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ほろ酔いにゃんこ from fantia
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女子更衣室へと続く通路にある縮小都市

女子更衣室へと続く通路にある縮小都市  乱立するビルとビルの谷間の中、ここでは代謝のいい女の子の汗のにおいと塩素のにおい、そしてちょっぴりの小便臭さが漂っていた。  僕が4車線という幅広な道路の横断歩道を渡ろうとすると、ズドンズドンと断続的な揺れが背後からやってくる。ふとアスファルトが深く陰って上を見上げると、ギチギチとナイロン製の藍色の布を引き伸ばす巨体が、僕をまたいで大通りを通りすぎていった。    僕の家は、女子更衣室とプールをつなぐ通路の中にある。  比喩でも何でもない。読んだそのとおりの意味だ。  ことは4ヶ月前までさかのぼる。  やっと田舎から憧れの都市部に出てきて、そこそこの値段の一戸建て住宅を買った。ローンは残り四十数年。  この地は家賃の相場がなかなかに高く、下手をすれば家を借りるほうが最終的に消耗してしまう。  会社で実力を評価され、すでにそれなりのプロジェクトに参加していた僕。安定した収入もあったので、今後を見据えて購入へと踏み切ったのだ。  だが、この選択は誤っていたのかもしれない。とくに、この土地を選んでしまったことは――。  この家に住み始めてからすぐに、自治体からの立ち退き命令が下された。なんでもここにプールを建設するというのだ。しかも、普通人間の。  この街は実験都市だ。  現在、食糧難や土地不足などの問題を解消するため、世界各国で「人類縮小計画」というものが試験的に導入されている。  文字通り、人間を数センチの身長に縮めて、相対的に巨大となった食物で飢えを凌ぐことを目的とした計画だ。  参加すれば定期的に報酬が支払われるのだが、たいていの人間が実験都市に規定された都市から出ていく。しかし、僕がこの街に引っ越してきて、縮小計画に参加したのは言うまでもなく自分の意思だ。無論、くだんの報酬が高額だからである。  その上、食費がかさまない。トマトやナスなどの解体ショーなんていうのは日常茶飯事で、縮小人間の男性が一人食べる一食の食費はたったの数円で足りてしまう。  というわけで、なんだかんだでこの164ミリメートルという身長には満足していたはずなのに……。  まだ空気が屋外の味だった頃。一戸建て住宅を買った直後に立ち退けと言われて、僕はさすがに猛反対した。  三度に渡っておこなわれた説明会は当然だが大荒れ、最終的にはこの街に暮らす9割の縮小人間たちが反対した。  しかしプールの建設は決定事項だ、ということで話を聞いてはもらえなかった。住民たちの意見なんて取り入れることなく、強引に決行されたのだ。  もともと縮小計画は国の方針で、プールの計画は普通人間の暮らす三つの市町村が合同で企画したもの。ややこしいので僕も詳しいことは理解できなかったが、国と市町村で権限のバッティングが起きていたらしい。  その上、プールの建設のほうが縮小計画よりも先に決められていて、国が勝手に縮小したのだ、などという。もし、それが真実だとしてもこちらは知ったことではないのだが、もう文句をいう気にもなれなかった。  毎日巨大すぎる重機が行き来する工事の爆音と、巨人の足音に悩まされた。どうしても撤去が必要だという箇所は家が建っていようか無理やり取り壊されて更地になった。  その4ヶ月後、プールができた。  家の外に出て天を仰いでも、見えるのは青空ではなく天井だった。湿気を外に追い出すための換気扇がゴウゴウと音を立てて回っている。  大きく息を吸い込めば、肺に入り込んでくるのは消毒みたいな風味。街はプールという施設の内側に取り込まれて、屋内にされてしまったのだった。  プール施設の中にある街の生活にも慣れてきた頃の、ある日の土曜日休み。僕は年下の先輩である桜井の住むマンションへと足を運んだ。彼は引っ越してきたばかりの僕に何かとよくしてくれて、この街の中では一番長い付き合いがあった。  桜井は景色をスケッチするのが好きで、よく屋上でスケッチブックを広げている。今日も部屋に向かう前に先に屋上へむかってみたところ、当然のように彼はそこにいた。 「やあ、今日もぶれないね」  先輩といっても年下なので、敬語は使わない。そして同じように年上だけど後輩という理由で、桜井は僕に対してタメ口だった。気を遣うこともないので、これはこれで気が楽である。  桜井はスケッチに夢中になっているのか、僕のほうに顔を向けることすらせず、2Hの鉛筆をスケッチブックに走らせている。  いつものことなので特に気にはしなかった。僕はその鉛筆がたてるカリカリという音を聞きながら、桜井がスケッチしているものを眺める。  ビルの屋上から見える景色は、4ヶ月前とは様変わりしている。4ヶ月前までは右も左もコンクリートブロックがどこまでも続くように林立していたはずが、ある一定の場所まで行くとピンク色の壁に仕切られてしまっていた。  壁にはこんな張り紙がある。  まちのなかでおしっこをしてはいけません! すんでいるこびとにめいわくがかかります 「ったく、誰がこびとだ」  僕は縮小人間という存在であって、断じてこびとではない。国の技術進歩に関わる実験に参加する重要人物だ。  こびとは別段差別用語とかそういうわけでもないのだが、僕は毎回こんな理不尽な怒りのこもった思いを口からこぼしてしまう。 「子どもにはしゅくしょうにんげんって伝えるよりも、こびとって伝えたほうがわかりやすいと思ったんでしょ」 「そうかもな」  突然口を開いた桜井の言葉に曖昧な返事をする。ブックの中身をチラ見すると、張り紙までしっかりスケッチされた、僕らの暮らすミニチュアの街が描かれていた。  一般的に街なかでおしっこなんてしない。しかしこんな貼り紙がわざわざ貼り付けられているということは、この街の中でおしっこをする普通人間の女の子が存在しているということである。  この貼り紙を見るたび、僕は嫌な気持ちになってしまう。鼻に刺さるようなアンモニアの臭いが、まるで本物のように思い返されるのだ。  桜井と呆れるほどどうでもいい会話を交わしていると、僕たちの眺めている景色が大きく揺れ始めた。  頭に響くような縦揺れ。内蔵を叩くような地鳴りが大太鼓のように響いてくる方角を見やる。そこにはプールに向かう二人組の女の子が、普通人間用の幅広通路を歩いている様子がみえた。遠くに見えていたそのその体躯は、あっという間に大きくなって街に影を落とした。 「すごい。本当にプールの中に街がある……」 「そんなに驚くことかな。私はもう見慣れちゃった」  まるで観光名所を巡るように、彼女らは普通人間と縮小人間共用の大通りを歩き回っていた。  夏の暑さに蒸れた足がアスファルトに叩きつけられるたびに揺れが襲い、街の住民たちは至るところで転倒している。彼女らの通行する大通りを横断中に転んでしまった人もいるようだ。転倒している人々の顔はわからないけれど、いつ踏み潰されるのかと恐怖している様子を想像してしまう。  幼い女の子たちが通り過ぎたあとの道路には垢や皮脂がこびりつき、なんとも言えない臭いを放っているに違いなかった。ところどころ汗がこぼれ落ちていて玉みたいになっている。 「林みたいにいっぱい生えてる」  ミステリアスな雰囲気をかもし出しているおとなしそうな女の子が、街を眺めながら大通りを闊歩する。  外見おとなしそうな少女というのは消極的な人間だと相場が決まっているものだと思っていたが、彼女はそうでもないらしく、元気そうなほうの女の子よりも好奇心というものがうかがえた。  しばらくして、何か面白いものでも見つけたように少女が足を止めてこちらの方を向く。きれいに切りそろえられた黒い髪は艷やかで、これからプールで濡らしてしまうのかなと思うともったいないような気がした。 「あのビル、おっきい」  大通りを外れて縮小人間専用区画に踏み入ってくる。ささやかになびく黒いショートヘアが、シャンプーの香りが乗っかった女の子の髪の毛の匂いを振りまいていく。 「あっ、そっち入っちゃだめだよ……っもう……」 「誰かに怒られるの……?」 「怒られないけどさ」  物静かな少女をたしなめていたほうの女の子も、何気なくビルや家々をまたぎ越してギリギリ足が入るかどうかという一車線道路に足裏をつけた。上を目指して伸びていた芝生みたいな街路樹たちが、土踏まずの形に変形した。  周囲で陽炎のように揺らぐ建物たちが、ぴっちり皮膚に張り付いたスクール水着から熱気が放たれていることを物語っている。36度の平熱だって、気温にしてみれば真夏の温度だ。そこに少女たちの汗が混じってジメジメとした空気を作り出すのだから、この街が換気扇の回る室内にあるといっても快適ではないことはわかってもらえると思う。


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