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[小説]冠禅現世と邪神が出会う話




注意:ミヨ×シンリ前提の邪神×ミヨですが、CP要素はほぼ無い創作小説です。




❖登場人物

冠禅 現世(かんぜん みよ) 28歳、192cm

世界を旅する美しく傲慢な男。道徳観念が無く、犯罪にためらいがない。10歳の息子が居る。いずれ邪神崇拝の教団を立ち上げる。







 邪魅愛寵




 流石の俺も、もうだめかもしれない。


 砂漠の中で、男は孤独な闘いを繰り広げていた。

 熾烈な日差しによって砂丘の陰に身を隠すことを余儀なくされ、それは男の心をも焦熱で焼いた。


 広がる地平には赤砂と蒼穹が絶妙なコントラストを描いている。なす術もなく日陰で身を横たえ、改めて視界を占めるその雄大さに感嘆した男は、冠禅現世(ミヨ)といった。長い濡羽色の髪を無造作にまとめ上げ、真紅の瞳は憂いを帯びて景色を映していた。ミヨは、死を間際にして尚一層美しい男だった。


 この旅路は本来彼一人のものではなかった。冒険家であるミヨは、当然相応の準備をしてきたので、当初の彼の側には現地で雇った案内人と砂漠を走るジープ、数日の砂漠の滞在に耐え得る物資が整っていた。しかし現実は平穏な旅を許さなかった。車はエンジンを止め、二人の案内人はもはやこの世の者ではない。どちらもそのまま打ち捨ててきたが、遠からず砂の下に葬られることだろう。持ち運べる限りの水と食料がミヨを支える最後の命綱であったが、それらを消費しきる前に熱に体がやられてしまいそうだった。既に彼の脳は焼かれ、現実と虚構が移ろいでいた。




-----




 ミヨが砂漠へと乗り出した理由、それは、この地の神を祀るという大岩をその目で見るためだった。


 始まりは砂漠の近隣の村を訪れたことである。旅人として交流を深め、人々の文化に触れ、ミヨが常に漠然と感じている「もの足りなさ」を埋めるきっかけを探す、いつもの旅の一環に過ぎなかった。

 しかし、その日、彼が住人たちと交わす会話の中で示された一つの古ぼけた写真が運命を変えた。日差しを浴びて劣化したその写真に写るのは、この地で「神」と呼ばれる大岩であった。シンプルながらも、その形状はどこか不可思議で、神秘的な輝きを放っていた。


 俺はこれに出会うために生きてきたんだ。


 直感的な確信に導かれ、ミヨはその瞬間、岩を目指す決意を固めた。だが、それは容易なことではなかった。住人たちはその場所を神聖視し、外部からの侵入を極度に恐れていたからだ。


「神の地は、近付けば必ず災いが起こります。その者の災いとなるだけならまだしも、我々の村にも過去幾度となく被害をもたらしました。それを撮影したのは海外の調査隊でしたが、彼らも未知の感染症にかかりました。その結果、村は壊滅の危機に瀕するほどの状況だったのです」


「あんた達の信仰を蔑ろにしたいわけじゃないし、この村の危険だって勿論避けたい。それでも俺は行かなきゃならないんだ。もしあんた達が「神」とその力を信じてるなら、それが俺を導く事もあるんじゃないか?」


 村長は押し黙り、ミヨは次の言葉を待った。ミヨは酷薄であったし身勝手だった。本心では自分以外の何が恐ろしい目に遭おうと何の問題もなかったが、協力を得るために心にもない言葉を紡ぐのは彼の十八番である。自分の言葉には魔法のような説得力が宿る事をミヨは理解していた。だからこそ、彼にしては珍しい焦燥も表には出さず、冷静な態度を維持していた。


 それに、ミヨはどうしても村長の協力が必要とも感じていなかった。思案する老人の後方に、この裕福な旅人の手伝いをすれば利益があるだろうと目論む、浅はかな側近の男が立っているのが見えたからだ。ミヨは他人の悪徳を見抜き、欲望に目の眩む人間を見出す才に長けていた。ミヨは男の心内の「それ」に気付いている事を示すため、村長の肩越しに、優美に微笑みかけた。





 砂漠の村は日が沈むと、昼間とは対照的に急激に気温が下がる。くちゅんとかわいらしくくしゃみをしたミヨに、車に入っていてくれと囁き声が促した。ジープに物資を運び入れる数人の男女の姿は夜闇に紛れ、計画は密やかに進められていた。村長から「やはり危険が分かっていて許可を出すことはできない」と拒絶された後、大人しく引き下がるふりをして家を出たミヨに話かけてきたのは、村長の背後に控えていた男と、その仲間の夫婦だった。


 彼らがミヨにいくら支払えるか尋ねると、ミヨはバッグから札束を取り出してそれを前金として渡した。そして、もし目的が果たされた後にこの村に留まり難い状況になるのなら、都会に住むための家を手配すると約束した。

 翌日の夜までに男と夫婦は物資を集め、村が寝静まる時間を選んで秘密裏に出発する計画を練り上げた。ミヨは禁忌への挑戦にはいつだって心ときめいたが、今回の胸の高鳴りは違う。それはただひたすらに、自分の心を揺り動かす「神」なるものへの憧憬のためだった。


 砂漠は静寂の闇に沈んでいた。ほんの一瞬だけエンジン音が響き渡り、それもすぐに消えていく。砂が音を吸い取るように彼らの出発は目立たずに行われた。ジープは夫婦の所有物であり、ハンドルを握るのは夫だった。彼は技術者で、軍の廃車をツテで手に入れて修理したのだと語った。村に残った妻は最後まで男たちが「神」へ行く事を恐れていたが、ミヨが夫や案内人に止められたら大人しく引き下がると真剣な様子で言えば、頬を染めて頷いた。勿論口先だけの言葉である。

 村長の側近の男は助手席で周囲を見渡していた。彼も他の村人同様砂漠の奥深くへ足を踏み入れたことはなかったが、村長と共に禁足地の番をしてきた人間であったため、何にせよ案内人としてこれ以上の者を見つけるのは無理だっただろう。


 ミヨは案内人たちとの会話を欠かさなかった。はじめは村に居辛くなったら、という条件で進んでいた家の手配の話を、いずれにせよ別荘として、と盛り上げ、都会への期待を煽った。なぜなら、この男たちは、少しでも問題が起こるようならミヨを砂漠に捨てて、前金と奪い取った荷物だけで満足する人間であろうことが分かっていたからだ。動物が快感を覚えるのは、可能性と期待を与えられた時だ。より高い報酬が確実に手に入るという期待で、目先の小さな快感を損だと思わせておけばそう簡単に裏切られはしない。

 それに、ミヨは対話において相手に自己価値を感じさせる男だった。非凡な人物と関係を持つ自分もまた非凡なのだと思わせる力を持っていた。案内人たちもすっかりミヨに好意を抱き、蠱惑的なこの男にますます気に入られたいと思うようになっていた。男たちのアピール合戦を聞き流しながらミヨは窓の外を見た。闇は蠢き、ジープを握り潰すかの如くその手を伸ばしていた。





 薄明の空。砂漠に差し込んだ日光が、薄桃色の優雅な色味を織りなした。古びた地図を広げた案内人は、ほっとした様子で口を開く。「もうすぐ到着する」

 そのとき、突然、ジープのエンジンが不調をきたし蛇行を始める。ミヨと助手席の案内人は驚きの声を上げたが、運転手はハンドルに突っ伏して気を失っているようだった。慌てて案内人が体を割り込ませてブレーキを踏み、あわや横転というところを何とか逃れて動きは止まった。


「どうした?」


 ミヨは後部座席から身を乗り出すと運転手に手を伸ばした。しかし、体に触れた瞬間その冷たさに気付く。神妙な面持ちで首に指を置き、脈を確かめた。


「脈がない。車から降ろせ」


 自らも後部座席のドアを開けながらミヨは助手席の案内人に指示を出した。

 冷静な手付きで措置を試みるが、運転手の男は不明な原因によって既にこの世を去っていた。苦しむ様子も見せずに急死した運転手を見下ろしながら、案内人は顔面を蒼白にして震え声を出す。


「……天罰だ。こんな所に足を踏み入れたから」

「そうかもな」


 何でもないようにミヨは言葉を返し、遺体を後部座席に放り込むと、運転席の扉の前に立った。


「お前も早く乗れ。もうすぐ着くんだろう」

「進む気か!? 正気じゃない、帰るぞ、絶対に帰る!!」


 怒りと絶望の表情で叫んだ案内人に向かって、ミヨは首を横に振った。


「俺は必ずあそこに行かなきゃならないんだ。案内しないってなら地図を頼りに俺だけで行くから、ここで待つか独りで帰れ。水ぐらいなら持って行っても良い。今なら轍を辿れば帰れるだろうし、道を外れなかったら帰る時に拾ってやる」

「あんたの事は好きだったが、そんな事許すわけねぇだろ! 命あっての物種だからな!」


 激高した案内人はポケットからナイフを取り出した。力の籠もった様子でそれを突きつけられ、ミヨは面倒くさそうに赤い瞳を細めた。鼻先の切っ先にまるで動じる事なく、さも残念そうにミヨは言った。


「一番親切な提案をしてやったのに……」


 次の瞬間には案内人の体は宙に舞い上がった。砂が柔らかなクッションとなったおかげで着地の衝撃は穏やかだったが、出来事の唐突さに状況を把握できなかった。すぐに腹に鈍い痛みが走り、激しく咳き込む。そして嘔吐した。ぐるぐると回る視界の先に、長い脚を前につき出したミヨの姿が映ったことで、自分が蹴り飛ばされたのだと理解した。


「暴力に訴えられちゃ俺もこう返すしかないよな」


 はらりとミヨの束ねられていた髪が落ち、その美しい顔に影を作る。髪の隙間から男を見る目は鮮血のように赤く、しかし血の温もりはなかった。案内人は場違いにもそれに見惚れた。人を魅了する魔物が居るとしたらこんな姿をしているのかもしれない。彼は自分を誘惑し、魂を手に入れるために現れた悪魔だったのかとすら思った。吐瀉物で顔を汚しながら、ぼんやりとした視界でミヨの姿を追う事しかできなかった。

 最期に、衝撃で手放したナイフを、ミヨが拾ったのが見えた。





「あ、クッソ、何だよ! 動かないのか!?」


 怒り任せにジープを蹴ったミヨは、あいたたとコミカルに足を押さえた。子供のように口をとがらせながら地図を見つめる。道筋を追い、何度も確かめながら「確かここまで来たはずだから……」と進んできた道と地図を照らし合わせた。

 何の標も無い未知の道を進んで、果たして帰る事はできるだろうか。危険は魅力だが、それはミヨの才覚で勝機を掴める場合に限る。イカサマができない時のコイントスに運命を委ねるのは気が進まないはずだった。しかし、今回のミヨは確固たる情熱に満ちていた。いつもの彼なら一笑に付すようなスピリチュアルな確信に導かれてここまで来たのだ。今更戻れるわけがない。


 動かぬジープと二つの冷たい体を捨ててミヨは歩き始めた。GPSも無いこの時代に、独りで砂の海を進むのはひどく困難に思えたが、ミヨも星や太陽からある程度は方角を読める。楽観的ではいられないとはいえ、無謀ではないと自分を慰めて、説明のつかない情動のままに足を進めていった。


 しかし、予期せぬ事が起こった。一時間も歩かないうちにミヨの体に異変が襲ったのだ。視界が歪み、指先が痺れる。水を飲むと、胃液と共にそれは体外へ排出された。なるべく直射日光を避けて砂丘の影を歩いてきたつもりだし、そもそもミヨの体力がこの程度で尽きるはずはない。これは異様だ、と、ここにきて初めてミヨは畏怖した。

 まさかこれが神の地の力なのだろうか。そんな事が現実に起こるのだろうか。確かにミヨの内に燃えるその地への渇望は、異様であった。眼の前で突然、男が命を閉じる出来事もあった。心臓発作か何かだと理性的な説明をすることで現実を認識しようとしていたが、ミヨの内に湧いた疑念は渦を巻き熱風とともに彼を焼いた。ミヨは苦悶に顔を歪めながら歩み続けていた。



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 流石の俺も、もうだめかもしれない。


 ミヨがこれ程までに追い詰められたことは過去にない出来事だった。彼は何事も常人離れした力でこなし、数多くの修羅場を切り抜けてきた。彼自身の命を賭けるような勝負にも勝ち続け、人々は彼に悪魔的な力があると囁いた。ミヨは自分に絶対の自信があった。驕るだけの裏付けがあった。

 しかし、今や脱水症状と疲労が彼を襲い、立ち上がることもままならない状態に追い込まれてしまっていた。そんな現実を認めたくなかったが、それは事実だった。朧げになる思考の中で、思い浮かんだのは少年の姿だった。虚構と現実の境界が曖昧なまま、ミヨの前にその少年が立っているように思えた。


「シンリ……」


 少年の名前を呼ぶ。顔を綻ばせて駆け寄ってこないのだから、あれは幻だろう。死の淵で見る幻としては悪くないとミヨは思った。シンリという名前の少年は、ミヨの血を引く実の息子である。実際のところミヨには認知をしていないだけで世界中に子供が散らばっている可能性があったが、彼が手元に置いて愛情を注いでいるのはこの子だけであった。ミヨの強すぎる激情を、大き過ぎる存在に宿る愛を、一人で受け止めるには非力で平凡な子供に見えたが、自分とは違ったタイプの歪みと強さを持っているとミヨは確信していた。


「でも、だめだ……シンリは俺が居ないと、生きていけないから……」


 ミヨが海外に居る間、シンリのことは家の手伝いの者に任せていたし、彼らには一生分の給金を用意していた。だが、これはそういう話ではない。面倒を見る人間が居ないと生きられないとか、そんなものは赤子の時代の話に過ぎない。特段の事情がない限り、成長したら自分で何かしらの生きる方法を見つけるだろう。しかし、シンリはミヨが帰るという確信がなければ、生きる道を選べないのだ。


「せめて、お前が、子を作るまで……シンリ、だめだ、たのむ、俺の……血を……」


 幻として現れた我が子に向かって、ミヨはうわ言を繰り返した。全身から水分が奪われたような心地なのに、瞳からはまだ涙が溢れた。


「俺は、消えたくない」


 頬を伝う涙を、幻の指が拭った。





――消えはしない、かわいい子


 その時、ミヨの脳内に響いた声は、目前の幻の少年のようでもあり、力強い男のようでもあり、しゃがれた老人のようでもあった。


「だれだ」


 ミヨの問いかけに幻影は言葉を返さず、代わりに柔らかく微笑んだ。幻の唇が肌に触れると、彼の体はもはや乾きに軋む事も、暑さにあえぐ事もなかった。清涼な空気が肺に流れ込み、汗は引き、喉にへばりつく血の味は柑橘の爽快感に変わった。


「俺を助けたのか」


 ミヨの問いに対して幻は依然として沈黙を守っていた。そのまなざしは、言葉では説明しがたい叡智に満ちていた。気付けば、少年の背後にはミヨが求めた大岩が鎮座していた。


「お前は、「神」か……?」


 自分の問いが音として口から発されているのか、それとも思考しているだけなのか、ミヨには判断がつかなかった。超然的な空気が周囲を覆い、外界と隔絶された空間に存在しているようだった。

 これは生と死の狭間で見る幻影なのだろうか。どちらにせよ、自覚できる錯乱からは解放された事がミヨを安堵させた。例えこれが狂気の先の凪だとしても、ミヨにとっては自分自身をコントロールできていないという意識の方が耐え難いものであったからだ。


「俺が死にかけたのもこの地のせいだろう、なのに手を差し伸べるなんてな」


――この私が

――朽ちゆく美を愛でることを惜しむほど

――咲き誇るさまが見事な花よ


「お褒めに預かり、光栄だ……」


 ミヨは横たえていた体を持ち上げた。幻の少年と向き合って座る。いや、向かい合う者はもはやミヨの知っている少年の姿をしていなかった。それは人ではなかった。何か巨大な悍ましいものが、漆黒の空間からミヨに触手を伸ばし、肌を撫でる。一転して凍えるような感覚が彼を襲った。


「なんにせよ、俺は生贄ってわけ……?」


 唇で弧を描いて軽口を叩く余裕がある。危機感からの言葉ではなかったからだ。触手のそれはどう受け取っても愛撫であり、ミヨに恐怖心を抱かせるものではなかった。


 触手は物理的な質感と、存在そのものを混ぜ合わせるような同化でミヨを愛でた。魂までもが異物と交わるような快感と拒絶感を同時に与えられる。常人であれば即座に正気を手放したであろうそれを、ミヨは愉しみこそすれ呑まれはしなかった。ミヨにとってこれは、賭けの「勝ち」だという確信があり、忌避すべき状況とは思われなかった。


 数えきれないほどの魂の絶頂の末に、ミヨは闇に抱かれて微睡んでいた。自分がどこに居るのか、そもそも存在としてこの世に「居る」のか、何も分からなかったが、あの深い知識と大いなる力を持った瞳に絶えず見守られていることは感じていた。


「神様、俺、老いなくて、そこそこ死なない体が欲しい」


 枕を共にした相手にする気軽なおねだりのように、ミヨは言った。


――あげよう


 神秘の声は続ける。


――麗しき子よ

――私を讃える声は淫靡に響かなくてはならぬ

――私を讃える声は恐怖に震えなくてはならぬ

――お前は私の手指の一つとなり

――私の望むものを集めるのだ

――人の子に快楽と堕落を

――絶望と破滅を導くがいい

――お前が私のために生きるなら

――その身は不思議を操る力を持とう

――その身は殊更艶やかに咲き誇ろう


「一つ聞きたい。俺には俺の血を分けた子が居る。破滅は俺の一族にも及ぶのか?」


――愛しき子よ

――お前の血の子は可愛かろう

――お前と同じ血を持つ限り

――我が寵愛は及ぶであろう

――その魂が行き着く先が

――私の下であると誓う限り


「誓う」


 ミヨは深く深く満足げに息を吐くと、目を瞑った。




 ミヨが目を覚ますと、彼は夜の砂漠で横たわっていた。星々が闇夜の帳一面に煌めいており、その視界を覆い尽くしていたので、未だ闇に抱かれたあの空間に浮かんでいるように錯覚させた。体を起こすと、まるで王のベッドでゆっくり眠った後のような軽さを感じた。見渡せば星々の輝きは絢爛に広がり、漆黒に染まる地平線に溶け込んで、宇宙そのものが砂漠に広がっているかのようだった。

 しばらくミヨは膝を抱えて、壮観を眺めていた。ひやりとした空気は感じても、「神」を求めて出発したあの夜のように凍えはしなかった。少ししてからミヨは立ち上がり、歩き始めた。砂漠の夜は完全な闇であったが、不思議と進むべき道は分かっていた。


 太陽が昇り始めても、それはもはやミヨの身を焼きはしなかった。喉の乾きも疲れも感じずに、羽が生えたような軽やかな足取りでミヨは進んでいった。たった数時間で彼は村に戻ってきた。足を踏み入れた時、丁度村外れの井戸で水汲みをしていた女と目が合う。



「あんた、旅の人……生きてたのか」

「俺のこと、噂になってる?」


 禁足地に入ったまま何日も帰ってこないのだと、ジープの持ち主である夫婦の妻が騒ぎ立てたと女は語った。話を聞きながらミヨが女の眼前に歩み寄ると、彼女はミヨの赤い瞳に吸引の魔法をかけられたかのように引き寄せられた。唇が触れ、熱情で体を擦り合わせる。唐突な交わりは井戸の縁を支えに始まり、絶頂と共に強く押された女がその深淵へ転落して終わった。女を押した自分の手を見ると、その変化にミヨは目を瞬く。


「何だよ、やけに勝手するな」


 気付かぬうちに黒く変色していた彼の手は、持ち主の意思などお構いなしに破壊を望んでいた。急に女が求めてきたのも、何の違和感もなくそれに応じてしまったのも、新たな力が暴走しているせいだろう。新しい主の望みに歯向かうことは本意ではなかったが、ミヨは自分が御せないものを総じて嫌っていたので複雑な気分だった。与えられた力とはいえ、うまく飼いならさなければならない。手指となって働けと言われた事に了解はしたが、ミヨ自身が考えて行動した結果によってそれが果たされなければ、長生きに価値はない。とはいえ、今はまだ難しそうだ。内なる衝動と向き合いながらミヨは苦笑した。


 「ある国の小さな村が一日にして壊滅した」というニュースは、やがて都市伝説として語られるようになる。





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 門前に座り込んでうつろに道の先を眺めていた少年は、角を曲がってきた長身の男を見つけていっきに顔を綻ばせた。


「おかえり、父さん!」

「お、外まで出迎えか、ただいまシンリ」

「うん、今日帰るって手紙に書いてあったから」


 駆け寄ってきた少年、シンリを軽々と抱き上げたミヨは、また重くなったと言いながらキスの雨を降らせる。くすぐったそうに身を捩りながらシンリは視界の端に映ったものに違和感を覚えた。


「どうしたの、この手」


 どす黒く皮膚の色が変わったミヨの手を気遣わしげに撫でながら尋ねる。ミヨは形の良い口をにぃっと歪めると高らかに宣言した。


「シンリ、俺は「神」に会ったぞ!」




END






[追記]あとがき

ミヨ様を讃える文章を書きたいという気持ちが前に出過ぎました……。


この時期は若くて命も有限でそれなりに人間をしている頃なので、精神の弱さのようなものも分かりやすく待っています。ツメの甘さや茶目っ気は未来でも持ってると思います。


投稿後もちょこちょこニュアンスの修正を入れているので、読んだタイミングによっては設定が変わっている所もあるかもしれません。


[小説]冠禅現世と邪神が出会う話 [小説]冠禅現世と邪神が出会う話

Comments

ご感想ありがとうございます! 小説の方まで(しかも結構遡っていただいて…!)読んでいただけてとても嬉しいです。 なかなか漫画で同人誌として出すのは難しい内容だったため小説という形にしたものの、書き慣れたものではないので表現に自信を持てない所もあったのですが、描写についてお褒めいただけてとても励みになります! ミヨ様が邪神様から寵愛を受けたという背景は、彼ら一族の現状を形作る大きな要素だと考えているので、そうした視点をもって作品をより深く楽しんでいただけているなら本当に嬉しいです。 漫画の方も含めて、たくさん楽しんでいただけますように! 改めまして、素敵なご感想をありがとうございました💖

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コメント失礼します。ORIGINと合わせて読ませていただきました!元々文字を読むことも好きなのですが、絶妙な言葉の言い回しと視覚的な描写に両足からズボッと惹き込まれまして、読み終わった後の幸せホルモンがドバドバです😳🫶。ミヨ様がミヨ様たる軌跡の一片を知ることができて、より解釈を深めることができたので、(私が支部もファンボもXも最新の投稿から順に見てしまっているので、時系列的に逆になってしまいましたが)今までご投稿いただいた漫画も10倍100倍楽しく無限ループしようと思います✨️


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