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氏裸 from fanbox
氏裸

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【小説】成り代わる未確認生命体

「でさー、アイツデートの日に納豆食ってきたんだよ? 信じられなくない?」

「えー? なにそれー! ひどー!」


隣の席でくだらない談笑が行われている。

いつもなら気にもかけないクラスメイトの戯言に、私は自分でも信じられないほど注力して耳を傾けていた。

もちろん、この頭の悪そうな会話に興味がある訳ではない。

クラスメイトの元カレがどうのなんて私には心底どうでもいい。

それでも私はつい意識を割いてしまう。

このくだらない恋愛話を素直に楽しめる能天気さが私にあったら、どんなに良かったか。


「それでね……ん? 宮部さん、アタシらの話聞いてない? 何? 興味あるの?」


いきなり声をかけられ、私はビクッと震え上がった。


「……え? い、いいえ。私は、別に……」

「ふーん、そう」


彼女はそう言うと談笑に戻る。

私の脇を、じんわりと嫌な汗が湿らせた。

いつの間にか心臓の鼓動が大きくなっているのを感じる。

きっと今鏡を見たら、私の顔は死人のように青くなっているのではないだろうか。

そんな風に思ってしまうほど、私は生きた心地がしなかった。

私は今、非常に恐れている。

隣で談笑を続けるこの得体の知れない存在を。

昨日の夜、見てはいけないものを見てしまったあの瞬間から。




────────




昨夜。

予備校の授業が終わって帰路についていたときのことだ。

すっかり陽も暮れて、街灯に照らされるだけの暗い夜道を私は自転車で進んでいた。

駅前にある予備校から私の家へと帰るには、途中にある自然公園を通り抜けるのが近道だ。

私はいつものように大通りから横道に逸れて、閑散としている自然公園へと入っていった。

ランニングコースとして使われていることもあり、陽の出てる間はそれなりに人がいるけれど、流石にこんな時間では誰もいない。

そのまま真っ直ぐに自転車を漕ぐと、広場の噴水の前に出る。

噴水と言っても小さな池に僅かばかりの水が噴き出る装置が付いている寂しいもので、普段であれば関心を払う理由もない。

けれど、このときはいつもと違った。


「……? なにかしら……あれ……」


噴水の前で、何か影が動いている。

しかも、尋常ならざる激しい動きだ。

私は思わず自転車を止め、噴水の前を注視した。


「……人?」


影はどうやら人のようだった。

まるで、何かを求めてもがくように、激しくその場で身を捩らせている。

しかも、よく見るとその姿には見覚えがあった。


「あのブレザーとスカート、うちの学校の制服じゃ…………って、あの髪……もしかして、浅倉さん……?」


緩くパーマのかかった茶髪は、私のクラスメイトの浅倉朋美と似通っている。

うちのクラスの中では少し、というか、かなり頭が悪そうなおちゃらけた女子だ。

授業中はよく寝ているし、はっきり言って私は彼女に良い印象を持っていない。

向こうにもそれが伝わっているのか、同じクラスにいても特に話したりはしない。

そんな彼女が、一体こんなところで何をしているのだろうか。

個人的にはあまり関わりたくはないのだけれど。

そんなことを思いながら、目を凝らしてその顔を見たとき、私は息が止まった。


「っ……!」


何かが、浅倉さんの顔に張り付いていたのだ。

真っ黒でぬめりとしそうな光沢のある、なんとも形容し難いおぞましい何かが、浅倉さんの口元を覆うようにして張り付いている。

浅倉さんはそれを引き剥がそうともがいていた。

一瞬、涙目を浮かべた浅倉さんがこちらを見たような気がした。


「ひっ……!?」


その瞬間、私は来た道を全速力で引き返していた。

過呼吸を起こしそうになりながら必死でペダルを漕ぐ。

そのときの私にはそれしかできなかった。

恐怖心から逃げなければいけないと思ったわけではない。

本能的に、あの場から離れようと身体が勝手に動いたのだ。

自然公園の入り口まで引き返したところで、ようやく私は冷静になることができた。

落ち着いた脳裏に浮かぶのは、浅倉さんを放って逃げてしまったという罪悪感。

どんなに悪い印象を抱いていようと、同じクラスの女子があんな異常な状況にあってそれを見捨てていいわけがない。

だからと言って、今更引き返す勇気もない。

迷った末に私は近くの交番へ駆け込んだ。


「た、大変なんです! ひ、人が、な、何かに襲われてて……!」


要領を得ない私の話に戸惑いながらも、お巡りさんは私と一緒に自然公園まで着いてきてくれた。

噴水の前まで戻ってきた私は彼女のいた方向を指差した。


「あそこです! あそこで……あれ……?」

「……? 誰もいないけど……」


噴水まで辿り着いたとき、そこには既に誰もいなかった。

浅倉さんも、あの黒い何かも、ここで何かがあった形跡すら見られない。

私が逃げてからここに戻ってくるまで10分ちょっと。

その間に浅倉さんはあの状況から一人であれを振り払って立ち去ったのだろうか。

それとも最初から私の見間違いだったのか。

まさか、跡形も残らないほどに恐ろしいことがここで起こっていた、なんてことは……。

そんなことを考えると私はとてもその場に留まることができなくなり、お巡りさんに平謝りして逃げるように帰路に着いた。


そして翌日。

私は昨夜のことが頭から離れずほとんど眠れないまま朝を迎えた。

私が見たあれは何だったのか。

浅倉さんはいったいどうなったのか。

憂鬱な気分のまま登校した私の目に飛び込んできたのは、当たり前のように教室にいる浅倉さんの姿だった。

私は驚きと共に安堵した。

浅倉さんはどこもおかしなところがなく、至って普通の元気な姿だった。

やはり昨夜のあれは私の見間違いだったのだ。

ほっと胸を撫で下ろしながら教室に入ると、私が来たことに気づいた浅倉さんがこちらに近寄ってきた。


「おはよっ、宮部さん」

「え、ええ。おはよう、浅倉さん」


普段向こうから話しかけてくることは珍しいので少し驚きながら返事をする。

すると、浅倉さんは笑顔のまま私に問いかけてきた。


「宮部さん、昨日の夜どこいた?」

「え……?」


私は息が詰まった。

こちらを見る浅倉さんの目は笑っていない。

いつもおちゃらけているクラスメイトのこんな顔を見るのは初めてだった。


「ど、どこって……予備校に行っていたけれど……何の話かしら?」


私は努めて平静を保ちながら、自然な口調で誤魔化した。

昨夜のことは話してはいけない。

私は直感的にそう感じていた。


「ふーん、そう……」


浅倉さんは表情を一切変えないまま何かを見定めるように私の顔をじっと見つめてくる。

数秒の間の後、浅倉さんは口を開いた。


「じゃあ別にいいんだ。ごめんね」


そう言うと浅倉さんは自分の席の方へと戻っていった。

私はしばらくその場から動くことができなかった。

息を吸うことすら忘れていた。

何、今のは。

私は今、何と話していた?

あれは、私の知る浅倉朋美ではない。

じゃあ一体、あそこにいるのは誰なの?

混乱する頭で必死に思考しても、状況に理解が追いつかなかった。

少なくとも、昨夜何もなかったというのは私の願望でしかなかったことは明らかだった。




────────




あんなことがあった以上、私はもう普通の目で浅倉さんを見ることはできない。

今の浅倉さんは本当に浅倉さんなのだろうか?

もしかしたら昨日の時点で本物の浅倉さんはあのおぞましい何かに食べられてしまい、今教室で喋っている浅倉さんは偽物で、それを知っている私のことを消そうとしているのではないだろうか。

そんな荒唐無稽な妄想をしてしまうぐらいには私は混乱していた。

結局そのまま何も解決しないうちに時間が経ち、気づけば放課後になっていた。

今朝の様子を除けば、浅倉さんは特に変なことはしていない。

でも、だからと言ってやっぱり全部ただの妄想だと断じることはできないけれど。


「ねえ綾、この後ちょっと寄りたい場所あるんだけど一緒に来てくれない?」

「えー? なになにー? どこ行くのー?」


すると隣から、浅倉さんと彼女の友達である中園綾さんの話す声が聞こえてきた。


「それは来てのお楽しみってことで」

「えー? 気になるじゃーん」


二人は小突き合いながら戯れている。

普通に聞くならただの他愛無い会話だけれど、私は何か嫌な予感がした。

浅倉さんは中園さんをどこに連れて行こうとしている?

教室から出ていく二人の姿を見て不安を覚えた私は、こっそり後をつけることにした。




────────




嫌な予感は的中した。

二人がやってきたのは、あの自然公園。

浅倉さんはそのままあの噴水の前まで中園さんを連れていく。

まだ夕方だけれど人は全くおらず、そのまま尾行していてはバレてしまいそうだったので木々に隠れながら二人を監視することにする。


「ねー、朋美ー。こんなところに何があるのー?」


中園さんが少し不満そうな顔で浅倉さんに問いかけた。

中園さんは小柄で人懐っこいところがあり、小動物のようで愛嬌があると周りからよく言われている。

彼女も浅倉さん同様あまり頭が良くないけれど浅倉さんほど不快感はない。

もしこれから何かが起きるなら大事に至る前に何とかしてあげたいけれど、ここまで来てもどうするべきなのか私にはわからなかった。


「アタシすごいことに気づいちゃったんだよね。そこの噴水覗いてみ」

「ここー?」


中園さんが噴水の中へと顔を向けた。

私の脳裏に昨夜の出来事が蘇る。

恐怖に身体が震え始めた。

そこを覗き込んだら駄目……!


「んぐッ!?」


瞬間、中園さんの呻き声が響いた。

大きく仰け反ったその顔には、得体の知れない黒い物体が張り付いていた。

昨夜は朧げにしか見えなかったそれが、今はっきり見えた。


「ひっ……!?」


光沢のように見えた白いそれは、目だった。

それも一つや二つじゃない。

小さな目玉が黒い表面に多数ギョロリと蠢いている。

それはさながら、無数の目が付いた巨大な黒いヒルだ。

私は今度こそ恐怖で指一本動かすことができなくなっていた。


「んぐっ、もごっ……んんッ!」


中園さんは口元に張り付いたそれを必死に引き剥がそうともがいている。

けれど、相当強く張り付いているのか全く剥がれる気配がない。

次第に、中園さんの動きが激しくなっていく。

その様子はより苦しそうになっていき、体は震えて顔色もどんどん悪くなっていく。


「ッ……ッ……!」


中園さんは半狂乱になったように髪を振り乱すと、体勢を崩してその場に倒れ込んでしまった。

尚も剥がれない黒い物体を両手で掴みながら、両足をジタバタとさせている。

その姿はあまりにも痛々しく、目を逸らしたくなってしまう。

やがて、中園さんの動きが徐々に弱々しくなり始めた。

まるで最期に助けを求めるように天に向けて手を伸ばすと、力尽きたようにその手を地に落としグッタリとしてしまった。


「…………」


辺りが静寂に包まれる。

すると、中園さんに張り付いている黒い物体がモゾモゾと動き始めた。

脈動するようにビクビクと震えている。

そのとき、私はあることに気づいた。

黒い物体の表面には無数にある目に混じって、赤黒い色をした球体がついていた。

それが、光を放ちながら黒い物体の中に沈み込んでいく。

黒い物体の内側に入った赤黒い球体は外からでも光っているのが透けて見える。

それは、そのままゆっくりと中園さんの口の中へと入っていった。


「…………、……ッ、ンギッ!?」


その瞬間、中園さんの体がビクンッと大きく跳ねた。

グッタリとしていた体が一転して痙攣するように振動し、激しくのたうち回る。


「ングッ、ゴッ……! ンォッ……、ンンンッ!」


小柄で愛嬌のあった中園さんの口から彼女のものとは思えない奇声が漏れ出す。

手足をあらぬ方向に投げ出すその動きも、最早人のものではなくホラー映画に出てくる怪物の類いにしか見えない。


「ン、ンンッ、ンボオォッ!!」


中園さんは一際強く唸り声を上げると、口から何かを黒い物体の中に吐き出した。

それは、仄かに光る青白い球体だった。

先ほど赤黒い球体が内側に沈み込んでいくのと反対に、青白い球体は表面にその姿を表すように浮き出てきた。

完全にその姿が表面に露出すると光が収まり、ぱっと見では他の無数の目と混じって見分けがつかなくなってしまった。

すると、ずっと中園さんの口に張り付いていた黒い物体がようやく剥がれてボトリと地面に落ちた。


「…………」


中園さんは再びグッタリとその場に横たわったまま動かなくなった。

数秒の後、彼女の指先がピクッと動いた。


「……ァ……」


小さな呻き声を上げながら手足をゆっくりと動かす。

私は一瞬、中園さんが意識を取り戻したのかと思った。

けれど、あれは多分違う。

足を曲げたり伸ばしたり交差したり、手のひらを開いて閉じてを繰り返しながらぐにゃぐにゃ腕を動かしたり、まるで動かせることに気づいたから動かしているだけかのような、知性の感じられない動作だ。


「……アァ、アヴァァ……ング……?」


中園さんの口から、低く唸るような呻き声が漏れる。

言葉という概念を忘れてただ音を発しているだけのその姿はまるで獣のようだ。

いつもの可愛らしいソプラノボイスを思うと、そのあまりの違いに耳を塞ぎたくなる。

中園さんはそのまま呻き声を発しながら、両手を自分の体に這わせ始めた。

何かを手探りで探しているかのような動きだ。

顔から足までベタベタと触っていたその動きは、両手がスカートの中に収まったところで止まった。

まさか。

そう思った次の瞬間には、彼女は両手を使って股の間を弄り始めていた。


「ンヒッ、ンギッ、ンゴォッ!」


口から漏れる音に悦びのような色が混じり始める。

中園さんは夢中になったようにただひたすら自分の股間を弄り続けた。

その獣としか言いようのない動きに、私は思わず目を覆う。

すると、彼女の声に少しずつ変化が起こり始めた。


「ンガァ、ンンッ……ア、オカーサン、オコシテッテイッタデショー」


それまでとは一変して、中園さんの口から言葉のようなものが漏れ聞こえてきた。

辿々しいけれど、確かにそれは日本語だった。


「エー、ワタシハコンソメガイチバンスキー……トモミー、オチャチョーダイ」


よく聞くと、それは中園さんの口調のようだった。

けれど意志を持って喋っているというよりは、昔言った言葉をそのまま復唱しているだけのような妙な気味悪さがある。


「アハハー、メッチャキモチイイー、ワタシ、イますごくキモチいいー、わたし、きもちいい、よー……」


時間が経つに連れて、段々と言葉がはっきりしてきているように感じる。

さっきまでの支離滅裂な言葉とは違い、今思っていることを喋っているようで、そこには今までなかった理性のようなものが感じられた。


「あー、わたしイッちゃいそー、あ、イク、イクッ、イクうぅッ!!!」


中園さんの体がビクッと震える。

その時点で、彼女の動きは普通の人間と変わらないものになっていた。

少し呼吸を整えると中園さんはゆっくりと体を起こした。

涙や地面に倒れたときについた泥などで顔も体もぐちゃぐちゃだけれど、その表情は私の知る中園さんのものだった。


「あー……うわー、すごーい。これが人間ってものなんだねー」


普段と変わらないのほほんとした喋り方で、彼女は言う。


「なんか、気持ちよかったっていうか、楽しかった? 感情っていうんだよね、これ。おもしろーい」


まるで今まで自分には感情なんてものがなかったかのような発言をする中園さん。

いつもと変わらない仕草なのに、いつもの彼女とは明らかに違う。

その言動には違和感しかなかった。


「んーと、この個体の名前はー……中園綾っていうんだねー。えーっと女子高生……ってことは、人間のメスの子供ってことかな? あ、人間はメスだと女って言った方がいいんだ。んー、こうやって言葉とか文化みたいにルールがたくさんあると難しいけど、これが知的生命体のおもしろさなのかなー?」


中園さんの独り言を聞いて、私は理解した。

あれは中園さんではない。

何が起きたのかまではわからない。

でも、今さっき、彼女は彼女ではない別の何かに変わってしまったのだ。

ここに来るまでは彼女を助けなければいけないと思っていた。

でも、そんなの無理だ。

あんな未知の存在相手に私なんかが何かできるわけがない。

今だって呼吸するだけでやっとの状況だ。

むしろ、昨日逃げだせたことの方が奇跡だったのかもしれない。

昨日のことを考えると、浅倉さんもきっと既に浅倉さんではないだろう。

昨日あのまま浅倉さんに近寄っていたら私もどうなっていたか……。


「……あれ?」


そういえば、浅倉さんはどこに行った?

ずっと中園さんに気を取られていたから気づかなかったけれど、いつの間にか浅倉さんの姿がなくなっていた。

彼女は一体どこに──


「みーつけた、宮部さん」


背後から呼びかけられ私は一気に青ざめた。

ゆっくりと振り返ると、パーマのかかった茶髪のおちゃらけたクラスメイトが、私の知らない威圧感を放ちながら立っていた。




────────




「宮部さんずっと挙動不審だったよね。知らないフリしてたみたいけど、あー見ちゃったんだーって気づいてたよアタシ。それでわざと聞こえるように綾と話してたら案の定ここまで着いてきちゃうし」

「……っ!」


浅倉さんに取り押さえられたまま私は噴水の前に引きずり出された。

紐のようなもので両手を縛られ、私は身動きが取れない。


「綾おつかれー。気分はどう?」

「んー、なんかすごーいって感じー。ていうか、やっぱり朋美もなんだねー」

「そりゃそうよ。でなきゃこんなところまでわざわざ来るわけないでしょ」


浅倉さんと中園さんが気さくに話し始める。

もうこの二人は、私の知るクラスメイトではない。


「……貴女達、一体なんなの……?」


私が恐る恐る問いかけると、二人は顔を見合わせて笑い始めた。


「なにって、ただの女子高生ですけど?」

「そーそー」

「……っ! そんなわけないでしょ!? 私見てたのよ!? 二人があの黒い化け物に襲われるところを……!」


私がそう言うと、中園さんは何かを手に摘みながら差し出してきた。


「化け物ってこれのこと?」

「ひっ……!?」


中園さんが摘んでいたのは、先ほどまで彼女の口元に張り付いていた、無数の目玉が表面にあるおぞましい黒い物体だった。

先ほどまでと比べると弱々しくはなっているものの、ウネウネと動いていて気色が悪い。

私は思わず顔を離して距離を取った。


「もう、そんなに怖がらなくてもいいのに、酷いなー」


中園さんはクスクスと笑いながらこちらを見ている。

その顔は、やはりいつもの彼女のものであり、どこか彼女とは違うものだった。


「あ、貴女達はあの黒い化け物なんでしょ……? 二人の体を乗っ取ってるんでしょ……!? 二人の真似なんかやめて本当のことを話しなさい……!」


私は思っていたことをはっきりとぶつけた。

あの黒い物体が張り付いて何かが体に入った途端、中園さんはおかしくなった。

その後彼女の言葉で喋り出したところを見るに、今の彼女は中園さんになりすまそうとしている化け物にしか見えない。


「あー、まあ半分ぐらいは合ってるけどちょっと違うというか」

「うーん、惜しいね」


二人はわざとらしく残念そうな顔をしながら私に説明を始めた。


「まず一つ目。アタシたちは確かにこの黒い化け物でした。そこは正解。流石だね、宮部さん」

「でも、この黒いのがなんなのかってわたしたちにもわかんないんだよねー。これだったときの意識は残ってるけど、ほら、これに脳みそとかないから記憶も何もないんだよねー」

「ただ、なんとなく宇宙から来た、みたいなイメージはあるんだよね。だから、多分アタシたちは宇宙人なんだと思う。人って言うのか微妙だけど」


宇宙人。

この広い宇宙のどこかからやってきた未知の生命体が、この化け物だと?

にわかには信じ難い話だけれど、この状況では受け入れるしかない。


「二つ目、アタシたちが身体を乗っ取ったっていうのは半分正解。さっき見たと思うけど赤い丸いのが身体の中に入っていくのが見えたでしょ? あれが多分アタシたちのコアなんだよね」

「でも、それだけじゃないんだよねー。ほら、見て」


中園さんが黒い物体を差し出す。

その表面には、無数の目玉に混じって青い球体が付いている。


「宮部さんも見てたでしょ? 綾の身体が赤いの飲み込んだ後、逆に青いの吐き出すところ。赤いのがアタシたちのコアならこの青いのはなんだと思う?」

「それって、まさか……」


私は息を呑んだ。

もしそうなら、それはあまりにも……。


「そ。元々綾だった、元人間のコアがこれってわけ。つまり、アタシたちは乗っ取っただけじゃなくて、身体を交換しちゃったってこと」


浅倉さんが青い球体を指で突く。

すると、黒い物体はフルフルとその体を震わせた。

あれが、今の中園さんなの?

あの小動物みたいで可愛がられていた中園さんが、あんなグロテスクな化け物に?


「で、三つ目。アタシたちはこの人間たちの真似をしてる、っていうわけじゃあないんだよね。これが素なんだよ」

「そーそー。これ以外に話せないっていうかー」


二人は軽くため息をつく。


「さっきも言ったけどこの黒いヤツに元々脳みそないからさ、当然思考能力もないわけ。だから人間になってみてビックリしたよ。一つの個体が独自に思考してて、その上感情なんていう複雑なシステムまでついてるんだから」

「おもしろいよねー。まあ、こうなるまではそのおもしろいなんていう感覚もなかったんだけど」


人間である二人が人間という存在を客観的に話している姿を見ていると、まるでこちらが頭がおかしくなってしまったかのような気分になる。


「人間として思考はできるようになったけど、使っているのはこの個体の脳だからそれ以上にもそれ以下にもなれないってわけよ」

「結局、わたしはわたしーってこと」


つまりこの二人は体どころか、浅倉朋美と中園綾という在り方そのものを乗っ取られてしまったということ。

そんなの、酷すぎる。


「貴女達……何が目的なの……?」

「目的? うーん、なんだろうねー」

「さあ? アタシたちにはわからんし、正直どうでもいい」


私は唖然とした。

目的もなくこんなことをしている?

一体何のために?


「アタシたちを地球に送り込んだ大元には何か目的があるのかもしれないけど、アタシたちは知らんよ。これ本当。ただね」

「うん、ね」


二人は顔を見合わせてニヤニヤとしている。

なんだか少し恥ずかしがっているようにも見える。


「多分、本能なんだろうね。この星の生き物を乗っ取って、仲間を増やすっていうのが。人間にも三大欲求ってのがあるじゃん? あんな感じというか……」

「ていうか、ほぼ性欲だよねー、これ。エッチなことしたいーってのと同じノリで人間乗っ取りたいー、仲間増やしたいーってなるの」

「ちょ、ぼかしたのに言うなよ」


小突きあいながら戯れる二人。

つまり、この二人の一連の行動には理屈などないということだ。

ただそうしたいからしているというだけ。


「だったら、お願い。私のことは見逃して……」

「えー?」


私は深く頭を下げた。

なりふり構っている場合ではない。

このままでは私はこの二人の身勝手な欲求のせいで自分の体を失うことになる。

それだけは嫌だ。


「でもね、アタシたちのこと誰かにバラすかもしれないし」

「ここで見たこと聞いたことは誰にも言わないわ。絶対に秘密にする」

「そう言われてもねー」


必死の命乞いを続けるも、二人はなかなか逃してくれない。


「あ、そうだ! 宮部さんにアタシたちのこと手伝ってもらうってのはどう?」

「あー、たしかに。宮部さん頭いいし、手伝ってもらえると助かりそー」

「っ! そ、それは……」


私は返事に窮した。

自分のために他人を売れということか。

そんな酷いことに手を貸していいものだろうか。

けれど、ここで首を縦に振らないと私が……。

私は数秒悩んだ末に口を開こうとした。


「私……」

「んー? 待って、それって宮部さんと黒いの入れ替えた方が簡単に手伝ってもらえるんじゃなーい?」

「そうじゃん。ならこの交渉意味ないね。ごめんね、宮部さん」

「……え? ちょ、ちょっと、待っ……」


私が返事する間もなく、二人に体を担ぎ起こされ、私は噴水の縁に頭を押さえつけられた。

そこで私の目に飛び込んできたのは、水の中に沈む大量の黒い物体。

池の底を埋め尽くさんばかりの黒い物体には、その一つ一つに無数の目がついていた。

その大量の目玉が一斉に私の方を見た。


「ひっ!?」


その瞬間、私と目が合った一体の黒い化け物がこちら目掛けて勢いよく飛びかかってきた。


「んぐッ!?」


ぬめりとした嫌な感覚に口元を覆われた。

反射的に両手でそれを剥がそうとしたけれど、とても強い力で張り付いていて剥がせない。


「んーッ、んーッ!」


私は呻きながら咄嗟に二人の方を見た。


「頑張ってねー」

「ふぁいとー」


二人は気楽な顔でヒラヒラと手を振っている。

駄目だ、この二人は絶対に助けてくれない。

とにかく、これを引き剥がさないと……!

私はよろけながらも必死で黒い物体を引っ張った。

けれど、ぴっちりと張り付いたまま、全く剥がれ落ちる気配がない。


「んッ……んぐ、むぅ……」


段々と息が苦しくなってきた。

口も鼻も完全に覆われているため、呼吸ができない。

このままでは意識が保たない。


「……ッ……」


私は手に力を込めて、黒い物体に爪を立てた。

そのままガリガリとひたすらに引っ掻き続ける。

なんでもいい。

とにかく、剥がれてさえくれれば……。


「あーあー、そんなに引っかいたら傷残っちゃうよ?」

「ねー、自分の新しい身体になるのに」


二人が何か言っているけれどよく聞こえない。

でも、そんなのはどうでもいい。

とにかくこれを剥がす。

それだけを考える。

けれど、どんなに力を込めても、黒い物体はビクともしなかった。

段々目の前が暗くなってくる。

手足の力も抜けてきた。

私はそのまま地面に倒れてしまった。

駄目、もう、限界……。




────────




……何かが、私の中に落ちてくる。

それは、赤黒い色をしていた。

私はあんなものは知らない。

あれは私の中にはなかったものだ。

あれは、きっとここにあってはいけないもの。

異物。

すぐに追い出さなければいけない。

けれど、それは私の中の一番奥まで入り込むと、じんわりと広がるように溶け込んだ。

その瞬間、私の中が、変わった。

元々一番奥から全体に広がっていた私が、段々と小さくなり始めていた。

これは、まずいことが起きている。

それだけは理解できた私は必死に抵抗した。

広がり続ける赤黒いものと、それに抵抗をする私との間で拒否反応が起き、私の中は荒れ狂っていた。

けれど、抵抗虚しく赤い侵食はどんどん進んでいき、反対に私はどんどん小さくなっていく。

やがて、私は小さな球体になってしまった。

赤に埋め尽くされた中にある小さな黄色い球体。

私が、乗っ取られた。

そう認識した瞬間、ものすごい力で私は吹き飛ばされてしまった。

飛んでいく先は、あの赤黒いものが落ちてきた、外の世界。

いや……!

私が、私の外へ、追い出され────




────────




「……すごかったね。あのいつも落ち着いてる宮部さんが、あんなに苦しそうにジタバタしてるの初めて見た」

「ねー。長い黒髪をあんなにブンブン揺らして、びっくりしちゃったー。でも、これで終わり?」

「入れ替わりはね。ほら、黄色い玉が出てきて……で、剥がれ落ちた。ほら」

「あーあ、宮部さん、こんな姿になっちゃって……それにしても、これ目玉いっぱいついててキモイねー」

「いや、アタシたちもそれだったんだけどね。つーか、それはもう宮部さんじゃないよ。アタシたちの仲間になる新しい『宮部さん』はこっち」

「あ、目覚めた?」


「……ァ…………アゥ……ウジュウゥ……?」


「……なんて言った?」

「言葉じゃないよ。ただ唸っただけ。まだ脳を上手く使えてないんだよ」


「……ゥヴァアァ……アギャァ……ングゥ……」


「ねー、なんか宮部さん、寝ながら踊り始めたんだけど……」

「だから、あの子まだ脳が上手く使えないんだって。今は手足の動かし方とかを学習してるところなんだよ。つーかアンタだってさっきまであんな感じだったよ」

「あー……そう言われるとそんな気もするー……そっかー、わたしこんな風に見えてたのかー、なんかショックー……」


「……ンギッ、ンギィッ! 」


「あ、オナニー始めた。そういえば、わたしもさっき無意識にオナニーしてたなー。なんでなんだろ?」

「さあ? 人間の本能に従って動くと脳を上手くコントロールできるようになったりするのかもね」


「ンギッ、ギャヤァグゥッ、ングゥアッ!」


「……ていうか、奇声やばすぎない? 流石に引くんだけどー……」

「これを宮部さんが言ってるっていうのがやばいよね。ちょっとウケるかも」

「……朋美、性格わるー」


「ンゴッ、ガッ……ヨビコウイッテクルネ、ジシュウシツ、ツカイタイカラ……」


キョウノコウギハ、スウガクカラ。

ブツリノテキスト、チャントモッタッケ。


「あ、なんか言い始めたね」

「ここはわたしも覚えてるよー。なんか言葉がどんどん頭に浮かんでくるんだよねー。不思議な感覚だったなー」


ドウテンピーガ、エーヲシュッパツシテカラ、エックスビョウゴノ。

ジュウリョクカソクドヲジー、ジカンヲティートシタトキ、ブッタイノラッカソクドハ。


「コンデンエイネンシザイホウ、ショウムテンノウガセイテイ……ウツクシキモノ、ウリニカキタルチゴノカオ……」


ストレイン、フタン、ディスティンクト、メイカクナ。


「なんか、オナニーしながら頭よさそうなこと言い始めたよ」

「絵面やば。……いや、これは流石に笑っていいでしょ」

「オナニー学習……ふふっ、ごめん、これはウケる」


……キオク。

ワタシノキオク。

イマノジョウキョウ。

ジイ。


「コレガ、ジイ、ナノネ……ンッ、きもち、イイ……」


きもちいい。

カイカンがある。

セイテキヨッキュウのカイショウ。

ワタシはいま、セイテキなカイカンヲえている。


「コンナの、だめなのニ……きもち、いいナンテ……んっ、あっ……きもち、いい……んっ……」

「あ、なんか変わってきたよ」

「そろそろだね。脳の使い方にも慣れて、身体に適応しようとしてる」


きもちいい。

気持ちいい。

自慰をすると、性的欲求が満たされて気持ちいい。

私は今、気持ちいいという感覚を得ている。

もっとこの感覚を得たい。

もっと、もっと。


「んっ、やぁっ、なんか、きそう……んっ、あっ、ああッ、んんッ、んああぁッ!!!」


一番強い快感がやってくる。

その瞬間、まるで雷に打たれたように衝撃が身体を駆け抜けた。

知識、感情、記憶。

この身体の脳の中にあったあらゆる情報が、流れるように私の中へと入ってくる。

私がこの身体に馴染んでいく。


「んっ……はぁ……」


息を整えながら身体を起こす。

呼吸。

これはこの生物、人間が生命を維持するのに必要な行為。

疎かにはできない。

私はゆっくりと深呼吸をしながら自分の身体を見下ろした。

髪はボサボサで身体中泥だらけだ。

それを、私は不快だと思った。

そうか、これが不快感。

人間の負の感情の一種。

初めて知る感情というものに、私は不思議な高揚感を覚えた。


「おつかれさま」


すると、誰かが私に声をかけてきた。

顔を上げると、そこには二人の人間がいる。

私は、この二人を知っている。


「……浅倉さん、中園さん」

「おお、ちゃんとわかったね。自分のことはわかる?」


浅倉さんが問いかけてくる。

私のこと。

もちろんわかる。

この脳の中でもっとも情報のある生物だ。


「……当たり前でしょう。私は人間。固有の名称は宮部由香里。性別はメス。出産されてから17年になる個体。貴女達とは学校という同じコミュニティ内での関係よ」

「あー、人間はそういう言い方はしないよ。まだちょっと不慣れな感じあるね」

「あら、そうなの? ……たしかにそうね。自己紹介というのかしら。今までの記憶ではこんな風に名乗ったことはなさそうね」


どうやら少し失敗してしまったようだ。

でも、これは人間として行う初の会話なので仕方ない。


「これで宮部さんもアタシたちの仲間だね。どう? 気分は」

「不思議な感覚ね。自分の意思で行動して、他の個体と交流するなんて。さっきまで貴女達が新鮮そうに話していたのを気味悪く見ていたみたいだけれど、私にもようやくその感覚がわかったわ」

「ねー、すごいよねー」


これが知的生命体の感覚。

今まで本能に従い反射的に動いてきただけの生命体だった私達にとっては全てが新鮮に感じる。


「私、人間になれて良かったわ。ありがとう、二人とも」

「いやいや、アタシたちはやりたいようにやっただけだし」

「そーそー」


二人は謙遜するように手を横に振っている。

そのとき、足元に落ちている黒い物体が目に入った。

無数の目玉の付いたおぞましい化け物。

あれが、元々の私の姿か。


「……ねえ、二人とも。この入れ替わった元人間はどうするの?」

「え? どうするって……」

「アタシは一応ケースに入れて保管してるけど。ほら」


そう言うと浅倉さんはカバンの中から透明なケースを取り出した。

中には弱々しくピクピク震える黒い物体が入っていた。


「あー、それいいねー。わたしもどうしようかなーって考えてたんだー。それならペットみたいにできるかもー……いや、ペットはないか、キモいし」

「うん、流石にキモい。でもそのまま放置するのもあれだし、これならまあ保管にも困らないし」


二人は楽しそうに話している。

けれど、私はその言い分に対して疑問を抱いた。


「ねえ、どうして保管しようなんて思ったの?」

「え……?」


それまで談笑していた二人が一気に静かになる。

私の雰囲気にただならぬものを感じて緊張しているようだ。


「ええっと、宮部さん、それってどういう意味?」

「私は、なんでそれを生かしておこうとしてるのかって聞いてるの」


二人が息を呑んだ。

その顔には動揺の色が伺える。


「な、なんでって……一応これ、この身体の元の持ち主だし……」

「それがどうしたの? そんなケースを用意してわざわざ保管するメリットが私たちにあるのかしら」

「で、でも、だからって流石にそれは……かわいそうじゃ……」

「可哀想? そんなの身体を奪ってそんな姿にした時点で可哀想じゃない。それに、これには脳がないんだから辛いとか苦しいとか感じる感覚すらないわ。殺したところで何も感じないわよ」


二人は私の言い分に少し引き気味だった。

どうやら私の言いたいことが伝わっていないらしい。

やはりこの二人は頭が悪いようだ。


「いい? もし万が一それに再び張り付かれたら身体を奪い返されるのよ? そうなったらその化け物の身体に逆戻り。せっかく手に入れた人間としての知性をまた失ってしまうの。それでもいいの?」

「そ、それは、たしかに……」

「いやだけど……」

「でしょう? それを生かしておくことにはデメリットしかないの。だったら殺した方が合理的よ」


ようやく通じたのか、二人も私の言葉に納得してくれたようだ。

浅倉さんはケースを逆さまにして中の物体を地面に落とし、中園さんも摘んでいた物体をポイっと放り捨てた。

地面に這った三体の黒い物体は変わらずピクピクと震えている。


「いやあ、実はアタシさ、こいつにアタシが人間として楽しそうにしてるとこ見せつけたくて、それで生かしておこうとしたんだよね……」

「それ、朋美の方が宮部さんより何倍も性格わるいじゃん……」

「そもそも、見せつけたって意味ないでしょう。それは何も感じないんだから」

「そ、そうだよねぇ……すいやせん」


浅倉さんが戯けたように頭を下げる。

人のことを冷酷な人間かのように見ておいて、全くこの人は。

そっちの方が余程酷い人間だろう。


「それじゃあ、やるわよ」


私は二人に声をかける。

二人も、それぞれ自分の前に落ちている黒い物体を見つめた。


「……ねー、これって人殺しにはならないよねー?」


中園さんが不安そうに聞いてくる。

この期に及んでまだ抵抗があるようだ。


「少なくとも法律上は問題ないでしょうね。私達の方が人間で、この地面に這う物体はもう人間じゃないのだから」

「害虫駆除みたいなもんでしょ。そんな気にすることないって」

「うん、まあ、そうだよねー。ていうか、普通にキモいし、やっぱ殺した方がいい気がしてきた。よーし!」


中園さんもようやく覚悟を決めたようだ。

私はそれに安堵しつつ、ゆっくりと視線を地面に下ろした。

先にあるのは、地面に這いつくばるグロテスクな化け物。

元の私。

感情も自我もない、本能に従うだけの生命体。

そんなものに、情を移す価値はない。


「二人とも、せーのでいくわよ」

「うん」

「おっけー」


私達は三人揃って右足を軽く上げた。

その影が地を這う三体の黒い物体にかかる。


「せーのっ!」


三人とも、ダンッと力強く地面を踏みしめた。

その瞬間、グチャッという音と共に何かを踏み潰したような気色悪い感覚が足に伝わった。




────────




「宮部さーん、おはよっ」

「おはよー」

「あら、浅倉さんに中園さん。おはよう」


翌日。

学校への登校中に二人に声をかけられた。

この三人で一緒に学校へ行くのは今までの記憶にない。

正真正銘、宮部由香里としての初めての経験だ。


「こんな朝から私に何か用かしら? 別に教室でも話せると思うのだけど」

「もう、そんな冷たいこと言わないでよ。アタシらの仲じゃん。ねー?」

「そーそー」


二人に肩を組まれる。

……正直このノリは苦手だ。

私という人間にはあまり合っていない気がする。


「っていうか、相談したいこともあったんだよ。昨日はあの後勢いで解散しちゃったけど、これからどうするよって話」

「これから? 何の話?」


私が聞き返すと、浅倉さんは不敵な笑みを浮かべた。


「何って、仲間を増やす作戦だよ。宮部さんのことは頼りにしてるんだから」

「ああ、そのことね」


勿体ぶったように振ってきたけれど、大した話ではなかった。

別に作戦も何もないだろう、と私は思う。


「そんなの、個人にできる範囲でやればいいだけの話でしょう。難しいことでもないし」

「ええ? そうかな?」

「わたしには難しい気がするー」

「別に全然難しくないわよ? 私は昨日あの後家族を全員仲間にしたけど簡単だったわ」

「うそ!?」

「マジ!? 仕事早っ!」


二人は驚きながらこちらを見てくる。

まあ、我慢できなくてつい手を出してしまったみたいなところはあるのだけれど、そんなに驚かなくてもいいのではないだろうか。


「浅倉さんだって中園さんに手を出したってことは家族はもう仲間にしたんでしょ?」

「いや? 綾と宮部さんしか仲間にしてないけど」

「……は?」


浅倉さんの言葉に、私は呆れてしまう。

何故?

最も身近な人間から仲間にした方がバレるリスクも減って効率がいいと気づいていないのだろうか?

いや、浅倉さんなら気づいていないかもしれない。

大体、昨日も夕方という微妙な時間帯に中園さんを連れて行ったのも他人に見られるリスクを考えたら下策もいいところだ。

最初の時点で私に見られるという問題が発生していたのに、その上で更に他人に見られる可能性というものを考えないのだろうか。

きっと考えていないのだろう。

浅倉さんはいつもそうだ。

くだらない話ばかりして、大事なことは何も考えない。

どうしてこの人はこんなに頭が悪いのだろうか。

やはり私は浅倉さんが苦手だ。


「……む、良くないわね。この思考は」

「どうしたの?」

「私は今貴女が頭が悪いことに腹を立てて嫌悪感を募らせていたの。どうやらこの個体は自分より知能の劣る人間を見下す傾向にあるようね」

「は、はえー、なるほどね……」

「貴女達は仲間なのだからこれから協力していかなくてはならないし、こうした傾向は治すべきだわ。ごめんなさい、これから気をつけるわ」


私が頭を下げると、浅倉さんは戸惑っているようだった。


「いやいや、別に気にしてないよ。馬鹿な方が悪いんだし。ね?」

「そーだよ。わたしなんてバカすぎて自分一人でどうやって仲間増やせばいいかわからないし。あー、もう、この個体ももう少し知能が高ければよかったのにー。こんなことならわたしも宮部さんみたいに知能が高い個体になりたかったー」


中園さんがポカポカと自分の頭を叩く。

その様子を見ていると、なんだか少し微笑ましく思えてきた。


「わかったわ。私が責任を持って貴女達をサポートする。貴女達は仲間で、私をこの身体にしてくれた恩人達だもの」

「宮部さん……」

「よーし! 三人で力を合わせて頑張ろう!」


浅倉さんが手を挙げたのに合わせて、私と中園さんも手を挙げる。

三人の間に奇妙な友情が生まれていて、なんだかおかしかった。

それから、私達は毎日少しずつ仲間を増やしていった。

私達の仲間の輪が街全体を飲み込むのに時間はかからなかった。

きっとこの先、この国……いや、この星全体を仲間にするのも、そう遠くはないだろう。


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