化ける鬼(2):交わる運命
Added 2023-09-10 01:17:54 +0000 UTC連作を書くなら、一週間に一度は書きたい。そんな気分の罰印です。 2話になります、よろしくお願いします。 ―――――――――― 白銀悠里から、記憶も含めて全てを奪い、俺は彼女の立ち位置に収まった。 それは彼女の生活から人間関係、何から何までだ。 それはとても新鮮で、そして嬉しい出来事だった。 俺が「白銀悠里」という少女そのものになり、演じている…、いや、生きることになり、俺は人間に近付く事ができた。 人間を知るために次に必要なのは、人間の友人か。 悠里としての友人は多いが、俺から見れば「記憶の中でそうしていただけの相手」にすぎない。悠里の友人は、「俺の友人」ではないからだ。 「ねぇ悠里、本当に大丈夫だったの?」 「大丈夫だよ。なんか記憶喪失だったらしいけど、むしろ私、何か変なことしてなかった?」 「大丈夫大丈夫、悠里は変なことしてなかったから」 と、悠里の友人筆頭である「野村あかり」と、学校でお昼ご飯を食べている時。 記憶を取り戻し、元に戻ったフリをして学校に通っている俺は、その新鮮さを味わっている。 人間としての生活、学生としての日常、知る事のなかった知識に、何も知らない人間たちとの交流。 その全てが、野山に生きていた鬼としての俺から見れば素晴らしく、人間はこんな生活をしているのかと思い至る。 「それにしても…」 「なぁに、あかり?」 ふと、おかずである唐揚げを口に運びながら、あかりの言葉を聞く。 「…なんかお弁当、随分茶色くなってない?」 「そうかなぁ?」 …茶色いか? 俺が悠里になってから、お弁当に感じていた物足りなさを母親に告げただけなんだが。 野菜を摂ったりしているのは体にいいのかもしれないが、俺としては肉が無いと物足りない感覚がある。だからお弁当に、肉類を入れてもらうよう頼んだ結果なのだが。 確かに彩り的には茶色が多いが、俺としてはこの方が好みだ。それに適当な理由付けなら、悠里の記憶も使って考えてある。 「この前山に行った時、なんだか体力ないなって思っちゃってさ。お肉食べて運動して、体力をつけなきゃって思って」 「そうなんだ、その方が良いかもね」 「見てて、このプロポーションを維持したまま、しっかり体作ってみせるんだから」 恐らく、生前の白銀悠里が言いそうにない事を言うが、まぁ良いだろう。事故に遭って考えを改めた、とか理由を付ければ、周囲も納得するはずだ。 そんな事を野村あかりと喋りながら、昼休みを終えていく。 午後の授業も、記憶を使って知識を積み重ね、勉強を行っていく。 ただ、厄介だなと思ったのは保健体育だ。 鬼の俺からすれば、身体能力は人間のそれより遥かに上だ。学年で一番の身体能力を持つ、空手部の井上と戦ったとしても、圧倒することはできるだろう。むしろ手加減をしなければ殺しかねない。 確かに俺は白銀悠里に変化しているが、元は俺なのだ。身体能力は鬼のままだし、人間のふりをする際に目立たないようにしなければいけない。 そこが少しだけ悩んだところであるが、逆に言えばそこを抜いてしまえば、俺は確かに彼女の人生を楽しんでいた。 * * * 「さて」 白銀悠里として生活するにあたり、俺は彼女の一日に新たな習慣をつける事にした。 それは「走る」という事だ。体力をつけるという建前を用意した都合、鬼の身体能力を隠さなければいけないという都合、そして思うように体を動かせないという3つの理由を一気に解消できるのが、これだった。 人間社会は楽しい反面、理由をつけなければ動けない。意外と息苦しいなと思いながらも、俺は走る事にする。 専用の服に着替え、運動靴を履き、準備運動をし、とんとんと軽く跳ねてみる。下着を運動用の物に変えずに走ってみたら、胸が思ったより揺れて痛かったので、下着も変えてみた。普通のブラより締め付ける感覚が強くなって、動いてもあまり揺れず、これならいいなと考える。 「この辺りは男の肉体の方が動きやすいな」 いっそ、運動の際は変化を解いて鬼の姿になろうかと思ったが、流石に人間社会のど真ん中で変化を解くのは躊躇われる。白銀悠里として運動した方が、対外的にも良いだろう。 「さて…、では…」 俺は軽く構え、そしてゆっくりと走り出していく。 硬く舗装された大地を蹴り、足の裏で地面を掴み、一歩一歩踏みしめるように走っていく。 (うーん…) 改めて思うが、人間の走力は「遅い」。人間のふりをして走っていても、遅いなと思う事ばかりである。 全身これ「白銀悠里」の肉体に変化しているが、この時ばかりは少し変化の度合いを変えても良いのかもしれない。 「やはり筋肉が足りないな…」 成ってみて分かったが、女の体は筋肉が少ない。胸もお尻もふとももも、脂肪で丸くなっている。 だから身体能力は男より弱く、かよわい。 だが今の俺ならば。 ぐぐぐぐ…、ミチ…、ミチ…! 化身の術を応用した変化能力で、肉体の脂肪と筋肉の割合を変化させていく。 女としての魅力を削ぎ落とさないままに、鬼としての筋肉を戻していく。 次第に俺の走る速度が上がっていく。少女としてのゆっくりした速度から、鬼としての速度に変わっていく。 人目につかない方向に向かって風を切り、街のはずれにある自然公園に向かう。 「はは…! いい、やはりこれだ…! 人間としての生活も楽しいが、幾分窮屈だからな…!」 笑い声を残して駆け、自然公園の森、その一番高い木の枝に乗り、軽く伸びをする。 「はぁ…、やはりここはいいな…。悠里としてもこの公園は好きだったが、前とは違う意味でここを好きになりそうだよ」 一番高い樹の上で、風に銀の髪が揺れる。この瞬間、俺は「白銀悠里の肉体になった鬼である」ことを認識し、笑いたくなる。 だが笑い声を聞かれてしまえば、どんな噂になるか分からない。少しばかり控えておく必要があるだろう。 そのまま自然公園の森の中を、縦横無尽に駆け巡る。 そして時折森から出て、自然公園の中を人間としての速度で走る。「ここで走ってる」という言い訳を作るために。 やがて日が沈みはじめ、そろそろ帰ろうかと思い始めた頃だ。 「…ん?」 そんな時、公園の遊歩道を歩く制服の少女を見かけた。 しかもアレは俺が悠里として通う高校の制服ではないか。そして少女が向かう道の先からは、複数人…、5人ほどの男たちが見える。 「…ふむ」 俺は少しばかり考えながら、遊歩道に下りて走るフリをし、制服の少女を追う事にした。 * * * 「お嬢ちゃん、こんな時間に1人でどうしたんだい?」 「日も落ちてきてるし、このままじゃ大変だよ~? 送っていってあげようか?」 男たち数人は、ニヤニヤと笑いながら制服姿の少女を囲むように歩いてくる。 少女はそんな男たちを見上げながら、おびえた様子で後ずさりしている。 男たちはいずれも大学生ほどだろうか。みな一様に私服で、しかもそれを着崩している。お世辞にも「いい空いて」と言えそうにないというのが、悠里の知識から得た答えだ。 「え、その、大丈夫、ですから…」 そこそこの長さの髪の毛をお団子状に丸めた少女は、男たちに遠慮して、あるいは恐怖して離れようとしていくが、男たちの方が多い。あっという間に逃げ場を塞がれてしまう。 「いやいや、そういう訳にもいかないでしょ~」 「そうそう、夜道は危ないからねぇ?」 そう言いながらも、下卑た笑いを浮かべている男たちを見て、俺は呆れる。 (理解してはいたが、あのような連中がいるのがな。人間は増長しているな) あんな輩連中には関わらないのが一番なのだが、あの少女を見捨てるというのも寝覚めは悪い。 可能であればあんな連中、蹴散らしてしまう方が容易い。だがそれを行うと確実に面倒くさい状況になるのは目に見えている。 だからこそ、俺は連中と少女に走って近づきながら、口で小さく呪文を紡ぐ。 『雷よ』 指を鳴らし、鬼の術で小さな雷を発して、目の前で背を向けている男に放つ。直接ぶつけても構わないのだが、それより痛い目を見せてやらねばなるまい。 だからこそ、背を向けている男が後ろのポケットに入れているスマートフォンに向けて放つ。 光の速さで迫った雷は男のズボンに着弾すると、小さく爆発を起こした。 「いぎゃっ!?」 「なんだ、どうしたコウくん?」 「いや、なんかいきなり痛みがして…、へっ?」 もちろん、それだけではない。爆発を起こしたスマホはそのまま火を発し、男のズボンを燃やしている。 「やべぇ、燃えてるじゃん!」 「み、水持ってこい!」 「持って来いったってどこから!」 もはや男たちは、目の前の少女など気にも留める事なく、服が燃え始めた男の心配をしている。 そして俺は気にせず、そのまま連中の横を走って行く瞬間、 「そこの子、行こう?」 と、少女の手を取って走って行く。 「ふぇ、えっ、ちょっ?」 少女は当然ながら困惑しつつ、俺に手を引かれるままに走って、その場から去って行く。 連中がどうなったのかは知らないが、複数人で少女に声を掛けようという軟弱な者だ、どうなろうと気にすることはない。むしろ去り際にもう少し雷を放って、他の連中のスマホも爆発させてやった。 * * * 少女の手を取って走り、少しばかり男たちから距離を取る。少女の息が切れ始めてきた時、そろそろ良いだろうと思いながら手を離した。 肩で息を切らせている少女を見て、俺は改めてその少女を見る。 身長は160cm無い程でだろうか。髪は長めで、お団子状に纏められている。瞳はやや垂れ気味の気弱そうな印象をし、事実気が弱いのだろう。身長よりどこか小柄そうな雰囲気を漂わせている。鞄を重そうに地面に降ろしながら、はぁはぁと息を切らせて顔を上げようとしない。 軟弱だな、と思う。鬼ならばこの程度ひと飛びに近いというのに、人間はこんなことも出来ないのかと考えてしまう。 しかし、このまま何も言わずに見続けているのも不自然だな。声を掛けてみよう。 「あの、大丈夫だった? 結構長く手を引っ張っちゃったけど、痛くなかった?」 「う、うん…、だいじょうぶ…。突然のことだったから、驚いちゃって…」 少しずつ息を整えながら喋る少女は、まだ辛そうだ。仕方あるまい、人間はこういう存在なのだ。身体能力は鬼にかなうわけもない。 だが、例えば「白銀悠里」ならどうするか。それを考えて俺は周囲を見回すと、ちょうど良く自動販売機があった。適当に水を買って、疲れてる少女に渡す。 「あ、ありがとう…」 少女はそう言いながら水を受け取り、ゆっくりと飲んでいく。なるほど、どうやら俺の行動は正しかったようだな。 そんなことを考えていると、少女は大きく息を吐いて、ようやく肩での荒い呼吸を止めた。 「…その、ありがとうございます。助けてもらって」 「気にする事ないよ。遠くから、なんか困ってる風に見えてたから、ちょっとしたお節介なだけだよ」 「それでも、ありがとう。あのままじゃ、私、何されてたか…」 まぁ、あのままだといいように弄ばれて終わりだったろうな。男連中はそこに良心の呵責など感じず、また同じことを繰り返すだろう。 「大丈夫だよ、何もされてなかったんだから、それは何も無かったのと同じ。…だけど、どうして自然公園を通ってたの?」 「あ、その、私、家が公園の向こう側なんです…。だからいつも公園を通って帰るんですけど…」 「あんな人達は初めてだったって事?」 「はい…」 なるほど。運が悪かったとしか言いようがない。 となると俺は、彼女の家とは反対側に引っ張ってきたわけか。帰すにはまた自然公園を通らねばならず…、まぁ、男たちがいるだろうな。 「…よし、君が家に帰るまで、私が一緒に付いてってあげるよ!」 「え、その、悪いですよ…! いきなり、何も知らない人相手に送ってもらうなんて…」 「いいのいいの。このままあなた一人を送るより、2人でいた方がきっといいと思うからさ」 少女が慌てて遠慮するが、俺は「白銀悠里ならこうする」という意識の元に、一緒に行く事を名乗り出た。 少し気弱な少女は考える素振りを見せ、そして俺に告げる。 「…その、ご迷惑でなければ、いいですか? やっぱり、1人はちょっと怖くて…」 「勿論!」 安心させるように、にっこり笑って俺は応えた。…こういう時は、悠里の肉体で助かったと思う。鬼としての姿で笑えば、少女は恐怖のあまり逃げてしまいかねないだろう。 人間に化けた事が、こんな形で役に立つとは思わなかった。 「それじゃ、一緒に行こうか。私は白銀悠里」 「私、桜井ひなこです。よろしくお願いします、白銀さん」 手を差し伸べて、ひなことやらの手を取り、立ち上がらせる。 そのまま俺達は自然公園に再び入り、少し大きな道から外れた通りを使って、自然公園の反対側に出た。幸いというのか、男達の気配はなく、ひなこは少しだけ恐怖に身を震わせながらも、何事もなく公演を出れた事に安堵をしているようだった。 そのまま自然公園を出て、俺はついでと言わんばかりに、ひなこの家の前まで送り届ける事にしたのだ。放置するのも少し寝覚めが悪い、という感覚があった。 「その、ありがとうございました、白銀さん」 「いいんだよ、桜井さん。…これからは、私が送っていこうか?」 「大丈夫です。今日は自転車を修理に出してたので、徒歩だっただけですから…」 「そっか。でも何かあった時は、遠慮なく頼ってね。私、桜井さんともっと仲良くなりたいからさ」 「…ありがとう、ございます、白銀さん」 これは本音だ。少々「俺が化けた悠里としての友人が欲しい」という欲望が混じっているが、紛れもない本音である。 男の友人を作るのは、この肉体から見れば少々不自然だ。やはり作るなら女の友人がいい。隣に侍らせれば気分がいいし、なによりひなこは俺の目から見てもかわいい。そんな少女と友達になれれば、新しい生活にも花が添えられるというものだ。 俺は握手の為に手を差し伸べると、ひなこはおずおずと手を取り、握手してくれた。 「はい…、よろしくお願いします、白銀さん」 笑顔で答えてくれたひなこと、俺は「友達」の一歩を踏み出し始めたのだ。 * * * 「やっと見つけたぞ!」 ひなこを送り届け、悠々と帰途についている最中。自然公園の大通りにて、俺は声をかけられた。 何だと思い振り返ってみれば、服に焦げ跡を付けた複数の男たちがこちらを見ている。 「俺達が見つけた子を連れていきやがって…!」 「おかげで今日のお楽しみが無くなっちまったじゃねぇか!」 お前等の楽しみなど知った事ではないがな。どうやら火は消し止めたらしいが、服が焦げているしズボンに穴も開いている。正直見れたものではないぞ。 それに、 「それが?」 恐れる理由など何もない俺としては、鼻にもかけない様子で背を向ける。 それが怒りに触れたのだろうか、男達の内一人が、叫ぶ。 「ふざけてんじゃねぇ!!」 怒りのまま俺に殴りかかってきたので、俺は振り返り、男の拳を掴む。 「な…っ!?」 男は驚き、後退ろうとするが、少女である俺に捕まれた拳はぴくりとも動かない。 「…まったく。少しいい気分になれたと思ったら、すぐに気分を害しに来て…。そもそも誰も見つけられない時点で素直に帰ればよかったのにな」 白銀悠里としての仮面を剥がして、素の調子で喋る。驚いた様子の男達だが、それを気にする必要はない。 俺は殴りかかってきた男の手を放り投げて離し、服を脱いだうえで変化を解いていく。 少女としての肉体から、鬼としての物に体が戻っていく。全身に力が満ち、額の角が存在を示すように隆々とそそり立つ。今までの窮屈な感覚からの開放感が心地よい。 その光景を見せられている男たちは驚き、口を開いて呆け、中には恐怖のあまり腰が抜けた存在もいた。 「俺の邪魔をしたのだから、相応の報いは受けてもらうぞ。…何、命までは取らんとも。人間に見つかる訳にはいかないんでね」 牙を見せつけるように“にぃ”と笑い、俺は男たちに襲い掛かった。
Comments
難病の事情で、月ごとの支援になりますが 次回楽しみにしています
hiji
2023-10-11 08:40:32 +0000 UTCいいじゃないですか! 個人的には、少女モードでのキリングモードも見たかったですね
hiji
2023-10-11 08:39:42 +0000 UTCお疲れ様でした、更新を続けてください!
Norain
2023-09-20 12:18:46 +0000 UTC