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【先行公開】実質異世界転生 ~二千年寝てたら世界が変わってました~ 10-9

「こんなに簡単で良いのか?」


「何か仰いましたか? 聖徒様」


 非常に飾り気のない僧衣姿がすっかり見慣れてしまったヴァージニアに問われ、私はいや……と首を振った。


 さて、兵站というと輸送の話であると思われがちだが、要は戦争に必要な物資を製造・備蓄・計画・運搬・使用・修繕――尚、これには兵士も含まれる――すること丸っと含めた概念である、ただ物を運ぶだけと思ってはいけない。


 仮に後方で二個軍団が悠々越冬できるだけの物資を作ったとしよう。だが、その物資は前線に届かなければ意味がないわけで、そいつを運ぶだけのトラックや鉄道に空路、そして運送器機が走ったり飛んだりする場所を作った上、安全に保管できるところまでを丸っとパッケージングしてようやく〝兵站が機能している〟と言える。


 そして、機動兵器乗りである私が認識する、最も大変な工程は〝最前線までの輸送〟という兵站の終着点である。


 考えても見て欲しい。最前線とは正に兵器と兵器がカチ合う切っ先であり、互いの放つレイルガンの磁励音どころかオゾン臭まで嗅ぎ分けられる距離だ。そこまで物資を到達させることの何と難しいことか。


 敵だってバカじゃない。持ってきたよーと補給の車列がゾロゾロ後方から走ってきたら、おっしゃ吹っ飛ばして餓えさせたろと攻撃機を直援込みで飛ばしてくる。


 そして、機動兵器とは、その多用途性において陸上・空中・航宙共全てに対応できるがため、最前線でのシバキ合いに次いで輜重部隊のお供に任ぜられる兵科なのだ。


 だから私は知っている。補給拠点まで原資ブロックを届けることの苛烈さを。最前線にまで銃弾やバッテリを運ぶことの危険さを。同時に、敵方のそれを叩き潰すことの快感を。


 なればこそ、兵站の第一たる陣地の構築の難易度を兵站将校の次に知っているつもりだ。


 敵方にとって橋頭堡を突きつけられることは切っ先を鼻先に向けられることであり、防御陣地の延翼は手をはたき落とされること。何においても防ぎたい事態であり、航空優勢を取られていたら攻撃機が雲霞の如く群がってくるし、航宙優勢を握れていない場合は軌道攻撃が驟雨の如く降り注ぐ。


 掲げた防楯に仲間の残骸を浴びながら仮設列車や輸送車列を守った経験からして、気合いを入れすぎることはないとばかりに挑んだ。


 だが、だがだ。


 〝死の渓谷〟鎮圧第一次予備作戦において、それはあまりにも、呆気ないほど簡単に完遂されてしまった。


「改めて作戦進捗は?」


「はい、完了報告が全部隊から届きました。日没前どころか現時刻を以て作戦開始を可能とする、と添えてきている騎士達も多いです」


「それは我慢するように伝えてくれ。それより、敵襲は?」


「え? あ、はい……遠間にうろちょろしてるのを見た、というのが詳報に数件ヒットしましたが、やはり該当ゼロです」


 四半刻ごとに聞いてきますけど何が? と言いたげな元聖女からの報告を改めて聞き、私はうーんと顎に手をやった。


「いや、やっぱおかしいって。何かパラメータバグってない? AI止まってるとかさ」


『上尉、世界のバグを疑わないでください』


 あまりにイージーゲム過ぎる。この陸上戦艦がOPなのは把握しているが、だとしてもちょっとおかしい。


 私が何に苦悩しているのかと言えば、予備作戦が、たったの半日で完遂されてしまったことではない。


 全て予定通りに済んでしまったことにある。


 まず、たっぷり一冬かけて行った練兵の後、我々は華々しく見送られて、長年天蓋聖都の脅威たり続けたノスフェラトゥの根絶戦争に出向いた。


 行く先々で歓迎の旗を振られながら巡航し、辿り着いたのは、騎士達が長年の蓄積によって、ここまでは近づいても反応されないと学んだ距離の再外縁。かつてはここに恒久拠点を作ろうとして、その度に諦めたであろう破壊された遺構の群れが広がる渓谷の縁。


 そこから更にたっぷり10kmほど安全マージンをとって陣取ったヒュペリオン2からは、先発の橋頭堡確保部隊として機動兵器部隊と、その背部に格納された随伴歩兵部隊、そして戦車大隊が勇ましく出撃していった訳だが、人間のカリカチュアというべき悍ましき様相の不死者達が噴出することはなかった。


 一切の交戦なく確保できた、できてしまった橋頭堡に工兵大隊を送り込み、簡易陣地を築かせ、同時に〝塹壕敷設車両〟や〝道路敷設車両〟で砲兵陣地まで作っても敵は何ら反応を示しはしない。ドローンの高空域監視にも特に興味を示すでもなく、以前訪れた時のように五から十程度のユニットで構成された部隊がフラフラと渓谷の中をさまよい歩いているばかり。


「だってセレネ、やっぱおかしいって。普通出てって叩くだろ。私なら軍団規模で部隊を差し向けてるぞ」


『前回の交戦でも分かっていましたが、そこまで高度な知能を持っているとは思えませんでしたし、反射で動いているだけでしょう。肌に触れるまで何もしてこないのと同じですよ』


 だとしても、おかしいだろう。もっと何かあってもいいはず、いや、然るべきはずなのだ。


「地中震度計は?」


「感、ありません」


「……空間センサーは」


「同じく」


「電探……」


「だから全部ないって!」


 熱信党のセンサー員にしつこく聞き返していると、遂にヒュペリオン2から全ての情報を受け取り、同時に同じ質問を何度もされているガラテアが声を張った。


 怒ったというより、いい加減しつこいと窘めるような声に、いやしかし、やはりそんなはずはと思わずにはいられない私。


 前回とは比べものにならない鉄量を叩き付けようとしているのに、何故だ? 機動兵器級のノスフェラトゥが出撃してくる様子もなければ、歩卒が慌てた様子もない。


 やはり、セレネが言うとおり、危機を見つけるだけの能はなく、叩き付けられて始めて反応する地雷めいた思考ルーチンしか持っていない?


 そうだとしたら、ちょっとお粗末にもほどがあるだろう。太母のキマイラー達はこちらを能動的に索敵し、見つければ増援を呼び、危険となったら大駒を叩き付けてくる最低限の戦術的思考を行っていた。


「……もしかして創造主が違うのか?」


『可能性は十分にあるかと。思い出してください、冨和中佐の遺言執行機が遺した言葉を。一枚岩ではないのですよ、連中は』


 中佐がどのタイミングで離反したか分からないが、関係者が相当数いたとなれば、それぞれ設計思想が全く異なる異形がばら撒かれた可能性は高い。高次連が誇るプログラマ集団、数学の申し子たる数列自我知性体と彼等に劣らぬほどコードを磨いた他種族とて、計画が遠大であればあるほど「えっ!? この仕様って統一されてなかったんですか!?」とどっかで躓くことがあるのだ。


 つまり、ここを作った連中が現状の我々でさえ殺せていない意思統一という概念を完全に達成していない限り、〝相当に手抜きをした〟か〝天蓋聖徒に淘汰圧を掛ける最低限〟の仕様しか設計していなかったかの可能性は残っている。


『考えてもみてください。上尉も私も、そしてこのヒュペリオン2もかなりのイレギュラーな存在です。実際、天蓋聖都落着以後なかった出来事であり、想定するには数学的に排除して良い因子なのですよ我々は』


「うーん……うーん……」


『最悪を想定しすぎです。サシガメ数機と群狼だけで、機動兵器級が出てくるまでは翻弄できていた相手。この陣容で尻込みしないでください』


 退け腰が過ぎるのでは? と相方に窘められて、私はようやっと覚悟を決めることができた。


 よし、たしかにいかんね、対手を強大に見積もりすぎれば成功する作戦も成功せん。今のデータでは勝てると出ているのだから、目に見えている現実に従おう。


 私が主導する中で史上最大の動員数を誇る作戦だからと意気込みすぎた。そうだよ、無茶具合で考えれば、フツーにヒュペリオン2を奪った時の方が無茶苦茶だったじゃないか。


 右の頬をぶん殴った相手なのだ。左の頬も気楽にぶん殴ろう。何か前史時代の至聖が、そんなことを宣っていたような気がする。


「少し甲板に出てくる。後は任せるよ、ガラテア」


「了解。ゆっくり休んできて」


 変化の兆しはないかと三十分おきに聞かれることに、いい加減うんざりしていたらしいガラテアが生暖かい笑みと共に見送ってくれたので、私は護衛をと五月蠅い熱信党を煙に巻いてから、船内をゆっくり歩いて甲板に出た。


 しかし、何度乗ってもデカイ船だ。私はこれより大規模な物に詰め込まれたことはないのだが、主星系の海洋惑星を鎮護する――主に海洋性タンパク質合成工場惑星――〝トツカ級重陸上戦艦〟は、これの1.75倍巨大だというのだから恐れ入る。


 第一CICからエレベーターを乗り継ぐこと二回、廊下を三十分以上歩いてやっとこ出られた甲板では、慣熟飛行を終えた操縦手達が乗り込むことを待ったティルトローター機のステュムパロス3や、巨竜戦で消耗し尽くした物を再生産した〝アエロー2〟モデルの要撃機が駐機されていた。


 私の登場に慌てて最敬礼しようとする者達を押さえて、適当な縁まで歩いて行って、明日には戦場になるだろう荒野を睥睨する。


 懐から煙草を取りだして一服つければ、さっきまで何を心配しまくっていたのやらという気持ちがやや落ち着いてくるのを感じた。


「ふぅ……美味い」


 吸えば電脳が鎮静作用効果を勝手に発揮する、形だけの煙草を吸って――私以外には、ただ煙いだけのお香みたいなものだ――のんびりしていると、背後センサーがパタパタ接近する影を捕らえた。


〔ノゾム様ー!!〕


「ピーター」


〔お一人でであるかないでくださいー〕


 ぴょんぴょんと手を地面に突く全力疾走で駆けてきたのは、他でもない我が侍従長のピーターではないか。ああ、そうか、何か脇が頼りない気がするなと思っていたら、彼がいなかったんだ。


 今回の作戦でピーターは、里帰りの時に追加で連れ帰ってきた総勢二百にも達するシルヴァニアンを率い、トゥピアーリウスと共に突撃前衛兵を担う。砲撃によって切り拓いた場所へと、ともすれば前方十数mに着弾する砲撃の影に隠れながら最初に敵陣へ突入し、仮橋頭堡を築いて重機関銃座などを新設したり、突出する戦車の側方を守ったりする重要な役割を仰せつかった彼は、手抜かりがあってはならぬと配下との打ち合わせで不在だった。


 規模が大きくなるにつれて、彼がリーダーとしてこなせばならない役割も増えてきたため、戦士団の長は退いて侍従長に専念するか、別の誰かを選抜して戦士を率いた方が良いのではないかと勧めたことがあるが、彼は最初期からの名誉ある仕事を頑として退かなかった。


 セレネに尋ねたところ、配下の掌握は元々の民族性もあって然して苦労しておらず、書類仕事は補助用の疑似知性を渡して丸投げできる状態に整えているとのことで、オーバーワークにはなっていないので容認したが。


 だが、やはり私の側を離れる時間は多少増えているので、そろそろ副侍従長なりを選抜したらどうだろうかと思わないでもない。


〔どうぞ!〕


「ん、大義である」


 携帯灰皿をすっと差し出してくれたので、灰を落としてもう一服。因みに、他の人類にも効能のある煙草を作って勧めてみたことはあるのだが、全種族から「けむい」とか「いがいがする」といって一口で返品されたので、この惑星上の喫煙者は推定私一人だ。解せぬ。


〔もう! せめてだれかつれてってくださいよ!〕


「皆、忙しいんだ。煙草一服つけたいからと、人手をゾロゾロ連れて行くわけにもいかんよ」


 足をパタパタ動かして、ちょっとした憤りの感情パターンを示す彼に翻訳ソフトで答えつつ、私は煙をもう一つ。


 前文明のお偉いサンじゃないんだから。便所や煙草の度にお連れをゾロゾロ連れて大名行列なんてやってられん。非効率な。


 第一、私以外の者達は戦闘配置について、最も辛い戦いが始まるまでの焦れるような時間を過ごしているのだから、私も同じ炎に焦がされる義務ってもんがある。


「ああ、早う陽が暮れんものかな」


〔やさしき母の光が恋しいのはわかりますけどー〕


 違うんだ。私も塹壕の中で突撃発起のホイッスルを待って小銃抱えて待っている歩兵と気分は変わらないんだ。というか、基礎教練で暴力とは何たるかを知るために棍棒の時代の殴り合い交流から、胆力を付けるための戦列歩兵体験ツアー、我慢強さを骨身に刻むWWⅠ塹壕体験までシミュレーターで一式熟してるから、歩兵の苦労は一通り味わっているのだ。


 しかし、二千年寝た後に大部隊の指揮官をやらされるとは思ってなかったからなぁ。そこら辺の腹の据え方が未だに分からんのだ。


 だって、私がトチったら数人死ぬどころか、ともすれば数千人、いやヘタすると天蓋聖聖都が大内戦になってもっと死ぬんだぞ? たかが機動兵器一個中隊、増強されても三十二人の命を背負うのでひいこら言って、大事な決断は大隊長にブン投げられてた人間が一年かそこらで肝が据わるわけねーべ。


 こちとらしょせん、一個の戦術単位。乾坤一擲の作戦に参加したことはあるが、私一人が大転けしただけで、こんだけ人死にが発生する可能性なんて味わったことなんだよ。


 ああ、早く戦争になぁーれ…………。




【惑星探査補記】塹壕・道路敷設車両。大型のコンバインめいた外見をした車両であるが、底部の敷設機構が地面に食い込み、ローラー表面の極小機械群を浸透させた材質を地面に塗り込めて進路を一瞬で道路や塹壕に造り替える工兵設備車両。いわゆる移動型の平面立体プリンターである。


 仮設道路は補給デポを稼働させるため何ヶ月か使えれば良いだろうの設計がなされているため、都市計画道路の建造には適さない。それでも一時間で15kmもの戦車が快速で走れる道路を建設することができる、後方と前線の距離を一気に縮める怖ろしき兵站兵器である。

Comments

この石橋を叩きすぎて肩透かしする感覚、戦略シミュレーションあるあるだなぁ

wetty

まあ起きてから今までさんざん悪い方を引き当てて来たからね。 疑心暗鬼になるのもしょうがないね。 幾度となく天井まで回してきたソシャゲで、無料石(あるいは無料チケット)一回でピックアップを一発ツモしてしまうと逆に不安になる感じかな?

mayuhare


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