「好きな人が好きな人」に憑依して両想いになる話
Added 2023-08-25 16:57:08 +0000 UTC今回はFANBOX用お題箱(仮)にもらってた「フラれた男が相手の想い人に憑依するやつ」を題材に書かせていただきました。ありがとうございます。
お題原文は一応ネタバレになるのでここでは伏せます。お題箱のページから確認ができるので気になる方はそちらもどうぞ。
学校が終わり、食堂での夕飯を終えて寮の自室に戻った僕は机の前でうんうんと悩んでいた。
目の前には差出人不明の小包と、そこに入っていた1錠のカプセル。まさか本当に届くと思っていなかった僕は、改めてその効果を確認するために送り主のサイトへ再び目をやる。
「色も形も写真の通りだけど……。うーん、やっぱどう見ても怪しいよなぁ……」
そこには商品の写真と共にダサいフォントで「これさえあれば意中の相手も思いのままに!」なんて謳い文句が書かれていて、その横には薬の効能だとかいう怪しい説明が載っている。どう見ても詐欺かイタズラでしかない胡散臭さだが、昨日の僕はそんなものにすら縋ってしまいたくなるほどに追い詰められていたのだ。
そもそもの発端は昨日、意を決してクラスメイトの綾瀬さんに告白をしたことだった。
綾瀬結衣(あやせ ゆい)さん。くりっとした大きな瞳に少し茶色みを帯びたセミロングの髪に、小柄な割に出るところは出ている肉感的な体つき。その性格は明るく人懐っこく誰にでも優しい、笑顔が素敵な美少女である。当然男女問わず人気があり、ご多分に漏れず、僕もそんな綾瀬さんの虜になった内の一人だった。
そんな折に彼女が誰とも付き合っていないという噂話を偶然耳にし、後先を考えずに彼女に告白をしたのだが……結果はあえなく玉砕。相手が誰かまでは教えてくれなかったけど、どうやら彼女も片思いをしているんだとか。
それから失意の中ふらふらと帰宅して、諦めきれなかった僕は催眠術だとか惚れ薬だとか、挙句の果てには彼女の意中の相手を特定して呪ってやる方法だとか、綾瀬さんを自分のモノにする方法をほとんどヤケクソになりながらもネットで調べまくっていたのだった。
「で、たまたまこの薬に行き着いたわけだけど……」
憑依薬、と銘打たれているこの薬。サイトには他にも色々な種類の憑依薬があったけど、これはどうやら自分が好きな相手の、そのまた好きな相手に憑依を……つまりはその身体に乗り移って自由に操れる効果があるとのことだった。
それを使って綾瀬さんの想い人に憑依して、そいつのフリをして彼女をこっぴどく振ることで諦めてもらおうなんて昨日は考えてたんだけど……冷静になってみると、そもそもそんな薬があるはずもないのは分かり切っている。
しかし、頼んだ翌日にいつの間にか机の上に置いてあったこと、住所も入力してなかったはずなのにこうして僕の手元に届いたという不可思議な状況を目の当たりにして、もしかしたら本物なのではと思う自分もいた。
「……いいや、飲んじゃえ。別に死にはしないだろうし、それに……」
なんなら死んじゃったとしてもそれはそれでいいか、なんて少しだけ思ってしまい苦笑いが零れる。
苦労して有名な進学校に入ったはいいものの授業にはすぐについていけなくなって、なんとか周りに追いつくためにただただ寮と校舎を往復して勉強するだけの灰色な毎日が続いていて。そんな生活の中で唯一の光だった綾瀬さんに振られた今、人生の意味がまるで分からなくなっていた。
コップに水を注ぎ、いかにもな怪しさを感じるケミカルな色のカプセルを一思いにゴクリと飲み干す。
「偽物でも別にいいし、もしも本物だったら……ははっ、そうだとしても別に僕が付きあえるって決まったわけじゃないか。 ほんと、なにやってんだろ。こんな八つ当たり、みたいな……あ、ぇ…………?」
なんて自嘲気味に独り言ちていると、少しずつ瞼が重くなっていくのを感じた。全身の力が一気に抜けていき、額が机にぶつかる鈍い音が遠くの方で聞こえる。まさか、本当に――
***
「うぅ、ん……?」
近くで鳴り響いていた聞き覚えのない音楽の騒々しさで目を覚ます。どうやら、いつの間にか机に突っ伏して寝てしまっていたようだった。
ゆっくりと顔をあげると、そこにはテレビか何かで見たことのある男性アイドル達が映っている動画が。タブレットの画面に触れて一時停止させると、耳障りな曲も鳴りやんで静寂が訪れた。
「なんだこれ……あれ?僕、タブレットなんて持ってたっけ…………えっ!?」
眼前に映り込んだ白く細い綺麗な手に驚く間もなく、口から漏れ出た透き通るような高い声に驚き、思わず喉元に手を当てる。そこにあったはずの喉仏は存在せず、同時に胸元にある大きな膨らみが腕に当たり――何故かそれが触れられているという感覚が伝わってきて、混乱は加速する一方だった。
「こ、これっ……おっぱい!?なんで僕に……いや、まさか……」
意識を失う前に自分が飲んだ薬のことを思い出し、変わり果てた自身の身体を改めて確認する。
他人に乗り移ることができる『憑依薬』。間違いなく"これ"は、少なくとも僕本来の身体ではないのだが――
「綾瀬さんの好きな人に憑依するはずだったのに、どうして女子に……?」
頬に垂れ、視界の内にも入ってくる長い黒髪。聞いていて、そして口にして違和感しかない高い声と、眼前にその存在を強く主張している胸元の大きな膨らみ。何の間違いなのか、どうやら僕は女性の身体に憑依しているようだった。
とりあえず状況を把握するためにキョロキョロと辺りを見回していると、全身が映る大きさの姿見が目に入る。
「あれ?この人もしかして……」
鏡に映っていたのは、ピンクを基調とした可愛らしいパジャマに身を包んだ少女の姿。少し垂れ目がちな大きな瞳と口元のホクロが印象的で、ダボついた服の上からでも分かるほどしっかりと女性らしい体つきに目が奪われてしまう。
堀口玲香(ほりぐち れいか)。それが鏡に映る彼女の、僕が今憑依している人の名前だ。学年は1つ上の2年生。確か生徒会の副会長をやっていて……綾瀬さん以外の人にあまり興味のない僕が彼女のことを覚えていたのも、就任式の時に横にいた生徒会長以上に人目を引き付けるその姿が印象的だったからだ。
そんな堀口先輩の身体を今僕は自由に動かしている。その事実をようやく認識して、奇妙な興奮がふつふつと込み上げてきた。それに反応するようにして鏡の中の先輩が顔に似合わない卑屈そうな笑みを浮かべる。
「ほ、本当に憑依できた……ははっ、あの薬は本物だったんだ! ……でも、それならどうして堀口先輩の身体に……」
サイトに載っていた説明書き通りの効果であれば、今頃僕は綾瀬さんが想いを寄せているであろう憎い男の身体に憑依しているはず。なのに、関係あるとは思えない堀口先輩の身体になっていることは筋が通らなかった。
もしや不良品なのかと思ったが、こうして他人に乗り移るなんて夢みたいなことができている以上、あの説明書きにも間違いはないのだろう。となると――
「もしかして綾瀬さん、堀口先輩のことが……? い、いいや、とにかくやっちゃおう。……堀口先輩の身体、だけど」
綾瀬さんと先輩との関係が気になったが、それを知るためにも取り敢えずは計画を進めることにした。
あのサイトによれば、憑依したまま性的絶頂を迎えることで魂が身体に馴染み、脳みそに刻み込まれた記憶が読めるようになるとのことだった。当初の予定ではそれを利用して本人に成りすまして、綾瀬さんを振った後は腹いせにその身体の評判をとことん貶めてやろうなんて思っていたんだけど……。
「先輩の……女の子のカラダ……」
相手が男ならいつも通りのオナニーをすればいい話だったのだが、こうなってしまうと話が違ってくる。何しろ女子がどうやってオナニーをするのか……いや、そもそもオナニーという行為ができるのかすら分からないのだから。
再び姿見に目を向けると、そこには恥ずかしそうに顔を赤らめた堀口先輩の姿が映っていた。溌溂とした可愛い系の綾瀬さんとはまた違う、どこか真面目そうでおっとりとした印象を受ける大人びた美少女の姿。こうして見ると十分巨乳だと思っていた綾瀬さんよりも胸が大きく、彼女一筋の僕ですら少し揺らいでしまうほどに情欲を煽るカラダをしていて……そんな人が目の前にいるというこの状況に、それが『自分』なのだと分かっていてもドキドキしてしまう。
パジャマの上から恐る恐る、慣れ親しんだ肉棒があったはずの場所に触れてみる。当然と言うべきか、そこには布地に包まれているのっぺりとした股間だけが存在していた。
「どうすれば……そ、そうだ」
女性の身体について知ってることなんて、それこそ保健体育やエロ動画で得た知識くらいしか無い。けど、知らないのなら文明の利器を使って調べればいいだけの話だ。
堀口先輩が何かのライブ動画を観ていたらしいタブレットを操作し、「女子 オナニー やり方」なんて恥ずかしいワードで検索を掛けてみる。すると、意外なことにかなりの数の記事がヒットした。
「えっと、なになに。まずは下着の上から優しく、撫でるように……」
まるで新品の教科書を開く時のような緊張で手を震わせながら、サイトに書かれている手順に従ってパジャマのズボンを脱いでいく。スースーとした解放感を感じると同時に、肉感的ながらもすらりと伸びた脚が露わになり、その扇情的な光景に思わずゴクリと喉が鳴ってしまう。
興奮と緊張で先輩の顔を真っ赤に染めつつ、そっとショーツの上から割れ目に指を押し当ててみた。
「っ……♡」
ぴりっ、と電流のような甘い痺れが走り、触れていたところを中心にじんわりと広がっていく。同時にピクッとお腹の下の辺りが……恐らくこの身体の子宮が疼くような感覚を覚えた。
「なんだこれ……んっ、すご……♡♡男のとは全然……ぁうぅっ♡♡」
今まで味わったことのない未知の感覚によって徐々に全身が熱を帯びていき、断続的に訪れる快感を前に甲高い嬌声が勝手に零れ出ていく。
男性器を何倍にも敏感にしたような、それでいてどこかもどかしさを覚える奇妙な感覚。絶え間なく伝わるその甘い快感に夢中になり、何度も指先で擦りあげていたのだが、それを繰り返すうちにショーツが徐々に湿り気を帯びていった。
「これが濡れてる、ってことなのかな……。えっと、そしたら次は直接触って……ひうぅっ!?♡♡」
ショーツに手を潜り込ませ、濡れそぼった秘所を弄っていたその最中――偶然擦りあげてしまった小さな突起から、今までとは比較にならない強烈な快感が走った。
まるで神経に直接触れられたような感覚に驚いてしまったけど、これをやめようとは思えなかった。むしろ先ほどの感覚がべっとりと脳みそにこべりついていて。
もう一度あれを味わいたい、もっと気持ちよくなりたいという欲求のままに、今度は恐る恐るその突起に手を伸ばしていく。
「きゃぅっ♡♡んっ……うあっ、あぁぁっ♡ これ、すごいぃっ♡せなか、ビクビクってぇっ♡♡」
敏感すぎる刺激によって腰砕けになり、崩れるように膝を折ってしまう。体中を痺れさせるような快感の波に呼吸がどんどん乱れていくが、股間を弄る手の動きは止まらず、むしろ無意識のうちに早くなっていく一方だった。
「んふっ……んぅぅっ♡♡ きもちい、これ……あぁんっ♡♡♡」
どくどくとうるさい心臓の音と一緒に、熱い吐息交じりの可愛らしい嬌声が聞こえてくる。ぼんやりと霞む視界の中に、豊満な乳房を揺らしながら一心不乱に股間を弄り続ける淫らな美少女の姿が見える。
それだけでもこれ以上ないオカズだというのに、その『美少女』が今の僕で、あの綺麗な堀口先輩の身体を操って僕がそうさせているのだ。そんなあり得ない倒錯的な状況がより一層興奮を煽って快感を強めていく。
「あはぁっ♡ すごい……先輩の、女の子のカラダきもちいよぉっ♡♡ もっと、もっとぉっ……♡♡」
もっとこの身体での快楽が欲しい。もっと『堀口玲香』として、もっともっと気持ちよくなりたい。そう強く心から想うほどに、『僕』という存在がこの身体に受け入れられているような気が……いや、間違いなく僕の魂は先輩の身体に馴染み始めていた。うっすらとだけど、先輩がオナニーをしてた時の記憶のようなものがぼんやりと頭に浮かんで――
「ふぁぁっ!?♡♡ ……あはっ♡そっか、『私』っていつもこんな風にオナニーしてたんだ……きゃうぅっ!?♡♡♡手が勝手にっ……激しっ……んあぁぁっ♡♡♡♡」
空いていた左手を乳房に添え、すっかりと硬くなった乳首を思い切り捏ね回すとクリトリスを弄るのとはまた違う鋭敏な快感が胸の神経から脳みそへと通り抜けていった。
強烈で甘美なその快感も、喉奥から勝手に発せられる甲高い嬌声も、その全てが"いつも通り"だという感想が頭に浮かぶ。そう、『私』にとっていつも通りの、『堀口先輩』がいつもしている普段通りのオナニー。他人ありきのセックスとは違う、独りよがりが許される最高の時間――先輩がそんな風に思っているからなのか、記憶のままの"いつも通り"を再現したオナニーは大胆かつ無遠慮なもので、段違いの刺激に悲鳴じみた声が漏れ出てしまう。
「む、むりぃっ♡♡♡ これっ、我慢できな……んあぁっ♡♡だめっ、なんか、キてっ……♡♡♡♡んっ、うぅぅぅっ…………♡♡♡♡」
脳天を突きさすような強い快楽の信号が神経を通り抜け、その瞬間に全身がビクンッ!と大きく跳ねる。快感による熱のせいでどうにかなってしまいそうな中、股間から溢れた愛液が下着に染みを作っていく感触が伝わってきた。
「すごい、気持ちよかったぁ……今までヤった中でも一番だったか、も……あ、あれっ……?」
たった今感じた絶頂の快感を今までにないものだと感じ……同時に、比較対象を思い出すかのようにしてこれまで経験してきた性行為の記憶が次々と脳裏に浮かんでくる。
私が小学生の頃に兄が隠し持っている本の内容を真似してやってみた、拙いながらも強く記憶に残っている初めての自慰の記憶。初めての彼氏との行為、そして次の彼、そのまた次、果てには試しにナンパに乗ってみただけの行きずりの男相手などと、『僕』が経験したはずもない男との性行為の記憶が、自慰をしていた時の記憶に混じって一気に流れ込んでくる。
「ぅぁっ……!?♡ な、なにこれ…………いや、これが堀口先輩の身体に宿った記憶なんだろうな。説明書きにもそう書いてあったし……」
走馬灯のように浮かんできた記憶に戸惑う僕だったが、一呼吸置けば自分でも意外なほどに落ち着いて、状況の整理をすることができていた。
なんだかイった後から頭がすごくすっきりしてるし……恐らくは、この身体に馴染んだことで『堀口玲香』の優秀な脳みその性能を十全に使えるようになったのだろう。
「……ふーん?なるほど。こうすればいつもの私と遜色なく振舞えるのね……。ふふっ、なんか変な感じ」
ほんの少し意識するだけで、話をしたこともない『堀口玲香』としての普段の口調や仕草まで完璧に模倣できる。というよりも、真似なんて行為をするまでもないほどに"いつもの自分"として行動することができる。まさか、たった一度の自慰だけで他人のすべてをここまで丸裸にできるとは思いもしなかった。
「っと、『私』で遊ぶのもいいけどまずは当初の目的を果たさないとね。 どれどれ……?」
当初の目的……綾瀬さんと堀口先輩の関係を探ろうと、脳に命令を送って彼女に関連する記憶をほじくり回していく。
初対面は生徒会での顔合わせで……そっか、そういえば綾瀬さんも生徒会で庶務をやってるんだっけ。うちの学校にしては珍しい、根明で人懐っこい彼女のことが気に入って、仲良くなりたいなんて思っていた先輩の喜びが伝わってくる。
それからすぐに打ち解けて、たまに放課後に二人で生徒会の業務をした後に寄り道して、買い物やカフェ巡りなんかをしたこともあって――
『――あ、あのっ!あたし、先輩のことがずっと好きで――』
――そして僕はつい先週に綾瀬さんから告白されたことを思い出して、同時に全てを理解することができていた。
結局あの薬の効果は正しいもので、ただ、綾瀬さんがこの身体に……堀口玲香に恋愛感情を抱いていたというだけの話だったのだ。
(ふふっ、顔真っ赤にして恥ずかしそうにしてる綾瀬さん、可愛いなぁ。 でも、こいつは……)
記憶を辿るごとに、この身体が考えていたことを識っていくごとに、次第に堀口玲香への苛立ちが込み上げてくる。
『私』はその場では返事を保留にしたけれど、記憶を読む限り綾瀬さんのことを受け入れる気は全く無いようだった。むしろ可愛い後輩だと思っていた彼女が同性愛者だったことが分かり、本人に伝えてはいないものの「気持ち悪い」と軽蔑の念すら抱いている始末で。
「……くくっ、あははははっ! そっか、別に僕が何もしなくても綾瀬さんは振られる運命だったんだ……」
綾瀬さんと彼女の想い人との仲を引き裂くために、胡散臭すぎる薬にまで手を出した自分の道化具合に思わず笑ってしまう。彼女が振られることは既に決まっていて……というよりも、どうやらこの女はまともな返事すらしないつもりだったらしい。
断れば間違いなく気まずくなるから生徒会の任期が終わるまでは適当に誤魔化しておこう、だなんて、綾瀬さんの想いを蔑ろにして、あまつさえ彼女の好意をとことん利用する気でいたことが思い出せる。
「…………むかつくなぁ」
呟くと同時に、今まで感じたことが無いような激情が胸の内から湧き上がってきた。
鏡に映るこの女は僕が欲してやまなかった綾瀬さんからの愛を向けられたばかりでなく、それを踏みにじろうとしていて……そんな堀口玲香への妬みが、憎悪が、どす黒い感情の数々が心の中で渦を巻いているのを感じる。
ただ性別が同じだというだけで僕の綾瀬さんのことを「気持ち悪い」だなんて、何様のつもりなんだろうか。僕がこいつなら絶対そんなことは思わないのに。もし僕がこいつなら彼女の全てを受け入れてあげることができるのに。僕が、『堀口玲香』なら――
***
「ごめんね?せっかくの休日なのに突然呼び出しちゃって」
「い、いえいえっ!そんなのいいんですよ!」
翌日、僕は堀口玲香の身体に憑依したまま次の日の朝を迎えていた。
今日は授業も無い土曜日。大事な話があるからどうしてもと、使っている部活がないため人も寄り付かない第3体育倉庫で会う約束を取り付けていたのだ。
そこは綾瀬さんが堀口玲香に告白をした場所でもあり、要件を察しているからか彼女は先ほどから緊張した面持ちでせわしなく視線を泳がせている。
そんな彼女の愛らしい姿を眺めていたいところではあったけど、あまり焦らすのもかわいそうなのでさっさと本題に入ることにした。
「それで……今日来てもらったのは、この間の返事をしようと思ったからなの。大事なことだし、ちゃんと直接会って伝えた方がいいかなって」
「こ、こないだのって、その……」
綾瀬さんは顔を真っ赤にさせ、しどろもどろになりながらも僕の言葉をじっと待っていた。
あとはこの場で彼女のことを振って、こいつのことを諦めてもらえばそれで終わり。それから元の身体に戻って傷心の綾瀬さんを慰めるのが当初の計画だったんだけど――
「あの時ね、綾瀬さんにああ言ってもらえて本当に嬉しかったの。……だって、私も同じ気持ちだったんだから」
「えっ!?あ、あの、それって……」
「ええ、返事が遅くなってしまってごめんなさい。 私もあなたとずっと一緒にいたいと思っているわ、恋人として……♡」
「っ……せ、せんぱぁいっ!!♡」
「きゃっ!? ふふっ、綾瀬さんったら」
感極まったように抱きついてきた綾瀬さんを受け止めて、柔らかい身体をそっと抱きしめる。女の子特有の甘いような匂い鼻腔を満たし、幸せな気持ちでいっぱいになっていく。
こんな風に彼女に密着するのは初めてで、これ以上のことすら許される『恋人』という立場ごとこの身体が自分のモノになるのだという事実にどうしようもないほどの歓びが込み上げてくる。
そう、僕は元の身体には戻らず、堀口玲香の身体のままこの先も生きていくことに決めていたのだ。
だって、元のこいつの魂はこの身体には相応しくないから。せっかく綾瀬さんに愛されている身体だというのに、その中身が彼女のことを軽んじる最低な人間だというのは綾瀬さんがあまりにも可哀そうだ。
……だから、僕が成り代わってやることにした。この身体を使うに相応しい、綾瀬さんのことを誰よりも愛している僕が。
僕が堀口玲香として綾瀬さんと結ばれる。それがきっと世界のあるべき姿で、あの憑依薬は間違った現状を正すために僕に託された物だったのだろう。
しばらく抱き合ったまま、彼女の体温を感じることができる幸福感に浸っていたのだが……ふと、綾瀬さんがすすり泣く声が聞こえてきた。
「ぐすっ、うぅ……」
「ど、どうしたの!?ごめん、何か嫌だった?」
「い、いえ、その……う、嬉しくて……! 実を言うと振ってもらって……あ、諦めるつもりで告白したんです。それで先輩のことをそういう目で見るのもやめにしようって。 でも、受け入れてもらえるなんて……!」
そういえば、綾瀬さんの泣き顔なんて初めて見たかもしれない。いつだって明るく快活で、むしろ誰かの相談相手になっているところをよく見かけて。
そんな彼女が感情を露わにしてくれている"特別な相手"が僕なのだという優越感に浸っていたのだが――そっと頬に手を当てられ、彼女に向き合うように正面を向かされる。潤んだ瞳のまま頬を紅潮させている綾瀬さんの顔が少しずつ迫り、思わず生唾を飲み込んでしまう。
「ずっと……初めて会った時からずっと、何度も思い描いてたんです。先輩と、いつかこんな関係になれたらなって。 好きです、堀口先輩っ……♡」
「んっ……♡」
綾瀬さんの柔らかくぷるぷるとした唇が、僕の唇にそっと重ねられた。『僕』としては生まれて初めてのキスの感触に思考が蕩け、幸せな気持ちで頭が満たされていく。
(綾瀬さんの唇、柔らかくてきもちい――)
(う、嘘!?どうして私、綾瀬さんと!? おえぇっ、気色悪い……)
その瞬間、自分の中に自分ではない声が響くのと同時に、全身にぞわっと鳥肌が立つのを感じた。生理的な嫌悪感に苛まれ、反射的に口を離してしまう。
「せ、先輩……?」
僕がキスを拒んでしまったせいで不安そうな表情を浮かべる綾瀬さんへの愛おしさと罪悪感が募るが、同時に、僕の中に在るもう一つの心が混乱と嫌悪感を見せているのも感じる。僕がこの身体に入った時に眠りについていた魂……本来の堀口玲香の魂が、憑依してから時間が経っているせいでほんの少しではあるが目覚めようとしているみたいだった。
僕と綾瀬さんのことをどこまでも邪魔してくる堀口玲香に心底苛立ったが、その魂にほとんど意思がなく、限りなく無防備な状態にあることも感じていた。どうやら、僕がこの身体の脳みそを使っているせいで意識を覚醒させることができないらしい。それなら――
「すっ、すみませんでした!調子に乗って、いきなりこんな……きゃっ!?」
申し訳なさそうな表情で必死に謝る綾瀬さんの肩を掴み、そのまま体育マットの上にそっと押し倒す。
目の前には突然のことに驚きつつも頬を赤らめさせている可愛らしい綾瀬さんがいて、それを前にして少しだけ心がざわついたものの、それ以上の悦びで身体が満たされていった。
そう、例えこの身体の元の持ち主が嫌悪感を示しているとしても、そんなものは僕の想いで上書きして、塗り潰してしまえばいいだけの話なのだ。なにしろ、こうして綾瀬さんと一緒になることを僕はずっと夢見てきて、その『僕』が今はこの身体の支配者なのだから。
緊張した面持ちを見せる綾瀬さんにぐっと顔を近づけ、今度は自分から唇を奪っていく。
「んっ……ふ、はむっ……♡」
「っ、せ、せんぱいっ……♡んんっ♡」
綾瀬さんがしてくれた時のような、ただ触れるだけの優しい口づけではなく、今度は舌をねじ込んで彼女の口内を愛撫していく。堀口玲香が培ってきたテクを利用した舌使いは相当なものらしく、気持ちよさそうにびくっびくっと身体を震わせる綾瀬さんのことが愛おしくてたまらない。
そして、そんな幸せに浸ろうとしていると再び耳障りな声が心の中に響いてきた。
(やだ、私また……!?うぅ、気持ち悪い……女同士でこんなこと……)
僕に綾瀬さんを拒絶させようとする雑音が聞こえてくるが、もはやこの肉体の持ち主ではなくなったその声が僕の意思を縛れないことは分かっていた。そんな弱り切った無防備な魂の声を覆い潰すようにして、今や僕自身のものでもある『堀口玲香』の心の声を重ねていく。
(気持ち悪いわけなんてないでしょう?だって『私』は、綾瀬さんとこうしてエッチすることをずっと夢見てきたんだから♡)
(えっ……?あ、あれっ?そうだったかしら……でも、何かが違――)
(ふふっ、本当に夢みたいよね♡ずっと大好きだった綾瀬さんとこうして愛し合えることができているなんて……♡)
(う、あぁっ……?わたし……そう、だったんだっけ……? うぅ……あやせ、さん……っ♡)
脳裏にこべりついていた嫌悪感が徐々に薄れ始めているのが分かる。綾瀬さんのことを愛おしいと想う感情が脳みそを満たしていき、さっき以上に魂と肉体が同じ気持ちでいることが分かる。
どうやら、元の堀口玲香の魂が少しずつ『僕』に侵食され、僕が持っている綾瀬さんへの愛情を自身のものだと思い込み始めているようだった。ちぐはぐだった心と身体が一致してきたおかげなのか、彼女と口づけを交わしている僕自身も気づけば身体中が熱と疼きで満たされている。互いに完全にスイッチが入り、どちらから言うでもなく制服を脱いでいく。
(っ……どうしてぇ……♡私、女の子相手にこんな――)
(はぁぁぁっ♡♡綾瀬さんの裸、こんなに綺麗だったんだぁ♡♡♡ 綾瀬さんっ、綾瀬さん……♡♡♡♡)
相変わらず頭の中で雑音が響いているが、そんなものはもう気にもならないほどの興奮と劣情で頭の中がいっぱいになっていた。ずっと憧れてきたクラスのアイドルが、他でもない僕だけのためにその綺麗な素肌を晒してくれている。そんな元のカラダではあり得なかったであろう夢のような光景に目を奪われ、夢中になってしまう。
「……ふへっ♡ほんとエロすぎるよぉっ♡綾瀬さんの生おっぱい……♡」
「も、もう!先輩ったらいきなり何言いだすんですか!?」
「えっ!?あっ、い、今のは、その……」
そうして油断していたからか、うっかり『僕』本来の欲望にまみれた言葉が口をついて出てしまう。慌てて取り繕おうとしたのだが……彼女は僕を怪しむようなそぶりは見せず、顔を赤くしながらもゆっくりと身体を近づけてきた。
「……それを言うなら、先輩の方がえっちなおっぱいしてるじゃないですか。 大きいし、形もこんなにキレイで……♡」
「ひゃっ、ん、んぅ……あぁんっ♡♡」
つーっと首筋から乳房へと指を滑らせられ、優しい手つきで胸を揉みしだかれる。身体の記憶にあった男の手による雑な触り方とは全く異なる、慈しむような手つき。女のカラダの気持ちいいところを知り尽くしているかのような愛撫による快感で身体が震え、たまらず甲高い嬌声を漏らしてしまう。
「あはっ♡先輩ってえっちの時はそんな声出すんですね、かわいいっ……♡」
「きゃう、ぅうんっ♡♡ 綾瀬さん、あやせさんっ……♡♡」
綾瀬さんの柔らかい手で乳房を揉まれて、綾瀬さんの白魚のような綺麗な指でくにくにと乳首を弄ばれて、快感で蕩けそうな頭の中には綾瀬さんの可愛らしい声が響いている。まるで天国のような……いや、天国ですらここまでの幸福感は味わえないだろう。
元の僕だった時では決して知ることのなかった幸せ。元の『私』が愚かにも捨てようとしていたこの幸せが欲しい、手放したくないという想いが強まっていき、同時に僕の魂とこの肉体がもっと深いところで求めあい、結びついていくのを感じていた。
「……ねえ、綾瀬さんのも触っていい……?」
「っ……♡も、もちろんですっ♡♡ 先輩のみたいに立派じゃないですけど……んっ、あぅぅっ……♡♡」
彼女からの許しを得て、綾瀬さんの豊満な乳房を両手で揉みしだいていく。今まで制服越しでもチラ見をすることしかできなかったあの巨乳を直接揉んでいる、という事実だけで興奮が抑えられず、更に呼吸が荒くなっていった。
僕の愛撫で彼女も感じてくれているのか、しばらくは熱い吐息を漏らしながら互いの乳房を触りあっていたのだが――不意に綾瀬さんはその手を止めると、潤んだ瞳で僕のことをじっと見つめてきた。その綺麗さに息を飲んでいると、胸に添えられていた指が更に下へと滑り、下腹部を愛おしそうな手つきで撫でてくる。
「せんぱい、あたしもう我慢できないです……♡♡ 一緒に、もっと気持ちよくなりましょう?一緒に……♡♡」
「綾瀬さん……♡♡」
すりすりと子宮の上を撫でまわす細い指、物欲しそうな瞳で僕を見つめながら耳をくすぐるように囁かれる誘いの言葉。そんな甘美すぎる誘惑を前にして、もはや我慢できるはずもなかった。
お互いの乳房を押しつぶしながらぎゅぅっと抱き合い、初めて触れる自分のモノ以外の女性器にそっと右手を這わせていく。自分のとはどこか感触の違うソレは滴るほどの愛液で濡れそぼっていて、僕との行為にこんなにも興奮してくれていた綾瀬さんへの愛おしさで頭がどうにかなってしまいそうだ。
「っ……そ、それじゃあ挿れますね……? あっ♡っぅう……♡♡」
「うん、私も……ひぅっ!?♡♡ んっ……くぅんっ♡♡」
彼女の膣内に指を差し挿れて、彼女の指先が僕のナカに入り込んで、シンクロしているかのように抱き合った身体がびくんっと震える。思わず見つめあった綾瀬さんの顔は物欲しそうでたまらないと言わんばかりの蕩けた顔をしていて……きっと今の僕も同じような表情を浮かべているのだと思うと、彼女と何もかもを共有できているような幸福感で満たされていく。
(こんなの、おかしいのに……女の子、相手に……? ……ううん、女の子だから、女の子同士だから……こんなに気持ちいいんだ……!♡♡)
『私』の魂が微かに発している本能的な拒否感すら、もはや興奮を助長するためのスパイスでしかなかった。
だって、『私』の記憶のどこにもこんなに気持ちがいいことなんてなかったから。いつものオナニーも男とのセックスも全く違う、カラダだけでなく心まで全部がきもちい満ち足りた行為。僕の魂がこの身体に宿ったことで識ることができたそれを、僕だけでなく堀口玲香の……『私』の魂も少しずつ受け入れつつあるのが伝わってきた。
「先輩、すっごく可愛いです♡おまんこがきゅうって締まって……あんっ♡♡あたしの指で感じてくれてるんですね……♡♡」
「(んっ、ふあぁっ♡♡あっ、それ、だめぇっ♡♡)」
自分でシている時よりも段違いに深い快感に、身体と心の声が重なって発せられる。綾瀬さんの手による快感で『私』の魂がほぐれ、僕自身に混ざりあっていく。それはまるで僕が『私』の全てを手に入れる助けを綾瀬さんがしてくれているようで、あまりの歓びと愛おしさにたまらず唇を奪っていた。
((すきっ♡♡綾瀬さんだいすきぃっ♡♡♡ もっと、もっとぉ……っ♡♡♡♡))
火照り切った全身をぎゅぅっと密着させたまま舌を絡ませ合って、触れている乳房を伝うお互いの鼓動を感じ合って、お互いの一番キモチいいところを触り合いひたすらに快感を貪っていく。その全てが女の子として生きてきた私が知らなかった、知れなかったもので、その全てを心から味わい尽くすために男の魂である僕の中へと私が溶け込み、混ざり合っていく。
気持ちよくて愛おしくて、また綾瀬さんの顔が見たくて唇を離すと、彼女はとろとろに蕩けた瞳で僕のことを見つめていた。
「ぷはっ……♡ っ……す、すみません、あたしキス弱いみたいで♡もう、イっちゃいそうに……っ♡♡」
「(っ~~~♡♡ いいわよ、一緒にイきましょう♡♡私ももうずっと限界なのっ♡♡♡♡)」
「せ、せんぱぁいっ♡♡♡♡」
嬉しそうな声と共に、今度は綾瀬さんの方から唇を重ねられる。大好きな綾瀬さんに求められる悦びだけで全身が快感に震え、追い打ちをかけるようにぐちぐちと弄られている女性器の快感が重なり、膨れ上がっていく。綾瀬さんも感じているのか指のピストンがどんどん激しくなっていって、僕もそれにつられるようにぐちゅぐちゅと秘所をかき混ぜる手の動きを早くしていって――
「「~~~~~~っっっ♡♡♡♡♡♡♡」」
大きな快感の塊が弾けたかと思うと、びくんっ!とどちらからともなく身体が跳ね、次の瞬間にはお互いがお互いに倒れ込むように身体を預け合っていた。
絶頂の余韻の中、私だった魂が僕の中に溶けていくのを感じる。もう一人の魂が自分の中に居た感覚もなくなり、この身体に宿っている僕自身が紛れもない『堀口玲香』であるという強い実感が残っている。ついにやった、僕は本当の意味で綾瀬さんの唯一の彼女に……堀口玲香という存在に生まれ直すことができたのだ。
「……うふふっ」
「ふぅ、ふぅ……ど、どうしたんですか?」
「ううん、体力があんまり無い綾瀬さんも可愛いなぁって思って♡」
「も、もうっ、揶揄わないでくださいよ!」
小さく息を整えている綾瀬さんの顔を見て思わず零れてしまった笑いを適当に誤魔化す一方で、僕は少し安心していた。綾瀬さんのことを一時は「気持ち悪い」と思っていた私が混ざったにも関わらず、変わらず彼女のことを「可愛い」と思えた自分に対して、だ。むしろ綾瀬さんに嫌悪感を抱いていたことを思い出したくもない記憶のように感じて……そんな風に"自己嫌悪"している自分がいることに気づき、改めて自分が堀口玲香になったのだということを実感するのだった。
***
「はぁっ、はぁっ……ご、ごめん!遅くなっちゃって……!」
「ううん、いいのよ。私もさっき来たばかりだから」
駅の改札前で文庫本を読んでのんびりと人を待っていると、待ち合わせ時間をほんの少し過ぎた頃に息を切らせた結衣ちゃんがやってきた。
たったこれだけの遅刻なのに律儀にたくさんのメッセージを送ってくるところとか、体力があまりないのに必死に走って間に合わせようとしてくれる健気さとか。行動の全てがいちいち可愛らしい結衣ちゃんと過ごす日々は飽きようもなく、むしろますます彼女への愛情が募っていく一方だ。
あの日、憑依薬を飲んで堀口玲香になった僕は、結衣ちゃんとの幸せな毎日を過ごしていた。彼女と交際していることも特に周りに隠さなかったせいで当初は友人らから正気を疑われたりもしたが、弁の立つ私が上手く言いくるめたことによって今では誰もが認めるカップルとして堂々と仲良くできている。
そして今日、夏休みに入ったこともあり結衣ちゃんが以前から行きたいと言っていたテーマパークへ泊りがけの旅行に行くことになっていたのだが……
「大丈夫?もしかして酔っちゃった?」
「う、ううん?そういうわけじゃないんだけど……」
新幹線に乗ってからというもの、結衣ちゃんの様子はどこかおかしかった。顔色が優れないというよりか、どこか落ち込んでいるような、思い詰めているような表情を浮かべている。
「……実はね?今日、クラスメイトのお葬式に行ってきたんだ。 それでちょっと遅れちゃったんだけど……」
やがてポツリポツリと、彼女は懺悔をするように言葉を続けていった。
どうやら、数週間前から意識不明だったクラスメイトの男子が少し前に亡くなったのだとか。なんでもその男子は意識不明になる前に結衣ちゃんに告白をしていて、振られたショックで自殺でもしたのではないかと噂になっているらしく――
(……ああ、なんだ。『僕』の話か)
そこまで聞いてようやく、彼女が話しているのが僕の以前の身体のことだと気付いた。そういえば元の身体がどうなったかなんて気にもしてなかったけど……そうか、死んだのか。
「……あたし、間違ってたのかな」
「え?」
「もしあたしが断ってなかったらって、ずっと考えてて……」
僕としてはとっくにどうでもいいことだけど、結衣ちゃんはだいぶ思い詰めてしまっているらしかった。いつもの明るい彼女には珍しく、声からも表情からも罪悪感がひしひしと伝わってくる。
(一応、前の僕のこともちょっとは気にしてくれてたんだ。それなら……)
ちょっとしたいたずら心から、「僕がその男子だって言ったらどうする?」なんて言いかけたものの、結局口から言葉としては出てこなかった。
どうせ信じられないだろうっていうこともあるけど……何より、今の僕自身が"そう"は思えなくなっていたから。もう今の僕は堀口玲香なのだと、そうとしか思えなくなっていたから。
だから、呑み込んだその言葉の代わりに、玲奈ちゃんの頭を優しく撫でながら言葉を紡いでいく。
「気に病まないでいいのよ。 別に、あなたのせいだって遺書があったわけでもないただの噂なんでしょう?」
「そうだけど、でも……」
「仮にそうだったとして、そうなってしまうことが分かっていたとして……彼と付き合ってた? そしたら私と恋人同士じゃなくなってたかも……」
「も、もー!落ち込んでる時にそんないじわる言わないでよ!」
「あははっ、ごめんごめん」
少しふざけて意地悪く問いかけると、結衣ちゃんはぷうっと頬を膨らませながら僕の肩を叩いてきた。ようやくいつもの調子が戻った彼女の姿に、思わず顔が綻んでしまう。
「でも、本当よ?私は結衣ちゃんがした選択を後悔してほしくないの。あなたがそのクラスメイトじゃなくて私を選んでくれたからこそ、こうして一緒にいることができているんだから」
それは、紛れもない僕自身の本心だった。
振られた時は死んでしまいたいとすら思っていたけれど、そのおかげで僕は堀口玲香になることができたんだから。もし奇跡が起きて元の身体で玲奈ちゃんと付き合えていたとしても、今ほどの幸せは待っていなかっただろうから。
「……だからあなたを責めるような噂なんていったん忘れて、今は私のことだけ見てくれると嬉しいかな」
「れ、玲香さんっ……♡」
「きゃっ!? い、一応他のお客さんもいるから……後で、ね?」
感極まったように抱き着いてくる結衣ちゃんをやんわりとたしなめて……こんな他愛のないやり取りすら愛おしくてたまらない。
本当に……あの日振られてよかった。躊躇わずに憑依薬を飲んでよかった。結衣ちゃんが堀口玲香に好意を抱いていて……そのおかげで、僕が私になれて本当に良かった。
そんな奇跡の積み重ねによって生まれた幸せを噛みしめながら、僕は最愛の恋人の手をそっと握るのだった。
Comments
ありがとうございます!
メス牡蠣
2023-08-29 13:47:59 +0000 UTC最高でした!
wao
2023-08-28 16:18:41 +0000 UTC