。

やはり、下着はつけておらず、やや黒ずんだ先端までしっかり見えてしまい、思わず目を逸らす。それでも、狭い廊下で至近距離のせいか、汗っぽい匂いがする。

「いや、そんな、急に」

「アハハ、別にいーよ?…結構グロいし、デカいばっかでぶにゅぶにゅでキモいけど、それでもいーんなら」

彼女がこちらに迫ってくる。酔ってる……んだろう。そう言う事にしよう。

「亜里沙もさー、おっぱい好きなんだよねー。そんなに良い?」

自分で片方の胸に指を沈める。彼女の言葉通り、ぶにゅぶにゅと沈み込んでいくのが見えた。

廊下を塞ぐほどの肥満体型が、迫ってくる。明らかに自分とは違う大人の女性の香り。彼女が密着すると、脂肪の柔らかさと熱さがダイレクトに伝わる。

「っ……」

「……あんま経験ないカンジ?胸くらいさ、減るもんじゃないしいーってば」

彼女が、俺の手を取って、そのまま胸に沈める。

汗をかいた肌は少しべたついていて、どこまでも沈んでしまいそうな感触は、指の間から脂肪が溢れるせいだ。

「ん……やっぱ、男の手だよね、結構」

「…………」

「アハハッ、顔マジすぎ」

彼女の手が離れても、俺の手はまるで吸い付いたように彼女の胸から離せず、恐る恐るむにゅんっと力をこめると、指に纏わりつくように彼女の胸が沈み込んだ。

「んぅ……気に入った?」

「……あ、ああ……」

「…アタシも、結構……良いかも」

彼女が再び俺の手を掴む。男の手と称した俺の手よりぶ厚く太い手が誘導するように、胸の先端を触れさせる。

「んふっ……グロくない?」

「…………どう、だろう……」

少し感触の違うそこを、摘まむようにぐにゅぅっと揉むと、彼女が薄く甘い声を漏らす。

「んふぅ…♡……アタシも、全然シてないし…結構、アリ…♡」

壁際に抑えつけられるように身体が密着する。同じクラスだった頃でもこんなに近づいた事は無い。……当時、微かに感じた校則違反の香水の匂いは欠片もなく、生々しい体温と体臭が襲う。

抱えきれないように垂れて溢れた腹肉が俺の胴体に押し付けられ、顔の距離も随分近い。高かった鼻筋も、大きく派手だった目元も、脂肪で埋まっているが美人の面影があった。

「ふぅぅ…♡んふ…♡」

「…………すご…」

「ふふふっ…デッカいでしょ…♡130cmあっからね…♡」

「そう、なんだ……」

汗がじわじわ滲む肌に俺の両手が埋まり、先端を恐る恐る、けれど何度も触れる。彼女の吐息が熱く、アルコールの香りがする呼気が吹きかけられる。

「体重もさ、140kg超えちゃってるし……重い?」

彼女の言葉に緩く首を振る。重たいのかもしれないけれど、それどころではなかった。

まるでへそに挿入するみたいに、スラックスが押し上げられて彼女の腹肉をぐいぐいと押し込む。

無言で、無心で彼女の胸をむにゅむにゅと揉みしだく。時折、甘い声がする。どうにかなってしまいそうだった。

ほとんど触れあいそうな至近距離の唇が、艶やかに舌なめずりをして、けれどふっと離れる。

「はい、終わりー。あっつ~、んっふ、んっしょ…」

彼女がゆっくりと離れる。重たく熱い脂肪の塊が手のひらから離れて、一気に汗が冷えていく。

「どう?…って、アハハ、聞かなくてもわかるけどー」

大きく張り出した股間に視線を投げて、彼女が笑う。

俺の方は、動悸と、虚脱感のようなもので一杯だった。両手から零れるほどの脂肪を掴んだことも、自分の倍は体重のある女性に押しつぶされそうになった事も、人生で初めてだ。

「これ以上は別料金になりますー、なんてっ」

捲り上げていたシャツを下ろし、スウェットの中に腹肉をしまい込む。でっぷりとしたシルエットはそのままだが、幾らか持ち上がったように収められた。

「ふぅぅ、雨、今なら弱くなってんじゃない?」

「…………え、ああ……そう、だね」

雨音はいくらか小さくなっていた。近くのコンビニに寄って傘を買うくらいなら、問題ない程度だろう。

「どうする?泊ってても良いけど……続きはしてあげらんないけどねー」

「………………帰ります」

「ん、じゃあね」

いそいそと荷物を纏め、身体を横にして通路を開けた彼女の横を通り、玄関へ向かう。

「…………こういう事、他の人にもしたりしてるの?」

帰り際、彼女があまりにもあっさりしていて、ついそんな事を聞いてしまう。

「こういう事…アハハ、しないしない。そもそもこのウチ入ったのなんか、あんたくらいだし」

あっさりとそう言い放ち、俺の背中をバシバシと叩く。

「じゃあね。またなんかあったらお願いしていい?」

「…うん、勿論。任せてよ」

「アハハ、ありがと」

ドアの前で、声を潜めてそんな話をする。雨は確かに、幾分かおさまっていた。

「おやすみ」

「……おやすみ」

そして、軽く挨拶をして、ドアを閉める。アルコールで赤い彼女の顔が段々見えなくなり、ドアが閉まった。

階段を降りる俺の足取りは軽い。混乱もあるけれど、彼女に認められた唯一の男だと思うと、悪くなかった。

……それはそれとして、なかなか寝付けず、デブ専物のアダルトビデオを探し続けてしまい、次にどんな顔をして会おうかと悩む羽目になるのだった。






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