【小説】魂の宿る家具
Added 2021-05-27 14:03:41 +0000 UTC「あのう……すみません、ちょっと道をお尋ねしたいんですが……」
「はい? それって俺に言ってるんスか? 悪いんスけど、俺今急いでるんスよねー」
「そ、そうですか……はぁ……」
ふと、後ろの方からそんな会話が聞こえてくる。
気になって振り返ると、若い男性がおばあさんを適当にあしらっているところだった。
男性はそのまま去っていってしまい、その場には困った顔をしているおばあさんが残されていた。
流石にこれは放っておけない。
学校からの帰り道で特に用事もなかったので、わたしはおばあさんに近づいて声をかけた。
「おばあさん、大丈夫ですか?」
「え? ……あ、ちょっと、道をお尋ねしたくて……」
「いいですよ。どこに行きたいんですか?」
「ああ、ありがとうございます。急ぎの用事で銀行を探していたんですが、場所がわからなくて……本当に、本当にありがとうございます」
何度も頭を下げてくるおばあさんを落ち着かせながら、わたしたちは銀行に向かって歩き始めた。
二人連れ立って歩きながらわたしはおばあさんに尋ねる。
「そんなに急いで銀行に何をしに行くんですか?」
「はい、それが……さっき孫から電話で、事故を起こしてしまったという連絡があって……今すぐお金が用意できるなら相手に示談にしてもらえるらしいんですが……もう、慌ててしまって……本当に困っていました……」
ん?
それはなんか怪しくない?
わたしは立ち止まっておばあさんの方を向く。
「あの、おばあさん、その電話の相手は本当にお孫さんだったんですか?」
「え? 多分、孫だったと思います。電話がかかってくることなんて滅多にないので自信はありませんが……」
おばあさんが困惑したような顔で見返してくる。
ますます怪しいし、これは疑ってかかかるべきだろう。
「おばあさん……それ、もしかしたら詐欺かもしれませんよ」
「ええっ!? そ、そんな……」
「とりあえず、一旦交番に行って警察の人に相談しましょう」
「は、はい……」
わたしたちは方向転換をして最寄りの交番を訪ねた。
交番のお巡りさんたちは事情を聞くと、快く相談に応じてくれた。
なんでも、ここのところお年寄りを狙った振り込め詐欺が増加していて、こういった相談が増えているとか。
何はともあれ、おばあさんが騙されずに済んでわたしも一安心だ。
「今日は本当に、なんと御礼を言ったらいいか……」
おばあさんがわたしに深々と頭を下げてくる。
「当たり前のことをしただけですよ。気にしないでください。それに、困ったときはお互い様ですから」
わたしはおばあさんに軽く手を振ってその場を後にした。
困っている人を見たら放っておけないというのはわたしの性分だ。
別にお礼が欲しいわけじゃない。
ただ人助けをするのは気持ちがいいというだけで深い理由も特にない。
でも、こういう小さいことの積み重ねで世の中が少しずつ良くなっていくとわたしは信じているのだ。
「さてと、それじゃあ帰ろうかな」
軽く伸びをしながら家に向かおうとしたそのとき、突然後ろから肩を叩かれた。
「貴女、ちょっといい?」
「はい?」
後ろを振り返ると、そこには奇妙な出立ちの若い女性が立っていた。
長袖もそろそろ暑くなってきたこの季節に、全身を黒いローブに包み頭には大きなツバのついたとんがり帽を被っていて、まるで魔女のコスプレのようだ。
日本人離れした鼻筋や煌めく青い瞳、絹糸のようにサラサラとした白い髪を見るにおそらく外国の人だと思われる。
「さっきまでのことは一部始終見させてもらったわ。貴女、とってもいい人なのね」
「は、はあ……どうも……?」
藪から棒に褒められ、少し戸惑ってしまう。
というか、見かけによらず日本語はペラペラなようだ。
「でも、どうしてあんなことしたの? 別にあのおばあさんは知り合いというわけでもないのでしょう?」
「そうですけど、でも、困っている人を目の前にしたら放っておけないじゃないですか」
「ふうん……それだけの理由で見ず知らずの人を助けて、お礼も貰わずに去ってきたと。……なるほど。貴女、本当に立派な人ね」
女性はわたしの方を見ながら頷いている。
正直なところ、突然話しかけられてこんなことを言われてもわたしとしては困惑してしまう。
いったいなんなのだろうか。
「貴女のその高潔な魂、気に入ったわ」
そう言うと女性は懐から何かを取り出した。
あれは……木でできた、杖?
女性は杖をわたしに向けて振ってくる。
呆気に取られながら見ていると、杖の先端が光り始めた。
「これから私の言うことに従いなさい」
「……はい」
なんだか頭がぼーっとしてきた。
わたし、今何してるんだっけ……。
「貴女、大丈夫? しっかりして」
「っ! ……あ、あれ?」
女性に声をかけられてはっとなる。
なんだか急にうとうとしてしまった。
どうしたんだろう、疲れてるのかな?
「じゃあ、これから私の家に向かうからついてきて」
「はい、わかりました」
わたしは女性と共に歩き始めた。
本当は自分の家に帰ろうとしていたのだけれど、この人の言うことには従うのは“当たり前”のことなので仕方ない。
あれ?
何かおかしいような……。
「貴女、名前はなんて言うの?」
考えている途中で女性が話しかけてきたのでそこで思考を止める。
いけないいけない。
この女性に聞かれたことに答えるのは“当たり前”なのだから、早く答えてあげないと。
「徳森愛です」
「アイね。私はオリーヴよ。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
オリーヴさんがニコッと笑う。
それから、わたしたちは歩きながらとりとめもないことを話し続けた。
家族のこと、学校のこと、小さかった頃の思い出など、わたしにまつわる様々なことを、聞かれるがままにオリーヴさんに話した。
「ふうん、それじゃあいつもああやって人助けをしているのね。偉いわ」
「そんな、わたしは当たり前のことをしているだけで……」
「いいえ、貴女がしているのは人として立派なことよ。本当に清い魂の持ち主なのね。ますます気に入ったわ」
嬉しそうに微笑むオリーヴさんの様子に少しひっかかりを感じながら歩いていると、いつの間にか大きなお屋敷の前に辿り着いていた。
古びた洋館といった趣で、まさに魔女が住んでいそうなお屋敷というイメージだ。
「あれ……? こんなところにお屋敷なんてあったっけ?」
「認識阻害の魔法をかけてあるから普通の人には気づけないようになっているの。面倒ごとに巻き込まれても困るしね。……さ、どうぞ入って」
玄関の大きな扉を開いたオリーヴさんに先導され、お屋敷の中に入る。
すると、メイド服を着た女性たちがずらりと並んでわたしたちを出迎えてきた。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「うん、ただいま」
メイドさんたちは奥に進んでいくオリーヴさんから帽子を受け取りローブを脱がし、と甲斐甲斐しく世話を始め、わたしはその様子をただ立ち尽くして見ていた。
お屋敷の中は古めかしいながらも煌びやかな装飾品に彩られていて、特に正面に見える大きな古時計は相当高級品であるだろうことが窺える。
「お荷物、お預かりしますね」
「っ!? は、はい……」
突然メイドさんの一人に声をかけられ、驚いたわたしは咄嗟に自分の持っていて鞄を差し出してしまった。
渡してしまってよかっただろうかと不安になったけれど、メイドさんはそのままわたしの横について鞄を持ってくれていた。
わたしはメイドさんのことを横目で少し観察する。
年齢はわたしと同じくらいで、優しく微笑むその表情から少なくとも悪い人には見えない。
他のメイドさんたちもみな似たり寄ったりな感じだったけれど、中にはわたしよりももっと小さい少女も混ざっていて、どうしてこんなところでメイドなんかやってるのか不思議でならなかった。
「どうしたの? 早く来て」
奥の部屋へ入ろうとしているオリーヴさんに呼ばれ、慌てて後をついていく。
部屋の中は客間のようになっていて、真ん中にはローテーブルとソファが置かれている。
「どうぞ座って。飲み物は紅茶とコーヒーどちらがいいかしら?」
「あ、すみません、それじゃあ紅茶で……」
わたしはオリーヴさんに言われるままソファに腰をかけるとソワソワとしながら辺りを見回した。
部屋の中にある家具はどれを見ても年代物というか、とても高そうな印象を受けた。
どうにもわたしには場違いな雰囲気がして落ち着かない。
「さて、そろそろ服従の魔法は解いておこうかしら」
オリーヴさんはわたしと対面するようにソファに座ると、懐から取り出した杖をわたしに向かって振ってきた。
その瞬間、わたしの中でずっと蓋をされていた違和感が一気に溢れ出してきた。
「え……? な、なんでわたし、こんなところにいるの……?」
会ったばかりのオリーヴさんに言われるがままにここに来たこと、そしてそれに全く疑問を感じなかったことに、わたしは戸惑いを隠せなかった。
「まあまあ、落ち着いて。まずは紅茶でも飲みましょう」
オリーヴさんはメイドさんが持ってきた紅茶を優雅に飲んでいる。
そもそも、この人は何者なの?
「オリーヴさん、貴女はいったい……」
「大切なことをまだ言ってなかったわね。……私はね、魔法使いなの」
自信たっぷりといった表情でオリーヴさんが告げる。
魔法使いってそんな、おとぎばなしじゃあるまいし……。
わたしが怪訝な顔を向けると、オリーヴさんは
くすくすと笑い始めた。
「ふふっ……信じられない、って顔ね。それじゃあこれならどうかしら」
オリーヴさんがまた杖を振る。
すると、紅茶の隣に置いてあった角砂糖が一人でに持ち上がり、わたしの前に置かれるカップの中へ、一個二個三個と勝手に落ちていった。
わたしは静かに息を呑む。
「これぐらいは魔法を学んでいる人なら誰でもできることだけど、魔法の存在を信じさせるにはちょうどいいんじゃないかしら?」
目の前で起こっている現象にわたしは何も言えなかった。
今なお、角砂糖はちゃぷん、ちゃぷんと音を立ててカップの中へと落ち続けている。
糸で吊るされているとか、磁力で動かしているとか、そういうトリックは一切見られない。
こんなものを見せられたら、魔法というものの存在を信じざるを得なかった。
「おっとっと、やりすぎちゃった。こんなにお砂糖が入っちゃったら甘すぎて飲めないわね。もったいないけどもう下げちゃって」
「かしこまりました」
オリーヴさんに言われてメイドさんがわたしの前に置かれたカップを取り下げる。
結局わたしは一口もつけることはなかった。
「さて、これで信じてもらえたかしら?」
「……一応、信じますけど……その、魔法使いの人が、わたしに何のようがあるんですか?」
わたしはオリーヴさんに尋ねた。
まだ一番大事な話をしていない。
どうしてわたしをここに連れてきたのか、ということを。
「貴女にはね、私のものになってほしいのよ」
オリーヴさんがにっこりと微笑んでくる。
わたしは彼女の周りにいるメイドさんたちに目を配った。
わたしも、あの中の一人にしたいってこと?
会ったばかりの人にいきなりメイドになれだなんて、いくらお人好しと言われることの多いわたしでも流石に御免だ。
「お断りします」
わたしは強くそう答えた。
悪いけれど、もうこれ以上オリーヴさんに付き合う理由もない。
わたしは部屋から出るために立ち上がろうとして……。
「申し訳ないのだけど、貴女には拒否権なんてないのよ」
そこで初めて、自分の身体が動かないことに気づいた。
首から下が固まってしまったように動かなくなっており、部屋から出るどころか立ち上がることすらできそうになかった。
「こ、これっ……どうなって……」
「拘束の魔法をかけさせてもらったわ。せっかくここまで来てもらったんだもの。帰らせるわけにはいかないわ」
オリーヴさんの優しげな目を見て、わたしは背筋が寒くなった。
わたしはこれからどうなってしまうのだろうか。
すぐに思い当たるのは彼女が解いたといった服従の魔法。
またあれを使って、わたしのことをメイドにするつもりなのかもしれない。
わたしはキッ、とオリーヴさんを睨みつけた。
「わたしを、魔法で洗脳して……メイドにするつもりなんですか……!?」
精一杯強がりながらオリーヴさんに迫ると、彼女はキョトンとした表情でこちらを見返してくる。
「え? ……ふふっ、なるほど。確かに私のものになってほしいなんて言ったらそういう勘違いをするわよね。ふふっ……」
オリーヴさんは堪えきれないかのように口元を抑えて笑い始めた。
なに……?
違うって言うの?
「ごめんなさいね、おかしくって、つい……。私が貴女になってほしいのはメイドじゃないわ。家具よ」
「……は?」
わたしはオリーヴさんが何を言っているのか理解できなかった。
家具になってほしい?
意味がわからない。
何かの隠語を指しているのだろうか。
「正確に言うなら、貴方の身体の方はメイドになってもらう予定よ。でもそれは貴方ではないわ。貴方にはこれから私が長く愛用することになる家具になってもらうの」
ますます意味がわからない。
身体はメイドで、わたしは家具?
どういうことなのか皆目見当もつかない。
「何を言っているのかわからないようね。例えば、貴方が今座っているソファだけど、それは元はうちのメイドのヨウコだったの。ヨウコ、来て」
「はい、ご主人様」
すると、さっきわたしの鞄を持ってくれたメイドさんが一歩前に出た。
「ヨウコ、貴女のことをアイに説明してあげて」
「はい。私は元々ソファとして製造されました。人に座ってもらうための存在として。しかし、ご主人様にこの身体をいただいたおかげで、今はメイドのヨウコとして働くことができています」
ヨウコと呼ばれたメイドさんが丁寧な口調で話す。
けれど、言っていることに関しては何一つ理解できなかった。
「うーん、まだわからないみたいね。みんなも彼女に自己紹介してあげて」
オリーヴさんがそう言うと、後ろにいたメイドさんたちが一人一人声を上げ始めた。
「わたしの名前はミホ。元はそこに置いてあるティーポットだったの。よろしくね」
「アタシはナナ。ここにくる前は貴方の前にあるローテーブルだったわ。よろしく」
「私はエリカといいます。この身体になる前は玄関にある置き時計でした。よろしくお願いします」
「はーい、あたしユキ! 元々はスプーンだったけど、今は女の子のメイドさんだよ。よろしくねー!」
わけのわからない自己紹介を聞かされ続け、わたしはただただ困惑してしまう。
この人たちはいったい何を言っているんだろうか。
その後も続いた自己紹介を全員分聞き終えると、やがてオリーヴさんが口を開いた。
「付喪神、って言葉がこの国にはあるそうね。長い年月を経ることで、万物に神が宿るとか。私の国でも似たような話があったけど、実はそれはただの伝承でも迷信でもなくて、事実なの」
オリーヴさんがテーブルを優しく撫でる。
「私、こういったアンティーク家具が好きなのよ。人に長く使われた家具には本当に魂が宿る。そういった家具は何物にも変え難い輝きを持っているわ。でも彼らは口を持たないからコミュニケーションを取ることができないの。それって寂しいと思わない? だから私は彼らに人間の身体を与えることにしたのよ」
「そ、それって……」
ここにいるメイドさんたちは、みんな家具に宿った魂を移されているってこと?
だとしたら、メイドさんたちに元々宿っていた魂は……。
「でも、そうなると今度はせっかく魂の宿っていた家具が空っぽになってしまうじゃない? いくら物が良くても、そんな無機質な家具を使う気にはなれないわ。だからね、家具の方には元々人間だった魂を入れているのよ」
このソファも、テーブルも、ティーポットも、みんな元は人間だったって言うの?
そんな馬鹿なことあるわけが……。
「せっかく使うんだもの。どうせなら高潔で清らかな魂を使いたいと思わない? だから私は街を回ってそんな魂の持ち主を探していたの。……もうわかったでしょう? 貴女をここに連れてきた理由が」
オリーヴさんがこちらを見てにこりと微笑む。
「そ、そんなの嘘です。人間の魂が宿っているなんて……このソファもこのテーブルも、ただの家具じゃないですか」
ソファは座り心地がいいし、テーブルもしっかりとした造りで良い物であることはわかる。
けれど、だからと言ってそこに人間味なんてものは全くないし、これの中に人間の魂があるなんて言われても到底信じられない。
「それはそうでしょうね。家具はあくまで家具。魂が宿っていようとも勝手に動いたり喋ったりはしないわ。ただ人に使われるために存在する物、それが家具だもの」
わたしは鳥肌が立つのを感じた。
この人は人間の魂を家具に入れたいなんて言いながらもその魂の入った家具を全く人間扱いしていない。
「さて、そろそろいいかしら? 貴女と魂を交換する家具を見せおかないとね。ねえ、あれを持ってきて」
「はい、かしこまりました」
すると、メイドさんの一人が部屋の奥から小さな箱を持ってきた。
オリーヴさんが箱を開けると、中にはティーカップが一つ入っている。
「イギリス製のティーカップよ。かなりの年代物でね。この前たまたまアンティークショップで見かけて、思わず一目惚れして衝動買いしちゃったの」
ピンクを基調とした花の模様や、金のラインで煌びやかな印象を受けるそのティーカップは確かに良い物だと思うけれど、わたしと魂を交換する家具なんて言われてしまうと、そんなのは願い下げだという気分にしかならない。
「貴女の魂にピッタリの良い品だと思うわ。気に入ってくれたかしら?」
「誰がそんなのっ……!」
わたしは必死な形相でオリーヴさんを睨みつけたけれど、身体を動かすこともできない今の状況では無駄な抵抗と言う他なかった。
「仕方ないわね。わかってもらえないのは寂しいけれど、きっと自分がティーカップになればすぐにわかるわ」
そう言うと、オリーヴさんがわたしに杖を向けて一振りした。
途端、頭がぼーっとして、何も考えられなくなる。
あれ、何をしてたんだっけ……。
そうだ、オリーヴさんの言うことに従うのが“当たり前”だから、彼女の言うことを聞かないと……。
「さあ、それじゃあ始めるわよ」
オリーヴさんはティーカップをテーブルの上に置くと、そこに杖を一振りした。
すると、ティーカップの中から滲み出てくるように、透明な液体が湧き出してティーカップを満たした。
「ティーカップに宿った魂……透き通っていて穢れのない、綺麗なものね」
魂……あの液体がティーカップの魂なのだろうか。
ただの水にしか見えないけれど、完全な無色透明で綺麗な液体であるのは間違いなかった。
「さあ、これを飲んで」
「はい……」
わたしは言われた通りに、ティーカップを手に取り、液体を飲み干した。
味は全くしない。
水とも違うようだけれど、飲んだからといって特に何かが変わった気もしない。
「まだ今は液状の魂を身体に含んだだけ。魂を定着させるには身体に浸透させなければいけない。でもその前に、不要なものを身体の外に出さないとね」
オリーヴさんがわたしに杖を振る。
その瞬間、わたしの意識が大きく揺らぎ始めた。
これは、なんだろう……。
わたしの魂が、形を持とうとしている……?
「一つの身体に二つの魂は要らない。元々貴女の身体にあった魂を、外に出さなければいけないの。どうやって出せばいいか、わかる?」
「いいえ……」
わたしは素直に答えた。
すると、オリーヴさんは立ち上がり、わたしのそばまでやってきた。
「貴女の魂も、今液状になっているわ。液体を身体から出すための場所は、ここよね?」
オリーヴさんがわたしのお腹の下を撫でてくる。
そこにあるのは、わたしの膀胱。
おしっこを溜めて、外に排泄するための場所。
オリーヴさんに撫でられていると、徐々にそこに液体が溜まっていくように感じる。
ただのおしっこじゃない。
きっとそれは、液体となった、わたし自身。
わたしが、わたしを排泄するために、わたしを膀胱に集めている。
「出したいって、思うでしょ? もう我慢できないんじゃない?」
「っ! ……は、はい……」
オリーヴさんに囁かれるたびに、排泄欲が強まる。
もう、我慢できない。
溢れちゃいそう。
わたしが、漏れちゃう。
「立ち上がって、下着を脱いで、この中に出して」
わたしは言われるがまま、立ち上がり、そして下着を下ろした。
スカートを捲ると、オリーヴさんがわたしの股間にティーカップを合わせてくれる。
ああ、出さなきゃ、この中に。
「さあ、出して。貴女を」
「はい……わたしを、出します……」
プルプルと震えながら、わたしは股間に力を入れる。
すると、ダムが決壊したかのように、わたしの股間から液体が排泄された。
ジョロロ、と音を立てて、わたしがわたしの外に出て行く。
少しずつ器に溜まっていく、わたしの魂。
身体から全て抜け出し、液体がティーカップに収まったのを見届けた瞬間、わたしの視界は真っ暗になり、身体の感覚が消失した。
そして、同時にわたしは自分がしてしまったことの重大さに気づいた。
わたし……自分で自分の身体を手放してしまったの?
「ふふっ……よくできました。綺麗な魂ね。貴女にも見せてあげたいわ」
上からオリーヴさんの声が聞こえる。
おそらくわたしは今、身体を離れて魂だけの状態になっている。
そして、ティーカップの中に収まってしまっているのだろう。
なんてことをさせてくれたの……!
「心にさざ波が立っているわね。服従の魔法は身体にかけたものだから離れると同時に解けてしまったのでしょう。まあ、もう必要ないからいいのだけれど。それじゃあ、魂をそれぞれの新しい身体に浸透させるわよ」
そんな……わたし、ティーカップになっちゃうの?
そんなの嫌!
お願い!
やめてください!
しかし、どんなに頼んでもその願いは聞き届けられず、やがてわたしの意識は真っ白になっていった。
────────
「起きて、アイ。ねえ、起きて」
わたしの名前を呼ぶ声を聞いて、意識を取り戻す。
わたし、どうなったの?
周りを見ると、先ほどよりも部屋が広くなったような気がする。
「あら? 貴女の方が先に起きちゃったのね」
後ろから声が聞こえる。
この声は、オリーヴさんの声だ。
そうだ、わたしはオリーヴさんに身体から抜け出させられて……。
さっきまでのことを思い出しながら振り返ろうとすると、何故か振り返ることができない。
それどころか、手足や首といった身体の感覚がなくなっていた。
ど、どうなってるの?
「ふふっ……気になる?」
オリーヴさんの声が聞こえると、わたしの身体が急に持ち上げられた。
何!?
何が起きているの!?
すると、わたしの目に飛び込んできたのは、巨人のように大きなオリーヴさんの姿だった。
「私が大きいんじゃなくて、貴方が小さいのよ」
オリーヴさんがわたしを手に持ったまま部屋の隅にあった鏡の前に移動する。
そこに映っていたのは、オリーヴさんの姿のみ。
え?
わたしが映ってない?
「いいえ、映っているわよ。ほら、私の手の中に」
言われてようやく気づく。
わたしは今、オリーヴさんの手で持ち上げられている。
そして、鏡に映るオリーヴさんが手に持っているものは、アンティークのティーカップ。
あれが、わたしなの?
「ふふっ……新しい身体の具合はどう? ティーカップさん」
鏡に映るオリーヴさんが、ティーカップに向かって囁いている。
そんな……わたしが、ティーカップになってしまったなんて……。
わたしの心は深い絶望に包まれた。
「そんなに落ち込まないで。普通ティーカップには目も耳もないけれど今は特別に私が魔法で意思疎通できるようにしてあげてるんだから。もっと元気な声を聞かせて」
こんな状態で元気になんてなれるわけがない。
人としての身体を失って、こんなただのティーカップになってしまうだなんて……。
あれ?
そういえば、わたしの元の身体はどうなっているの?
「アイの身体なら、ここにちゃんといるわ」
オリーヴさんが再びわたしを持ったまま移動する。
すると、わたしの目に映ったのは、ソファの上で横になっている制服姿の少女。
まるで死んでしまっているかのように目を半開きにさせたままピクリとも動かないその少女は、間違いなくわたしの身体だった。
ちょっと、あれ……大丈夫なの?
「大丈夫よ。死んでいるわけじゃない。ただ、さっきまで家具だった魂が、まだ自分が人間になったことに気づいていないだけ」
オリーヴさんはテーブルの上にわたしを置くと、わたしの身体に寄り添って抱え起こした。
自分が人間だと気づいてないということは、あの身体にはわたしの代わりにティーカップの魂が入っているということか。
ぐったりと力の抜けきったその身体は、まるで意志を持たない人形のようだった。
「魂はね、宿る身体が変わってもなかなかすぐには馴染めないの。元の身体だった頃の記憶が邪魔をしてね。でもあるものを与えてあげると魂の馴染みが早くなるの。なんだと思う?」
そんなこと言われてもわかるわけがない。
わたしの反応が予想通りだったのか、オリーヴさんはすぐに言葉を続ける。
「答えはね、幸福感よ。身体が幸せで満たされることによって、魂は加速度的に身体に馴染んでいくの。だから最初はこうしてあげるのがいいのよ」
オリーヴさんは、わたしの身体の耳に顔を近づけると口を開いた。
「アイ、起きて。アイ、起きて、私とお話しましょう」
オリーヴさんが、わたしの身体に向かってわたしの名前を囁き続けている。
な、何をしているの?
そんなことになんの意味が……。
「人間にとって他人に承認されることは大きな幸福感をもたらすの。とりわけ、名前を呼ばれるというのは効果覿面ね」
で、でも、その名前はわたしの名前で……。
「元は、確かに貴女の名前だったわ。でも、アイという名前で呼ばれてきた人間の記憶は全てこの身体の脳の中にある。その記憶を引き出すことができれば、この子にも同じように幸福感を与えることができるわ。記憶の引き出し方を学ぶという意味でも、名前を呼んであげることは非常に効率的なの」
オリーヴさんは、その後もわたしの身体に向かって名前を呼び続ける。
わたしはそんな茶番じみたものを見せつけられ、ついに我慢できなくなり叫んだ。
いい加減にしてください!
わたしを元に戻してください!
「……放っておいてごめんなさいね。貴女にもすぐその身体の良さを味わってもらいたいのだけれど、その前にこちらの方を済ませてしまわないといけないから。ほら、見て? この子も少しずつ馴染み始めてきてるから。……アイ、起きて」
言われて、わたしも気づいた。
さっきから名前を呼ばれるたびに、わたしの身体がピクッと動いているのだ。
さっきまで微動だにしていなかったのに、よく見ると自発的に深い呼吸をしていることもわかる。
「ねえ、アイ、起きて」
「…………あ………い…………?」
そのとき、わたしは確かにわたしの身体が声を発しているのを聞いた。
名前を呼ばれて、それに反応するように喉を鳴らしたのだ。
まるで、自分が生き物であることに気づいたかのように。
「アイ、目覚めたのね? おはよう、アイ」
「……あい……?」
「ええ、貴女の名前よ、アイ。貴女は人間の少女、アイ」
「……あい……わた、し……あい……」
たどたどしく自分の名前を言う、わたしの身体。
少しずつ人間らしい発音をしていくその姿に、わたしは焦りにも似た感情を湧き起こされた。
こんなの、あり得るわけが……。
「アイ。貴女は、アイ」
「……あい……わたしは、あい……」
「ふふっ……その調子よ、アイ。貴女が、アイなのよ」
「……わたしは、アイ……わたしの名前は、アイ」
その瞬間、さっきまでぼーっとして焦点の合っていなかった瞳に光が灯ったように見えた。
だらしなく投げ出されていた手足には力が入り、わたしの身体はオリーヴさんの手を借りることなくその場に立ち上がると、ピシッと背筋を伸ばしてオリーヴさんの方へ向き直った。
「ご主人様、おはようございます。わたしの名前はアイです。よろしくお願いします」
わたしの身体が、感情の伴わない声で告げた。
そんな、こんなのって……。
元は自分の身体だったのに、勝手に動いて喋っているなんて。
わたしは頭がどうにかなりそうだった。
「無事に人間の身体に馴染めたようね」
「はい。ご主人様のおかげです。ありがとうございます」
わたしの身体が、わたしを身体から追い出した元凶に向かってお礼を言っている。
まるで悪い夢でも見させられているようだ。
「でも、まだ固いわね。もう少し馴染ませてあげないと」
「はい、すみません。よろしくお願いします」
そう言うと、いきなりオリーヴさんはわたしの身体にキスをし始めた。
な、何をしているの!?
「はむっ……ちゅ、んじゅる……んっ……」
「んっ……れろっ……んむっ、ちゅっ……」
大人がするような深いキスを突然始めた二人に、わたしは動揺を抑えきれなかった。
な、なんでこんな……やめてくださいっ!
しかし、その声を受けてもオリーヴさんはキスをやめない。
むしろ、動けないわたしに見せつけるように、わたしの身体と舌を絡ませ合っている。
どうして、こんなことを……。
言い表しようのない羞恥心と焦燥感を覚えたわたしに、先ほど自分をティーポットだったと名乗ったメイドのミホさんが話しかけてきた。
「わたしたち元家具はね、本能的に持ち主となった人間に対する愛情を抱いているの。だからああしてご主人様に愛されることはとても幸せなことなんだよ」
オリーヴさんは魂を身体に馴染ませるには幸福感が必要だと言っていた。
でも、だからって、こんな……。
「んっ……どう? アイ、気持ちいい?」
「はあっ、はぁ……はい、気持ちよくて、幸せです、ご主人様……」
熱っぽい吐息を洩らしながらわたしの身体が震えている。
オリーヴさんとわたしの身体の口の間に涎の糸がツーっと繋がっており、その姿は自分の身体とは思えないほど扇情的だった。
「それじゃあ、一気にいくわよ。しっかり気を持ってね」
そう言うとオリーヴさんは、わたしの身体のスカートの中に手を伸ばした。
隠されていた秘部にオリーヴさんの指が触れた瞬間、わたしの身体がビクッと跳ねた。
「あッ!? ひゃうっ! そこ、すごいっ……!」
わたしの身体は、オリーヴさんの肩に捕まりながら腰をくねらせて悶えていた。
漏れ出る嬌声から、どれだけの快感がもたらされているのか直感的にわかってしまう。
「こういうエッチなことって、今までしてた?」
「んっ、はぁ、あっ……な、ないですっ、誰かと付き合ったこともないし……んっ、自分でも、全然しない、ですっ……んあっ、くぅ……」
「そう。思い出せたみたいでよかったわ」
わたしの身体が、勝手にわたしの性事情を暴露して思わず慌ててしまう。
な、なんでそんなこと知ってるの!?
と、そこで最初にオリーヴさんが言っていたことを思い出す。
記憶の引き出し方を学んだわたしの身体は、もうわたしのことを全て知り尽くしているんじゃないだろうか。
もしそうだとしたら、わたしという存在が、あのティーカップだったはずの魂に全て奪われてしまうのと同じだ。
そんなのって……。
「いいなあ、アイちゃん。気持ちよさそう……ティーカップちゃんもそう思うよね?」
切なそうな顔をしたミホさんがわたしに視線を向けてくる。
わたしはティーカップなんかじゃないっ!
わたしの名前は徳森愛っ!
「いいえ、もう違うの。貴女はティーカップで、あの子が新しいアイちゃんなの。もう貴女はアイちゃんじゃないんだよ」
そんなふざけたこと、認められるわけが……。
「あっ、ああっ! ご、ご主人様っ! わた、わたしっ、もうっ、んっ、きちゃいそうっ、ですっ……はあっ、んんっ!」
わたしとミホさんの話を、わたしの身体の大きな喘ぎ声が遮った。
顔は真っ赤になっており、涙と涎で顔がぐしゃぐしゃになっていた。
「もう限界みたいね。いいわよ、イッて。そうしたら、貴女は正真正銘アイになれるわ」
オリーヴさんが、ラストスパートとばかりに手の動きを大きくする。
それに呼応するように、わたしの身体はビクビクッと震えて大きな嬌声を上げた。
「あ、ああッ、んっ、ご、ごしゅじんさまあッ、くるっ、きちゃッ、ッ!? んッ、くッ、んああッあああぁあぁぁッ!!!」
わたしの身体が、ぎゅうっと力を込めてオリーヴさんにしがみつく。
壊れたようにビクンッビクンッと腰が跳ねており、足はガクガク震えて今にも倒れそうなほどだ。
やがて、力が抜けたようにソファの上にぐったりと倒れ込んだ。
必死に呼吸を整えようとしているけれど、まだ快感の余韻がのこっているのか、時折ピクッと震えている。
「どうだった? 気持ちよかった?」
オリーヴさんに頭をなでられながら聞かれると、わたしの身体は微笑み返しながら答えた。
「はぁっ、ふぅ……はい、とても、幸せでした。……ありがとうございます、ご主人様」
その様子は、さっきまでの感情の伴わない口調とは違い、はっきりと人間らしい情緒の感じられるものだった。
わたしの身体はようやく一息つけたのか、落ち着きを取り戻すと立ち上がってオリーヴさんに頭を下げた。
「改めまして、メイドとして仕えさせていただくアイです。よろしくお願いします、ご主人様」
最早、そこにいたのはわたしそのものだった。
姿形も、口調も、仕草も、全てがわたしだった。
ああ、わたしが、徳森愛が、奪われてしまう……。
「ふふっ、よろしくね、アイ。まずは着替えからかしら。ヨウコ、アイにメイド服を用意してあげて」
「かしこまりました。アイさん、こちらへ」
「はい、よろしくお願いします、ヨウコさん」
わたしの身体が、ヨウコさんに連れられてどこかへ行ってしまう。
待って!
わたしの身体を返してよ!
しかし、そんな叫びも虚しく、わたしの身体はどんどんわたしから離れていってしまった。
────────
「さて、これで貴女の方に取りかかれるわね。待たせてごめんなさいね、ティーカップさん」
オリーヴさんがわたしの方を見つめてくる。
許せない……わたしの身体を返してください!
「貴女の身体はそのティーカップよ。大丈夫、すぐに気に入るわ。ミホ、やってあげて」
「はい、かしこまりました」
すると、ミホさんがティーポットを持ち上げた。
あのティーポットは元々ミホさんだったはず。
今彼女に使われて、いったいどんな気分なのだろうか。
きっと悔しくて、歯痒い思いをしてるに違いない。
そんなことを考えていると、ミホさんがティーポットをわたしの方に傾けてきた。
わたしの中に紅茶を注ぐつもりなの?
ティーポットの先端から溢れた紅茶が、わたしの中に流れ落ちた、その瞬間。
わたしの理性が、弾けた。
……ッッッ!!!???
なっ、そん、うそッ、こんなッ、くうッ……ッッッ!!??
「どう? ティーカップとして使われる気分は」
オリーヴさんが何か言っているけど耳に入らない。
わたしを襲ったのは凄まじい快感。
熱い紅茶がわたしの中に注ぎ込まれているのを感じると、どうしようもないほどの深い幸福感が溢れてくる。
なんで、どうして、こんなに、幸せなのっ……?
「家具は人に使われるために生まれてきたのよ。その本来の用途で使われるという使命を果たせて幸せじゃないはずがないじゃない」
わたしが、人に使われて、幸せになっている?
そんなこと、あるわけが……。
しかし、わたしの中に湧いてきた家具としての幸福感が、必死に否定しようとしているわたしの思考を蝕んでいく。
「さて、一口いただこうかしら」
オリーヴさんが、わたしを持ち上げて口まで運ぼうとする。
もしかして、紅茶を飲むつもりなの?
それに気づいた瞬間、わたしの中に、この人にわたしの紅茶を飲まれたいという強い欲求が湧き上がってきた。
……飲んでほしい。
紅茶を、飲んでっ!
わたしを使って、紅茶を飲んでっ!
「ふふっ、さっそく馴染んできたわね。それじゃあ、いただきます」
オリーヴさんがわたしに口をつけ、中の紅茶を一口飲む。
その瞬間、さっきまでとは比べ物にならないほどの衝撃がわたしを襲った。
あひゃああぁぁッ!!?
飲まれてるっ!
わたしの紅茶、オリーヴさんに飲んでもらえてるっ!
ティーカップとして使われているというその事実がわたしを堪らなく高揚させ、抑えきれない幸福感に包んだ。
「どう? 幸せな気分になれた?」
はい、はいっ!
幸せですっ!
だから、もっと飲んでっ!
わたしの紅茶、全部飲んでくださいっ!
「まあ、待って。貴女にとどめを刺すのは彼女にお願いしたいから」
そう言うとオリーヴさんはわたしをテーブルの上に置いてしまった。
なんで、どうして!?
なんで飲んでくれないんですかっ!?
わたしはもどかしい気持ちでいっぱいになり、深い悲しみに包まれた。
「ご主人様、着替え終わりました」
「おかえり、アイ。それじゃあさっそくだけど貴女にお願いしたいことがあるの。このティーカップに入った紅茶を全部飲んでほしいのよ」
っ!?
飲んでもらえる!?
わたしの紅茶、飲んでもらえるの!?
「わたしが、ですか?」
「ええ。貴女が全部飲み干すことで、彼女は正真正銘ティーカップになることができるの」
「なるほど……。わかりました、いただきます」
メイド服を着た女の子がわたしに近寄ってきて、わたしのことを持ち上げた。
飲んでっ!
早く、紅茶を飲んでっ!
「これが、元はわたしだったんですよね……」
「そうね、そのティーカップは貴女の身体だったし、貴女の身体に宿っていた魂は今はそのティーカップに宿っているの」
オリーヴさんとメイドの女の子が何やら話をしている。
そんなこといいから早く飲んでよっ!
わたしを使って、飲んでぇっ!
「……彼女、もう自分が何者だったかわかってないみたいですね。元の身体だったわたしに向かってこんなに懇願してくるなんて」
「でも、まだ完全には馴染んでいないわ。彼女にはまだ人の心が残っている。だからその紅茶を全部飲んで、終わらせてあげて」
「……はい、わかりました。いただきます」
そう言うと、メイドの女の子はわたしに口をつけた。
そして、一気にあおるように紅茶を飲みこむ。
きたああああああッッ!!!
さっきと同等……いや、それ以上の衝撃がわたしの中を駆け抜ける。
あっ、すごっ、ああッ、のまれてッ、ああああぁぁあッ!!!
ごくり、ごくり、と紅茶が喉を嚥下する音を聞くたびにわたしの幸福感は倍増していく。
わたし、使われてる。
ちゃんと使われてるんだ。
嬉しくて、気持ちよくて、幸せで、わたしは涙が出そうなほどに感激していた。
いや、涙なんて出るわけがない。
わたしは人間じゃくて、ティーカップなのだから。
そうだ、わたしはティーカップ。
わたしは家具。
人に使われるために生まれてきた物。
人に使われるために必要な機能以外は持ち合わせていない。
家具は感激なんてしない。
家具は喋ったりしない。
家具は考えたりしない。
そう、わたしはティーカップなのだから、人間ではないのだから、何も考えない。
わたしはティーカップ。
わたしはティーカップ。
わたしはティーカップ。
ティーカップ。
ティーカップ。
ティー…………。
………………。
…………。
……。
────────
「ふぅ、ご馳走でした。……彼女、静かになりましたね」
「どうやら完全にティーカップに馴染んだようね。これでまた一つ、至極の家具が手に入ったわ」
「さっきまであんなに幸せそうに声を上げていたのに、なんだか寂しいですね」
「家具っていうのは本来そういうものよ。結局のところ、これはただのティーカップなんですもの。脳みそもなければ身体の感覚だってない。本来であればその気持ちを聞くことだってできないのだから、これが当たり前なの」
「……でも、私は嬉しいのよ。この子たちのおかげで、私は貴女たちの声を聞くことができるのだから。……ありがとうね、ティーカップさん」
「そうですね、わたしも感謝しないと。ありがとうございます、ティーカップさん」
「さて、それじゃあ貴女にもこれからはメイドとして働いてもらうわけだけど……そうねえ、アイ、貴女料理はできる?」
「はい、お母さんに習っていたので、少しなら」
「それはいいわ。じゃあ貴女にはミホと一緒に厨房の仕事をしてもらいましょう。ミホ、先輩として面倒を見てあげてね」
「わかりました。アイちゃん、これからよろしくね。元ティーポットと元ティーカップなんて、なんだかいいコンビになれそうじゃない?」
「は、はは、そうですね……。これからよろしくお願いします、ミホさん」
「今夜はアイの歓迎パーティね。みんな、準備よろしくね」
「かしこまりました、ご主人様」
「……さて、みんな行っちゃったことだし、私はどうしようかしら。なんだか疲れたし、パーティの準備ができるまで一眠りしようかしら。……って、この子たちの片付けをしてないじゃない。……まあ、今はみんな忙しそうだし、気づいたら誰かがやるでしょう。……ふぁ〜あ……ああ、眠い……」
…………ギイィ…………バタン。