ボツ小説1
Added 2024-12-31 10:00:00 +0000 UTC1万字くらい書いたものの、んあーってなってボツにしたやつです。
入れ替わるとこまでは出来てたからせっかくなので途中まで載せておきます。
「美優ちゃんさあ、そろそろ辞めた方がいいんじゃないの?」
夕方の炊き出しボランティアが終わり、その片づけをしていた最中。ボランティア団体の先輩である志保さんから突然そんなことを言われた。
「えっと……やめるって、一体何をですか?」
「いやいや、分かるでしょ? ウチを抜けたらどうかって話。 美優ちゃんって確か中3だったよね。内申点はもう充分稼げただろうし、そろそろ受験勉強に集中した方がいいんじゃないかな~って」
「ああ。そういうことでしたか」
笑顔でそう言われて、思わずホッとしてしまう。というのも、彼女には嫌われてしまっているものだとずっと思っていたのだ。
志保さんは近所の大学に通っている大学生のお姉さんで、私を除けばボランティア団体で唯一の女性だった。だから仲良くしたかったんだけど、話しかけるといつも嫌な顔をされてしまっていて……そんな志保さんがこうして話しかけてくれて、その上私の進路まで気にかけてくれていたという事実に顔が綻んでしまう。
「ちょっと、何ニヤけてんの?」
「い、いえ、なんでもありません! 私のことなら心配していただかなくても大丈夫です。今通っているところは中高一貫の女子校なので、そもそも受験自体が無いんですよ」
「……は?何それ」
笑顔だった志保さんの顔がみるみる不機嫌そうなものへと変わっていく。もしかして、私はまた何か変なことでも言ってしまったのだろうか。
「えっと……ですので、ボランティア活動は今まで通り続けられますし、高校生になってもずっと続けたいなって……」
志保さんは大きく舌打ちをすると、私が言い終える前にスタスタと歩き去ってしまった。
追いかけて謝るべきかどうか悩んでオロオロしていたところ、彼女と同じ大学に通っている男の先輩、勇吾さんに声を掛けられる。
「おっかねえなあ。美優ちゃん、大丈夫だった?」
「は、はい。私は大丈夫ですけど、それより志保さんが……」
「アイツのことなら気にしなくていいよ、就活全落ちして八つ当たりしてるだけだから。……まあ、それにしたってあの態度は大人げ無さ過ぎるけどな」
勇吾さんは遠くの方で作業している志保さんにちらりと目を向けると、少し怒ったような声色でそう付け加えた。
そういえば以前、二人が付き合っているという話を耳にしたことがある。このままだと私のせいで関係がぎくしゃくしてしまうのでは……そう思った私は、慌てて話題を逸らした。
「そ、そういえば、今日も権蔵さんは来ていませんでしたね」
「権蔵? そんな名前のやつウチにいたっけ」
「いえ、ボランティアではなくて、炊き出しに来ている方のことです。ほら、いつも茶色いニット帽を被っているあの……」
「茶色いニット帽って……げ。 それ、まさかあのセクハラジジイのこと言ってんの?」
「そ、そんな風に言わないであげてください! 何度も言いますけど、あれは事故だったんですから」
権蔵さんは公園に住んでいるホームレスの方の一人で、いつも笑顔で気さくに話しかけてくれる優しい男性だ。
そんな彼が来なくなってしまったのはつい先日のこと、とある事故がきっかけだった。
いつものように炊き出しを渡そうとしたところ、立ち眩みでよろけた彼の手が偶然私のお尻に当たってしまったのだ。
すぐに謝ってくれたものの、その場面を見ていた勇吾さんがそれをわざとだと勘違いしてしまい、挙句の果てには取っ組み合いにまでなってしまって……それ以来、彼は炊き出しどころか公園にも姿を見せなくなってしまっていた。
「もう随分と寒くなってきましたから、温かいものを差し入れてあげたいんですけど……心配ですよね」
「う、うーん……。美優ちゃんのそういう優しいとこ、俺は好きだけどさ。親切にする相手は選んだ方が良いよ? 特にあのオッサンは絶対危ない奴だから、近づかない方がいいって」
「危ないだなんて、そんな――」
「別にいいんじゃない?美優ちゃんの好きにさせてあげれば」
背後から聞こえてきた声にハッとして振り返ると、そこには志保さんがいつの間にか立っていた。
「何だ、いたのかよ。盗み聞きすんなよな」
「は?ふつーにお喋りに来ただけですけど。 ていうかさあ、もうほっといて好きにさせてあげたらいいじゃん。こういう子はいっぺんレイプでもされて痛い目見ないと分かんないんだから」
「あ、あの」
「お前……言っていいことと悪いことがあるだろ、少しは考えろよ」
仲裁しようとしてみたものの、明らかに険悪になってきた二人の言い合いに思わず口を噤んでしまう。
大人同士の口論に口を挟めるはずもなく、私はただオロオロとすることしかできなかった。
「ごめーん、あたしバカだから分かんないや。 ていうか……あは。結局またそうやってその子の肩持つんだね、彼女のあたしじゃなくて。 やっぱり惚れてるんだ?」
「い、今はそういう話してないだろ!話をすり替えるなよ!!」
「……否定しないんだね」
「っ……!」
数秒の沈黙の後、パチンという乾いた音が辺り一帯に響く。それは志保さんが勇吾さんの頬を叩いた音だった。
「きっしょ。死ねよロリコン野郎」
「んだと……!」
――それからはもうあっという間で。勇吾さんが志保さんに掴みかかったのを皮切りに、目の前で掴み合い殴り合いの喧嘩が始まってしまった。
私はというものの突然のことに頭が真っ白になってしまい、ただオロオロと二人の喧嘩を眺めることしかできなかった。
やがて騒ぎに気付いた他の先輩達が止めに入ったことで事態は収まったものの……問題を起こした二人は脱退することになり、ボランティア団体も一週間の活動停止を余儀なくされたのだった。
***
「はぁ……」
翌日の朝。公園を散歩がてら日課のゴミ拾いをしながら、今日何度目かも分からないため息が漏れてしまう。
昨日のことを思い出すとどうしても気分が落ち込んでしまう。目の前であんな大喧嘩を見てしまったのに加え、どうやらその原因が私らしいのだ。他の先輩達は気にしなくていいって言ってくれたけど……気にするに決まってる。
「権蔵さんがいてくださったらよかったのですが……」
ここ最近、こういう学校の友達に言えないような悩みを抱えた時に相談に乗ってくれていたのが権蔵さんだった。彼はいつも私の話を親身になって聞いてくれて、時には大人の視点からのアドバイスをくれたりもして。
勇吾さんは「危ない奴」だなんて酷いことを言っていたけど、彼のそんな優しい一面を知ればきっと考えを改めてくれるはず。そう思ってたのに……結局、その機会を私が奪うことになってしまった。
「はぁ……」
「なんだ嬢ちゃん、随分と落ち込んでるじゃねえか」
背後から掛けられた声にハッとする。慌てて振り返るとそこにはいつもと変わらない笑みを浮かべる権蔵さんの姿があった。
「権蔵さん……!よかった、ここ数日炊き出しにいらっしゃらなかったので、何かあったんじゃないかって心配してたんですよ」
「はははっ、心配かけちまって悪かったな。ま、ちょっとした野暮用だよ。 ……で、何かあったのか?」
権蔵さんのテントに招かれた私は、(彼が悪く言われていたことを除いて)昨日の出来事を打ち明けていた。
彼は相変わらず、まるで自分のことのように親身になって話を聞いてくれて、それだけで沈んでいた心が少しだけ楽になってくる。
「――というわけなんです。やっぱり私が何かしてしまったせいなんでしょうか……」
「何言ってんだ、嬢ちゃんは全く悪くねえって。つーかそもそも、あいつらは元々破局寸前だったと思うぜ?」
「そうなんですか?」
「大人の勘ってやつでな、この歳になりゃカップル見ただけで別れるかどうかって分かってくんだよ。 嬢ちゃんは運悪く別れ話に巻き込まれただけの被害者ってやつだな」
「そ、そうなんでしょうか……」
「ああ、だからそんな気にすんなって。 ……それより、心配事は本当にそれだけなんだよな?」
念を押すようにそう言いながら、権蔵さんはどこか探るような視線を私へと向けてきて……その瞬間、何故か背筋がゾクリと震えたような気がした。
「っ……!?」
「ん、どうかしたのか?」
「い……いえ、何でもないです。おかげさまで悩み事は全部スッキリしました」
「ならいいんだ。嬢ちゃんに何かあったら俺も困るしな、また何かあれば遠慮なく相談してくれよ」
「ふふっ、ありがとうございます」
一瞬嫌な予感がしたような気がしたけど、彼の笑顔を見てすぐにそれが杞憂だったと思い直した。
こんなにも親身になってくれる優しい人が何かをしてくるわけがない。それは分かっていたはずなのに……もしかすると、昨日勇吾さんから言われたことを無意識の内に気にしてしまっていたのかもしれない。
「……話は変わるけどよ、今日は俺からも嬢ちゃんに相談したいことがあんだ。聞いてもらっていいか?」
「もちろんです!権蔵さんにはいつもお世話になってますから、私なんかでよければ何でも話してください」
「ああ、ありがとよ。 実はな――」
そうして聞かされた彼の身の上話は、私のちっぽけな悩みなんて比にならないくらいに深刻なものだった。
彼は離婚した元奥さんに騙されるような形で莫大な借金を押し付けられたらしく、そのせいで路頭に迷ってホームレス生活を余儀なくされているそうだ。それだけでも酷い話なのに、彼は借金を抱えさせられたばかりか子供の親権まで奪われてしまったらしい。
そんな中、娘さんが重い病気に罹ったことを偶然知って、居ても立っても居られず会おうとしたものの元奥さんに門前払いされてしまったようで――
「――俺の娘も、丁度嬢ちゃんと同じくらいの歳でな。嬢ちゃんを見てるとどうにも娘を思い出しちまって……って、だ、大丈夫か?」
「ひっ、ぐすっ……!だ、だってぇ……!そんなのあんまりじゃ……ないですかぁ……! 大切な家族なのに、そんな……ぐすっ、うぅぅ……!」
話に耳を傾けているうちに自然と涙が滲んできてしまい、気が付けば私は嗚咽交じりに泣き始めてしまっていた。
もし自分が同じような境遇にいたらと考えるだけで胸が張り裂けそうになる。きっと彼も同じくらい、いや、きっとそれ以上に悲しくて苦しいはずで……そう思うと涙が止まらなかった。
「そろそろ落ち着いたか?」
「は、はい……ぐすっ。……すみません、見苦しいところをお見せしてしまって……」
「気にすんなって。こっちこそ、こんなおっさんの長話に付き合わせちまって悪かったな」
「あの……何か私に協力できることがあれば遠慮なく言ってくださいね。きっと力になります……いえ、なりたいんです」
「……本当か?」
「え、ええ」
私の言葉を聞いて、権蔵さんはニヤリと口角を上げてみせた。普段の優しげな笑顔とは少し違った印象を受けるその笑みに……何故か、また背筋に悪寒のようなものを感じる。さっきも感じた嫌な予感がぶり返してきて、思わず少しだけ身構えてしまう。
そんな私の心中を知ってか知らずか、彼は立ち上がるとテントの隅をがさごそと漁りはじめた。
やがて何かを2つ手に取ると、その片方をおもむろに手渡される。どうやらネックレスのようで、銀色のチェーンの先にはピンク色のハートを象った可愛らしい宝石があしらわれていた。
「あの、これって一体……」
「単刀直入に言うぜ。嬢ちゃんの身体を俺に貸してくんねえか?」
「…………え?」
言っている意味が理解できなくて、思わず素っ頓狂な声が漏れてしまう。
「貸す」って、私が知ってる言葉と同じ意味でいいんだろうか。私の身体を……貸す?よく考えても意味が分からない。
「ははっ、まあいきなりこんなこと言われても分かんねえよな。 今渡したネックレスなんだが、いわく付きの代物らしくてな。これを身に付けてちょっとした儀式をすると、お互いの魂が入れ替わっちまうんだと」
「入れ替わるって……つまり私が権蔵さんになって、権蔵さんが私になるってことですか?」
「お、察しがいいじゃねえか。つまりはそういうことだ。 俺の姿だと娘に面会に行っても門前払いされちまうが、嬢ちゃんの姿なら友達とか言っておけばきっと通してもらえると思ってな。我ながら良い作戦だろ?」
「えっと……」
何と声を掛けていいのか分からず、言葉に詰まってしまう。
確かにそれなら娘さんに会いに行けるのかもしれないけど、そもそもの前提がおかしいのだ。魂が入れ替わるなんてアニメのようなことが現実で起きるわけがない。
けど……
「……分かりました、とりあえず試してみましょうか」
「い、いいのか!?」
「ええ、もちろんです。言ったでしょう?権蔵さんの力になりたいって」
そう言いながら、渡されたネックレスを首に着けてみる。
もちろん、これを身に付けて本当に入れ替わるだなんて信じてはいない。けど、こんなおまじないに縋りたくなるまでに追い詰められてしまった可哀そうなこの人を少しでも慰めてあげたかったのだ。
「へへっ、こうもすんなりいくとはな……」
「着けましたけど、これでいいんですか?」
「ん?ああ、バッチリだぜ。 後は儀式なんだが、嬢ちゃんの方は俺に……古谷権蔵になりたいって言うだけでいいんだ。簡単だろ?」
「それだけでいいんですか?分かりました。 私は古谷権蔵さんに…………」
言いかけたところで、まるで息が詰まったかのようにその先の言葉が出なくなってしまう。あとはたったの四文字、「なりたい」とだけ言えばいいだけなのに、彼の胸元で光っている碧く濁ったような宝石を見た瞬間、このままだと何か取り返しがつかないことが起きてしまうような胸騒ぎを覚えたのだ。
「どうしたんだ、嬢ちゃん? 固まっちまって」
「あ、ぅ……その……。 や、やっぱりまた今度でもいいですか? 何か嫌な予感がしてしまって……」
「そ、そうか。まあ、嬢ちゃんがそう言うんなら仕方ねえな」
もしかしたら怒られてしまうかもと思ったけれど、権蔵さんは思いのほかあっさりと受け入れてくれた。そして、その表情は怒ってるというよりもすごく悲しそうで……
「実はさ。俺の娘、余命残り一ヶ月だとか言われてんだよ。だからなるべく元気なうちに会ってやりたかったんだが……いや、嬢ちゃんには関係ない話だったな。忘れてくれ」
「っ……!」
そう言いながら哀しそうに笑う権蔵さんの顔を見て、自分の浅はかな言動が心の底から恥じた。
この人には時間が無くて、だからこそこんなおまじないを信じるまで精神的に追い詰められていたのだ。
そんな事情を汲み取れず、自分の直感なんてものを優先して少しの助けを差し伸べることすら拒もうとしていただなんて……
「ぐすっ……か、関係なくなんてありません! やっぱり……わ、『私は古谷権蔵さんになりたいです』!」
胸騒ぎを無理やり抑えつけてそう言葉にした瞬間、ネックレスの宝石がポウと淡い光を帯びた。見たところ機械とかじゃなさそうなのに勝手に光るなんて、もしかして本当に……?
「あの……これでいいんですよね?」
「ああ、勿論だ。残るは俺の方だな……ひひっ。 俺は…………」
「どうかしましたか?」
「いや、そういえば嬢ちゃんの名前を聞いてなかったと思ってな」
「あれ、以前お伝えしていませんでしたっけ? 私、美優っていいます。鈴岡美優」
「ミユちゃんね、ありがとよ。 さて、『俺はスズオカミユになりたい』っと。これで儀式は完了なはず……なんだが……」
彼がそう口にしたのと同時に、ふわりと全身が浮いたような感覚に見舞われた。
もちろんそれは気のせいで、ちゃんと立っている感覚もある。……そのはずなのに、視界だけがまるで浮いているかのように権蔵さんの方へと近づいていくのだ。彼の胸元にある、青黒い光を放つ宝石に向けて。
気が付けば私は宝石と同じくらいの大きさまで縮んでしまっていたようで、その中にずぶずぶと沈み込みながら視界全体が光で覆われていって――
「――い、今のって一体……え゛っ?」
やがて視界が正常に戻った瞬間、口に出したその声に明らかな違和感を覚えた。
少し掠れたような低い声……男の人のような声が私の口から出ているのだ。いや、違和感は声だけじゃない。視界も少し黄色く濁って見えにくいし、何より身体全体が酷く重くて気怠い感じがする。そして……
「はは……はははははは!すげえ!マジで入れ替わってやがる!」
目の前には権蔵さんではなく、ものすごく見覚えのある女の子がいた。
私と同じ服装。同じ靴。同じ髪型、同じ声……そして、今朝顔を洗う時に見た私の顔と全く同じ顔。紛れもない『私』が……鈴岡美優が、鈴岡美優であるはずの私の前に立っているのだ。
「あ、あの、これって……!?」
「何驚いてんだよ。言ったろ?魂を入れ替えるネックレスだってな」
「た、確かにそう言っていましたけど……すごい。まさか本物だったなんて……!」
あまりに非現実的すぎる体験を前にして、私はある種の感動を覚えていた。作り話でしかないと思っていたことが、今まさに自分の身に起きているのだ。こんな魔法みたいなことが現実に起きるだなんて……夢かと思って頬を抓ってみると、間違いなく現実だという痛みがガサついた頬の感触と共に伝わってくる。
「まあ俺も半信半疑だったが、こうなっちまったら流石に信じるしかねえよなぁ。 これで俺は……」
「ええ、これで堂々と娘さんに会いに行けますね!!」
「あぁ?」
興奮気味に告げた私の言葉に、私になった権蔵さんは怪訝な顔をしてボリボリと頭を掻きながらこちらを見つめてくる。
あれ……何かおかしなことを言っただろうか。だって、彼は病気の娘さんに会うために私の身体を借りようとしてたんじゃ……?
そうやって戸惑っている私に気づいたのか、権蔵さんはハッとしたように口を開いた。
「あ、あぁー……そうだったな。ようやく娘に会えるのかと思ったら嬉しすぎて放心しちまってたぜ」
「十年ぶりって言ってましたもんね……。今すぐ行かれるんですか?」
「そりゃまあ今すぐがいいな。娘が入院してる病院があるのはその、えーと……」
「北海道にあるんでしたよね。まだ朝も早いですし、飛行機の便はあるはず……そうだ!よかったら私のお財布も遠慮なく使ってください」
「いいのか?」
「何かとご入用でしょうから、お父様に渡されているカードがありますのでそちらを使ってください。 暗証番号は――」
それから私は、彼が娘さんのお見舞いに行くのに必要なことを伝えていった。
明日、日曜の夜に戻って来るとのことなので、その分の着替えと旅行鞄がしまってある場所を。荷物を取りに家に入った時に怪しまれないように、念のために両親とお手伝いさんの名前を。娘さんの姿を写真に残したいと言っていたのでスマホの使い方とパスコードを……といった具合で、彼からの質問に一つ一つ答えていく。
「――ありがとよ、もう充分だ。これで安心して娘に会いに行けそうだぜ」
「それならよかったです。 ……あの、お父様とお母様にはくれぐれも……」
「ああ、友達と旅行に行くって言っときゃいいんだろ? 任せとけって、教えられた通り完璧なミユちゃんを演じてやるからよ」
中学生が一人で一泊するとなると、放任主義の両親にも流石に止められてしまうだろう。だから嘘をついてもらうことにしたんだけど……権蔵さんのためとはいえ、両親に嘘をつき続けるのは心苦しい。彼が帰ってきて、身体も元に戻ったら事情を説明して謝ることにしよう。
「おっと、忘れるとこだった」
そう言って権蔵さんは私の首に着いていたネックレスを外すと、私のポーチにしまい込んだ。
「それも持っていかれるんですか? きっと荷物になりますから、こちらで預かりますよ」
「いや、それには及ばねえよ。 それにここに置いといたら誰かに盗まれちまうかもしんねえからな」
「そ、そうですか……」
ここのホームレスさん達はみんな優しいから盗まれる心配なんてしなくていいと思うんだけど……でも、用心するに越したことはないのだろう。
「さてと、そろそろ行くわ。 いやあ、何から何まで助かったぜ……くひひっ♪」
そうやって笑う『私』の顔は今まで見たことが無いような表情をしていて……それを見た瞬間、背筋がまたゾクリと震えたような気がした。
きっと久しぶりに娘さんと会えるのが嬉しいから笑っているだけのはず。そのはずなのに、どうしてこんなにも胸がざわつくのだろうか。
「あ、あの……」
「ん、どうかしたか?」
「いえ、その……」
本当に帰って来てくれますよね?と、喉まで出掛かった言葉を寸でのところで呑み込んだ。権蔵さんが約束を破るはずなんてないのに、どうしてそう思いかけてしまったのだろうか。
「……き、気をつけて行ってくださいね」
「おう、それじゃあな」
そうしてぶっきらぼうに手を振りながらテントを出ていく『私』の後ろ姿を、私はどこか不安な気持ちを抱きながら見送るのだった。
***
「――美優!みーゆっ!」
「んぅ……?」
ゆさゆさと身体を揺すられる感覚を覚え、微睡みの中で目を覚ます。
ぼんやりとした意識の中、重い瞼をゆっくりと開けると、そこには呆れたようにこちらを見つめる少女の姿があった。
「おはよう、美優。もう帰りのホームルーム終わったよ?」
「え……? ほんとだ、もうみんな帰ってますね」
教室の中を見渡すと、クラスメイト達は既に誰一人残っていなかった。
私ったら、いつの間に眠ってしまったのだろうか。6時限目の数学あたりからすっかりと記憶が抜け落ちている。
「ほんとだ、じゃないよ。最近だらしなくない? 居眠りなんて今まで絶対しなかったじゃん」
「えへへ、お恥ずかしい限りです。近頃どうも夜更かしが癖になってしまって……」
「もー、気を付けな?睡眠不足は美容の大敵なんだから」
「それに関しては大丈夫ですよ。どれだけ夜更かしをしたところで、ほら。私は可愛いままですから♡」
「う……」
とびきりの笑顔と共に顔をぐいっと近づけると、リナは照れ臭そうに目を逸らしながらも頬を朱く染めていった。
肌荒れとは無縁な白くきめ細やかな肌に、ぷるりと潤った唇、手入れの行き届いた艶やかな長髪と、ぱっちりとした二重の円らな瞳。
そんなどこからどう見ても美少女としか言えない私を前にしているのだから、同性とはいえこの反応も無理はないだろう。
「……美優、ほんと変わったよね。前は自分からそんなこと言わなかったのに……」
「リナがいつも褒めてくれていたおかげで自信がついたんですよ♡ それに……そんな風に変わった私のことが、好きで好きで堪らないんですよね?」
「っ……♡」
耳元でそっと囁くと、彼女は耳まで真っ赤になりながらもコクリと頷いてくれた。その反応が愛おしくてつい押し倒してしまいそうになったけど、流石に教室でするのは控えるべきだろう。
「ねえ、美優。きょ、今日もあたしの家誰もいないんだけどさぁ、その……」
「ええ、だから起きるまで待ってくれてたんですよね? 心配しなくてもたくさん可愛がってあげます、私もそのつもりでしたから……♡」
すっかり雌の顔になってしまった親友兼セフレの手を取り、教室を後にする。
こうして手を繋ごうが指を絡めようが誰も気にしない。ここは女子校で、こういったスキンシップも仲のいい友達同士ならごく普通のことだから。
そんな"当たり前"にすら新鮮な悦びを感じられる自分になれたことを、私は心の底から嬉しく思うのだった。
***
「はぁっ♡はぁっ、はぁっ……♡」
「ふぅ……とっても良かったですよ♡ それじゃあ、また明日学校で」
制服を手早く着直した私は、数えきれないほどイかせ続けたせいで息も絶え絶えになってしまったリナに別れを告げてから彼女の家を後にした。
最初は夜通し自慰ができるほどの体力は若さの賜物だと思っていたけれど、すぐにああなってしまうリナを見るに誰しもがそういうわけではないのだろう。
思えば幼い頃から体育の成績は上の方だったし、もしかすると私は勉学だけではなく、そういった方面の才能にも恵まれているのかもしれない。
これまでは奉仕活動なんていう無駄でしかない行為で時間を浪費してしまっていたけれど、高等部に進んだらその時間を使って運動部に入ってみるのもいいかもしれない。水泳部なんかは季節を問わず女の子の水着姿が愉しめそうだし……
「あ、あのっ!」
……なんてぼんやりと考えながら歩いていると、突然背後から声を掛けられた。
恐らく……というか間違いなくホームレスだろう。見るからにみすぼらしく薄汚れた格好をしていて、ある程度離れているというのにツンとした悪臭が漂ってくる。
こういう手合いは無視をするに限る。そう判断した私は少し歩く速度を速めてその場を去ろうとしたのだが……
「待って!待ってください!」
醜いしゃがれ声と共に、背後からがしりと肩を掴まれてしまう。
「最悪だ」と思いながらも、ポケットに忍ばせてある小型のスタンガンに手を添えつつ後ろを振り向いた。
「離してくれませんか? あまりしつこくするなら警察呼びますけど」
「わ、分からないんですか……!? 私です、鈴岡美優です!」
「はあ? 美優は私で…………」
言いかけたところで、私は鈴岡美優を名乗る薄汚いホームレスの正体にようやく思い至っていた。
この人は『かつての私』だ。肉体にとって、そして魂にとってもかつての自分。私がこの人だった頃に鏡で自分の容姿を全く見ていなかったせいか、それとも私がすっかり今の私に馴染みきってしまっているからなのだろうか。正体が分かったうえでも、目の前のこのホームレスが自分だったという実感があまり湧かない。