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山田牛午 from fanbox
山田牛午

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名前の話

長くなったので記事を分けました。サムネは気にしないでください↑


さて。


告知を出した通りでありますが、山田牛午(やまだぎゅうご)の名前での活動は2023年末日でひとまずの終わりを迎えました。


Xでも少し触れましたがこの名前は商業デビューをするにあたってつけた名前でした。


それまでぼくは本名の山田から「ymd」とだけ名乗っていました。シューティングゲームとかのスコアネームで使ってたやつをそのまま、と言う感じだったと思います。


同人誌ならともかく、一般に流通しているメディアに掲載され、その名が売れてゆかねばならないと言う段になってymd、だけではあまりにも簡素だろう、と当時の担当さんと話し、そこで付けたのが「山田牛午」でした。


山田はもちろん本名から。牛午というのは由来がいくつかあるのですが、


①おうし座(牛)で午年(午)だから


②「鶏口牛後」を自戒とするため逆に「牛後」の部分をもじった


のが大きな理由です。あとはまあ、当時は主にラノベ作家さんの間で変わった字面や変わった読みをペンネームとする風潮見たいのがあって、それに倣ってみたというのもあります。


最初にして最後の連載作品『くだんの彼女と未来交歓』連載開始が2011年9月5日発売のコミックフラッパーでしたので、2023年はちょうど干支が一周する年だったようで。




なぜこのタイミングで名前を変えるのか?をお話しするとなるとやや気が重いというか、関わってくださった方に対してもよくない話をしなければならないので心苦しいところではあるのですが。


単純な話、自分にとっての「山田牛午」は敗北者の名前となってしまったからです。



ハァ…ハァ…敗北者……?



取り消さなくていいよ、今の言葉(・ω・`)


……ごめんワンピースは10巻くらいまでしか読んでない(・ω・`)




脱線しました。


どういうこっちゃ、と言えばまあ…わかりやすいこととしては山田牛午という名前で胸を張れる実績を残せなかった、ということがあるのですが、これに関しては「連載までしといて何言うとんねん」ということをたまに言われるのでんんーまあ…そう…?て感じもしちゃうのですけど。


ぼく自身連載がコケたとかその後の仕事に繋げられなかったとかではなくて。




振るうべき武器を自ら捨てて人の顔色窺った挙句ヘラヘラ戦場に出向いてって犬死にした


ということなんです。


連載自体は決まっていてさあ何をする、というところで、当初はポストマンサーで勝負することしか考えていませんでした。だって、自分が1番好きなんですもの。


連載に結びつく経過も今と形は違えどもポストマンサーの読み切りなどの下地があり、そもそも担当さんと出会ったのもポストマンサーの同人誌を出張編集部に持ってったことだったりで。当然ポストマンサーを打って鍛えて、連載作品とするつもりでおりました。


が。


プロットやネームを送り、1週間待ち1ヶ月待ち半年待ってもレスポンスがなく。その間何度か直接担当さんに連絡するも応答はなく。そろそろ1年経とうか、という頃になって編集部経由でようやく連絡がつきました。


これに関しては当時担当さんが他に担当していた漫画家さんたちがいわゆる雑誌内の大御所的な人気作家さんたちであったため、しかたないことだとも思っています。だってそりゃ、人気の古株花形作家さんで手いっぱいのとこに連載前のペーペーが割り込む隙間なんてないでしょうよ、というね(・ω・`)


問題はその間に雑誌そのものの体制が大きく変わってしまった、要はタイミングの悪さみたいなものがあって。


当然内情は知らないですし余計なことも言えないけど要は、ポストマンサーみたいなへんちくりんな味の漫画を受け止めてくれる土壌みたいなものがあったのが、いざ担当さんと連絡がついた頃には土壌改良がなされて受け付けられなくなってしまった。そんな印象を受けました。


(あくまで敗北者の印象なのでそりゃわかりませんよ)


ポストマンサーの同人誌を面白いと言ってくれた担当さんから出された提案は、「ラノベブームが来てるからラノベみたいなラブコメ要素を持った漫画」でした。


これが大きなターニングポイントです。


言ってみれば、田舎で弓矢を使って自分らしく狩りをして生きていた狩人に、今はレーザーガンで戦うのが主流だからレーザーガン作ってもってこいと。




ぼくはバカだったので作りました。手製のレーザーガンを。


当然担当さんとの二人三脚ですので、「ディレクションがそもそも悪かったのだろう」と言ってくれた方もいるのですが。


作って、戦場に立ったのが自分である以上その責は自分で負うしかないのです。


結果として、使い慣れた弓矢を捨て見よう見まねでこさえたレーザーガンを携えた山田牛午は、不用意に塹壕から頭を出して死にました。最初の戦いで。


担当さんもまた、最初の段階で見切りをつけていたのでしょう。これでいいのだろうか?と思いながら手探りで使ったネームに手直しやらディレクションをされることはほぼほぼなく、毎月ほぼ1発OKで、ウケているのかウケていないかを知らされることもなく、数ヶ月後あっけなく打ち切りを言い渡されました。


自分も空気でそれが読めてたので、残り2話くらいとなったところで終わる方向へ舵を切れるような作りにしておいたので、本当にあっけない幕引きで。


担当さんは良い人だったけど相変わらずこっちを向いてくれないまま異動となり、後を継いだ新担当さんは「何も引き継いでない」と言い出す始末で、後はまあ…


『ハイジ』のコミカライズがあったりしながらもそれも次へ繋がるものにもできず、それでもいつかまた…と上の方を恨めしく睨みつけるまま生きるうちに心を壊しかけたりなどして。




……闇鍋の蓋が開きそうなのでやめときます(◔౪◔ )




そうしてなんやかやしながらも絵を描くことはやめずに進んできて、進んできたものの自分はとうに死んだものとずっと思い続けていて。


これに関してはホント、そんなこと言うなよぉ!って言ってくださる身近な方もいるのでありがたいことなんですが、自分が自分をどう捉えるか、なのでだめなんですよねえ。


だって死んじゃったんだもん。生き返らないですよ。


振り返れば振り返るほど……仮に弓矢を捨てずに、古臭く泥臭くてもポストマンサーで戦っていたら。


例え同じように最初の戦いで、たった一年弱の連載で終わっていたとしても。誰かに何本かの矢が刺さったこ手応えは絶対に得られたはず。その手応えがあれば、同じように死んだとしても笑顔で、やってやったぞ、と思える死だったはず。


たらればの話なんかしても仕方ないんですが、ずっとそう思って、犬死にでしかなかった自分の死体を引きずって歩いていた、その死体袋に書かれた名前が「山田牛午」だったんです。


成仏なんてキリのいい話でもなく、過去を浄化して次へ繋げるなんて前向きな話でもなく、ただ、もう引きずって歩いてはいけない死体を捨てていくだけの話です。


だから、仕事で関わってくれた方や仮にも存在するかもしれない『くだん〜』を好きだと言ってくださる方にはよくない話となってしまって心苦しいのです。


(ちなみに『くだん〜』が嫌いかと問われたらそれはもちろん、嫌いなわけがない。どんな形であれ、自分が作ったものではあるので…)





ともかくも、そう言う理由で突然ではあるけれど名前を捨てて新しい名前を冠したわけですが。


今更何をどう名乗っても意味がないと考えていっそ無名のままでいようかと考えたものの、本を作って売っていく以上まずかろうよ^q^と思って仮の名としているのが「ウノレノレ」です。


また長くなってしまったので「ウノレノレ」の話はまた、改めて。

名前の話

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