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氏裸 from fanbox
氏裸

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【小説】思考転送実験

「……っ、うっ……いたた……。……あれ? ここは、いったい……?」


頭がズキズキと痛むのを感じながら、わたしは目を覚ました。

わたし、何をしてたんだっけ……。

目をパチパチと瞬きさせながら周りを見回してみると、パソコンとモニターが大量に並んでいる。

学校のコンピュータールームにあるものよりもずっと大きいパソコンが何台も並んでいて、まるで何かの研究室かのようだった。


「……なんなの、ここ……って、っ!?」


そこでわたしは自分が拘束されていることに気づいた。

金属製の無機質な台の上に寝かされたままガッチリと固定されており、わたしは立ち上がるどころか、身動きひとつ取ることができない。


「な、なにこれっ……だ、だれか! 助けてっ!」


わたしは助けを求めて大声をあげる。

すると、奥の方から誰かの声が返ってきた。


「あー、もう起きちゃったんですかー? 寝てる間に準備済ませよーって思ってたんですけど」


声の方に目を向けると、若い男性がのっそりと立ち上がり、こちらに近寄ってきた。

薄汚れたシワシワの白衣を羽織っており、ボサボサの髪の毛と合わせてあまり清潔感を感じさせない外見だった。

漫画に出てくるマッドサイエンティストといったような雰囲気のその男性は、わたしのことを見下ろすと薄気味悪い笑みを浮かべてきた。

わたしは鳥肌が立つのを感じながら思わず声を上げる。


「あ、あなた誰ですか!? ここはどこなんですか!? なんでわたしはここに……」

「まーまー、落ち着いてくださいよー。そんな慌てたところでいいことなんてないですよ、常葉澪ちゃん」

「っ!? わ、わたしのこと、知ってるんですか!?」


白衣の男性が名前を呼んできたことにわたしは驚く。

落ち着くように言われても、こんな状況ではとても落ち着いてなんかいられなかった。


「もちろん、よーく知ってますよー。常葉澪。公立中学に通う中学三年生。身長は152センチ、体重は44キロ。家族構成は高校生のお姉さんと両親の四人暮らし。学校では吹奏楽部に所属。担当楽器はホルン。性格は真面目で成績も優秀なため周りからの評価は高い。得意科目は数学で苦手な教科は特になし。同じクラスの男子達が苦手で軽度の男性恐怖症。好きな食べ物はイチゴのショートケーキ。スリーサイズは上から……」

「や、やめてください! ……そ、そんなにわたしのことを調べて……な、何をするつもりですか……?」


体が勝手に震え始める。

目の前にいる、この得体の知れない男性が怖い。

こんなところに連れてこられて、体を拘束されて、何をされるのか想像するだけで目に涙が浮かんでくる。


「そんな怖がらないでくださいよー。まだ何もしてないじゃないですかー」

「で、でも……これから酷いことするんでしょ……? 体を触ったりとか……」

「いやいや、別に君自身のことはどーでもいいんですよ。僕はただ君を実験に使いたいだけなんで」

「じ、実験……?」


白衣の男性の口から出てきた言葉に困惑する。

そういえば、ここは研究室のような場所だった。

というか実験に使うって、そんな物を扱うみたいな言い方……。


「そ、実験。新しい実験のために素体が必要だったんでー、君を連れてきたんですよ。それだけなんで、君に酷いことしたいとかそーいうのないですよ」

「そ、素体……? なんですか、それ……わたしじゃなきゃいけなかったんですか……?」

「いや、そんなことはないですよー。別に誰でもよかったんですけど、たまたま君が目に入ったんで。あー、あの子でいっかー、みたいな感じで計画を建てたわけです」


白衣の男性の適当な発言に目が丸くなる。

誰でもよかった?

たまたま目に入った?

それだけの理由でわたしはここに連れてこられたの?


「な、なんですか、それ……わたしじゃなくてもよかったのに……それなのに、わたしを連れてきたんですか……?」

「もしかして、自分が特別に選ばれて連れてこられたとか思ってたんですかー? 最近の中学生は自意識過剰ですねー」

「ふ、ふざけないでください! これを外して、すぐに帰してください!」


わたしが大声で怒鳴っても、白衣の男性は全く動じない。

変わらず薄気味悪い笑みを浮かべたままこちらを見下ろしている。


「実験が終わったら帰してあげますよー。だから、ちょっと静かにしててくださいねー」


そう言うと、白衣の男性は注射器のようなものを取り出しこちらに見せつけてきた。

わたしは思わず息を呑む。


「な、なんですかそれ!? やめてください!」

「落ち着いてくださいってば。ただの麻酔ですよ。実験の準備は君が寝てる間に済ませちゃうんで安心してくださいねー」


そのまま白衣の男性が注射器をわたしの腕に当てる。


「いや、いやだっ、だれかっ! お姉ちゃんっ! お母さんっ! 助けてっ!」

「暴れたら危ないですよーっと、はい」

「ああ、いやっ……そんな……」


わたしは注射器を刺されてしまい、点滴のようなものに繋がれて何か液体を投与されてしまった。

だんだんと意識が朦朧としてくる。

わたし、どうなっちゃうの……?


「とりあえず最初の実験で君にはこれになってもらおうと思ってるんですよー。わざわざこの実験のために倉庫から引っ張りだして──」


白衣の男性が傍らにある何かを指して説明を始めたけれど、何を言っているのかよくわからない。

わたしは強い恐怖心と不安な気持ちを抱えたままゆっくりと微睡みに落ちていった。




────────




……意識は戻った、と思う。

おそらく、さっきの麻酔の効果はもう切れている。

夢の中とは思えないぐらい頭の中がハッキリとしていて、考えることができていることから、きっと間違いない。

けれど、今のわたしの状況は異常だった。

わたしは今、何も感じていない。

視界は何も見えないし、音も完全な無音で何も聞こえない。

それだけではなく、手足などの体の感覚も全くない。

わたしは今、五感を完全に失っていた。

ただ何もない、無の中を漂っているような状態。

暗いだとか、冷たいだとか、そういったことすら全く感じない、完全な無。

もしこの状況がずっと続くなら、いずれわたしは発狂してしまうかもしれない。

すると突然、プツリ、という音が聞こえると同時に視界に光が入ってきた。

目の前には、先ほどいた研究所のような部屋が広がっており、椅子に座ったさっきの白衣の男性がカタカタとキーボードを叩いている。

辺りには、ブーンっ、といった機械の駆動音などの雑音が響いていた。

どうやら、わたしは無の状態を抜け出して、無事に元の世界に戻ってこれたようだった。


「よし、これでどうですかねー。もしもーし、聞こえますかー? 聞こえてたら返事してくださいねー」


椅子に座っていた白衣の男性がこちらを向いて声をかけてくる。

なんだかよくわからないけれど、さっきまでの恐ろしい状況がこの人のせいであることは間違いない。

怒りの感情が込み上げてきたわたしは、大声をあげてこの男性を非難しようとした。


「……ア、アナタッ! イッタイワタシニ何ヲシタンデスカ……ッテ、エッ? ナ、ナニ、コノ声……?」


わたしの口から発せられたのはいつものわたしの声ではなく、機械で合成された電子音のようなものだった。

何これ?

何が起きてるの?

困惑するわたしのことは全く気にも留めず、男性はまたモニターに向かってキーボードを叩き始めた。


「マイク、スピーカー共に良好。データの送受信も問題なく行われているようですねー」

「コ、コレ、何ガ、起キテルンデスカ!? ワ、ワタシ、ドウナッテ……」


わたしはその場から動こうとしたけれど、何故か体がすごく重く感じて、動かすことができない。

すると、立ち上がった白衣の男性がこちらに近寄ってくる。


「一応説明させてもらうと、君は今こういう状態になってるんですよー」


白衣の男性が鏡をこちらに向けてくる。

そこに映っているのは、いつも見慣れているわたしの姿、ではなく。

全身剥き出しになった配線。

金属の細かいパーツから成り立つ無骨な腕と足。

頭の部分に取り付けられた、顔と呼ぶことすらできないカメラとスピーカー。

人のような形をした、無機質なロボットがそこにいた。


「ナ、ナ……ナニ……コレ……」

「それが今の君の姿ですよー。僕がかなり昔に作った二足歩行の人型ロボット、機体番号38番です。ずっと倉庫の中で埃を被っていたんですが、今回の実験で使えそうだったんで引っ張りだしてきました。ボロボロだったんで動くか少し不安だったんですが、問題はなさそうですねー」


わたしは何も言えなくなってしまった。

わたしが、ロボットに?

意味がわからない。

あり得ない。

こんなのは絶対おかしい。


「ドウシテ……ナンデ……」

「まあこれだけじゃ何が起きてるか理解できないですよねー。せっかくなので、ちゃんと説明してあげましょーかねー」


白衣の男性は部屋の奥に向かって歩きながら説明を続ける。


「今回の実験のために君の体を少し改造させてもらいました。と言っても、別に君の体を機械に改造したわけじゃないですよー。君の脳と、そのロボットを接続したんです」


男性が車椅子を押しながら戻ってきた。

車椅子の上には誰かが項垂れながら座っている。

その姿を見て、わたしは驚愕した。

車椅子に座っていたのは、わたしの通っている学校の制服を着た少女だった。


「ソ、ソノ人ハ、モシカシテ……」

「もちろん、澪ちゃんの体ですよー」


虚ろな表情で項垂れる少女。

それは間違いなく、いつも見慣れているわたしの姿だった。

なんで?

どうしてわたしが目の前にいるの?


「君が眠ってもらってる間にこれをつけさせてもらいました」


白衣の男性がわたしの体の髪を上げて後頭部を見せてくる。

そこには何か機械のようなものが埋め込まれていた。


「この機械は君の脳内の電気信号を受け取ると、電波を飛ばしてこちらのパソコンにデータを送信することができるんですよ。言うなれば、思考データの転送ですねー。この転送された思考データを今度はそっちの機体番号38番に転送すると、人間の意思で動くロボット、つまり今の君の状態になるわけです」


そんなこと、あり得るわけが……。

しかし、現に今のわたしはロボットの視点でものを見ている。

わたしの目の前までやってきた白衣の男性がこちらを見上げて薄気味悪い笑みを浮かべている。

このロボットはかなり背が高いようで、白衣の男性のことを見下ろす状態となっていた。


「その38番のカメラに映った映像や、マイクで拾った音などの情報は逆にパソコンを経由して君の脳内へ転送しています。これによって君はものを見て、音を聞くことができているっていうわけです」


すると、白衣の男性がまたパソコンの前に戻り、キーボードを叩き始めた。


「今行動制限を解除しました。これで動けるようになったはずなんで、テキトーに動いてみてください」

「ソ、ソンナコト言ワレテモ……」


わたしはよくわからないまま腕を動かそうと試みる。

すると、ギュイイイーンッ、という大きな音を鳴らしながら、腕が動いた。

足も同様に、激しい駆動音と共に動き始める。

ただ、元の体と比べると格段に動かしづらく、思ったように動けない。


「動作は正常。ちゃんと動けるみたいですねー」

「チャ、チャントッテ……」


こんなの、全然人間の動きじゃない。

腕や足を動かせる範囲にも限りがあり、歩くだけでも四苦八苦だった。

とてもじゃないが、まともに動くことはできそうにない。


「モ、元ニ戻シテクダサイ! コンナ体……」

「戻すだなんて、まだ実験は始まったばかりですよー。さて、ここで一つ気にならないですかー? この澪ちゃんの体が目で見ているもの、君は認識できてないと思いますけど、なんでだと思いますー?」


白衣の男性がこちらに問いかけてくる。

そういえばたしかに……。

わたしが今も自分の脳で考えているのだとしたら、どうしてあの体は動かないの?


「答えは簡単。この機械が君の体と脳の接続を絶っているからですよ。君の脳からの指令は体に行き渡る前に思考データとして転送されてしまい、逆にこの体が各種器官で得ている感覚は脳にフィードバックされる前に感覚データとして転送されてしまうんですよー。今澪ちゃんの体が見たり聞いたりした情報は全て感覚データとしてこのパソコンの中に転送されています」


白衣の男性がパソコンのモニターをこちらに向けてくる。

そこにはカメラの映像のようなものが表示されていて、映っているのは、私の目に映っているはずのロボットの姿だった。


「だからまー、こうやって触っても、38番の機体と繋がっている今の君には感じ取れないわけですねー」


白衣の男性がわたしの顔に手を伸ばし、頬を鷲掴みする。


「ッ! ヤ、ヤメテクダサイッ!」


わたしは思わず白衣の男性を突き飛ばそうと腕を伸ばした。

けれど、白衣の男性に届く前に勝手に腕が止まってしまう。


「おっと、危ないですねー。その機体にはセーフティロックがかかってるんで僕に危害を加えることはできませんよー。残念でしたねー」


腕からギギッと、軋むような音がする。

白衣の男性がわたしの顔を鷲掴みにしている様を、わたしは見ていることしかできない。

わたしの体は顔を掴まれているというのに、何も反応せず無表情のままだった。

こんなの、酷すぎる……。


「次はこの体を動かしていきましょーかね。今澪ちゃんの体は操作系統が全く機能していないので空っぽみたいなってますけど、仮に僕の作ったAIを起動して操作権を与えてみると……」


白衣の男性がまたパソコンを操作し始める。

すると、それまでずっと動かず項垂れたままだったわたしの体がピクッと動いた。

そして、ゆっくりと顔を上げると口を開いた。


「システム、正常動作を確認しました。仮想人格ver1.06起動しました」


わたしの体から、機械のような無機質な声が発せられた。

全く感情が感じられないその声は、まさにロボットといった雰囲気だった。


「さて、マスターコード84V2674GBE53L。君の識別コードを19番に設定します」

「はい。これより素体No.19はマスターの指示に従います」


わたしの体が、白衣の男性に対して返事をする。

わたしの意思に関係なく、勝手に動き喋るその姿にわたしは何も言うことができなかった。


「と、このようにAIのデータを受信させ各神経系に直接電気信号を送ることで、君の脳を介さずに体を動かすことができるようになるわけです。これで君の体、素体番号19番は僕の命令に忠実なロボットと同じ状態になりましたー」

「ナ、ナンテコトヲスルンデスカ!」


わたしは非難の声を上げた。

しかし、白衣の男性はわたしのことは無視してキーボードをカタカタと叩いている。


「とりあえず19番には38番のマスターになってもらいますかね」


白衣の男性がそう言いながら何かを入力し終えると、わたしの体が口を開いた。


「マスターコードU637GO23XL42。識別コードNo.38を設定します」


その言葉を聞いた途端、わたしの口となっているスピーカーから勝手に声が発せられる。


「ハイ、コレヨリ機体No.38ハマスターノ指示ニ従イマス。……ッテ、ナンデスカ、今ノハ……?」

「19番には君のマスターになってもらいました。君はAIではありませんがその38番の機体にはマスター追従機能が付いていますからねー。これで君はもう19番の指示には逆らえませんし、セーフティも働くので危害を加えることもできません」


わたしの体がマスター?

わたしが自分の体を乗っ取っているAIに逆らえなくなったって言うの?

そんな馬鹿なことが。


「試しに指示させてみますかー。……こんな感じでどーでしょー?」


白衣の男性がまたキーボードをカタカタと叩くと、わたしの体が反応する。


「No.38、右手を上げなさい」

「ハイ。……ッテ、エ……!?」


その感情の伴わない自分の声を聞いた瞬間、わたしは勝手に返事をして右手を上げていた。

そのまま、わたしの体は指示を続ける。


「No.38、三回まわってワンと吠えなさい」

「ハイ。……エッ、チョッ、目ガ回ル……ダレカ止メ……ワンッ! ……ウゥ……」


ガシャン、ガシャンと音を立ててわたしはその場で三回まわり、そして吠えた。

カメラがガタガタ揺れて、車酔いにも似た感覚がする。

しかし、不思議と吐き気などの不快感はなかった。


「面白いですねー。38番には音声認識機能はあってもそれを情報として処理するAIがインストールされていませんから、本来であれば命令されても動かない筈なのに、今は君の脳を利用することで情報処理が行われてるんですよー。今の君は38番というハードにインストールされたソフトのようなものですね」

「ソンナ、人ヲモノミタイニ……」


人のことを実験道具にしたばかりか、まるでロボットのパーツ扱いだなんて。

こんなの、許されることじゃない。


「準備もできたことですし、本格的に実験を始めていきましょーか」

「……エ? 準備ッテ……コレハ実験ジャナカッタンデスカ?」

「一応データは取ってますけどねー。でも今回のメインではないです。19番、18番をここまで運んで」

「はい。承知しました」


白衣の男性の命令を受けて、わたしの体が部屋の奥へと進んでいく。

今度は何を始めるつもりなの?

やがて、わたしの体は車椅子を手で押しながら戻ってきた。

車椅子には、男の人が座っている。

年齢は40歳前後と思われる中年男性で、最初のわたしと同様に無表情で項垂れていた。

この人は、いったい……?


「この体は素体番号18番。今回の実験のために用意した素体です。肉体年齢は41歳。無職で親族及び関係者も特になし。元の名前は、えーっと、なんだったっけ……忘れちゃいました。まー、要するに、いなくなったところで誰も気づかないような人間です。公園で一人暇そうにしてたので来てもらいました」


口元に生え散らかされている無精髭や薄汚れた服を見るに、この中年男性はあまり真っ当な生活をしてるようには見えない。

そんな人を連れてきて何をすると言うの……?


「今から君にはこの素体番号18番になってもらいます」

「ッ!?」


白衣の男性の言葉に、わたしは思わずカメラをグインと動かして反応する。

わたしが、この人になる?

こんな、汚らしい男の人に、わたしが?


「それじゃー始めましょうかー」


わたしの内心の動揺になど関心がないのか、白衣の男性はそのままキーボードを叩き始める。


「マ、待ッテクダサイ! ワタシ、イヤデス! コンナ人ニナンテ……」

「はーい、思考転送っと」


わたしが抗議の言葉を言い終える前に、白衣の男性がエンターキーをタンッと叩く。

その瞬間、プツリ、と音を立ててわたしの感覚が消失した。




────────




一瞬の間を置いて、わたしの感覚は戻ってきた。

さっきまでの機械の体とは違って肌の感覚があるから、人間の体であることは間違いない。

けれど、明確に感じるいつもの体との違和感。

わたしは自分の手を見た。

ガサガサの肌に、毛の生えた太い指。

とても自分のものとは思えないそのゴツゴツとした汚い手が、今のわたしの手だった。


「そ、そんな……まさか……」


自分の喉から出る野太いガラガラ声を聞いて、わたしは絶望感に包まれる。


「転送完了。19番の脳の思考データは無事18番に送られていますねー」

「い、いやあああああぁぁ!!」


絶叫が辺りに響き渡る。

女子中学生のものではない、中年男性の悲鳴。

叫んだわたし自身、それが自分のものだと認識するのに少し時間がかかった。


「どうして、こんな……」


わたしは白衣の男性を睨みつける。

しかし、白衣の男性はそんなのどこ吹く風といった様子でこちらを見ながら薄気味悪い笑みを浮かべている。


「だから実験だって言ってるじゃないですかー。その素体と思考データが必要だったんですよ」

「何が実験ですか! わたしは何も協力しませんよ!」

「構いませんよー。こっちで勝手にやるので」


白衣の男性がまた何か入力し始めた。

すると、ずっと黙ったまま立っていた元のわたしの体が反応する。


「No.38、立ち上がりなさい」

「はい。……っ!? な、なんでわたし、立ち上がって……!?」


何故かわたしは声に反応して立ち上がっていた。

どうして?

さっきの機械の体のときと同じように、わたしは自分の体の命令に従ってしまった。

今のわたしは人間の体になっているはず。

機械の命令に従う理由なんてないのに……。


「君の脳の思考データは38番の機体を経由して18番の肉体に送られています。つまり、19番のマスター権限はまだ生きてるっていうわけです。送受信のラグが多くなってるので少し体が動かしづらいかもしれませんが、まー、問題はないでしょー」

「そ、そんな……」


そういえば、さっきから微妙に体の動きが鈍いような感じがする。

自分の体ではないからだと思っていたけれど、動こうという意思がわたしの脳からデータとして飛ばされてから、中継点をいくつか通ってこの体に受信されるまでの時間を考えれば無理もない。


「No.38、服を脱ぎなさい」

「はい。……っ!? なっ、えっ!? いきなり何を……やだ、手が、勝手にっ……!」


突然の命令に驚く間もなく、わたしは自分の着ている薄汚れた衣類を脱ぎ始めた。

抵抗しようとしても、勝手に動く手を止めることはできず、ただ身を任せるしかなかった。

上半身に着ていた服を脱ぐと、でっぷりと太った毛だらけのお腹が出てきて、わたしは思わず目を閉じてしまった。

とてもじゃないが、見るに耐えない。

わたしが目を閉じている間も体はどんどん勝手に服を脱ぎ続け、ついには完全に裸になってしまった。


「うぅっ……こんな格好にさせて、どうするつもりですか……って、え、ええっ!?」


わたしは前を見て驚愕した。

目の前にいた私の元の体も、全裸になっていたのだ。


「きゃあああっ! な、なんで裸になってるんですか!? ちゃんと服着てください!」


わたしは抗議の声を上げたけれど、わたしの体は何も感じていないかのように無表情で立ち尽くしている。

今のわたしの体とは全然違う、傷一つない綺麗な体が一切服を纏わずにそこにいた。

気づくと顔が真っ赤になっており、わたしは今にもおかしくなりそうだった。


「どーですか? 素体番号19番の体は。見て何か感じますか?」

「恥ずかしいに決まってるじゃないですかっ! わたしの体ですよ!? というか、こっち見ないでくださいっ!」

「はいはい、見ませんよー。……ふーむ、性的興奮は特になし。まー、そうでしょーねー」


白衣の男性が何かブツブツと言っているけれど聞いている余裕がない。

こんな、お互いに裸になることになんの意味があるというんだろうか。


「No.38、その場に寝そべりなさい」

「はい。……こ、今度はなんですか……?」


感情の伴わないわたしの声を聞き、わたしはその場に寝転んだ。

床が冷たくて思わず飛び上がりそうになってしまったけれど、命令に逆らえないわたしは床から体を離すことすらできない。


「No.38、足を開きなさい」

「はい。……えっ、ちょっと待って、まさか……」


わたしは床に寝転んだまま、足を開く。

足で隠れていた股の間が、空気に晒されピクリと震える。

ずっと意識しないようにしていたそこを、わたしの体がじっと見つめていた。

やめて、そこは……

わたしの体が、屈み込んでわたしの股の間に手を伸ばす。


「これより、手淫を開始します」

「っ! ダメっ! そこは触っちゃっ……っ!?」


ひんやりとした冷たい手が、わたしのそれに触れる。

今まで感じたことのなかった感覚。

股の間にぶら下がったそれの感覚を、わたしははっきりと感じていた。


「いやぁ……どうして、わたしにこんなのが……」


わたしはついにそれを目に入れた。

股の間から生えている、男性の象徴、男性器を。

幼い頃に見たことがあるお父さんのものとも違う、汚らしくてグロテスクなそれがわたしから生えている。

そして、そんなものにわたしの手が触れている。

生理的な嫌悪感でいっぱいになり、わたしはもう卒倒しそうだった。


「そんなところ触らないで……って、っ!? ちょっ、えっ、なに、これ……!?」


わたしの手がそれを両手でクニュクニュと弄ると、嫌悪感しかなかったはずの股間からの感覚が、少しずつ変わり始める。

むずむずとしたもどかしい不思議な感覚がじわじわと股間を中心に広がっていく。


「なんなの、この感じ……。……あそこが、熱くなって……」


初めて感じる不思議な感覚に困惑してしまう。

もっと触ってほしいような、そんな感覚が……。


「ってダメダメっ! そんなこと思っちゃ……って、なにこれっ!?」


わたしの股間は、いつの間にかビンビンに反り勃っていた。

元のふにゃふにゃとした形から変わり、太く長く逞しい形になっており、一層グロテスクさを増している。


「勃起しましたねー。いい調子です。そのまま続けてください」

「はい。手淫を継続します」


わたしの体が、わたしに生えた男性器を手で擦り続ける。

右手で輪を作り竿の部分を擦り上げ、左手の腹で先端の敏感な部分を優しく撫で回す。

内から湧いてくる快感に、わたしは喘ぐ声が抑えられない。


「んっ、くうっ、ダメっこれっ……何か、出そうっ……」


股間に熱いものが込み上げてくる。

おしっこじゃない、何かが溢れ出そうで我慢できない。

もう、ダメっ……!


「んっ、あっあ゛っ、で、でるっ……んっぐうぅぅっ!!!」


わたしが野太い声で強く喘いだ瞬間、股間の性器の先から、ビュッビュッと何かが飛び出た。

それに合わせて、一際強い快感が電流のように脳に迸る。

頭が真っ白になりそうなその感覚に、わたしは何も言えずただ体を震わせるばかりだった。


「射精を確認。手淫完了しました。」

「はい、お疲れ様でーす。……ふむふむ、なるほど。19番の脳からテストステロンとドーパミンの分泌を多数確認。面白いですねー」


白衣の男性が薄気味悪い笑みを浮かべながらこちらを見下ろしている。

その顔を見て、わたしの頭は急激に冷静になっていった。


「はぁ、はぁ……こんなこと、させて……なんなんですか……」


わたしは息を整えながら、白衣の男性に恨めしげに声をかけた。

白衣の男性はモニターを指さしながら答えてくる。


「今の射精時の脳のデータを見てください。ドーパミンというのは興奮作用のある神経伝達物質で、これはテストステロンによって分泌量が増します。このテストステロンは男性ホルモンで、今の射精によって多量の分泌が確認されました」

「……男性、ホルモン……?」

「はい。通常女性に確認される量の約10倍の男性ホルモンが君の脳で分泌されています。これは電気信号の受信によって女性であるはずの19番の脳が自分のことを男性だと錯覚したことを意味しているんですよ。つまり、君の脳は今ほとんど男性と同じというわけですねー」


わたしが、男性と同じ?

額に冷や汗が伝うのを感じる。

そんな、馬鹿なことあるはずない。

わたしは無理やり男性の体にされているだけで、本当は普通の女子中学生なんだ。

頭の中が男性になるなんて、そんなことがあるわけが……。


「実験を続けましょーかねー」


わたしの動揺をよそに、白衣の男性がキーボードを叩く。

すると、わたしの元の体がまた反応を始める。


「これより、口淫を開始します」


わたしの体はそう宣言した瞬間、口を開いてわたしの股間に吸いついてきた。


「ひぐっ!? ちょっ、そんな、きたなっ……んぐぅっ!?」


ジュポッジュポッ、と下品な音を鳴らしてわたしの性器に吸いつくわたしの体。

口の中で舌にも舐め回され、萎んでいたわたしの性器はあっという間にまた大きくなってしまった。

このままじゃ、またすぐに出ちゃいそうっ……。


「じゅぷっ、んれろぉ……勃起を確認。口淫を終了します」

「んっ……えっ? やめる……の……?」


また出すまでされるのかと思っていたら、その前にわたしの体は動きを止めた。

ちょっと物足りないような気分になりながらぼーっとしていると、わたしの体がまた口を開く。


「これより、性行為を始めます」

「ッ!?!?」


性行為!?

わたしの体で、この中年男性の体とエッチをするってこと!?

そんなの絶対ダメっ!


「やだっ、やめてっ! 来ないでっ!」

「No.38、暴れないでください」

「はい。……うぅっ……!」


動きを止められ逃げることができないわたしの上に、わたしの元の体が跨ってくる。

そして、天に向けて反り勃つわたしの股間の性器の上に、自分の性器を合わせてきた。


「いやだいやだっ、こんなのっ、その体、初めてなのにっ……いやっ、いやああああっ! ああっ……」


ズブリ、という感触と共にわたしの性器が何かを貫く。

瞬間、敏感になっている性器が暖かく圧迫感のあるものに包まれ、強い刺激が全身を駆け抜ける。

頭が痺れるような激しい快感に、わたしは思わず喘いでしまう。


「ぐうっ、ああ゛っ……んんっ、こんな、すごっ……んくうっ……」


わたしがガラガラとした汚い声で喘いでいると、上に乗るわたしの体が腰を上下に動かし始める。

その搾り上げるような動きにわたしは更に悶える。


「んがぁっ、はあっ、それ、っ、んんっ、やだぁっ!」

「……っ…………ふっ………ん…………」


腰を動かしている間もわたしの体はずっと無表情だった。

その機械のように無心な動きは、わたしの性器に強い快感を与えてくる。

さっき手や口でされたのとは全然違う、性器全体を包まれるその感覚に、わたしは興奮を抑えられない。


「ぐっ、んうぅっ、はあっ、はあっ、ダメっ、また、出ちゃうっ……中に、出しちゃうっ……」

「……ふぅっ…………ぁっ…………はぁっ……」


頭が沸騰しそうなほど熱くなり、もう何も考えられない。

脳内を支配するのは、このまま出したいという強い暴力的な欲求だけだった。

もうダメっ、限界……!


「はあっ、ああ゛っ、ぐうっ、おあ゛ぁっ、でるっ、でちゃっ、あっ、うぐううぅあああぁっ!!!」


ビクビクッと強く震えたわたしは、そのまま性器の先端からそれを放出する。

それを出すことができた快感はさっきの比ではなく、脳が焼き切れるんじゃないかというほどの圧倒的な快感に襲われた。

これぇ、きもちいい……。


「……んっ……射精を、確認。性行為、完了しまっ、した……っ……」


わたしに跨ったわたしの体が、性行為の終了を宣言し、股間から性器を抜いて立ち上がる。

ずっと機械のようだった口調が少し乱れており、息を整えるのに必死になってるように見えた。

と、そこでわたしは気づく。

自分の体を他人のように、ただ犯した相手のように見ていることに。


「わたし……本当に……自分に……」


サーっと冷めていくわたしの頭の中は、同時に深い絶望感に包まれた。

そして、それに追い打ちをかけるように上から声が聞こえてくる。


「いやー、面白いですねー。性行為時の脳の動きは完全に男性のそれと同じでした。素体番号18番の脳として上手く適合できていますよ」


わたしの脳が、男性のものとして適合してるだなんて、そんなの……。

強く否定したいけれど、さっきまで感じていた男性としての快感を忘れることができず、何も言うことができない。


「いい結果も得られたことですし、最終調整に移りますかー」


白衣の男性がそう言うと、プツリ、と音を立てて再びわたしの感覚が消失した。




────────




すぐに感覚が戻ると、最初に感じたのは股間からの強い違和感。

まるで何かが刺さっていたかのようなズキズキとした痛みを感じる。


「い、いたい……なに、これ……って、あれ? この声、わたしの声……?」


わたしは急いで自分の体を見回す。

細い手足、すべすべの肌、艶のある髪。

全て、元のわたしのものだった。


「わたし、元に戻った……?」

「はい。最終調整のために、一旦思考データの転送先をその体に移しました。少し待っててくださいねー」


声の方を向くと、白衣の男性がパソコンに集中して何か作業をしていた。

最終調整って、まだ実験を続けるつもりなの?

わたしの気持ちは一転して暗い方に落ちていく。

けれど、そこでわたしは気づいた。

さっきまでと違って今のわたしは自由に体が動かせる。

今なら、ここから逃げ出せるのではないだろうか。

それに、白衣の男性はさっきわたしの脳から電気信号をパソコンに飛ばすことで意識を他の体に移していると言っていた。

だったらその信号が届かないぐらいパソコンから離れてしまえば、この体から意識を飛ばされる心配もないかもしれない。

幸いにも、白衣の男性は作業の方に集中していて、こちらのことを全く見ていない。

今なら、逃げられる!


「っ!!」


わたしは駆け出した。

裸なのも気にせず、部屋の出口に向けて一直線に走る。


「? あっ、ちょっとー……」


間抜けな声を上げる白衣の男性を無視して、わたしは走り抜けた。

扉を押し開き、部屋の外をそのままの勢いで走る。

右も左もわからない場所だけれど、今はとにかくここから離れないと……!

そう思った瞬間、突然わたしの視界が途絶えた。

視界だけじゃない。

体の感覚が一瞬で消失した。

そんな、もう少しで逃げられそうだったのに、どうして……。

少し経つと、わたしの体に感覚が戻った。

わたしは車椅子に乗せられて、走り抜けた道を運び戻されているところだった。


「余計な手間かけさせないでくださいよー」


後ろから聞こえる声は、やはり白衣の男性。

反応して振り向こうとしたけれど、体が上手く動かせない。

どうやら機能制限をかけられてしまったらしい。


「パソコンから離れれば自由になれると思ったんですかー? 勘違いですよ、それ」

「え……?」


白衣の男性が呟く。

どういうこと……?


「最初に言いましたよねー? この機械が君の体と脳の接続を絶っているって。君の脳は今、物理的に体と接続を絶たれているんですよ、君が寝ている間の施術によって。今は君の脳の思考データをパソコンを経由してその体に再転送しているに過ぎません。パソコンの通信圏外に出れば、当然全ての感覚は遮断されます。つまり、君はもう二度と自力では体を動かすことができないんですよー」

「……そ、そんな……」


そんな、馬鹿なことが……。

言われてみると、さっき走っていたときも、中年男性の体になったときのように微妙に動きにラグがあったような気が……。


「でも安心してください。僕が開発した独自のネットワークによって19番の体がどこにいてもこの研究室のパソコンに思考データを飛ばすことができるようになりますからー」


白衣の男性に車椅子を押され、わたしはまたこの研究室のような部屋に戻されてしまった。


「試験用の無線通信を解除して、専用のネットワークに繋げれば……これでもう君の接続が解除されることはないでしょー」


白衣の男性の言う通りなら、ここでの実験が終わっても、ずっとこのパソコンの存在を意識せざるを得ない人生が待っていることになる。

もしかして、わたしはもう逃げられないの?


「それと、言い忘れてましたけど、ここで予定されていた実験はもう終了してますよ。いやー、お疲れ様でしたー」


終わった、ということはこれで解放される?

でも、わたしはもう元のように自分の体を動かすことはできない。

わたしは、複雑な気分になった。


「あとは君の人格データを再現してAIにインストールすれば素体番号19番を常葉澪として社会に放流できますねー」

「……え?」


な、何を言っているの?

AIでわたしを再現して体を社会に放流?


「そ、そんな、帰してくれるんじゃ……」

「もちろん君のことも返しますよー。その体ではなく18番の体で、ですが」


18番の体?

それってもしかして……。

白衣の男性が見る方に視線を向けると、そこにいるのは全裸になったまま床に横たわっている中年男性の姿。

また、あの体にされる?


「は、話が違うじゃないですか! 実験が終わったらちゃんと帰すって……」

「だから帰しますってばー。体は違いますけど。実際に社会に放流したとき、体同士が離れてもちゃんとデータの送受信が行えるかは試さないといけないので。まー、大丈夫ですよ。君の脳には素体番号18番の脳のバックアップデータをインストールしてあげますから、この研究室を出ても男として普通に生活できるでしょー」

「ッ!?」


男性の脳のデータをインストール!?

そんなことをされたら、わたしは本当に男性になってしまう。


「い、いやだ、やめてくださいっ! そんなのっ……!」

「さっきの実験で女性の脳でも男性の体と接続すれば男性として問題なく機能することが証明されてますから、まー、問題ないでしょー」

「そういう問題じゃないんですっ! わたし、男性になんてなりたくないですっ!」


わたしは大声をあげて白衣の男性に訴えかける。

しかし、白衣の男性は全然まともに取り合わず、カタカタとキーボードを叩き何かを入力している。

そんな、本当にする気なの?


「いやだっ、いやだいやだっ! 男になんてなりたくないぃっ!」

「そーいえば男性恐怖症なんでしたねー。でも、実際に男性になってしまえばそんなの気にならないでしょーから安心してくださいねー」

「やだっ、やだあぁっ! お姉ちゃあんっ! お母さあんっ! だすけでぇっ!」


泣き叫ぶわたしに、白衣の男性の無情な声が届く。


「それでは、18番のバックアップデータ、インストールしましょーか」




────────




「……んあ……?」


俺は目を覚ますと、公園のベンチの上に寝ていた。

口の端から垂れる涎を拭いながら俺は体を起こす。

周りを見渡すと既にすっかり暗くなっており、完全に夜になっていた。


「うー、寒っ……俺、なんでこんなところで寝てんだ? まあいい……家に帰るか」


家と言っても河原に作ったダンボールハウスなのだが。

ろくに金もない俺が住める場所はそこしかない。


「はぁ、どっかに上手い話が転がったりしてねえかなあ…………って、ん?」


俺はふと、目の前に誰かが立っていることに気づいた。

目を凝らしてよく見ると、中学生ぐらいの小柄な少女が、こちらのことをジーッと見つめている。

なんだこいつは。

人のことをジロジロ見やがって。


「おい、嬢ちゃん、何見てんだ? 俺になんか用か?」


少女は俺が声をかけても微動だにせず、真顔でこちらのことを見ている。

少し不気味に思いながらも、俺は立ち上がり少女との距離を詰める。


「おい、なんか用かって聞いてんだよ」


すると、ようやく声が聞こえたのか、少女は俺に向かって口を開いた。


「No.38、定時報告をしなさい」

「はい。身体機能、脳機能、共に異常なし…………って、あ? なんだ、今一瞬意識が……」


目の前の少女の声を聞いた瞬間、急に意識が途切れた。

なんだ、今のは……?


「定時報告完了。素体No.19、人格データNo.19を再起動します…………って、あれ? わたし、何をして……」


少女は急に様子が変わると、困惑したように辺りをキョロキョロし始めた。

なんなんだ、いったい。


「何をして、って聞きてえのはこっちだよ。今俺に何しやがった?」

「ひっ!? ……男の、人……?」


少女はさっきまでの様子とはうって変わって俺に対して怯え始めた。

わけがわからないが、そんな汚いものでも見るみたいな目を向けられるとこちらもムカついてくるというものだ。


「おい、てめぇいい加減にしろよ、ふざけてんのか? あ?」

「いやっ、だ、だれか……助けてっ……」

「ちょっと! 何してるの!」


すると突然、遠くから女の声が聞こえてきた。

声の方を見ると、高校生ぐらいの女がこちらに走ってきているところだった。

女は俺と少女の間に割り込むとこちらを睨みつけてくる。


「私の妹に何か用ですか?」


女はどうやら少女の姉のようだ。

言われてみればどこか似ているような気がする。


「別に用はねえよ。ただ、そっちが先に因縁つけてきたんだよ」


俺は女の後ろに隠れる少女を指さす。


「澪、本当なの?」

「ええっと、わたしも、よくわからなくて……」


少女は女のスカートを掴んで震えていた。

女はこちらに向き直ると俺に向かって頭を下げてくる。


「妹の代わりに私が謝ります。すみませんでした。……さ、もう行こう、澪」

「う、うん。……ごめんね、ありがとうお姉ちゃん……」


俺が反応する間もなく、二人は肩を寄せながら走り去っていった。


「なんだってんだ、全く……まだこっちは許してねえってのによ」


俺は離れていく二人の背中に向かって唾を吐きかける。


「謝るだけで済むなら警察なんていらねえんだよ。……しかしあの二人、顔は悪くなかったな……こんな暗がりで人はいねえし、犯してやればよかったか……?」


追いかけようかと思ったが、そう思ったときにはもう二人は視界から消えていた。

なんだか勿体無いことをしたような気分になりながら、俺もその場を後にした。








「素体番号18番、19番、共に思考データ、感覚データの送受信を継続したまま社会生活に適応中。現在のところ異常なし。このまま観察を続けます、っと……」

Comments

この研究室シリーズとても好きだったので新作読めて最高でした!

ひもひろ


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